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Confesess-1 8

第八章


 翌日の夜、朱雀競羅は自宅アパートに帰ると湯船につかっていた。その後、風呂を出ると、冷蔵庫から缶ビールと、つまみを取り出しテレビのスイッチを入れた。

 彼女は本来、テレビには興味がなかった。歌番組、トーク番組のようなバラエティは、特に性があわないというのか嫌っていた。

まあ、見れるというのは、この九時台の時間帯、たいてい、どこかの局が放映している刑事ドラマぐらいか。今夜も手持ちぶたさに、なにげなくつけたのであった。

その番組中、午後九時四十五分頃か、画面に緊急ニューステロップが流れてきた。

【警視庁は、参考人として聴取をしていた、都筑邦和重化学工業社長を逮捕】

 画面の方では、事件の黒幕の大企業の社長が、殺人教唆の罪で手錠をかけられ、『弁護士を呼んでくれ』と、悪あがきをしているところであった。

〈ついに、捜査は社長までいったか。でも前社長ならわかるけど現社長とはね。やはり、作り事の話より現実だね。つまらなかったし、初めから、こっちにしていればよかったよ〉

と思いながら、競羅はチャンネルをニュース番組に切り変えた。

 画面では邦和重化ではなく、別の現場が、そして、

《こちらは、邦和商事の現場です。先ほどの佐橋海外事業部長の逮捕により、東京地検の捜査員たちが次々と中に入っていきます》

 とテレビ局のアナウンサーが興奮しながら中継をしていた。

 競羅は、詳しいことを聞くために、部屋の受話器を取り上げ数弥に連絡をした。

「あ、姐さんすか。今はちょっと」

 通話先から、数弥の声が聞こえた。その声に向かって競羅は言った。

「おい、どうなっているのだよ?」

「僕も何がなんだかわかりません。大きな手がかりを得たらしく、今日から、捜査が急転したんす。捜査対象は商事の海外事業部すから、例の事件の延長だと思いますが」

「だろうね。それぐらい、こっちも想像つくよ。でも、今頃なぜ・・」

競羅の言葉の途中、受話器の向こうから、

『おーい。野々中。この忙しいときに何をやっているのだ!』

 と注意をする声が聞こえた。

「姐さん、そういうことで、すみません」

 そして、向こうの電話が切れた。一方、テレビでは次の進展があった。

《ただ今、新しい情報が入りました。東京地検は、参考人として事情聴取をしていた経済上昇研究所所長の、芝垣金光を商法違反で逮捕しました》

 競羅は受話器をにぎりしめながら、目を丸くして、そのニュースを聞いていた。

番組のコメンテーターは、邦和重化の事件が商事会社の海外事業部に飛び、総会屋への捜査に発展したと述べていた。

〈おやおや、あの子の望んでいた通りになってしまったよ。そう言えば、今頃、何をしているのだろう。明日はちょうど日曜日だしね、練習をかねて様子を見に行ってみるか〉

競羅は苦笑をしながら、そう思っていた。だが、さすがに、この事件そのものこそが、天美が引き起こしたものとは思ってもいなかったが。


翌日、競羅は、そのことを確かめにゲームセンターに出かけた。

そして、見つけたのだ。天美の方こそ、競羅に会いたくて待っていたのか、その彼女の姿を見ると白い歯を出しながら近づいてきた。競羅は尋ねた。

「何だよ。その、うれしい顔は、いいことがあったのかい?」

「そのとおり、昨日、とても、いいことあったの。それ言いたくて」

「知っているよ。邦和重化の社長が逮捕されたことだろ。確かに、あんたらセラスタ人の仇である、会社の社長だからね。これで、あんたの国でも大騒ぎになるだろ」

「それは、ニュースでしょ。わったし自身の方にいいこと、あったの」

「そうなのかよ。でも、こんな場所では、こみ入った話ができないからね。こっちの家に来な、色々としたい話があるからね」

 こうして、天美は競羅の住んでいるアパートに行くことになった。

競羅の住むアパートは、バス停、浅草新家駅前にあった。三階建てのハイツである。

「ここだよ」

 そして、競羅は、天美をアパート内の自分の部屋に案内した。

「ちょいと待ってな。のどがかわいただろ」

 競羅はそう言うと、冷蔵庫から、冷やした缶コーラとコップを持ってきた。コーラ、それは、ずばり、天美の一番大きらいなものである。

