第1章 最終話 時の王
「えぇっ!? ユリーさん117歳なんですかっ!?」
「言い方……」
ミュー様との戦闘を終えた私は、フィアを連れて家に帰っていた。もうここまで仲良くなってしまっては地獄に辿り着くとわかっている××トラップダンジョンに挑ませるわけにはいかない。今の私の現状、××トラップダンジョンについてわかっている全てをフィアへと伝えると、なぜか妙なところに食いついてきた。
「どうしましょう、もっと敬った感じで呼んだらいいですかね? ユリーおばあさんとかっ」
「さっきも言ったけど私にはあなたを快楽地獄に堕とす力があるんだからね」
「ひぇっ、ごめんなさい。気にしてますよね……そりゃ……もう若くないんですし……」
こ、こいつ素で言ってるのか……! 常軌を逸したお馬鹿さんだ。
「あのね、100歳を超えているって言っても私の身体は17歳から変わっていないの。脳の大きさだって同じだし、これはもう永遠の17歳ってやつなんだよ」
「そ、そういうものなんですかね……?」
「そうなの! それ以上歳のこと言ったら触手漬けにしてやるから!」
「ひぃっ」
ガタガタと震えるフィアをリビングに置き去りにし、私は自室へと戻る。別に本当に怒ったわけではないけれど、ちゃんとお話したい人がいるから。
「……失礼します」
誰もいない、いや、誰もいないことになっている自室にノックをして入る。ヒーリングベッドにインフェルノデスク、スペースミラーやオリジナルの秘書官服がしまってある箱といった必要最低限の家具しかない質素な部屋に新たに加わった人へと挨拶するために。
「つまらない部屋ですがいかがでしょうか。と言っても娯楽品はダンジョン内にはないのでどうすることもできませんが……いっそ記憶の中のノエル様のお部屋を再現してみましょうか。トラップで補うしかないのがもどかしいのですが」
私の言葉に返ってくる声はない。それでも伝えるって決めたから。
私は部屋の端で氷に包まれているミュー様に語り続ける。
「それで、わかっていただけましたかね。私はザエフ様を殺していないって。証明はできないのですが、本当に殺していないんです。信じてくれたらうれしいです」
ここでは死ねないし、数十年数百年単位で責められもしない限り気絶もできない。だから私の声は届いているはずなんだ。怨恨の表情に変化はなくとも、この想いは伝わっているはず。
「でもまだ呑み込めないですよね。だから時間に解決してもらおうと思っています。数日か数ヶ月か、数年……わかりませんが、ミュー様が落ち着いて話を聞いてくれるようになるまで待ちます。なんか脅迫みたいになっていますよね、すいません」
ここには娯楽品はないが、時間だけは無限にある。毎日毎日こうして語りかけるしか私にはできない。
「でもいつかわかり合える日が来るって信じています。だからひとまず、休憩しましょう」
人間が本当に心を休められる瞬間なんてない。家族のこと、仕事のこと、将来のこと。悩みは尽きない。私も毎日毎日知識を蓄えることで精一杯だったし、ノエル様はそんな私とは比にならないほど時間に追われていた。
でも××トラップダンジョン内では。ここでのスローライフでは、悩む必要なんて何もない。毎日好きな時に起きて、好きな時に遊んで、好きな時に働いて、好きな時に眠る。外の世界ではできなかったことだ。
ここで100年過ごした今、思う。××トラップダンジョンでのスローライフこそが人間のあるべき姿なのではないか、と。
でも私のような特殊な事情がない限りそれは叶わないから。少しの間だけでも、身体を、心を、休ませてあげたい。それが今の私が唯一ミュー様にできることだ。
「それでは――おやすみなさい」
そして私は部屋を出る。少しフィアにダンジョンの紹介をしてあげよう。その間に食材も採ってくるのもいいかもしれない。
この100年間とは明らかに違いながらも、何も変わらないスローライフを。私は再び歩き始めた。




