第3章 第6話 赤の天使
秘書官とは、冒険者の仕事をサポートする職業だ。多くはギルドに所属し、彼らの冒険にアドバイスを送ることが仕事となる。
だが稀に功績が認められた場合、有名な冒険者から直接雇用の誘いが来ることがある。その場合は専属秘書官となり、付きっ切りでその人のサポートをすることになる。
その中で最も誉れ高いのが、勇者の秘書官。伝統と実績のある勇者に仕えることは、最も優秀な秘書官であるという証明になる。
100年前。私は圧倒的な知識によって、秘書官の資格を得たばかりでありながら勇者に仕えることとなった。17歳でこの立場になることは異例中の異例。即日解雇されたとはいえ、それだけ私の優秀さを物語っていた。
でも目の前のイユ・シエスタと名乗った少女は、どう見たって私と同年代。つまり私と同等レベルの能力を持っていることを表している。
「まいったなー。勇者さんには五分経って帰ってこなかったら探しに来てって言っちゃったよー。イユちゃん一人で抑えなきゃいけないのかー」
「あの方馬鹿です! 自分から制限時間を話し出しました!」
「そだね……」
フィアの言う通りこの行為は愚かでしかない。だが裏を返せば、これくらい明かしても相手にとっては問題ないってこと。秘書官には戦闘能力は求められてないし、フィアとスーラがいれば確実に勝てるとは思うけど……。
「マスケット銃の弾数は一発。ここでなら受けても死なないし、一発撃たせてから無視して突破するよ」
フィアとスーラに小声で作戦を伝える。こっちの目的は敵を倒すことじゃない。このフロアを通り抜けさえすれば勝ちは確定するんだ。それにマスケット銃の一番のメリットは扱いやすさ。弓矢よりも習得が楽で、実力の低い兵士が使用する武器だ。そんなものを使うってことは、自分の弱さを開示してるも同じ。
「エクいたぁっ!」
私たちとイユとの距離は十数メートル。フィアが魔法を撃とうとした瞬間、イユはすぐさま彼女に狙いを定め、発砲。フィアの手を撃ち抜き、杖を落とさせた。この程度なら致命傷には至らない。失血死に近づくまで回復できないが……。
「いくよっ!」
これで弾は消費させた。確実に突破できる!
「でもわたしの杖が……!」
「後で拾ってあげ……!?」
杖を拾いに行こうとしたフィアを咎めようと後ろを向いたその時。
「天使の翼」
イユの姿はフィアの背後にあった。
「フィア! うし……」
「まず一人」
バン、という発砲音と共に、フィアのお腹を弾丸が通過する。だがその傷はすぐに塞がれ、同時に手も元の綺麗な形に戻った。だが、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
フィアの身体に電撃が走る。ぴん、と身体を伸ばして叫んだフィアの身体は、電撃が収まると同時に仰向けに倒れた。
「ぁ……ぁ、ぁ……」
××トラップダンジョン内では命にかかわらない傷は回復されない。いまだフィアの身体に残っている電流がフィアの身体を蝕んでいく。白目を剥き、ピクピクと痙攣するフィアの様子は、一目で戦闘不能だとわからせるくらいの衝撃があった。
「おねぇっ!」
すぐさま走り出していたスーラが方向転換し、イユに飛び蹴りを放つ。だが、
「天使の翼」
イユの姿はフィアの近くから消えていた。そして現れたのは、飛んでいるスーラの真下。
「はいふたりめー」
そのまま天井へと弾を発射し、スーラの右脚の太ももを撃ち抜いた。フィアの時のように電撃を纏っているわけではないが、それでも脚がやられた。これでもうスーラは歩けない。
「さて、と。天使の翼」
再びイユの姿が眼前から消える。だが××トラップダンジョン内では転送魔法は使えない。何らかのトリックがあるはずだ。
そしてそれは、既に仮説を立ててある。
「はぁっ」
「! へぇー……」
イユが出てくる場所を予測していた私は、その地点に村長さんからもらった十手を差し込んでいた。仮説は確信へと変わる。気づいた時には私の十手は、現れたイユのマスケット銃の砲身を挟み込み、床へと向けていた。
