第3章 第13話 戦いと帰還
「天使の翼!」
「超嵐っ!」
「にゃはははっ! 当たんにぇーよ、そんにゃんじゃぁっ!」
フィア、イユ対ニェオの戦いはまるで戦争のようだった。イユが超視力と位置交換で適切な場所にフィアを配置。そこから繰り出される超強力な魔法をニェオが超速度で避けていく。他の四人が端に避けるほどに桁違いな火力が狭いフロアを駆け巡っていた。
高笑いしながら遊ぶように戦うニェオだったが、その心中は楽しみとは真逆のものだった。
(あいつ霧霞族かよ……。どんだけ強力な魔法を撃とうが、××トラップダンジョンの生命維持の効果で胸と一緒に魔力も回復していく。こりゃ攻めに移れそうににぇーなぁ……)
現状はフィアの攻撃を避けることで精一杯だが、いずれイユの魔力には限界が来る。それまでニェオは時間稼ぎに徹することになった。
「はぁっ!」
逃げに徹しているのはニェオだけではない。相性の悪すぎる相手に対して逃げること。それは決して恥ではないからだ。
「わりーが相手をする気はねぇよっ! 一生そこで素振りしてなっ!」
「くそっ……!」
ミューの武器、勝者の十字架は××トラップダンジョンの壁や床以外なら全てのものを斬り裂ける。暴級魔法程度なら悠々と防げる盾を武器にするキャバにとって、ミューは最悪の相性だ。
故に回避に迷いがない。亀の甲羅のような盾の中に入り込み、滑るように高速移動し、斬撃を避け続けるキャバ。ミューにも遠距離攻撃はあるが、動きは直線的で自由に動けるキャバには決して当たらない。
「ちょこまかと……!」
「ちょこまかと……!」
避け続ける敵に対し苛立ちを募らせているのもミューだけではない。
「あなた、身体能力はたいしたことないようね。同じヒャドレッドでもチューバの方がよほど厄介だったわ」
「……うるさい」
スーラと相対しているキョンの正体は死体である。死んだ少女の身体にモンスターの魂が入り込んで生まれたのがキョンシーのキョン。普通に動く程度なら問題ないが、既に死を迎えている筋肉を激しく動かすことはできない。
「ほら、当ててみなさいよ。御札だけの一発屋さん」
「…………!」
ただ相手の額に御札を貼り付けられれば勝ちが決まるキョンだが、地を、宙を自由自在に移動でき、霧霞族とダンジョンの効果の相乗により魔力が尽きないスーラとは絶望的に相性が悪い。こちらもダメージを受けることはないが、蹴り飛ばされて壁にかけられている拷問器具に当たってしまえばダメージに関係なくリタイア。攻撃を避けるという経験が浅いキョンにとって、それはとんでもないストレスだった。
ニェオ、キャバ、キョン。三者とも素の実力なら相手を圧倒しているが、今できることは回避のみ。この現状を作り出したのはイユの戦略のおかげだ。
(全員調子はいい感じ。このまますんなり行ければいいけど……)
戦いの最中、横目で他の二者の様子を確認するイユ。
そんな均衡した状態に変化が起きたのは、イユたちの戦場だった。
「天使の翼っ!」
「にゃっ!?」
この戦いで何度見せたかわからない位置交換の魔法。既にニェオには魔石との交換だとはばれているようだが、全てを理解されたわけではなかった。
今までの天使の翼は全て人間との位置交換。ミューの、フィアの位置を交換しただけに過ぎなかった。
だが天使の翼で交換できる先は、視界に映るもの全て。故にニェオと魔石での位置交換も可能だ。
魔石と位置を代えられたことで露骨な焦りを見せたニェオ。そんな彼女の先にいるのは、兵器以上の火力を誇るフィアだった。
「これで一人っ!」
今まで頑なに人間との交換しか見せなかったのは、全てこの時のための布石。イユの作戦がここでもぴたりとはまった。しかし、
「馬鹿……!」
フィアは魔法を撃たなかった。フィアの正面にいるニェオ。その背後には、イユの姿があったからだ。
××トラップダンジョン内では人間は死なない。それを前提とした位置交換だった。イユはニェオを倒せるならここでフィアに殺されても構わないと考えていたのだ。
