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第3章 第2話 悪魔の恩恵

烈風渦旋(れっぷうかせん)っ!」

刺突(しとつ)(ごう)っ!」



 スーラの飛び蹴りとイチョウの槍の突きの威力は互角だ。威力だけなら。



「はぁっ」

「っ」

 スーラの蹴りを槍の先端で受け止めた瞬間、イチョウは手首をくるりと回して槍の前後を入れ替える。そして刃の付いていない柄の先端でスーラの脚を払い、体勢を崩したスーラのお腹に柄部分での横薙ぎを繰り出した。



「が、ぁっ」

 吹き飛ばされ私の身体に当たる寸前、スーラは手足のフライメイルから水を放ち、体勢を整えて着地する。



「っそ強い……!」

 イチョウの追撃が来ないことを確認したスーラがお腹を抑えて弱音を零す。



 正直な話、スーラはそれほど強くない。機動力こそかなりのものだが、それ故に技は直線的。格闘能力は低く、ヒットアンドアウェイが基本戦術だ。



 しかしそれが通用するのは知能のないモンスターだけ。考えて動ける人間が相手だと、不意打ちくらいしか勝ち目がない。しかも相手は、



「たぶん『制限呪(リミットオーバー)』を使ってる……!」



 制限呪。その名の通り、能力の一部を制限されてしまう呪いだ。私やフィアと同年代、身長155センチくらいの身体で3メートルを優に超える槍を武器にしていることから、おそらくそれしか使えないという呪いにかかっているのだろう。力の弱い女性が長物を扱う。かなりのデメリットだ。



 しかし制限呪の本質はそこではない。制限をかける分、他の能力が底上げされるのだ。



 例を挙げるなら、ミュー様が使っている勝者の十字架(エクスカリバー)。あの聖剣は、勇者の血を持つ人間にしか扱えないという制限をかけることによって、万物を斬り裂く能力を付与している。



 一方でスーラのフライメイルはこれに当たらない。一般的に考えれば長物なんかよりよっぽど扱いづらい武器だが、魔力の少ないスーラにとってはむしろ生命線。わかりやすく言えば、自分にとってどれだけデメリットになるかが能力の上げ幅となる。



 こういった恩恵を受けるため、呪術師に頼んで制限呪をかけてもらう者は少なくない。おそらくイチョウも、扱いづらい長物を武器に選択することで何らかの能力を底上げしている。たぶん単純な身体能力強化だと思うが、武器の制限、それに相性の悪さも加えると、これは中級クラスの縛り。近接戦闘ではスーラに勝ち目はないだろう。



「相手の狙いは私。私が囮になるからスーラは逃げて」

「そうしたいのは山々だけどね。あたしだけ逃げるわけにはいかないのよ」

 それでもスーラはイチョウに向かっていく。決して勝てない相手に無謀に果敢に。



「スーラ!」

「あんたにはおねぇを助けてもらった恩と、チューバを倒すのに協力してもらった恩がある! それとあたしが暴走しちゃった償いもしないとねっ!」



 そう言い放ってイチョウに蹴りかかったスーラだが、槍の柄に簡単にいなされ、地面へと転がってしまう。追撃を足裏から風を発することで避けるが、防戦一方。腕と脚の鎧で何とか刺突を防いではいるが、内側に伝わる衝撃によって確実に苦しめられている。



「スーラ!」

「あんたこそ逃げなさい! ここはあたしが何とかするからっ!」

「何とかって……!」



 一人ではできないことがある。そのことを私たちは身をもって知ったはずなのに、いまだスーラは一人で敵を倒そうとしている。やっぱり私も協力するしかない。



「心配には及ばないわよ! 正確にはあたしたち、だからっ!」

 私の行動を読んだのか、スーラが言葉と視線で私を制止させる。あたしたちって言ったってフィアはここには……!



