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第1章 第6話 青の悪魔

「ん、うぅ……あれ? わたしにわとりさんに食べられて……」

「あ、起きた?」



 卵から出てきたフィア・ウィザーという女の子に治療を施してから数分。彼女は寝起きのように目をこすりながらゆっくりと身体を起こした。



「えと……わたし××(チョメチョメ)トラップダンジョンに入って……それで……」

「モンスターにやられてたところを私が助けたってわけ。まぁ厳密に言えば私じゃないんだけどね、スウナ」

「はっ、はいっ」



 まだ理解が追いついていないフィアに、治癒魔法をかけてあげたモンスターを紹介する。ナース服というらしい丈の短い桃色のタイトワンピースに、妙な形の帽子を被った人型モンスター、スウナ。


 彼女は治療のエキスパートで、たとえヒットポイントが0になっていようが、死んでさえいなければ数分で全回復させることができる。ちょっとドジで人見知りなところが玉に瑕だけど。



「その……わたし、回復しかできないのでヌメヌメを取ることができなくて……すいません……」

「いえ、回復していただいただけでもとてもありが……!」



 白身にまみれて動きづらいはずの身体で無理矢理立ち上がり、感謝を述べるために私とスウナを見た瞬間、フィアの身体が固まった。



 いや、正確には私の身体を見た瞬間、か。目を見開き、ポカンと口を開けている。かと思えば覚悟を決めたように歯を食いしばり……、



 空気がわずかに、乾いた。



「……助けていただいてありがとうございます。お名前を教えてもらってもよろしいですか?」

「――セイバ」

「……そうですか」



 その問いかけに私ではない名前を告げた瞬間、フィアは後方に大きく下がり、手を前に突き出した。



「ではセイバさん、死んでください! 猛火(ギガ・エムラ)!」



 フィアによる魔法の詠唱と共に魔法陣が出現。そして一瞬火の輝きが視界を照らすと、次の瞬間には彼女の右腕が身体から離れていた。



「ぐ、ぁあ……!」

 自身の右腕が斬られ、魔法がかき消されたことに気づいたフィアが悲鳴を上げて腕を抑えようとするが、すでに彼女の右腕には傷一つない真っ白な腕が生えていた。だが長袖のブラウスは大きく千切れ、さっきの光景が嘘ではないことを示している。



「お怪我はありませんか、姫」

「うん、ありがと」


 さっきまで鶏の解体作業に勤しんでいたセイバが私の膝元で片膝をつき、刃を振るった後の体勢で構えている。小声だったから不安だったけど、ちゃんと聞こえていたようで助かった。



「なんで……!」

「なんで、が何を指しているかわからないからいくつか答えておくよ。まずあなたの腕が生えたのはダンジョンのおかげ。生死に関わる傷ならすぐ治してくれるんだよね。それとあなたが攻撃してくるのがわかったのは、火の魔法を使う前に現れる空気の変化を感じたから。あぁ、別にあなたに落ち度はないよ。ちょっと私が詳しいだけ」



 現実を受け入れられずいまだ右腕を抑えているフィアに懇切丁寧に説明してあげる。ていうかなんで、って訊ねたいのは私の方だ。



「何で助けてあげた私を攻撃したのかな。しかも至近距離で中級魔法。自滅覚悟だったよね?」


「あなたと話すことはありません! 『青の悪魔』……伝承だと思っていましたが、まさか実在するなんて……! こうなったら命に代えてもわたしが……!」



 青の悪魔……? 知らない単語に胸が躍る。でもこの魔力の揺らめき……すぐに対処しないとやばそうだ。



「姫、私がやりますか」

「いーよ。この程度なら知識だけでなんとでもできる。それよりひさしぶりの遊びなんだから邪魔しないでよね!」

 そうセイバに命じると、私は一気にフィアとの距離を詰める。



「っ! 銃乱火(ガーズ・エムラ)!」

 フィアが放った魔法は火の玉の乱射。突き出した手から浮かび上がった魔法陣から無数の火炎が放たれるが、その軌道は放射線状。故にスライディングで接近すれば当たることはない。



「このっ……!」

 フィアとの距離が一メートルを切った時、肌が軽くピリついたのを感じた。電系魔法……でも手のひらに集まる魔力的にたいしたことなさそうだ。直線的な軌道じゃ躱されたら終わりだし、初級の全体攻撃かな。少し離れるか。



豪放電(メガ・ラージ・ザーラ)!」

 読み通り魔法はフィアの周囲に雷撃を起こすもの。でも思ったより威力が高い……下の上レベルか。



 複数の属性と中級魔法を平然と扱える技術……普通ならレベル40を超えててもおかしくないはずだ。それなのにこの子は16レベ。まだまだ発展途上だ。



 レベルというのは普遍的なものではなく、個人の才能によって決められる。言い換えれば、レベルが低いからといって弱いという証明にはならないのだ。



 たとえば才能のない者は上限が低く、少しの成長で簡単にレベルが上がっていく。しかしその逆、才能に溢れている者の限界は計り知れない。つまり同じ程度の力を持っていたとしても、そのレベルは才能によって変わってくるのだ。



 とは言ってもレベル16でここまでとは……。余程素晴らしい才能を持っているのだろう。普通に成長できたら上級魔法使いになれたほどの。



 なのに残念だなぁ。ここで一生を終えることになるなんて。



「くっ……杖さえあれば……!」

「あーどっかに落としちゃったんだね。拾ってきてあげようか?」


「敵の施しは受けません! 猛氷(ギガ・ギーラ)!」

 なんだ、ただの中級魔法か。何の戦略もないようだし、そろそろ終わりかな。



「オープン。アイススライム」

 少し寂しさを覚えながらも本を呼び出し、氷を吸収する特製のあるスライムを召喚して攻撃を防ぐ。



「その力……やはりあなたは……!」

「気になるけど、別の人に訊けばいいや。ハイウツボカズラ」

 次の攻撃を仕掛けようとするフィアの頭上に巨大なウツボカズラ型モンスターを召喚する。



「ギガ・エむぐぅっ!?」

 ハイウツボカズラは詠唱を口にしようとしたフィアの上半身を大きな口で一呑みする。



「じゃ、残り十五階層がんばってね。テレポートゲート」

「むぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」



 逃れようと脚をばたつかせるフィアの身体をハイウツボカズラごと転送の魔法陣でどこかに飛ばす。あ、ポーションをもらったこと言うの忘れた。まぁ今度会った時謝っとこ。その時にフィアが口を利けるかはわからないけど。



「姫、大丈夫ですか?」

「まぁ体力も満タンだしなんとか逃げられるでしょ」

「いえ、私は姫のことを心配しているのですが……」


 駆け寄ってきたセイバに軽く冗談を言い、本を投げ捨てるようにしまう。本当にセイバは真面目だなぁ。



「この私が誰かに負けると思う?」



 無限の知識に、無数のトラップ。その力はまさに魔王が如し。敵なんているはずがない。



「それよりセイバ、解体終わった?」

「申し訳ありませんっ! 今すぐにっ!」

「いーよいーよ。ゆっくりいこー」



 私の時間に終わりはない。青の悪魔というのは気になるけど、おむらいすを食べ終わってから調べてもいいだろう。



 だってこれは、スローライフなのだから。

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