しかしフィアは人を殺すということを一瞬躊躇った。初戦のミューが相手の時は命の恩人の敵だったため躊躇はなかったが、今イユは一緒に戦う仲間。フィアの単純な頭ではそう簡単に割り切ることはできなかった。
作戦を教えなかったイユのミスといえばミスだが、そんな時間はなかったのも事実。しかしそれがミスの要因となったのならば、秘書官の立てた作戦としては失敗だ。
イユがリカバリーのため再度ニェオを位置交換しようとしたが、既にその場にニェオの姿はない。そして、
「ぅえっ」
「ぁうっ」
次の瞬間にはフィア、イユ共に組み伏せられ、ニェオに後ろから背中をを抑えつけられていた。
「この……放してください……!」
「にゃはは。わりーけどそうはいかにぇーにゃー。後の二人はただの雑魚だが、おみゃーら二人はトーテンにも届きかねにぇえ。前言撤回になっちまうが、一生ここで過ごしてもらうぜ」
そう告げるや否や、フィアとイユの鼻先に植物の葉が添えられた。そしてものの十数秒後。
「ぁ……ふわぁっ……」
「ゃ……だめっ……」
二人の顔は快楽に蕩け、何かを求めるような瞳を晒した。
「にゃはは。こいつはハイマタタビ。にゃーのような猫タイプのモンスターにとっての酒みたいなもんだが、人間には刺激が強すぎるよにゃ」
二人の背中から降り、戦いの疲労を解消するために一嗅ぎするニェオ。
「ぁぅ……こんな……ぁ……」
「らめ……ほんとに……なわが……ぁ、ぁっ」
強烈な酩酊状態になったフィアとイユは、立ち上がれずにピクピクと痙攣することしかできない。涎を垂らしながらよがる二人を放置し、ニェオは未完成の闇魔法へと手をかざして再形成を始めた。
「イユ……!」
フィアとイユの敗北を見たミューは、動き回るキャバを追うのをやめ、一歩下がって距離をとる。
「オープがぁっ!?」
二人を回復させるためにダンジョンブックを召喚しようとしたミューだったが、直後に顔が爆風に包まれた。
「んなことさせるわけねぇだろうがっ!」
ミューの正面には甲羅の盾から砲門を展開しているキャバの姿が。直撃しても死なない威力の爆弾を飛ばし、ミューを吹き飛ばしたのだ。
「くっ……!」
フィアたちに続き倒れたミューを見て、一人生き残っているスーラが助走距離を確保する。
「烈風渦旋っ!」
三人が負けた以上いつまでもキョン一体と遊んでいるわけにはいかない。そう判断しての真っ向からの飛び蹴り。これまでの戦いで、キョンはこの速度の攻撃には反応できないとわかっていた。
「がっ」
予想通りキョンの腹に蹴りが直撃し、そのまま運ぶように壁にかかっている拷問器具へと飛行を続けるスーラ。だが予想だにしていなかったことが起きた。
「なっ……!」
蹴りを受けた腹から割れるようにキョンの身体が千切れたのだ。
(急に脆くなった……!)
対象がいなくなったスーラは飛び蹴りをやめ、一度体勢を整えるために逆噴射で勢いを弱める。その時、
「人間と一緒にしないで」
空中を舞うキョンの上半身が口を開いた。
「っ――!」
「残念だったね、人間」
空中で止まったスーラの隙を見逃さず、上半身だけでスーラの額に御札を貼り付けたキョン。着地した頃には上半身と下半身はくっついており、スーラもキョンシーへと変えられてしまっていた。
「これで全滅。ずいぶんとあっけにゃかったにゃぁ」
ハイマタタビを嗅ぎ、痙攣するフィアとイユ。
爆弾に顔を焼かれ、床に倒れたままのミュー。
御札を貼られ、キョンシーへと変えられたスーラ。
そんな四人の中心に、一つの魔法陣が出現した。
「おまたせ」
歴史上××トラップダンジョンを最初に踏破したのはユリー・セクレタリー。クリアタイム、3時間24分。
次に踏破したのはミュー・Q・ヴレイバー。クリアタイム、9時間55分。
そして今回。
「ありがとね。フィア、スーラ」
たった今××トラップダンジョンを踏破し、テレポートゲートで戻ってきた新たなダンジョンマスター。
「さぁ、さっさと終わらせようか」
ユリー・セクレタリーのクリアタイム、実に17分。
大幅に記録を更新したユリーが帰還した。