「こ、これはっ」

 天美は露骨にいやな顔をした。

「どうかしたのかい?」

 競羅は何気なく答えながら、コップに注ぐため、缶コーラのプルトップをあけた。気泡が抜ける音がして、泡が吹き出た。

「あー」

みるみる、天美の表情が苦い顔になってきた。

「本当に、どうしたのだよ? 変な顔をして」

「こ、これって、コーラでしょ」

「そうだよ、まさか、あんた、こっちの好意が受けられないのかい?」

「わったし、この飲み物、ダメなの」

「おいおい、本当かよ」

「とにかく、飲めないの! 匂いすら、いや!」

「わかったわかった。こんな子、初めてだよ。コーラが苦手なんてね」

 競羅はそう言いながら、再び冷蔵庫にいき、缶コーヒーを持ってきた。

「ほらよ。いくら何でも、南米の人間なのだから、コーヒーが飲めないことはないだろ」

「一応は」

「それなら、今度は大丈夫だね」

そして、天美は、コップに注がれたコーヒーをおいしそうに飲み始めた。

「本当に変な子だよ。それで一つ聞くけど、あんた、まだ一人で住んでいるのかい?」

「そうだけど」

「場所は、どこだい?」

「確か、上野駅近くにある旅館、身体からだ横町」

「身体横町だって! あそこは山谷の中だよ。出稼ぎ労働者専門の宿じゃないかよ。最近は、アジア系の外国人も定宿にしているところだよ」

「だって、そこ紹介されたし、この辺では一番安いのでしょ。長く泊まるには」

「確かに、あんたも外国人だけどね。いったい、誰が紹介をしたのだよ。そんな場所」

「わったしの、ちからに墜ちた人」

「おいおい」

競羅は思わずそう声をあげた。つまり、天美にちょっかいをかけた人間が、この場所まで連れてきたということなのだろう。そして、そのまま心配した口調で次の言葉を、

「しかしね、がらの悪い親父や外国人たちに囲まれなかったかい」

「そんなこと、しょっちゅう。でも、ちからあるから、簡単に切り抜けられるけど。それに、最近は、みんな、こりたのか、変なこと仕掛けてくる人、いなくなったし」

 天美のこういうセリフを言うときの態度は、本当に生き生きしていた。

「そうかもしれないけど。やはり道徳上、若い女の子が住む場所ではないね。どうだい、これからは、こっちが面倒を見てあげようか」

「それは、ちょっと遠慮する」

「どうしてだよ?」

「ざく姉だって、本当は、一人でいる方が気楽でしょ」

「そうだけどね。こっちは、あんたが心配なのだよ」

「とにかく大丈夫。野宿よりましだし、セラスタにいたときは、もっと、ひどい場所、あったから。それに比べたら、本当に住みやすいとこだし」

「住みやすいって、山谷がねえー」

 競羅は呆れた口調だったが、すぐに納得したように言葉を続けた。

「あんたが、それで、いいというなら、これ以上は何も言わないけど、想像がつくよ。向こうで、どんな暮らしをしていたのだか」

「本当に、いろんなことあったの。平和に暮らしてた、ひのもと村、滅ぼされてから・・」

「ちょいと待った。その、ひのもと村って何だよ? 始めて聞く場所だね」

 競羅が話を止めた。

「前、話したセラスタにあった日系人たちの村、わったしは、そこで育ったのだけど、悪い奴らに、攻められて、全滅させられちゃって」

「全滅って、すべて、おじゃんの?」

「そう破壊されて、あとかたもなく」

「何か、暴力的というか、劇画の世界のような話だね。実際、昔の先輩が、ニカ何とか(ニカラグアのこと)いう国の、ゲリラ退治の外人部隊に入ったぐらいだから、不思議ではないかもしれないけど、日本では、とても考えられない話だよ」

「とにかく、ひのもと村の大人たちは、そのとき、ほとんど殺されちゃったの。他の子供たちは、売られるため、連れてかれたし」

「あんたは、その能力のおかげで助かったのだね」

「そういうことなんだけど」

「本当に、とんでもない話だね。村をつぶして人身売買か、今の時代に、そんなことがまかりとおるなんて、セラスタというところは最低な国だよ」

「日本は違うの?」

「ああ、おかげさまというか、どんな小さな村でも、きちんと行政が機能をしているから、つぶされるなんてことはありえないよ。けどね、それだけ、自治体が管理されると、ある意味では窮屈だけどね」