「そういうことっ!」

 フィアの姿を探す私の視界に一人の女性が飛び込んでくる。だがフィアではない。だってその女性は、拳でイチョウの槍を吹き飛ばしたのだから。



「あなたは……トウコ・カークっ!」

「国王軍の隊長さんに知ってもらえてるなんて、ウチも有名になったもんだね」



 素早い動きで槍を拾い上げたイチョウが、突如現れた格闘家のような服装の女性に槍を構える。有名人のようだが、現代の知識がない私には聞いたことのない名前だ。



 それでも私は知っている。この顔を、見たことがある。



「えーと……確かチューバにやられてた……!」

「おっとあんたにも覚えてもらえてるとは光栄だね、青の悪魔さんっ!」



 そう。私がチューバの元に辿り着いた時に体液を吸い取られていた格闘家。それが今私の目の前にいる彼女だ。あの時はテレポートゲートでこのミストタウンに転送したが、住民が回復させてくれたのか。



「でもなんで……!」

 一応私に助けられたとはいえ、私が青の悪魔だって知っている。だったら彼女が戦うのは人類の敵である私のはずなのに。



「あんたが青の悪魔だろうが、ウチにとっては命の恩人! だったら助けるのに一つの躊躇もないよっ!」

 そう威勢よく叫んだトウコの拳が槍ごとイチョウを遠くへと吹き飛ばす。それを確認したからか、少し先の民家から一人の少年が飛び出してきた。



「痴女のおねえちゃんっ! こっちっ!」

「ち……あ、あの時のっ!」



 全裸だから当然とはいえ失礼なことを言って手を振っているのは、祝勝会の時に出会った少年だ。その後ろには母親らしい女性も大きく手を挙げている。



「ユリーちゃん、行ってっ!」

 数十メートルも吹き飛ばした以上私がイチョウへの追撃に加わる意味もない。走っていくスーラとトウコを見送り、少年たちが待っている民家へと飛び込む。



「ユリーさん、ご無事でなによりですっ!」

「フィア……それに……!」


 そこではいたって平均的な民家に、数十人がフィアを守るようにして固まっていた。住民の大人、子ども。それにチュウチュウトラップダンジョンで見かけた人もいる。いや、本当に守ろうとしてるのか? 馬鹿力のフィアを閉じ込めているような気も……。とにかく住民や冒険者たちがぐるっと取り囲み、さらに私まで中心に入れてくれた。



「これは……?」

「みなさんが守ってくれているんです。どうやら狙いはわたしとユリーさんらしいので」



 国王軍の標的。それは私だけだと思っていた。住民の誰かが私を暗殺するために国王軍を寄越したのだと。当然のように思っていた。



 でも私だけでなくフィアも標的だとしたら。これはもう、あの可能性しか……。いや、今はそれよりも。



「とりあえず私は出ていくよ。みんなに迷惑かけちゃうし」

 フィアはともかく、今の私には自分を守る術もない。そんな足手まといを無実の住民に抱えさせるほど私は悪魔じゃない。すぐに人の間を縫って外に出ようとしたが、目の前の壁は決して崩れてはくれなかった。



「命の恩人を危険に晒すなんてさせないよ」

 そう優しく語ったのは、見たことも話したこともない女性。それに横の男性も続ける。



「チューバを倒してもらったんだ。これくらいさせてくれ!」

「いや、でも……!」

 しかし私の言葉は通じない。この狭い民家に密集している人々が次々に声を上げたからだ。



「大丈夫! 国王軍なんかに負けはしないよっ!」

霧霞族(ミスト)の魔法を舐めるなって!」

「あの時逃げてごめんな!」



「な、んで……」



 わからない。私は青の悪魔だ。人類の敵とされているはずだ。



 それなのに。それを知って尚、なんで私を――。



「ユリーさん、チュウチュウトラップダンジョンの前でスーラちゃんが言ったことを覚えていますか?」



 住民みんな、私を信用していない。ツンデレっぽい台詞だったが、スーラはそう語っていたし、私もそれを吞み込んだ。だって当然のことだから。人間だかモンスターだかわからない存在を信用する方が無理な話だから。



 でも今は。もう、違う。



「住民の方も、ユリーさんがチュウチュウトラップダンジョンで出遭った方も、みんなユリーさんに助けられたんです。そんな人を信用するなって方が無理じゃないですか?」



 あぁ、そっか。



「みんな……馬鹿だなぁ……」



 成り行きとはいえ、みんなを助けた私は。



 もう一人なんかじゃないと、改めて思い知らされた。

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