Confesess-1 9
第九章
翌日、数弥は、職場である真知新聞事件部の自分の席で、じっと何かを考えていた。
野々中数弥、二十六才は、岩手県岩手郡の農家の次男坊である。
彼は小さいときから、カメラが大好きであったのだ。また、超のつくアイドル好きでもあったため、中学のときから、自分の好きなアイドルのコンサートがあったら、カメラを持って撮影に出かけ、必ず、その姿をカメラに収めていた。
その後、数弥は上京し、東京の大学に進学した。そして、相変わらず、目当てのコンサートがあるたびに、一眼レフの高性能カメラを持って、会場に出かけていた。
ところが、ある日、目を付けられていたのか、コンサート帰りに、四、五人の少年たちに囲まれて、恐喝をされかかったのだ。そこを、たまたま通りかかったのが、三つ年下の競羅であった。競羅は、簡単に、その不良たちをいなして彼を助けた。そのあと、
「あんた、一人でいたら危ないよ。最近は物騒だからね。それより、なぜ、そんな格好をして、うろついているのだい?」
と質問し、それが縁となり、数弥は、競羅と知り合うことになったのである。
そして、大学三年のとき、その競羅に、
「あんた、アイドルが好きなんだろ。そういうことなら新聞社に就職すればいいよ。芸能プロに就職しても、特定のアイドルにしか知り合えないし、新聞社なら、写真も取り放題だし、たくさんのアイドルの情報を得ることができるだろ」
アドバイスを受け、真知新聞の入社試験を受けたのだ。
もともと、頭もそんなに悪くなく、努力家の数弥は、無事、試験にとおり、晴れて、真知新聞に入社をすることになった。だが、仕事の内容は、そんなに甘くはなかった。
「よかったじゃないかよ、希望のところに就職できて。まっ、ものは考えようだね」
結局、競羅の情報網の一つにされてしまったのであった。
数弥は、出社から、ずっと考えていた。昨日、再会をした不思議な少女、天美のことを、
「だから、それも、わったしが、ちから、使って自白させたの!」
特に、彼女が口走った言葉が、頭からこびりついて離れないのだ。
〈どうなのかなあ。もし、そうだとすると一連のことも、つじつまがあうし、本当に天ちゃん、悪人に罪を自白させるスキルを持っているのかなあ。しかし、まさに、天ちゃんの顔つきって、超人気アイドルだった、静香ちゃんと真澄ちゃん、お二人の顔のいいところを取ったような感じすね〉
数弥は夢想していた。二人とも、時代は少しずれているが、その時代の超トップアイドルだった女性である。今は、初々しさはなくなってしまったが。
〈目元、口元は静香ちゃんで、鼻筋、顔の輪郭は真澄ちゃんかな。とにかく、一度、電話して、確認をしないと、泊まってる宿の番号は覚えましたし〉
その数弥の夢想中、一本の内線電話がかかってきた。
すぐさま、デスクの見谷が、その受話器を取った。すると、総務の女性の声がした。
「担当の社員に情報を提供したいという電話が入っています、今、切り替えをしますので、よろしく、お願いします」
そして、電話は外線に切り替えられ、デスクは、謎の情報提供者と通話を始めた。
「確かに、そのセラスタの資料を持ち帰ったのは、うちの記者ですがー、それが何か?」
デスクに言葉に相手は応答した。
「えっ! その記者に変わって欲しいってー、どういう意味ですー?」
そのあと、数分、デスクと相手の押し問答が続いた。
だが、相手は妥協をする気がないようである。デスクは根負けをし、
「わかりましたー。彼は、ここにいますから、少々、お待ち願えますかー」
相手に答えると、電話をメロディに切り替えて、数弥を呼んだ。
「おーい、野々中くーんー」
「は、はい、何でしょうか?」
物思いに、ふけっていた数弥は反射的に返事をした。
「電話だよー。どうしてもー 野々中君じゃないと、話せない内容だってさー」
「えっ! 僕にすか」
「そうだ、おかしな電話けど、タレコミのようだからー。よろしく頼むよー」
「わかりました」
そして、数弥は応対に出た。すると、受話器の向こうから、緊迫した声が聞こえてきた。