「とにかく、そういうことだったの。もう思い出したくないから、この話おしまい」

「確かに、気分の悪くなる話だから。これでやめるよ。それより、あんたが、こっちに話したかった、いいこと、というのは何だったのだよ?」

「そのことだけど」

 天美は前置きを言うと、おとつい、都筑社長に近づいたところを説明した。


 その話の途中、競羅は笑い出した。

「はははは。そういうことか」

「ざく姉、何か勘違いしてるでしょ」

「別にしていないよ。やはり、あんたの年ぐらいだと、ウリが一番、手っ取り早く、稼ぐことができるからね。おまけに南米人だし」

「だから、絶対、勘違いしてる」

「してるって、あんた、今、自分でしゃべっただろ。ホテルで男と寝ようとしたって」

「そんなことするわけないでしょ!」

「よくわからないね。その気がないなら、なぜ、渋谷なんかに出かけたのだよ?」

「だから、それは、その目的の邦和という会社の社長のあと、ついてったら、そこに」

「邦和の社長って、逮捕された新社長のことか」

「そう、おとついの夜、わったしの、ちからで自白させて」

「自白? はぁ、あんた、何を言っているのだよ」

「何って、だから、わったしの、もう一つのちからで、白状を・・」

 天美が最後まで言うヒマなく、競羅のげんこつがおちてきた。

「痛ーい。何するの!」

 天美は怒ったように声をあげた。一方、競羅も天美をにらみつけると声をだした。

「あんた、この間も、注意をしたのに、まだ、ふざけたことを言っているからね」

「別に、ふざけた言葉なんて、言ってないし、それよりざく姉!」

「何だよ。その挑戦的な口調は、自分が悪いのに」

「この際、言っとくけど、今度、殴ったら、そのとき本当に強い、ちから、使うからね」

「何を言っているか、よくわからないけど、使えばいいだろ。次の日には、もっと、ひどい目にあうことを覚悟する気ならね」

「次の日?」

「ああ、あんた自分で言っていただろ。その能力、十二時間しか、きかないって」

「それは、弱い方のちからのこと! 本当に強い方のちから、信じてないんだ」

「当たり前だろ。犯した罪、自白するなんて」

「では、使っていいのね」

「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと使ってみなよ。とにかく明日、能力の効果が消えていたら、本当に、ただじゃすまないからね。脅かそうとするなんて十年早いよ」

