第2章 第7話 魔王軍
「さすがに村は変わってるなぁ……」
スーラの案内の元、ミストタウンへとやってきた私たち。私の故郷、セレクタウンが滅んだ後にこの村が作られたわけだが、焼き討ちされてしまったので当然元の面影は一つもない。記憶とは全く違う配置で木製の家が並べられ、どこを見ても知らないものばかりだ。たぶん私の家があったであろう場所はただの広場へと変わっていて、少し物寂しさを感じる。
「それにしても……結構人多いね」
混雑、とまではいかないが、少し気を抜けば肩がぶつかってしまうくらいには人がいる。それにやたら露店も多い。そういえばフィアが観光地だって言ってたっけ……。でもここら辺って別に特産品があったわけじゃないはず。100年で何かあったのだろう。
「半分くらいは観光客の方ですね。霧霞族は瞳が真紅なのが特徴なんですよ」
「何で紅いのっ!?」
「いやそんなこと聞かれても……」
くそ、やっぱり解剖してみるしかないか。お願いしたら目玉くれないかなぁ。
「フィアちゃん、スーラちゃん、よく帰ってきたな!」
「あ、ホボロおばさんおひさしぶりですっ」
「どうも、ご無沙汰してます」
人通りの割には狭い道をひたすらに歩いていると、フィアとスーラが露店のおばさんに話しかけられていた。こういう時私は何をすればいいんだろう。すごい気まずい。
「そういえばスーラちゃん、どっか行ってたの?」
おばさんに挨拶を済ませ、再び歩き出したタイミングでフィアがそう訊ねる。一年ぶりに帰って来たというフィアが色々な人から挨拶されるのはわかるが、スーラも同様に再会の言葉を受けている。
「おねぇがいなくなった後すぐにあたしも旅に出たのよ。もっと強くなるために。で、今戻ってきたってわけ」
「えっ!? スーラちゃん大丈夫だったのっ!?」
「いつまでも子ども扱いしないでよ。あたしもう10歳なんだからね」
姉妹の微笑ましいやり取りを聞いていると私も少し……って、
「10歳っ!?」
10歳って、え? 私の身体年齢よりも七歳下で、フィアの五歳下!? こんな大人っぽいのにっ!?
「なに驚いてんのよ。10歳なんてもう働けるし、お酒も飲める歳なんだからね」
「いやそういうことじゃ……ってお酒? そういうのって全部17歳じゃなかった?」
「あんたいつの話してんの? 『移住事態』のせいで全部10歳に引き下げられたじゃない」
「移住事態……?」
知らないワードに胸が躍るが、それはそれとしてやってしまったかもしれない。
「移住事態なんて今時学校にも通ってない子どもだって知ってるわよ。やっぱりあんた少し信用できな……」
「ユリーさんはね、ちょっとお馬鹿さんなのっ!」
訝しむスーラにフィアがフォローしてくれたけど、ちょっと待って。私のこと馬鹿って言った? あろうことかフィアが、私を、馬鹿?
「そ、そうなんだよね……私ば、馬鹿だからさ……はは……」
触手モンスターを召喚してめちゃくちゃにしてやりたい気持ちに襲われたが、ここは我慢だ、我慢。そういうのは全部帰ってからにしよう。
「移住事態っていうのは今から50年前に起きた魔王軍幹部のトラップダンジョンへの移住のこと。人間が直接被害を受けた、ってわけじゃないけど、これまでよりも魔王軍の脅威が人間の暮らす街に近づいた。それを受けて少しでも動ける人間を増やすために成人年齢を引き下げたのよ」
そもそもトラップダンジョンとはこの世界の各地に点在する無人の建造物のことだ。大昔の人間が創ったと言われているが、現代では人間に追われた野良モンスターが生息している。
その中でも私が支配する××トラップダンジョンは異質だ。普通のダンジョンはあっても二桁階まで届かないし、ランダムで階が現れたり人が死なないだなんてうちのダンジョンでしか聞いたことがない。そもそもダンジョンマスターなんて概念は他では存在しないし、正式名称がわかっておらず、通称で呼ばれているのも××トラップダンジョンだけ。とにかくここだけが異常なんだ。
普通冒険者がダンジョンに挑むのはレベル上げだったり、稀に存在するお宝を手に入れるため。だから人間が来ることはあっても、知性のあるモンスターが住む場所ではない。メリットが一つもないからだ。
そんなトラップダンジョンに魔王軍の幹部が住み着いているだなんて……。確かにここから一番近いチュウチュウトラップダンジョンも村から十数キロしか離れていない。確かにそれは法律を変えるほどの驚異だろう。
「でも魔王軍の幹部って『トーテン』でしょ? 十体しかいないし、確認されてるだけで900以上あるダンジョンに住むことはできないんじゃない?」
「あなたってほんと何も知らないのね。トーテンは魔王軍大幹部。ダンジョンに配備された幹部はその部下の100体、『ヒャドレッド』よ。まぁ何体かは倒されたし、人里から離れたダンジョンには幹部は配置されていないけど」
これもう余計なこと言わない方がいいな。知識がないことを馬鹿にされるのがこの世で一番腹が立つ。フィアの妹じゃなかったら許さなかったところだ。
「じゃあチュウチュウトラップダンジョンにいるのはそのヒャドレッドなんだね」
「そう。魔力、体力を吸収することに特化したモンスター、チュパカブラの『チューバ』よ。ヒャドレッドの実力は現在の勇者にも匹敵すると言われている。実際この村の実力者も挑んでは憐れな姿で帰ってきたわ」
ふーん、『名有り』か。モンスターは基本的に言語能力が発達していない。正確には人間に理解できる言葉を話せないのだが、稀にそれが可能なモンスターが現れることがある。それらは高い知能と戦闘能力を持ち、同近種のモンスターを支配している。
個体の名前を持つことから『名有り』と呼ばれているが、それらの討伐はレベル70以上の戦士がパーティを組んでやっとだった。それが村の付近にいるだなんて住民からしたら常に命を狙われているようなものだ。よく観光地をやってられるな。
「まぁそれも今だけの話よ。すぐにチューバは討伐される」
深く考え込んでいると、今までとは明確に異なる声色の声が聞こえた。
「そのためにあたしは帰ってきたんだから」
そう語るスーラの瞳は、濁く、漆黒に染まっていた。