「あ、あんたか。例のメモリー、守ったのは!」
「そ、そうすけど、あなたは誰すか? 何か僕に用があるんすか?」
得体のしれない相手に数弥は不安そうに尋ねた。
「私のことは誰でもいい。それより、買ってもらいものがあるんだ」
「買う? それは何すか?」
「今回の邦和の事件、大物代議士がバックにいると、噂をされているな」
「ええ、あれだけの事件、双方の国の政治家の助けがないと、隠し通せませんから」
「それなら、話が早い、その噂の大物代議士、釘家との癒着の証拠があるのだよ」
「今、何ておっしゃいましたか?」
数弥は突然の言葉に、思わず聞き返した。
「聞こえなかったのか。釘家代議士と邦和の連中との、つながりをしめす証拠だよ」
「ほ、本当すか?」
「ああ、間違いない」
「それで、いくらすか?」
「値は会ったときに言う」
「どこで会うんすか?」
「今日の午後二時、芝浦ふ頭駅近くにある喫茶店ポッコリだ」
「芝浦の喫茶店、ポッコリすね」
「そうだ、遅れるなよ」
相手は、その言葉を最後に通話を終えた。
「さーて、どういう話だったのかなー?」
通話を終えた数弥に、デスクが興味の眼をして声をかけてきた。
そして、数弥は、内容についてデスクに報告をした。そのあと、二人は難しい顔をして考えていたが、やがて、ある結論が出たのである。
その後、席に戻った数弥は、反射的にある番号をダイヤルしていた。
競羅は、いつものように、パチンコにふけっていた。時間にして午前十一時半、そろそろエンジンがかかって、もうけ始めた頃である。
チャンチャンチャララララ
そのとき、電話が鳴り、点滅をし始めた。表示画面をのぞくと、相手は数弥である。
「もしもし、姐さんすか?」
「あんたか、何だよ。今、いいところなのに」
競羅は不満そうな声を出した。
「実は、大事な用件があるんすけど」
「急ぎの用事かい?」
「ええ、そうす。午後二時までということなんすけど」
数弥は、先ほどの電話の内容について、説明を始めようとしたが、
「何か込み入った話みたいだね。少し待ってくれないかい。くぎりがついたら出るよ」
そして、約十分後、二人は再び通話をしていた。
「なるほど、そんな、タレコミがあったのか」
パチンコ店内のレストルームで競羅は答えていた。
「ええ、姐さん。それで、どう思います?」
「思うって、どう考えても罠だろ。あんたを指定したところから見ても、見せしめの粛正が目的だね。だいたい、待ち合わせ場所が怪しいだろ。芝浦ふ頭駅前の喫茶店なんて」
競羅はきっぱりと答えた。喫茶店、ポッコリは、芝浦ふ頭駅から、港方向に歩いて一分のところにあるのだ。
「ええ、僕も見谷デスクも同意見す」
「そこまで、わかっていたら、行かない方がいいだろ」
「でも、本ネタでしたら、大スクープすから」
「ありえないと思うけどね、それで、あんたは、結局、どうするつもりだい?」
「そのことすけど、デスクと二人で考えて、喫茶店で待ち合わせをするところまでなら、安全だから、行ってもいい、ということになったんすよ」
「なるほど、けどね。そのあと、違う場所に誘導をされたら」
「デスクは、その場合は、『深入りをするな』と言っていました」
「それが、常識がある対応だね」
「ですが、僕の考えは違います。そのあとの護衛を、姐さんと天ちゃんに頼みたいんす」
「そういうことかよ。そのために、わざわざ電話をね。ははは、ご苦労なことだね」
「その口調、では、ダメなんすか。当たれば大スクープすよ」
「おめでたい人だね。そんなバレバレな罠、誰が行くかよ」
「でも、完全に罠とは言い切れないんすよ」
「それはまた、なぜだい?」
「この事件、政治家が関わっていると噂をされていますね」
「ああ、普通に考えたらそうだろうね。外国発だからね」
「ええ、捜査は、最終的には政界まで行くだろうと言われてます。それで、姐さん、釘家代議士を知っていますか?」
「今、邦和疑惑で、世間をにぎわせている一人じゃないかよ」