「すごいねー。もうイユちゃんの原初の魔法の能力わかったんだー」
「私を誰だと思ってんの? 最年少で勇者の秘書官に選ばれた女だよ」
「ふーん。イユちゃんの16歳より早いんだー」
嘘でしょ私より一年早い! ……今はそれよりも。
「あんたの瞬間移動の正体。いや、瞬間移動なんてたいしたものじゃないか。単なる魔石との位置交換でしょ?」
「ごめいさーつ」
スーラの脚を撃ち抜き、私の足元へと転がってきた銃弾。その素材は魔石だった。
魔石の種類には大きく分けて二種類ある。スーラのフライメイルや、二回目にフィアに撃ち込んだ弾丸のように、魔力を注ぐと石に込められた魔法が現れる属性石と、フィアの杖や、イユが最初と最後に撃った弾丸のような魔力石。
属性石とは逆に、魔力石に魔力を注いだ時に現れる効果は、石ではなく本人に依る。たとえばフィアの場合は魔力制御に重きを置いている。もっともフィアの魔石サンドラは、伝説級の純度があるから他にも効果はあるだろうけど。
でも軽く見た感じ、この魔石弾は純度がかなり低い。魔道具店に行ったら、子どものお小遣いでも軽く十個は買えるレベルだ。だから私でも気づかない程度の威力強化に使っているのだと思っていたが、そうではなかった。
「あんたの原初の魔法は、魔石を媒介にした自身の位置交換。最初はフィアの手に当てた弾と場所を入れ替え、次はフィアのお腹を貫いた弾丸との交換。そして最後は、最初に入れ替えた時に代わりにやって来た弾丸と位置を代え、私に近づいた、ってところでしょ?」
「六割だねー。正確に言えば、マスケット銃から撃ち出した視界の中にある魔石と、自身、及び視界の中にある『もの』との交換。発動条件は、弾が込められていない状態で引き金を引くこと。もう少し楽な縛りがよかったけど、転送魔法系の難易度を考慮すればかなり上々な魔法だと思わない?」
「ずいぶんペラペラと話すんだね。そういう制限呪でもかけてるの?」
「イユちゃんの制限呪は、マスケット銃しか武器にしない代わりに視力を上げるってやつだよ。おかげで遮蔽物さえなければ十キロ先までクリアに映るし、全ての動きがスローに見える。わざわざ教えてあげてるのは、もう勝ちが決まってるからだよー」
まぁ……確かに。フィアとスーラを数十秒で戦闘不能にし、後は何もできない私だけ。慢心して話してるだけかもしれないが、ブラフの可能性も捨てないでおこう。
さて、どうする。私の手札は動けないフィアとスーラ。それによくわからない武器だけ。それで残り約四分でこの回避特化人間に勝てるのか。
「そんなことよりおしゃべりしようよー。まだ勇者さん来るまで時間あるしー。イユちゃん巷で『赤の天使』だなんて呼ばれててー、青の悪魔さんのことは気になってたんですよー」
「なにそれ。私のパクリ? なんかごめんね」
とにかく相手の隙を伺うしかない。適当に相槌うっておくか。
「いやー、なんでもお金さえ払えば誰にだって味方するかららしいんですよー。お金次第で誰だって血に染め、誰にだって微笑む天使。こっちこそごめんねー。あなたを使っていい呼び名もらっちゃってー」
なんだこいつむかつくな。敵味方以前に人間的な相性が悪いんだろうな。もっとハキハキしゃべれ。
「お金に困ってるんだ。かわいそ」
「そだよ、困ってるんだよー。理不尽なことにさー、いくらお金があっても世の中のものって全部は買えないんだよー。だから少しでもいっぱい世界を買うために、少しでも多くお金がほしいんだー」
「じゃあお金のためにミュー様の秘書官やってるわけだ。ずいぶん浅いね」
「そーなんですよー、ビジネスパートナーなんです。個人的にはあんなめんどうなのに付き合いたくないんですけどねー」
めんどう。めんどう、ね。
確かにめんどうだ。勇者は代々堅苦しいし、求められるレベルも高い。なのにミスしたら責任は重い。私なんかちょっと口答えしただけで死刑になった。
それでも。
「今はっきりわかった。私あんた嫌いだわ。徹底的に虐めてやる」
「できるもんならやってみてくださいよー。100歳越えのおばあさん」




