暖かな家
中は暖色系の家具やカーペットなどで彩られ、優しく心地良い空間になるよう配慮されているのが伝わってくる。城下町やシオスの町に多い石造りの家ではなく、大工さんたちが丁寧に作り込んだ木造建築はとても憧れてしまう。
石造りも悪くないがやっぱり木造は良いよなぁと思いながら見つつ、アンナさんの後に続いて家の奥へと進む。玄関近くは来客用の部屋らしく、そこから食堂や倉庫があり一番奥に家族が寛ぐであろう居間があった。居間だと思ったのは最初に入ったところと違い、ここには動物の人形やクライドさんが趣味でやっているであろう楽器が置いてあって、よりプライベートな感じがしたからだ。
「あの、宜しいのでしょうか自分がここに入っても」
「それは何故です?」
「い、いやぁまだ付き合いも浅いのにご家族のプライベートな空間にそんな人間が居て良いのかと思いまして」
「そのようなことを仰って頂ける方でしたらこちらがより相応しく思います」
「そうですね、ブランの言う通りです。クライド兄様はジン様にとても期待しておられますし、それだけでなくそう言う気遣いのして頂ける方なら是非こちらに居て頂きたいですわ」
アンナさんにもそう言われ照れ臭くなり後頭部を擦る。そして居間にあるソファに座るよう促され向かい合う様に座った。アンナさんはクライドさんをお兄様と言うからには妹か従妹なのだろう。宰相の覚えも良いクライドさんなら貴族としての位も高いだろうし、親類縁者も多そうだ。
「お飲み物は如何致しましょうか」
「あ、自分は何でも大丈夫です。好き嫌いが無いというのが唯一の取柄なので」
「謙遜されていらっしゃる。その胸元にいらっしゃる方は何がお好みなのでしょうか」
アンナさんにそう言われて驚き、つい視線を胸元に居るシシリーに向けてしまう。鎧を着ていて外からは見えない筈なのに……まさか引っ掛けられたのか?
「我が家では自由にして頂いて問題ありませんわ。私の家は代々森を信仰している家なので。ですから良い妖精に対してはしっかりと御持て成ししないと先祖に怒られてしまいます」
アンナさん謎過ぎる。アンナさんが信仰しているとなるとクライドさんもそうなのかな。だとすればクライドさんにもシシリーはバレているのだろうか。
「安心してください。クライド兄様も見ても驚きません。妖精に良い思い出は無いかもしれませんが」
そう言うと口に手を当てくすくすと笑うアンナさん。どうやら二人の共通の思い出には妖精に悪戯されたものがあるようだ。
「随分小さい頃から一緒にいらっしゃるんですね」
「ええ、元々家が近く小さい私の面倒をよく見て下さっていました。クライド兄様は森と動物が好きだったので、いつも森で動物たちと遊んでいましたからその影響を受けたのかもしれませんね」
「クライド様は御爺様の影響を受けて森や動物に御詳しくなられました。家が無ければ狩人になりたいと常におっしゃられるほどに」
「だから牧場主の仕事も苦では無いのでしょうか」
そう話を向けると二人は少し沈黙した後頷いた。何やらそこは触れない方が良いのかもしれないと察し、話題を逸らすべく幼い頃のエピソードを尋ねてみる。するとそこからアンナさんとブランさんは楽しそうに幼少期のクライドさんのやんちゃエピソードを語ってくれた。
「何の話で盛り上がってるんだ?」
主役が到着すると笑いが起こる。ブランさんは飲み物の用意をする為離れ、アンナさんは今話してくれていた内容をクライドさんに話すと苦笑いし、アンナさんの隣にどかりとソファに腰かけた。
「そんな昔の話をされても困る。無罪だし無実だ」
「まぁ兄様ったら往生際が悪いこと」
「フン、何とでも言ってくれ。今こうして品行方正にしているのだから何も問題は無い。そうだろう? ジン」
「そ、そうですね」
「おいおいお前さんまで俺を見る目が変わったとか言いそうだな。これでもヨシズミ国一規律正しい騎士なのだぞ?」
「牧場に誰よりも早く駆けつけて皆の御飯の支度をする立派な騎士なのですよ!」
「それは頼もしいですね」
「おい!」
こういう雰囲気を味わうのは初めてかもしれない。とても居心地の良い空間でつい長居してしまいそうになる。牧場と言えばと話を振り、今日あった話をした。内容を復唱するだけだったがクライドさんは頷きそれを護ってくれれば良いと言う。そこからヨシズミウールの生態などについて二人から色々教えて貰った。
正直奥様の話とか聞きたかったが触れ辛いので止め、切りの良いところで御暇すると告げて立ち上がる。
「おいおい帰るのか?」
「はい、お邪魔しすぎるのも厚かましいので。またお伺いしますから」
「良いじゃないか、夕飯くらい付き合ってくれよ」
「そうですよ、是非ご一緒してくださいまし。今日はとても楽しい時間を過ごせたのでもう少しだけ」
ふとアンナさんの表情が曇る。胸元から出ずにいたシシリーが俺の胸を擦ったので見ると頷いていた。何か予感がするのだろうか。
「……分かりました。不躾ながらお呼ばれします」
「そうか! なら今日はとびきりの夕飯でもてなそう!」
「はい!」
二人はパァッと笑顔になり立ち上がると、食堂へ掛けて行った。
「シシリー、何か気になるのか?」
「うん、あの子ちょっと変わってるわ」
「嫌な感じか?」
「ううん。寧ろ危ないって言うか」
シシリーが難しい顔をして俯く。気になると言えばアンナさんは家の中でもずっとフードを被ったままだし動物たちも傍を離れない。こちらを警戒しているというのとはちょっと違う気がする。
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