「ええ、詳しいことは検察がにぎっていますが。与党では政審会長の職についています」
「となると、大物の部類か」
競羅の口調が真面目になった。
「ええ、外務省出身で、経済産業大臣、外務大臣を歴任していますから。あれから調べたところ、例の事故で、セラスタへ派遣された調査会、その会長でしたよ」
「これはまた、いかにも、黒幕そうろうなお方だね。それで、その証拠があると」
「と、向こうは言っているのすけど」
「それは、やっぱり罠だよ。何か、実際の取引場所は倉庫街の中になりそうだしね」
「そうかもしれませんけど、本当に罠だとは、はっきりと言い切れないんすよ。政治の世界は足の引っ張り合いすから」
「それは、どこの世界でもあるだろ」
「とにかく、この釘家という人物は、経歴からもわかるとおり、総理の超有力候補の一人なんす。姐さんもご存じの通り、総裁レースは熾烈なものなんすよ。金と権力、それと相手のスキャンダルを握ったものが勝つという。そのため、よく怪文書も出回るんす」
「それまた、人の世の縮図だね。それで、あんたが思うに、その相手がタレこんできたと」
「ええ、詳しく記事にはしませんけど、大物政治家のスキャンダルの半分は、新聞社か雑誌社へのタレコミなんすよ。どうです、少しは信憑性がでてきたでしょう」
「総合的に判断をすると、よく見て三割だね。罠でない可能性は」
「三十パーセントもあれば、いいじゃないすか」
「あんたねえ、丁か半のばくちでも確率は半々だよ。安っぽいマスコミ根性ごときで、命をかけることができるのは、そこまでだよ。三分の一以下なんて願い下げだね」
「前のときは、協力をしてくれましたのに」
「あれも、かなり怪しかったけど、義兄さんから頼まれたから仕方なくだよ。お世話になっている義理の分、動いただけだよ。とにかく、今回は、そのことが原因での、復讐の可能性の方が高いから、お断りだね!」
「そうすか、すでに、天ちゃんには・・」
「あんた、今、何を言った!」
競羅の口調が鋭くなった。聞き捨てならないことを聞いたのだ。
「今、僕、何か言いましたか」
数弥はとぼけた。
「言ったよ。はっきりとね。『すでに、あの子には』と、どういうことだよ!」
「えっ! そんなことを」
「すでに、あの子に、頼んだのだね。はっきりしな!」
競羅のドスのきいた声に、思わず、
「ごめんなさい、頼んでしまいました」
数弥は白状をしたのである。それを聞いて競羅は言った。
「まったく、どういう、神経をしているのだよ」
「それは、その、天ちゃんのことを考えていたら、勝手に手が動いちゃいまして、気がついたら、発信をしていたんすよ。電話番号を暗記してましたから」
「暗記って、あんた相変わらず、そういうことだけは・・ とにかく、そんなことは、今はどうでもいいよ。それで、あの子は承諾をしたのかい?」
「したも何も留守でした。だから、応対に出た宿の女性に伝言を頼んでおいたんす。名前をきちんと名乗って『重要な用件で、協力を頼みたいから、もし、間に合うのなら、午後一時五十分までに、芝浦ふ頭駅入口前に来て欲しい』って伝えてくださいと」
「そうかよ。それなら一安心だよ」
競羅はホッとした口調になったが、すぐに、顔を真剣に戻し言葉を続けた。
「一つ、ここで確認をするけど、あの子が、待ち合わせ現場に来なかった場合は、今回の怪しい取引を、きっぱりと、あきらめるのだろうね」
「もちろんす」
「もちろんか。ということは、こっちは、まったく、当てにならないということか」
その競羅の言葉に、数弥は、また、まずい言葉を言ったと気づき、
「そんなことはないすけど。ただ、相手が、どれだけ強いかわかりませんから」
慌てて弁解した。だが、競羅の返答は違っていた。
「それで正解だよ。決闘でもそうだけど、こういう場合、向こうの指定した現場に行くというのは、まずは相手の素性、その人数、つまり戦力がわかっているときだよ。それが、まったく、わからないのに行くのは、無謀というか、ただのバカだね」
「そうすか、では、気分を害したわけじゃないんすね」
