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第1章 第5話 おわりのはじまり

「マジックミラーゴー!」



 十数メートルあるティラノニワトリに対しまず私が行ったのは、結界の生成である。透明な四角形の箱が私と一羽の鶏を囲み、外に出られなくする。加えて外からは中の様子が見られない特殊な結界だ。これで多対一という状況は回避できる。



 このティラノニワトリの主食は人間だ。だが人が死なないこのダンジョン内では消化はされず、そのまま卵に入れられて排泄される。目の前にいる巨大な鳥の下にある巣にも複数の巨大な卵に紛れ、ボディラインがくっきりと浮かび上がった卵が一つ混じっている。あんな最期は嫌だなぁ。



 まぁそれはどうでもいい。私がこんな鳥に食べられるわけないし。重要なのは、人を既に食べているということである。飛ぶこともできず、嘴くらいしか武器のないこれに冒険者たちが素直に負けるわけもない。だが現に一人食べられている。その理由は捕食方法だ。



 ティラノニワトリが大きく身体を反らして嘴を開いた。おそらく鳴き声を上げているのだろう。巨体から発せられる大音量の鳴き声は、人間の耳を容易に狂わせる。そして脳まで狂い、動けなくなったところを丸呑みにする、というのがティラノニワトリの捕食だ。



 でも私には知識がある。カースイヤーという付けたら外れることのない耳栓を装着すれば鳴き声は聞こえないということを知っている。



 ティラノニワトリは鳴き声を上げるために反らした身体をそのまま大きく振り下げてくる。私が平然としていることにも気づかない鳥頭。こんな雑魚にやられるほど私は残念な頭をしていない。



「マヒスライム」

 悠々とその様子を眺め、私を呑み込むために大きく開けた口の中にモンスターを召喚する。瞬間鶏の嘴から溢れた黄色のスライムが零れてきた。でもそれは少量。大半は既に鶏の体内にある。



「もう終わりかー……」

 戦闘時間が十秒にも満たなかったことにため息をつくと、それをかき消すかのように大きな着地音が結界内に響いた。ティラノニワトリが私を呑み込む寸前に横向きに倒れたのだ。



 マヒスライムの能力は、侵入した生物の身体能力を麻痺させること。これで簡単に生け捕りを成功させることができた。後は解体だけ。一応知識はあるけど、いかんせんこの大きさだ。特別な身体能力のない私では骨が折れる。だったらこれだ。



「セイバ、来て」

「何か御用でしょうか、姫」



 私が召喚したのは、桃色の鮮やかなミニ丈の布を纏ったモンスター。メイと同じく人間そっくりな見た目の少女だ。



「姫の頼みとあらばこのセイバ、命を懸けて奉公させていただきます」

「鶏の解体して」

「えー……」

 跪いて威勢よく現れたのにも関わらず、不満げな表情を隠さないセイバ。



「何度も言いますが、姫。私の刀は姫の敵を斬るためのものです。決して包丁などではないのですよ」


 着物、という服の帯、という布に挿してある刀を引き抜き、私に見せてくるセイバ。着物よりも数段鮮やかな桃色の刀身に目を奪われるが、これで引き下がるわけにはいかない。



「でもセイバしか頼れる人がいないんだよ。ほら、セイバって私の右腕でしょ? メイとかもできるけどやっぱりセイバにやってもらいたいなって」

「そ、そうですか!? でしたら仕方ありません! 姫の右腕たるこのセイバが見事にこの鳥を捌いてみせましょう!」


 ちょろい。ウキウキ顔で鶏の解体に向かってくれたセイバに背を向け、私は卵の回収に向かう。



「7、8……イートカズラ三体分ってとこかな」

 一メートルほどの大きさの卵全てを持ち帰るため、トマトが入ったものとは別のモンスターを召喚する。卵はこれでいいとして、あとはこれか……。


「む、ぅ、う……」

 呻き声を漏らし、小さく動く卵。大きいとはいえ、人が入るには小さすぎる。まぁ放置してもいいんだけど……。



「ステータスグラス」

 まだ解体には時間がかかりそうだし、ちょっと遊んでみよう。まずは視認した者のステータスを確認できる眼鏡をかける。



『フィア・ウィザー

 年齢:15

 身長:152

 3S:88/59/87

 職業:魔法使い(ウィザード)

 LV:16

 HP:0

 階層:5』



 顔写真と共に彼女のステータスが浮かび上がる。とってもかわいらしい子だ。とても狭い卵に閉じ込められ、歪んだ顔を殻に浮き出させている惨めな子と同じだとは思えない。



 それにしてもレベル16って。素人に毛が生えた程度じゃん。まぁ私はいまだ1なんだけど。しかも15歳か……私がここに入った歳より2歳も若い。かわいそうに。



「えいっ」

 落ちていた石を拾い、卵を割ってみる。出てきたのはステータス画面に映っていた顔と同じ少女。焦点が合っていない瞳で、舌を大きく出しよだれを垂らしている。



「あっ、知らないポーション!」

 白身の粘液にまみれた彼女のポーチを覗いていると、赤い液体を発見した。軽く見た感じ魔力補助……安定用かな? テンションフルブースト! 詳しく調べてみたい!



「あ、お礼に回復させてあげなきゃ」

 事前に決めているルール通りにポーションをもらう代わりに彼女を助けてあげることにした。



 この行為が私のスローライフを壊すことになると知らずに。

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