第1章 第7話 再会
「ただいまー」
「お帰りなさいませっ、ご主人さまっ」
ティラノニワトリの解体を終わらせ、テレポートゲートで家に帰った私は、収穫してきた食材をメイに渡し、すぐに数十年前に探索者からいただいた顕微鏡を持ってリビングのテーブルに腰かけた。
「30……いや20分かな。ちょっと静かにしててね」
「なにか新しいものを見つけたのですねっ。おめでとうございますっ」
メイの言葉に手を挙げることで返事をし、プレパラートにフィアからいただいたポーションを一滴垂らし、成分を調べてみる。
んー……予想通り魔力を安定させる薬かなぁ。。 でも最近多くの探索者が使っているものとは調合してある成分が違う。というより不純物が混ざっていると言った方が正しいか。三割ほどが甘味料になっている。
まぁポーションって基本的にまずいものだし、こういうのもアリなのかな? でもこんな未知のダンジョンに挑むんだから純正を使えばいいのに……。実力はあってもさすが低レベル、ってところか。
「20分経ちましたが食事にしますか?」
一通り調べ終わったので伸びをすると、朝よりもサイズの大きいおむらいすを見せてメイがにっこりと微笑む。
もうそんな時間経ってたんだ……いくらスローライフに慣れてしまったと言ってもこんな単純な薬の解析にこんなに時間をかけてしまうとは。少し反省だ。
「ありがと、ごはんにする」
「はいっ。少々お待ちくださいねっ」
そう返ってきたやいなや、メイはあっという間に顕微鏡を片し、テーブルを拭き、目の前におむらいすと飲み物を用意してくれた。しかも私の好きなオレンジジュース。なんかもう慣れちゃったけど本当に助かるな。
「いただきまーすっ」
うんっ! しかも超おいしいっ! 食材が新鮮だからか、朝よりも数段上に感じる。これ夜ごはんもおむらいすコースだな……。××トラップダンジョンの効果で太らないのすごいありがたい。
「そうだ、メイ。青の悪魔って知ってる?」
赤いけちゃっぷで彩られたおむらいすを見ていたら色繋がりで思い出したので訊いてみる。
「いえ、聞いたこともありません」
「ふーん、そっか」
メイは人間のように見えても、私が召喚したモンスターだ。嘘はつかないし、つけない。
「他の子たちは知ってるかな」
「そうですね……私より頭のいいモンスターなら知っている可能性もあるでしょうが……」
「あー、いいや。たぶん知らないだろうし」
フィアは伝承とか言ってたし、おそらく青の悪魔という存在は私が世界からいなくなってから100年の間に生まれたものだろう。なら私と同じく世界から隔絶されているモンスターでは知りようがない。
青の悪魔……単純に考えたら青色の姿をしたモンスター、ということなのだろうが、この場合普通に考えるわけにはいかないだろう。
フィアは人間である私を見てその言葉を口にした。まるっきり人型のモンスターなんて基本的に存在しない。メイやセイバのような完全な人型は私ですらここに来る前は知らなかったし、それ以外となると一番人に近いのはせいぜいエルフくらいか。つまりモンスターではなく、人のことを悪魔と呼んでいると考えるのが最も論理的だ。
となると、青の悪魔の正体は、青い服を着た悪辣な人間。
「……まぁ、私ってことになるのかな」
確かに私が普段着ているこの秘書官服は青色。脱落してしまった探索者に対する態度も相手からしてみれば悪魔的だろう。
でも私が伝承になるはずがない。私がここに追いやられたのは秘書官になった初日。表舞台に立てていないし、そもそも××トラップダンジョンから脱出できた人間はいない。情報が外に漏れるはずがないんだ。
なら結論はこれだ。私以降の秘書官の誰かが人間を裏切り、モンスター側に寝返った。それが××トラップダンジョンに消えた私といつの間にか混合され、××トラップダンジョンには秘書官服を着た裏切り者が潜んでいるという噂ができあがった。
