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第3章 第11話 強者と弱者

「イユ、一発撃って下がっていろ」

「えー! 無理ですって! 逃げましょうよー!」



「勇者である以上敵を前にして逃げることは許されん」

「あーもう……! とりあえずキョンシーの御札には触れないでくださいよー。ああなっちゃうのでー」



 剣を抜いたミューから指示を受け、イユは後ろ手で適当な場所に弾丸を飛ばして大きく後ろへ下がる。ニェオの言った通り狙いはミューだけのようで、避難したイユに攻撃を向けることはなかった。だが、



「……あなたは戦わなくていいんですかー?」

「ん? ああ、にゃーはやることがあるからにゃぁ」



 ミューと戦闘しているのはキョンとキャバ。そしてキョンシーへと変えられたユリーたち三人だけ。トーテンを自称したニェオは、イユの隣に猫のような体勢で座り、何やら手を広げていた。



「一応言っとくけどよー、にゃーたちの標的は勇者だけだからおみゃーは怯えなくていいからにゃ」

「それはどーもー……」



 そうは言われてもイユにとってミューを失うことは、賃金の消失を意味する。すなわちここ一カ月はタダ働き。実質死と同じだ。



 だからこそイユはサポートを行う。縛られて銃を構えられない以上銃撃での補助はできないが、さっき一発弾を撃ったことで天使の翼による位置交換が行える。



 だがそれだけで敵う相手ではない。魔王軍幹部、ヒャドレッド。その力は一体で勇者と同等だと言われている。それが二人に、さらには魔王軍大幹部のトーテンまでいるのだ。何とか隙を作り、ミューの考えが逃走にシフトしてくれるのを祈るしかない。



天使の翼(エクレア)

 しかしそれも現状不可能だ。あまりにも隙がなさすぎる。ミューはモンスターやトラップを好きに召喚できるダンジョンマスターの力を有しているが、そのために必要なダンジョンブックを出すことすら叶わない。そもそも勇者の剣術は両手が基本。戦闘中に剣と召喚を同時に扱うことは、ダンジョンマスターとしての経験が足りないミューには不可能だ。



天使の翼(エクレア)……!」

 不幸中の幸いなのが、ここが××(チョメチョメ)トラップダンジョンだということ。いくら攻撃を受けても死ぬことはないし、それはモンスターには適用されない。それを証明するように男性型のキャバが若くて美しい女性しか入れないこのダンジョンに入れている。



天使の翼(エクレア)!」

 しかし元々が死体であるキョンシーは不死身で、配下となった三人も同様。加えて四体が手にしている御札を額に受けてしまえば実質的な死だ。元の意識はないのでフィアやスーラが魔法を使うことはないし、武器も捨てているのだが、そんな些細なことは安心材料にもなりえない。



天使の翼(エクレア)っ!」

 現状モンスターの猛攻を受け流せているのはイユの天使の翼の力が大きいが、魔法である以上限界は来てしまう。万全の状態で使える回数は100回。だが戦闘開始から三分足らずで残数は30にまで来てしまった。しかも今までの使用目的は全て相手の攻撃からの回避。攻撃のための一手はチャンスすらも訪れていない。



「……! 駄目ですっ! やっぱり退きましょうっ!」

「っ……!」

 そう叫んだところで、ミューには返事をする余裕もない。ただいたずらにミューの体力とイユの魔力だけが減っていく。



(かくなる上は余裕を見せているニェオを人質に……!)

 部下の戦闘を安全地帯から見守っているニェオの様子を窺おうとイユが横目を向ける。とても呑気な顔、隙だらけにしか見えないが……!



(クリアラ)魔法――!」

「お、にゃかにゃか博識だにゃぁ」

 ニェオはずっと手を広げたままだった。不審には思っていたが、まさか、あれを使えるなんて……!



 広げた手の中心に出現した底の見えない漆黒の球体。それはモンスターしか使えない最凶最悪の魔法。



「確かに闇魔法なら人を殺せないこのダンジョンでももしかしたら――!」



 本来ありえないその発想を不自然とは思えないほどに、闇魔法は常軌を逸している。



 吸収。それが闇魔法の正体だとされている。と言っても実態は吸収なんて生易しいものではない。ただその魔法が一度唱えられただけで、街一つが全て呑み込まれ、跡形もなく消えたという話もある。



 吸い込まれたものはどこに消えていくのか。それを知る人間はいないが、ただ少なくとも還ってきたものはいないというのだけは事実だ。



「にゃーの場合完成まで五分もかかっちまうんだけどにゃぁ。それでもま、余裕すぎるぜ」

 闇は時間が経つごとにどんどん大きくなっていき、既に手には収まらないほどに規模を拡大させている。まだ人を丸ごと吸収することはできないだろうが……。



(これはチャンスだ。イユちゃんならできるはず)



 触れたもの全てを呑み込む暗闇。それは人間にだけ効くものではない。はずだ。あくまでも予想でしかないが、モンスターだろうと発動者だろうと容赦なく牙を剥くのが魔法の常識。これに向かって銃弾を発射。天使の翼で位置交換さえできればいくらトーテンとはいえ為す術はないだろう。



(もちろんやらせてくれたらだけど……)

 イユとニェオの距離は数メートル。一瞬にして首を刈り取ったあの速度の前ではないにも等しい。



(だったらより可能性の高い作戦に切り替えるのが秘書官のベター。あれが完成する前に、一か八か。やるしかない!)



 それはこの戦いが始まってからずっと温めていた作戦。単純な戦力増強手。



「にゃーにかやる気だにゃー」

「まぁ一応仕事なんでー。お給料分の働きはしなくちゃいけないわけですよー」



 イユは後ろ手で銃弾を装填。横向きの体勢でミューたちの戦いの場に撃ち込んだ。



「そんなもんでどうにかなる相手じゃにぇーぞ」

「知ってますよー。なので、どうにかしてください」



 イユが放った銃弾はユリーたちに当たる前に炸裂。そして中から煙の塊を放出した。



「おっとまずいにゃぁ……」

 そうつぶやいたニェオの脳裏に浮かんだ可能性は、毒。



 しかしそれ以前に。視界を塞がれるわけにはいかないということに気づいた。



「スクラッチスラッシュ!」

 そのことに気づいたニェオは、煙に包まれた戦場を、大型猫科のそれを遥かに凌ぐ爪による飛ぶ斬撃で斬り裂いた。



 それを防ぐことができたのは強固な盾を持つキャバのみ。残りの者は残らず木端微塵に裂かれる。



 だが人間であるミュー、死ぬことのないキョン、そしてユリー、フィア、スーラの三人はすぐに生き返る。イユの目的は隙を作り、ミューがダンジョンブックを使用する時間を作ること。これは阻止できたが、



「にゃるほどにゃー……」

 御札によってキョンシーへと変えられた三人は、これが傷つけられれば元の身体へと戻ることになる。つまり、



「なんか変な服着てます!」

「最初に言うことがそれ?」

「とにかく、これで形勢逆転だね」



 ユリー、フィア、スーラの復活である。

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