 競羅は大見得を切って答えた。知らないものの強みである

結局、天美は、強善疏を使うのを抑えた。実際のところ、最低でも弱善疏を使いたい心境だったが、あとあとのことを考えて思いとどまったのだ。

 そんな天美の気持ちを知らず、競羅は余裕顔であった。

「それより話の続きをするよ。さっきまでは思いつかなかったけど、話の流れから見て、あんたのしようとしたこと、わかったからね。その社長に例の能力を使ったのだろ」

「もちろん、あんまり腹立ったから」

「やはりね、それしか、たまっていた、うっぷんは晴らせないからね。それで奴から、いくら、巻き上げたのだい?」

「えっ! どういう意味?」

 思わぬ質問に天美は戸惑った。

「隠すことはないだろ。あんたの言う、いいこと、っていう意味は、わかっているのだよ。その社長に自慢の能力を使い、ふぬけにして、金や貴金属を巻き上げたのだろ」

「それは、立派な犯罪でしょ!」

「そうだよ犯罪だよ。わかっていて、やったのだろ!」

 競羅は最初は厳しい顔をしていたが、すぐに、柔和な顔に戻った。

「けどね、彼らの方も犯罪になるのだよ。確かあんた、まだ十五だっただろ。児童淫行罪という。だから、相手も、よほどの金が取られない限り、警察に届けることはしないよ」

「でも、わったし、そんなことしてないし」

「まだ、しらばっくれて。こっちは、貞操観念なんて持ってないから素直に言いなよ」

「何と言われようが、絶対、そんなこと、してないの!」

天美は、あくまで否定をし、競羅は納得がいかなかったが、ここは一歩引いた。

「そうかよ。惜しいね、こっちが、あんたの立場なら迷わず使うよ」

「もう! ざく姉の考え方ついてけない。わったしの、ちから、そんなことのため、あるわけじゃないのだから」

「それなら、何のためにあるのだよ? 警察に捕まったとき、逃げるためにあるのだろ」

「本当に失礼ね。悪人に罪、償ってもらうために決まってるでしょ」

「そうかい。どうやって、償ってもらうのだよ?」

 競羅は完全に信じていないらしく、からかうように声を出した。

「だから、相手が罪、自白して・・」

「その言葉は聞き飽きたよ。あんた、まだ殴られたりないのかい!」

「だから、昨日でも、前の空港のときと同じように、あの社長に、強い方のちから使って、悪い事、白状させたでしょ」

 その度重なる言葉に、競羅も、さすがに怒りを通り越していた。そして、ある意味、興味の対象を持った口調で声を出した。

「驚いたね、あんたが、そんな正義感が強い子だ、と思わなかったよ」

「ようやく、わかってくれたの」

「ああ、あんたに、そんな空想癖があって、世の中を直したいと考えていたなんて、こっちこそ思っていなかったよ」

「空想なの?」

「そうだよ、空想だよ。実際、そんなことできるわけなんかないだろ。これ以上、そんな、くだらない話を聞いているヒマなんて、ないからね」

「とにかく、聞いて、わったしが、あの社長に近づいた理由は・・」

「そんな、わけがわからない話なんて、聞きたくないから、とっとと帰りな!」

競羅はついに怒り、結局、天美は追い出されたのであった。

だが、その日から、また大きく世の中が動いたのだ。

 最初に、邦和不動産、並びに邦和建設、が警視庁の捜索を受けた。そして、総会屋の利益供与、つまり商法違反で、総務部長、取締役ら会社の幹部、数人が逮捕された。

 その後、邦和運送、邦和自動車、邦和製薬、邦和生命の過去の消費者トラブルが次々と発覚し、そのまた、あとから邦和証券が捜査を受け幹部たちが逮捕されたのである。


 天美と別れて五日後、数弥が手みやげを持って競羅のアパートに現れた。

「ようやく、ヒマがとれましたよ。それで、ゆっくりと、事件のことを説明しにきました」

「一連の捜査の進み具合はニュースを見て知っているよ。どうも、本命は、商事の方だったみたいだね。こっちと取引をしたディスクを売りつけようとした相手は、商事の方に話を持っていったということか」

「そうみたいすね。セラスタの政府と話をつけたのも商事だったみたいです」

「これで、向こうにも火がついたね。しかし、それはそうと何だよ。たかが一人の総会屋が逮捕されたぐらいで、違法献金、商品事故、リコール隠しとか、損失補填なんて」

「たかがではないすよ。以前に同種の事件を起こしていますから、体質といった方がいいでしょう。すべて、二度目や三度目の事件すから、今度は世間の目も厳しいと思いますよ。特捜部は近日中に、邦和銀行に、不正融資や背任容疑で強制捜査を入れる予定です」

「本丸の銀行にもか。驚いたね」

「ええ、特捜部は、とても、大きな証拠を握りましたから」

「大きな証拠かよ。むろん、その鍵を握っていたのは、きっと、あの逮捕された総会屋だね。芝垣とかいったかね、これだけのことを知っているのだから、巣鴨のご隠居さんの、書生の一人という可能性は高いね」

「また、そこに話がいきましたか。可能性は大きいですね。詳しいことは、わかりませんが、先輩の話では、昔、大物総会屋のもとで書記をしていたということすから」

「しかし、何にしても情けない奴だよ。何の容疑で捕まったか知らないけど、そのあと、

警察にペラペラと白状するなんて、普通、こういうことは、たとえ、捕まっても黙っているものだよ。色々と使いようがあるのに、あとがないと思ったのかね。それにしても、巣鴨のご隠居さんも、老後は、ぼけたのかね。人を見る目がなくなったというか、口が軽い奴を配下に持ったものだよ。あーあ、年はとりたくないね」