「ああ、念を押すけど、あの子が、待ち合わせ場所に来なかったら中止だよ」
「それは、わかりました」
「よかった。何にしても、これ以上、面倒ごとはいやだから話を終わらせてもらうよ」
そして、通話を終えたのである。通話後、競羅は、すぐさま、天美の泊まっている宿に電話をした。そして、取り次いだ係の女性に伝言を伝え終わると、
〈ふー、宿の人に、『さっきの男からの伝言だけど、罠だし、危険なことになるから、絶対に来るなって、伝えておいて』と、言っておいたよ。これで万が一、時間までに、あの子が宿に戻ってきても、現場に来ることはないね。一安心だね〉
安堵の表情を浮かべていた。
ところがところが、午後二時ちょっと前、競羅は連絡の通じた天美と一緒に、芝浦の現場に立つことになってしまったのだ。
彼女たちは、謎の通報者との待ち合わせ場所である、喫茶店ポッコリから、少し離れた場所で、中の様子を見つめていた。とはいえ、店内は丸見えのポジションである。
二人が見張る中、数弥は店内で、コーヒーを飲みながらくつろいでいた。一方外では天美が競羅に話しかけていた。
「何か、前と、よく似た感じになってきたね」
「ああ、何の因果か、また、こんなことに、あんたを巻き込んでしまったよ。しかし、あんたが時間に間に合ってしまったとは」
「だって、あのときは、近くに、ご飯、食べに行ってただけだし」
「けどね。あんたも、よく、ここに来る勇気があったね。本当に怖くないのかい」
「怖いって何が?」
天美は答えながら微笑みを浮かべていた。
「むろん、この尾行だよ。今なら、やめることができるよ。数弥も迷っていたからね」
「どうして、やめるの?」
「なぜって、危険だからだよ。あとから、伝言を伝えておいただろ。『危険なことになるから、絶対に、ここに来るな。罠だから』って」
「あっ、それね。だから、余計、興味出てきたというか。あの二度目の伝言なかったら、行くかどうか、わからなかったけど」
「う、裏目に出たのか」
競羅は苦虫をつぶした顔になった。
「そういうこと」
「こっちは、あんたの、そんな性格をよく知らなかったから、思わずかけてしまったけど、これからは、気をつけなければならないね。しかし、つくづく困った子だよ。正直言うと、こっちは、あんたが来ない方を心から望んだよ。『来なければ取引をあきらめる』って、数弥は言っていたからね。それを!」
「わるかった?」
「いい悪いの問題ではなく、本当にやめるのなら、今のうちだよ」
「つまり、ざく姉、怖いんだ」
「あんた・・」
競羅は、思わず天美を殴ろうとしたが、前のこともあり押しとどまった。その代わりに、半ば、やけっぱちの口調で言った
「ああ、怖いよ。まともな神経だったらね」
「やっぱり、怖いんだ」
「あんたね。前々から一度、言おうと思っていたのだけど、勇気と強気というのは、まったく、意味が違うことを知っているかい」
「それぐらい知ってる。セラスタでも、チーム組んだ人たちから、同じこと言われたし」
天美の答弁を聞き、競羅は説得方法を変えることにした。
「そ、そうかい。知っているならいいよ。言いかい、よく聞きなよ。数弥とも話し合ったけど、たぶん取引の場所は、人が寄りつかない倉庫街だよ。でなければ、こんな場所に呼び出さないからね。そこで、銃をかまえた男たちが待っていたら、どうするのだよ?」
「銃って、今度は機関銃とかそういう」
「あんた、テレビの見過ぎというか面白いことを言うね。でも、実際そういう可能性もまったくないとはいえない場所だよ」
「でも、それぐらいのことなら、セラスタでも、しょっちゅうあったし」
「な、何だって! あんた、冗談もいい加減にしないと!」
「わったしの言ってること、冗談と思うの」
発言をする天美の顔を競羅は、じっと見つめた。そして、思い出したように言った。
「確かにセラスタだからね。犯罪率はブラジルやメキシコ以上と聞くから」
「そう、本当にこんなこと、しょっちゅうだった。マシンガン持ってたギャングも大勢いたし。政府の兵隊さんたちは、もっと、殺傷能力ある高射砲、持ってたし、あと、宗教違いのテロ組織、そういう人たちと何度もぶつかったのだから」
