第2章 第5話 出会いの烈風
「こんな偶然あるんだ……」
まさか私が生まれたセレクタウンがフィアの生まれたミストタウンへと姿を変えていたなんて……。いや、ちゃんと考えてみたらそれほどの偶然ではない。
滅んだ村はいずれ国によって再建される。しかしそこに住んでいた人は私以外全滅。自然別のところに暮らしていた人が移住することになる。密かに生き残っていた霧霞族にはこれ以上ない繁栄の機会だ。なるべくしてなった、ということだろう。
「それにしても全然変わらないなぁ……」
まさか村にそのままワープするわけにもいかないので少し離れたこの地点に降り立ったのだが、ここから見える景色は脳の奥底に眠る100年以上前の記憶を引き出すには十分過ぎた。
もちろんまったく変わっていないことはないのだろう。遥か昔のことだし記憶が勝手に都合よく置き換えている部分もあると思う。
それでも名前も忘れてしまった友だちと一緒に飛び降りた小さな崖。もう顔も思い出せない両親とピクニックに出かけた丘。……村が滅ぼされたあの日、みんなに内緒で冒険に出たさほど離れていない森。どれもこれもが懐かしい。
「ユリーさん。調子はどうですか?」
ダンジョンを出る前あれだけ騒いでいた私を気遣っているのだろう。フィアが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「……うん、大丈夫」
ここが昔住んでいた場所ということもあるのだろう。やはり自然ということで多少の肌寒さを感じるものの、概ね体調は万全と言える。
それよりもう夕方だと思っていたのに、全然昼真っただ中だというのに驚いた。体内時計がどれだけ狂っているのか計り知れない。時差ボケに気をつけないと。それにダンジョン内と同じ感覚でいたらいくら怪我しても足りない。とにかく辺りに気をつけて……。
ああ、だめだ! ひとたび考えたら止まらなくなる。フィアが助けてくれるって言ってたのにっ!
「とりあえず行こっか。あ、くれぐれも他の人に私が××トラップダンジョンから来たってことは言わないでね」
「わかってますよ。わたしもそこまで馬鹿じゃ……」
歩き出したフィアの足が止まった。目の前に現れた色が変色し続ける小さなスライムを見て。
「こいつですっ! こいつがやばいんですっ!」
「……でもこれってマジックスライムだよね?」
確かに魔力や魔法を吸収するモンスターの一種ではある。でも危険度はさほどでもない。体術に何の自信もない私でもなんとか倒せるレベルだと思う。
大きさはまちまちだけどでかいものでも大型犬サイズ。××トラップダンジョン内ならもっとでかいのもいるけど、自然界ではこの私の膝にも届かないくらいの大きさが平均的だろう。
「これが倒せないの? 何なら素手で……」
「ユリーさんあぶないっ!」
私が歩み寄ろうとした瞬間。マジックスライムはその形を腕のような姿に変え、凄まじい速度で私へ襲いかかってきた。
「っ」
「ぎ、りぎり……!」
すんででフィアが腕を引っ張ってくれたことで私は事なきを得る。でもマジックスライムには知性もないからこんな複雑な変形はできないはず……!
「それはマジックスライムではありません。進化種、ハイマジックスライムです」
「なにそれ知らない詳しく教えてっ!?」
「マジックスライムの親分的存在で、つい一年ほど前にここら辺で発見されました。今見た通り姿を変えますし、集まれば大きくなります。おまけに通常種とは異なり、吸収した分の魔力を自分の力にすることもできる……これがとにかく厄介なんです。なのでテンション上げてないで真剣に戦ってください!」
いやいやそうは言ったってこんなの見たらテンションフルブーストだよ! へー、進化種なんてできてたんだね。これはダンジョン内では見られない種類だ。こんなにわくわくすることはない。
「! 集まってきました……! しかもハイの方がたくさん……!」
元いたハイマジックスライムの後方からぞろぞろと液体の塊が跳ねてくる。10……15はいるな……。
「フィア、通常種と進化種の見分け方は?」
「え? あぁ、通常種は本来脚がないのですが、進化種の場合はわずかですが生えていて、少し浮いているように見えるんです!」
ふーん、なら通常種が6、進化種が10って感じか。よしよし。
「解剖用、実験用、飼育用、放牧用、同種繁殖用、上下種繁殖用、異種繁殖用、餌用、予備っ!」
「えっ!? まさか捕まえる気ですかっ!?」
「とーぜんっ! ぜんっぶ、私が調べるっ! オープ……!」
私がダンジョンブックを召喚しようとしたその時、風が吹いた。
「烈風渦旋」
風と一緒にその言葉が届いたかと思うと、目の前にいたスライムたちの身体が粉々に砕け散っていた。まるで巨大な台風に巻き込まれたかのように。
そしてその中心には、右脚を大きく伸ばし、左膝を土に着けた体勢の少女が佇んでいた。
「きゃぁっ」
次いで、最初に感じたものとは比にならないレベルの風が巻き上がる。戦闘態勢だった私とフィアが意識を削がれ、スカートが捲れ上がるのを気にしてしまったほどの突飛さだ。彼女が何をしたのか。どこからやって来たのか。何もかもが、速すぎてわからなかった。
いや、あの大小三つの魔石で彩られた金色のガントレットとニーハイブーツ……あれは……まさか……!
「間に合ってよかった」
スライムたちの残骸が降りしきる中、彼女はゆっくりと立ち上がってこちらを向く。そして微かな笑顔を浮かべると、フィアを見た。
「一年ぶりね、おねぇ」




