第1章 第11話 脱衣
「フィア……何でここに……?」
「ちょっと休憩して次の階に進んだらユリーさんが縛られてたのでまずいですーって思って。間に合ってよかったです」
ミューが殺すのを望み、私が殺されることを望み。その二つの願望を打ち砕いたのは、ランダムに出現する千を超えるフロアからたまたまこのジュエルシェルの住処を引き当てたフィアの運だった。
「私のことはいいから早く次の階に進んで!」
「え? もしかしてわたしがいなくても大丈夫系でしたか?」
「いやそういうわけじゃなくて……!」
殺されたかった。なんて素直に言ってもこの馬鹿っぽい感じからして納得してくれないだろう。今はそれよりも、だ。
「とにかく早くどっか行って! でないとあなたも……!」
「貴様も、青の悪魔の仲間か?」
恐ろしいことに剣を振るった風圧だけで鎮火を行ったミューが、その切っ先をフィアへと向ける。このままではフィアも殺害対象だ。
「この子は私とは何の関係もないっ! 殺すのなら私だけを……」
「わたしはユリーさんのお友だち、フィア・ウィザーです! それとユリーさんは青の悪魔ではありませんっ!」
「ちょっと話ややこしくなるから黙ってて!」
どうしようこの子、思ってたより数段馬鹿っぽい。しかもいつの間にか友だちになってるし。
とにかくフィアを遠ざけよう。××トラップダンジョン内では死ぬことはないとはいえ、何度も殺されれば精神が壊れる。そもそも使えても中級魔法までのフィアでは勇者であるミューに太刀打ちなんてできない。
「貴様、モンスターを庇うということがどういうことかわかっているな?」
「わかりませんし、そもそもユリーさんはモンスターではありません」
「青の悪魔は人類が打倒しなければならないモンスターに他ならない」
「だからユリーさんは青の悪魔じゃ……!」
「飛翔斬!」
「! しゃがんでっ!」
「え? は、はい!」
噛み合わない問答に痺れを切らしたミューが飛ぶ斬撃を繰り出す。間一髪かわした衝撃波は私たちの頭上を掠め、後方の壁に激突する。××トラップダンジョンの壁は壊れることはないと知っていても、斬り裂かれてしまうのではないかと思ってしまうほどの迫力だ。
「ひぇっ、あの方すごいですね……」
「いいから謝って! 今ならまだ間に合うからっ!」
「残念だがモンスターを守ることは我がカウン王国において死罪に相当する。もう全て手遅れだ!」
勝者の十字架の刀身に鋭い銀色の光が宿る。これは本気になった証。衝撃波の速度も上がっているはず。
「テレポートゲート!」
私はここから逃げ出す入口をフィアの横に作り出す。これでこの子だけでも……!
「そこに飛び込んで!」
「ならユリーさんも一緒に!」
「私はいいから早くっ!」
「じゃあわたしもいいですっ」
「なんでよっ!」
ミューが光り輝く剣を構える。もう猶予はないというのにそれでもフィアは頑なに退こうとしない。
そもそも私とフィアは何の関係もないんだ。ただ結果的に二回助けてしまっただけで、たったそれだけの付き合いでしかない。
「なのに、なんで……!」
「飛翔斬・煌!」
ミューが技を放った声と、風を斬り裂く音が聞こえる。まるでチェーンソーが間近にあるかのような轟音だ。数秒後には私の身体はバラバラに裂かれていることだろう。
その音の中に。微かに一つ。声がした。
「あなたに助けてもらったから」
「魂の転職――」
瞬間、私は唱えていた。
××トラップダンジョンの理から外れる、奥の手の魔法を。
「――給仕衣」
今まで目に見えなかった斬撃がその威力を示すかのように輝きながら私たちを襲う。
だがその輝きは、また別の輝きによって弾かれた。
「泡……?」
「あれ? いつの間にお着替えを……?」
フィアの前に踊り出た私を見て、前方のミューと後方のフィアが目に見えているものをそのまま口にする。
そう。私は着替え、泡を出したのだ。まるで掃除を行う家政婦のように。
「これはメイド服。炊事洗濯、様々な家事を行う者の制服だよ」
今の私の格好は、家事のスペシャリスト、メイが着ているものと全く同じもの。というよりメイの力を宿した、と言った方がしっくりくる。
私は魔法が使えない。だがマカが存在しないわけではない。外の世界にいる内は知識をつけるのに精一杯で学ぶ時間がなく、ここに来てからは魔法を使う必要がなかっただけだ。
でもある時ふと思った。ダンジョンブックだけでは接近戦に対応できないと。今まで接近戦はなかったが、できることを増やすに越したことはない。
そこで私は魔法を覚えることにした。せっかく時間があるのだし、私オリジナルの魔法、『原初の魔法』を創ったのだ。
それがこの『魂の転職』。××トラップダンジョン内のモンスター……と言ってもメイやセイバのような人型限定だが、私の身体に融合させる魔法だ。
この魔法を使えば私もモンスターと同等の力を発揮できる。さっきの衝撃派を泡で受け流したのがまさにそれだ。だがモンスターと融合したことで私の身体は純粋な人間ではなくなり、××トラップダンジョンの恩恵を受けなくなる。
つまり、殺されたら死んでしまうのだ。生き返ることなく。半人半妖なので傷については治るのが遅くなる程度なのだが、死に抗う術はなくなる。
しかしデメリットばかりではない。この魔法はダンジョンマスターの力と魔法を混合させたいわばバグのようなものだ。××トラップダンジョンの理から外れている。
試したことはないが、感覚でわかる。この魔法で傷つけた相手も××トラップダンジョンの恩恵は受けられなくなる。簡単に言うと、こうだ。
今この場だけは、外の世界と同じ。殺せば死ぬし、殺されれば死ぬ。
「服が変わったから何だと言うんだ。さっきはたまたま上手くいったようだが、次はそうはいかんぞ」
勝者の十字架が再び光を纏う。確かにミューの言う通りだ。この泡は物体を弾く力を持っているが、そもそも向こうは万物を斬り裂く聖剣。次も下から当てて弾き飛ばすことができるかはわからない。
でもそんなことはどうでもいいんだ。魂の転職を使ったことも。ただの副産物に過ぎないんだから。
「わかってないな。秘書官服は主に仕える者が着る服。それを脱いだってことは、覚悟を決めたってことだよ。あなたを倒す覚悟を」
フィアは言った。「あなたに助けてもらったから」、と。だから私を守ると。
その言葉を聞いた今、私は死ぬわけにはいかなくなった。
だって私が死んだらフィアが悲しむ。今のフィアは、かつての私なんだから。
命の恩人を助けたい。そのために命を懸ける。その気持ちを私以上に知っている人間はいない。それを失う苦しみも。
まぁ色々理由を捻り出したけど、結局のところこれに尽きる。
フィアも私を助けてくれた。恩人には尽くすタイプなんだ、私は。
「いくよ、フィア!」
「はいっ、お供しますっ!」
こうして私は、100年ぶりに服を脱いだ。