「それで、よく生きてたね」
「それはまあ、やっぱり、ちから持ってた分、有利だったし」
「しかし、本当に信じられない話だよ。でも、信じるしかないというか」
「でも、そういうときは・・」
天美の言葉が止まった。
「どうしたのだい、急に黙ってしまって」
「やはり、相手に、死人がでちゃうというか」
「死人、つまり死者か」
「そう、どうしてもそうなっちゃうの。それは、わったしだって、なるべくなら、そうならないため、ちから、使いたくないのだけど、どうしようもない場合だってあるでしょ。
たとえば、相手が、わったしの知ってる誰か撃とうとしたときって、それ防ぐために、ちから使うしかないでしょ。すると、その、ちから使われた人が、助けようとして、その相手に銃撃やめるように注意するのだけど、それでも、やめなければ、力尽くで、その行動、阻止しようとする。つまり、仲間、撃ち殺すことも起きるの」
天美の説明を聞きながら競羅は背筋の凍るような感じがした。まさに、以前、目の前で見た光景そのものの話をしているからだ。あのときは、どちらの場合も、リーダー格の男が、部下から拳銃をつきつけられたことに戸惑った結果、それ以上のことはなかったのだが、それでも、強引にこと(相手側への危害)を進めようとしたら、撃ち殺されるということになるのだ。それだけ、目の前の少女が持っている能力は異次元的ということか。
「そうだね、確かに、あんたの言う通りかもしれないね。だけど、相手が大勢いた場合は、どうするのだよ。そんな、能力では太刀打ちできないよ」
「それが逆、もっと相手に犠牲者出ちゃうの」
「どういうことだよ?」
「考えて見て、何人いても、わったしが、ちから使ったら相手は混乱するでしょ。そのスキに他の兵士たちに、ちから使う、すると、あちこちで同士討ち始まるの。同士討ちの場所が増えると、相手はもっともっと混乱する。わったしは、そのスキにまた別の兵士たちに、ちから使う。そうなると、最後は全滅するというか」
「おいおい」
「とにかく、そういうこと、わったし、自分のちから自慢するわけじゃないけど、相手の人数が多けば多くなるほど、武器もまた強力であれば強力なほど、向こうの被害大きくなるの。でも、この、弱い方のちからは、さっきも言ったように半日しかきかないけど」
〈どこが、弱い方のちからだよ。普通に考えると、相手が有利になっていく条件が、逆に足かせになっていくのだからね。充分、恐ろしい能力だよ〉
その競羅の心中を知ってか知らずか、天美は言葉を続けた
「そういうことで、今から行く場所なんて、セラスタ時代の、いろんなことに比べたら、大したことないし。言いたくないけど、ざく姉たちが足手まといにならなければ」
天美の発言に競羅は開いた口がふさがらなかった。結局、説得はあきらめたのである。
そして、午後二時になった。
「約束の二時だよ。時間までには現れなかったようだね」
競羅はホッとしたような口調であったが、
「待って、今、何か動きが」
天美が声をあげた。そして、二人が数弥を注視していると、女子店員が、数弥の席まで行って、何か声をかけたのだ。
しばらくの会話のあと、数弥は、その店員にしたがって、奥の方に消えていった。その様子を見ながら競羅が声を出した。
「どうも、呼び出しがあったようだね。おそらく、新聞記者がいないかと、店に電話がかかってきたのだと思うね。取引では、よくある話だよ」
「でも、違ってたら? 中で捕まってたら、どうするつもりなの?」
天美は心配そうな口調で言った。
「いくら何でも、それはないと思うよ。どうみても、普通の喫茶店だろ」
「だけどセラスタだと、一見、普通の店に見えても、防空壕とか地下通路とかが・・」
「おいおい、ここは日本だよ、まったく物騒な国だね。わかった、今から三分たっても出てこなかったら、中に入ることにするよ」
そして、その三分を待つこともなく数弥が店から出てきた。それを見て競羅は言った。