「姐さんが、納得がいかない気持ちもわかりますが、人は色々あると言いますか」

数弥は、少しわけありの顔をして答えた。

「おや、あんた、まだ、何か隠しているようだね」

「何も隠していませんよ」

「本当かい。どうも怪しいのだけどね。何か、最近、変なことを言う奴が多いよ」

「誰か、他にもいたんすか?」

「ああ、あんたも会っただろ。この間のセラスタの少女だよ。ここに、連れて来たのはいいけど、わけのわからないことばかり言って、確か、名前はボネッカ・・」

「天ちゃんすね。もしかして、また、会うことができたんすか!」

 数弥のボルテージは上がっていた。目当てのアイドルを見つけた感じである。

「おや、あんた、急に元気が出てきたね」

「当たり前すよ。前から天ちゃんの、その後を聞いて見ようと、思っていたんすけど、どうせ、『知らないよ』と言うような、つれない返事が来ると思って、黙っていたんすよ」

「そうかい、それはよかったね。けどね、すぐに追い出したよ。さっきも言ったように、わけのわからないことばかり、言っていたからね」

 競羅はそう言うと、天美との悶着について説明をした。

「そうすか。そんなことがあったんすか。それでは、天ちゃんも怒ってますね」

 その説明を聞き、数弥のトーンは再び沈んだ。

「ああ、こっちも、やりすぎた、とは思っているのだけどね。あのときはどうも」

「わかりました。僕が取りなします。それで姐さん、天ちゃんの居場所わかりますか?」

「聞いているよ。この近くにある旅館、身体横町だよ」

「あの山谷のすか!」

「ああ、こっちも、びっくりしたけど、あの子は、特殊な能力を持っているからね」

「いくら、あるといいましても・・」

「とにかく、文句は、あの子に言ってくれよ。今から呼び出すのだろ」

「そうでした。確か、あそこは、ピンク電話の呼び出し方式でしたね。今、いるかなあ」

 そして、数弥は携帯で検索をすると、天美に連絡をすることにした。


天美は、運良く宿におり、約三十分後、彼女は競羅のアパートに現れた。

「数弥さん。お久しぶり」

数弥の姿を見るなり、天美は喜んで声を出した。

「僕も天ちゃんに、会えてうれしいすよ。何でも、姐さんとケンカをしたと聞いて」

「そのことだけど、ざく姉、信じてくれないの」

 天美はそう言うと、競羅のときと同様に、都筑社長に近づいたことを話した。ところが、数弥は、競羅と違い、大きく反応をしたのだ。

「その話、もう少し、詳しく聞きたいんすけど」

 数弥に突っ込まれ、天美は、より詳しく状況を説明し始めた。その途中、

「天ちゃん。あのときの、二人の女学生のうちの一人だったの! 確かあの話では・・」

 と数弥は驚いたように声を出した。思わず口をはさんだ競羅。

「あんた、それ、何のことだよ?」

「ちょっと、待ってください!」

 そして、数弥は、自分の電話を取り出し、ボタンを押し始めた。しかし、その相手は、電波の届かないところにいたのか出なかった。

「今、デスクにつながりませんでした。せっかく重要なこと、報告しようと思ったのに」

 数弥は携帯端末の通話ボタンを切ると、残念そうな顔をして言った。

「他の人間じゃダメなのか?」

「社内でも、局長以上と、デスクと僕しか知らない、重要なことなんすから」

「重要、気になるね。さっきも、何か隠しているような、そぶりをみせたし、話してみな」

「やっぱり、どうしても、言わなければいけませんか?」

「ああ、こっちは、隠し事の存在を知ったのだよ。ここからは議論をするのは、時間の無駄だし、あんたも、どうすればいいか、その答えはわかっているだろ」

 今まで、何度も何度も同様なことがあったのだろう。数弥は観念して話し始めた。

「本当に、このことは、上層部とデスクしか知らないことなんすけど、今回の警視庁や地検の捜査は、邦和重化の押収資料だけじゃないんすよ。実は、あそこの都筑社長と総会屋の芝垣が、ラブホテル内ではち合わせをして、口論があったらしいんすよ」

「口論だって?」

「そうす。極秘の情報ではそうなっています。最初は、ホテルに紛れ込んでいた少女の取り合いをしていたんすけど、お互いに熱くなって、過去の罪を暴露し始めたんすよ」

「売春少女の取り合い? おいおい、そんな、ふざけたことでかよ」

「何でも、とびっきり可愛い子だったらしく、二人とも、どうしても手に入れたくなったようす。あとは、口論しているところを、かけつけた警官に捕まって、おしまいすよ」

「そうかい、まったく、バカげた話だね。それで、なぜ、そのことが重要事項なのだよ?」

「むろん、検察の威信すよ。世間には邦和重化の捜査が続いた結果だ、と思わせたいじゃないすか。今までも邦和コンツェルンとは、いろいろと因縁がありましたから関心が大きいんすよ。だからこそ、このことは絶対に世間には流れてはいけないんすよ」