今の私とリンクしすぎていて少し都合がよすぎるような気もするが、こう考えるのが一番自然だろう。だとすると迷惑な話だ。私に家族はいないからいいものの、一族全員処刑されてもおかしくないことになってしまっている。
「難しい顔をしていますね」
おむらいすを食べる手を止めてまで考え事をしていた私に、後ろで控えていたメイが語りかけてくる。
「顔見えないでしょ」
「ご主人さまのことなら見なくてもわかりますっ。……でも当然わからないこともあります。不躾ですが一つ質問させていただいてもよろしいですか?」
「ん。いいよ」
一応主従関係が築かれているとはいえ、失礼だから処刑するみたいなことを私はいしない。
そう。あの人のようなことは、私は絶対にしないんだ。
「今のご主人さまに敵はいません。怪我は回復しますし、あらゆるモンスターを従えています。それなのになぜ、そこまで必死に色々なことを調べているのでしょうか」
そのメイの質問への答えは、考える間もなく答えが出てしまった。
不本意にも今ちょうど頭に浮かんだ、100年経っても霞んでくれないあの顔。
私は100年経った今も、あの人のための人生を捨てられていないんだ。
癖が抜けていないと言えればどれだけ楽だろうか。私は結局、あの人に仕えるはずだった未来を諦められていないだけ。だからこうしてただのポーションを、ただの噂話を真剣に考えてしまった。
命が無限で本当によかった。
こんな意味のないことを想い続けていてもいいのだから。
「はぁ……」
せっかく人が感傷に浸っていたのに、ダンジョンマスターとしての能力が働いてしまった。ダンジョンに入ったことを知らせる通知が脳に一度鳴り響く。普段は意図的に聞かないようにしているのだが、余計なことを考えていたせいで抑えられなかった。
「さてさて、どんな無謀な子が来たのかなー」
メイとの話を切り上げたかったのもあり、家に置いてあるサテライトディスプレイの電源を点けた。これはダンジョン全ての映像を映し出す画面。メイたちモンスター曰く、監視カメラというものらしい。
リモコンと呼ばれる操作盤をいじり、今入ってきた探索者がいる階を画面に映す。この階は……うわ、世界一堅いと言われているジュエルシェルの住処だ。運が悪い。動きはのろいが、舌に捕らわれてしまうと二枚貝に挟まれ、動けなくなってしまう。対策としては火に弱いというのがあるんだけど、探索者は知ってるかな……。
「あーあ」
探索者は愚かにもゆっくりと歩いてジュエルシェルに近づいていってしまう。遠目からなのでわかりづらいが、背中に剣を背負っているところを見ると剣士のはずだ。剣じゃどうやったって勝てないのに……かわいそうな子だ。わざわざ人間がやられるところは見たくないので画面を消そうと思った時、
「……え?」
ジュエルシェルの身体が、真っ二つに斬り裂かれていた。その正面には剣を振るった後の探索者の姿が。
「そんな……ありえない……!」
ジュエルシェルに傷をつけられる剣なんてこの世に存在しない。100年という時間があったとはいえ、ここまで剣の技術が発展するわけが……!
「いや、違う……!」
ある! 万物を斬り裂ける聖剣の存在を、私は知っている!
でもその剣はとある一族しか振るえないはずだ。あの、勝者の十字架を使えるのは……!
「そんな……なんで……ここに……!」
勢いよく立ち上がり、画面を最大限まで拡大させる。あの一族なわけがないと。頼むから勘違いであってくれと。その望みは、いとも容易く打ち砕かれた。
この剣は。この鎧は。この顔は。
私が世界で最も嫌悪し、同時に世界で最も尊敬する人と同じ。
「――ノエル様……!」
探索者は、ノエル・L・ヴレイバー様並びに、ザエフ・F・ヴレイバー様と、まったく同じ顔をしていた。