「なっ、ただの呼び出しだっただろ。とにかく、ここからが肝心だよ。数弥を見失しなわないようにしなければ」
そして、彼女たちは数弥を追いかけようとした。そのとき、往来を歩いていた三人組の男たちに気がつかず、その一人に接触したのだ。
「おい、姉ちゃんたち、人にぶつかっといて、何にも言わない気なのかい?」
その接触した男の連れが、文句を言ってきた。リーゼント頭の男性である。
「それは、悪かったね。急いでいたんだよ、ごめんよ」
競羅はあっさりとあやまり、立ち去ろうとしたが、その男はなおも絡んできた。
「ちょっと待てや、姉ちゃんたち、カズが苦しんでいるじゃないか」
天美が様子を見ると、ぶつかった男が、顔をしかめてうずくまっていた。その行動は、あきらかに演技か、治療費に金品か、あわよくば身体を、というつもりなのであろう。
しかし、競羅も、このようなトラブルにかけては慣れっこである。相手の立場を含め、そんなことは、とっくに見抜いていた。そして、ドスのある声を張り上げたのだ。
「だから、すぐに、あやまっただろ。まだ文句があるのかい! だいたい、あんたら、どこのものだよ! こっちを、田んぼの赤雀、だと知っての狼藉かい!」
向こうが女二人だと、なめてかかったところ、立て続けに怒鳴られた上、いきなり、仇名を名乗られ、男たちは狼狽をしだした。何か勝手が違うぞ、という感じである。
「田んぼ、と聞くとわかるよね。どこのことか、あんたたたちだったらね」
その繰り返す隠語に、思い当たったのか、リーダー格にあたる金髪の男が口走った。
「や、やばいなー、この二人、田之場の関係者だぜ」
「えっ! マジかよ。兄い」
競羅に絡んできた男も、その言葉を聞いて苦い顔をした。
「ああ、本当に、まずいことになっちまったぜ」
「田之場って、まさか、あの・・」
うずくまっていた男、カズも、こわごわ声を出した。
「その通りだカズ。とにかく、この場は、何とかしないと」
リーダーの金髪は、カズに声をかけると、競羅に向かって直立不動の姿勢で言った。
「すみませんでした、以後、気をつけさせます。だから、なかったことにしてください」
そして、二人の手を引っ張り、大急ぎで、その場を走り去っていった。
三人の男たちがいなくなると、競羅が苦笑いをしながら口を開いた。
「すごい勢いで逃げていったよ。やはり、苦しんでいたのは演技だったのだね」
「そうみたい、それより、数弥さんは?」
天美が心配そうに声を出した。と言うのも無理はない、肝心の数弥の姿は、二人の視界から消えていたのだ。
「しまった、あいつらのせいで、見失ってしまったよ。これは、まずいことになったね」
競羅は舌打ちをしながら、表通りを見渡したが、すでに、いなくなったあとである。
「数弥さん。尾行、失敗したこと、知ってるかなあ」
「たぶん、知らないと思うね。知っていたら幸運だけどね」
「とにかく、すぐ、電話で知らせないと」
「ああ、そうだね」
競羅はそう返事をすると、自分の電話を取り出し、その通話ボタンを押した。数弥に連絡を取るためだ。ところが、そこから、
「はい」
と別の見知らぬ女性の声が聞こえたのだ。
「あんたは誰だよ?」
思わず競羅は、身構えるように相手に尋ねた。
「このお電話、先ほどのお客様が、お忘れになったのですけど、お知り合いでしょうか」
喫茶店の女性店員の声か。置き忘れた電話の手がかりを得るために応対に出たのだ。
「はっ! そうだけど」
競羅は拍子ぬけをした態度をしながら、店員と、二、三のやりとりをした。そして、
「では、今から取りに行きます」
最後に答えて通話を終えた。そのあと、競羅は顔をしかめながら声を出した。
「あのドジ、店に携帯を置き忘れたのだよ」
「と言うことは、連絡できないの?」
「そういうことだよ。いまいましいけどね」
「大丈夫かな?」
「本当に罠で、相手が殺す気なら助からないね。とにかく、こっちも、次の対策を立てなければならなくなったね」
〈やっぱり、前と同じようなことになっちゃった〉
天美は心の中で思っていた。