「そんなものかね。しかし、なぜ、あんたが、こんな情報を握っているのだよ?」

「デスクが、よそにしゃべらないことを条件に、僕だけ特別に教えてくれたんすよ。何と言っても、セラスタ事件の極秘資料を手に入れたのは、この僕でしたから」

 数弥は自慢そうに答えながら、天美を見つめて言葉を続けた。

「でも、その取り合いになった少女が、天ちゃんだとは、思いもよりませんでしたよ」

「ああ、すでに一人前だね。男を誘惑する手管はね」

「そのことだけど違うの、ざく姉、信じてくれないけど、そこで、社長に自白させたの」

天美は、数弥にも、売春と勘違いをされるのがいやなのか、弁解をし始めた。

「あんた、この子の言葉だけど、あまり、まじめになって信じない方がいいよ、妄想の固まりなのだから。前に、邦和の海外取引の人間が、成田空港で逮捕された事件があっただろ、あれについても妙なことを言っていたしね」

「ええ、バイヤーの逮捕がありましたね」

「ああ、あの義兄さんに頼まれるもと、となった事件だよ。セラスタ人と一緒に拳銃密輸で逮捕されたという。その日、空港にいて、逮捕を目撃したことは事実みたいだけどね」

「だから、それも、わったしが、ちから、使って自白させたの! 今回の社長のことだって、もう一人の和服のおじいさんだって、間違いなく、わったしが自白させたの」

 数弥も、弱善疏の存在を知った一人である。また競羅に完全否定された手前、どうしても、彼には理解してもらいたかったのか、すべての出来事について話すことにした。

 天美の話を、数弥は真剣な目をして聞いていた。その様子を見て競羅が声を出した。

「本当に、こういう怪しい話が好きだね。そんなことだと、また誰かにだまされるよ」

「僕は、絶対に信じます! そうでないと、説明がつきませんし」

「そうかい。偶然に説明も何もいらないと思うけどね。それより数弥、この子のことだけど、昨日、そのホテルにいたこと、上司に報告するのは、やめて欲しいのだけどね」

「それは、事情がこうなった限り、話すことはできませんね。その代わり」

「その代わり、何だよ?」

「姐さん自身も、このホテルの話、絶対に話さないようにしてくださいよ。さっきも言ったように、検察も情報源をあかさないように慎重に捜査してますから」

「ああ、当然だよ」

 競羅は数弥に答えると、次に、天美の方を向いて注意を始めた。

「さあ、あんたもわかったね。これからは、こんな行動をしてはいけないよ」

「どういう行動を?」

「どういうって、渋谷のホテル街をうろつくことだよ。警察に補導をされたいのかい?」

「そんなこと、もうするつもりないし」

「それが賢い選択だよ」

「それはしないけど、これからも、悪い会社つぶすつもりだから」

「会社をつぶす。また、わけのわからないことを、とにかく、この際言っておくけど、あんた、これからは、絶対に、こっちの許しを得なければ、勝手なことをしてはいけないよ」

「どうして、そこまで、指図、受けなければならないの!」

 天美は挑戦的に言い返した。この言葉だけは言われたくなかったのであろう。

「当たり前だろ、一つ間違えたら、大変なことになるからだよ。邦和グループを見ただろ。次から次へと、警察の捜査が入って、てんやわんやの状態だよ」

「むろん、それが、わったしの目的だもの」

「目的って、数弥も何か言っておくれよ」

 競羅に、話をふられ数弥は答えた。

「天ちゃん、ここは姐さんの言葉を聞いた方がいいすよ。考えて言っているんすから。第一、あまり日本のこと知らないでしょ。姐さん、結構、裏事情に詳しいんすよ。そういうことも、色々と教えてもらう必要があるでしょ。何とか、ここはお願いしますよ」

 数弥の説明に、天美はしばらく考えていたが、やがて、笑みを浮かべて答えた。

「そこまで言われたら仕方ないかな。よく考えたら、今のざく姉の言葉、ついに、わったしの強い方のちから、認めたことになるし」

「何を言っているのだよ。そんな夢みたいな能力、全然、認めていないよ」

 競羅は言い返したが、以前のような強い口調ではなかった。

「とにかく、認めてもらったのだから、これでよしと」

「おい待てよ、こっちは・・」

「姐さん、ここは折れてくださいよ。せっかく、仲直りをしかけたんすから」

 その数弥の訴える目つきを見て、競羅は残念そうな顔をして答えた。

「わかったよ。こっちは、まだ、納得がいかないけどね」

 天美は、その様子を目を細めてながめていた。




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