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第1章 第2話 魔王が如き力

 思えば単純なことだった。



 ××(チョメチョメ)トラップダンジョンはランダムに現れる二十層のステージをクリアしなくてはならない。このランダムというのがミソで、つまるところ特定の攻略法がないということだ。


 故にどんな実力者でも相性の悪いトラップに当たってしまったらアウト。しかも落とし穴などのような初見殺しが多く、実力を発揮できないことも多い。



 だったら攻略法はただ一つ。全てのトラップの対策法を知っていればいいのだ。



 たとえばネバネバオトシアナというトラップがあった。これは床と同化した箇所を踏んでしまうと落下してしまい、溜まった粘着液にはまってしまうというものである。


 だが耳をすませば床下からギチギチという粘着液が動く音が聞こえるという見分け方がある。これに気をつければ一分で突破することができた。



 他にはテンタクルオクトパスという巨大なタコのモンスターが現れたこともあったが、巨大な分触手を振るう速度が遅い。立ち向かわず冷静に避けていれば割とすんなりと逃げることができた。



 そんなことを繰り返している内に、一度もダメージを食らうことなく20層目もクリア。そして階段を上ると、何もない広大な空間が現れた。あるのは空。いや天井だろうが、まるで本物の夜空のように星が瞬き、暗い空間に明かりを届けている。



『ダンジョン突破、おめでとう』



 おそらく最上階であろうこの場所で夜空の天井を眺めていると、頭の中で声が響いた。美しい女性の声だ。この世で二番目に心地いい……いや、どうだろう。今やあの声は私にとって死神のそれと変わらない。何であんな悪魔とあの御方の血が繋がっているんだ。



「どうも、ありがとうございます」

 頭の中に直接声を届けるモンスターはいくつか知っているし、高等技術ではあるがそういう魔法もある。でもこの声はおそらく違う。もっと上位の存在だ。人間よりも、モンスターよりも高次元な存在。



 もちろん確証はない。ただの勘だが、ただの勘ではない。この世界のあらゆるものの知識を持った私だからわかる、勘。



「それで、このダンジョンを突破したら魔王が如き力を手に入れられるという噂は本当ですか?」

 私の知識を持ってしても上位存在のことはよくわからない。存在すら知らないし、知っていることといえば神話や昔話、伝承くらいか。



 だからこそ興味がある。もし本当に私が知らない存在だったら。このある意味退屈だった死刑台にも意味が出てくるってものだ。



『ああ。事実だとも』

「!」



 へぇ。これは予想外。××トラップダンジョンから帰ってきた人間はいない。だから単なる噂にすぎないと思っていたけど、まさか本当だったなんて。でもそれは困ると言えば困る。



「魔王になるって、つまり人間ではなくなると?」

 そう訊ねた瞬間、私の右手に本が現れた。黒い装丁の分厚い本だ。ノートほどの大きさで、辞書ほどの厚さ。無地で何の本かわからない。

開いてみると、そこにはモンスターやトラップの写真が載っていた。名前もないし、説明文もない。一ページ丸々一体の敵が描かれている。


『これは「ダンジョンブック」。このトラップダンジョンにいる全てのトラップが記されている神秘の本さ』

 全て……目算で千ページ以上はある。でも重さは感じない。魔法の一種か?



『「オープン」と唱えるとその本が現れ、「クローズ」と唱えると本が消える。そして本を持った状態でこの本にあるトラップの名前を唱えれば、そのトラップが出現、使役することができるよ』

「――ヘルドラゴン」



 ためしに20層目で出遭ったモンスターの名を告げると、隣に巨大な漆黒の鱗を持つ竜が現れた。凶暴で凶悪なヘルドラゴン。だが私を見る瞳にはどこか親愛の色を感じる。



「魔王が如き力――」



 なるほど。モンスターを召喚し、操る能力。



 確かにこれは、魔王そのものだ。



『ボクの役目はここまで。そしてそれが××トラップダンジョンをクリアした者への報酬の全て。――君はこの力で何をしたい?』



 そしてその声を最後に声は聞こえなくなった。今ここにいるのは私とヘルドラゴンのみ。



「クローズ」

 そう唱えると、本と同時にヘルドラゴンも消える。これでついに私一人だ。



 『君はこの力で何をしたい?』。それが上位存在からの私への唯一の問いかけ。



 まず真っ先に思い浮かんだのは復讐だった。私を殺すつもりだったザエフ・F・ヴレイバーへの復讐。



 でもそれはありえない。そんなことをしてはノエル様が悲しむ。



 次に思い浮かんだのは魔王討伐。魔王と同等の力を持つならば、勝てる可能性だってゼロじゃない。



 でもそれはありえない。仮に私が魔王を倒してどうなる? モンスターを使役する存在を生かしておくか?



 私はノエル様を助けたかった。別に魔王を倒したいわけじゃないんだ。苦しんでいる人々を助けたい気持ちはあるが……私を捨てたあの世界を命を懸けてまで助ける義理はない。



 だって私はもう死んでいるんだ。このダンジョンに入った時点で。



 私の生きる世界はこの××トラップダンジョンのみ。だったら私のやるべきことは一つだ。



「私はこの力で――スローライフを送る」



 そしてあれから。



 100年が経った。

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