第2章 第2話 最強フォーム(挿絵あり)
「ここは……?」
「農園フロア。お肉ばっかり食べてると身体に悪い……ことはここではないんだけど、野菜だっておいしいんだよ。フィア、かれーって知ってる? とんでもないよ、すっごいおいしい。しかも一日寝かすとさらにおいしいのっ!」
「へー、楽しみですっ! 今夜メイさんに作っていただきましょうっ!」
メイたちを帰した後、私はフィアを屋外へと連れ出していた。屋外と言ってもダンジョン内。それでも畑エリアは野菜が育つのに最も適した日差しを常に届けてくれている。空気だって他のフロアより断然おいしい。
「それにしても、ほんとたくさんの人がいますね……」
土で盛り上がった畝を慎重に歩いていると、後ろのフィアが声を漏らした。顔は見えないが、おそらく辺り一面に広がる被害者の群れを見ているのだろう。
「でも助けてあげることはできないんですよね」
「うん、特別な理由がない限りね」
既にフィアへは被害者への対応を話してある。価値観が普通なフィアはだいぶ食い下がってきたが、私に迷惑がかかるということで渋々納得してくれた。
「あ、これ触らないようにしてね」
やはり今も完全には受け入れられないのか、普段馬鹿みたいにうるさいフィアが静かだ。若干の気まずさを感じながら安全な野菜を目指して進んでいると、畑からサワリグサの蔓が道の上に伸びているのを見つけた。これに触れると蔓が絡みついて動けなくなってしまう。しゃがめば十分通れるが、フィアは何より馬鹿だ。ちょっと気にしてあげよう。
「大丈夫です。わたしにはこの魔法があるのです、霧隠れ!」
すごいドヤ顔で聞いたこともない魔法を唱えたフィアの身体が煙に包まれる。こ、これは……!
「わたしは小さくなれるのですっ」
小さくなったっていうか……。
「子どもになった……?」
煙が晴れて出てきたのは、妹と聞かされれば納得できるほどにフィアそっくりの少女。見た目は10歳くらいか……。大きかった胸は見る影もなく、布が余って全体的にダボっとしている。これ、まさか若返りの魔法……?
「それどうなってるのっ!? 魔力をあっし……」
「おっと。もうわたしはユリーさんの性格をわかっていますよ? ちゃんと説明してあげるので安心してくださいっ」
く、くそ腹立つ……! でもこのテンションのフルブーストはどうやったって止まらない……!
「この魔法は霧霞族に伝わる原初の魔法です。ほら、前に霧霞族はカロリーを消費して魔力を生み出せるって言ったでしょう? それを活かすためにわたしたち一族はカロリーコントロールができるようになっているんですよ」
「うんうんっ、それでそれでっ!?」
やばい、よだれ垂れそうだ……! こんな人種がいただなんて……!
「霧霞族の女性は基本的にカロリーを胸に蓄えます。でも大きすぎると邪魔になるじゃないですか。そこで過剰な分を魔法を使って外に出すことができるんです。その正体が、これ」
フィアは余っている袖を捲り上げ、小さな手を見せてくる。そこに握られていたのは小さな白い飴玉のような球体。
「マジックボールと言って、体外に排出したカロリーを魔力の塊にしたものです。わたしの場合はこれ一つで超級魔法一発分ですね。本来は邪魔なカロリーを出すだけのものですが、それを応用して全身のカロリーをまとめることで子ども化できるんです。すごいでしょう?」
「すごいすごいっ、ねぇ、気になったこと聞いてもいいっ!?」
「ええ、どうぞ。なんでも聞いちゃってくださいっ」
フィアのドヤ顔がうざいが、それはそれとして! 聞いておきたいことがいっぱいある。
「女性が胸なら男性はどこにカロリーを溜めてるのっ!?」
「…………。ぅひゃっ!?」
私の質問にフィアは一瞬硬直するが、すぐに顔を真っ赤にして小さい身体であたふたとし始めた。
「わ、わたしの口から言えるわけないじゃないですかっ!」
「なんでっ!? ねぇ教えてよっ! 何でもするからっ!」
「言えませんっ、この痴女っ!」
「なんでっ!?」
突然の悪口にこっちが面食らってしまった。まぁ言いたくないことを無理矢理聞き出すつもりはないけど……。
「じゃあさ、子ども化じゃなくて大人化もできるのっ!?」
「あっ、それはできますよ」
誤魔化すためかぷんすかとサワリグサの蔓の下を小さな身体で通り抜けるフィアだったが、次の質問には素直に答えてくれた。
「マジックボールの体内への戻し方は食べること。普段の姿でマジックボールを食べると、急激に増えた魔力に適応するために身体が大きくなります。身体を強制的に成長させるので負担は大きいんですけどね。今は子ども状態なので二つ食べます」
そう言うとフィアは重そうに持っていた杖の底を捻って外し、中から持っていたものとは別のマジックボールを取り出した。
「そうやって保管してるんだね」
「みんなはポーチとかですけど、わたしは魔力も蓄えられる量も人より多いのでかさばらないよう武器の中に入れてます。こう見えてわたし、霧霞族始まって以来の天才なんですよ? みんなできて二、三個なのにわたしは十個も作れます。わたしすごいんですっ」
「大人モード!」と高らかに声を上げ、フィアは口の中にマジックボールを二つ投げ入れる。するとさっきと同じように煙に包まれ、中から出てきたのは……!
「フィア、最強フォームですっ!」
おお、すごい。本当に大人になった。150センチ前後だった身長は157センチの私を抜き去り、160センチほどまで上がっている。それに伴い元々大きかった胸もさらにボリュームを増し、どこかアンバランスさを感じたスタイルがまさに完璧な女性、という感じになった。顔立ちも当然大人びているが、ドヤ顔のせいで何だか台無しだ。
「こうなったわたしは……あ」
「ちょっ、馬鹿っ!」
フィアはサワリグサを子ども化して潜り抜けている最中だった。つまり身長が上がれば自然と当たってしまうわけで……!
「ふっふっふ。慌てなくても大丈夫ですっ。大人モードのわたしは筋力も上がっているのですっ! とりゃぁっ!」
「ぶぺっ」
フィアは長くなった身体を捻り、サワリグサの蔓を杖で叩き飛ばす。そのせいで今度は私の顔に当たって……!
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「ユリーさんっ!?」
判定が私に移ったのか、畑から大量の蔓が伸びてきて私の四肢を絡めとった。
「なんで、私が……んっ、こ、のっ、調子に……オープ……ふわぁんっ」
蔓は私の身体を持ち上げると、エネルギーを効率よく吸収しようと服の中に潜り込んでくる。ダンジョンブックを召喚しようにも縛りが強くなって……!
「フィ、フィアっ、たす、け、ぁんっ」
「安心してくださいっ。ここからが大人モードの真骨頂ですっ! 蓄えた魔力を一気に開放して……!」
ちょっ、なんか空気が揺らいでるんだけどっ!? この程度のモンスターなら初級魔法でじゅうぶ……!
「超巨大炎っ!」
次の瞬間。家数十個分の大きさはあろう炎の塊が、サワリグサや私もろとも畑の大部分を焼き去った。




