Confesess-1 8
第八章
翌日の夜、朱雀競羅は自宅アパートに帰ると湯船につかっていた。その後、風呂を出ると、冷蔵庫から缶ビールと、つまみを取り出しテレビのスイッチを入れた。
彼女は本来、テレビには興味がなかった。歌番組、トーク番組のようなバラエティは、特に性があわないというのか嫌っていた。
まあ、見れるというのは、この九時台の時間帯、たいてい、どこかの局が放映している刑事ドラマぐらいか。今夜も手持ちぶたさに、なにげなくつけたのであった。
その番組中、午後九時四十五分頃か、画面に緊急ニューステロップが流れてきた。
【警視庁は、参考人として聴取をしていた、都筑邦和重化学工業社長を逮捕】
画面の方では、事件の黒幕の大企業の社長が、殺人教唆の罪で手錠をかけられ、『弁護士を呼んでくれ』と、悪あがきをしているところであった。
〈ついに、捜査は社長までいったか。でも前社長ならわかるけど現社長とはね。やはり、作り事の話より現実だね。つまらなかったし、初めから、こっちにしていればよかったよ〉
と思いながら、競羅はチャンネルをニュース番組に切り変えた。
画面では邦和重化ではなく、別の現場が、そして、
《こちらは、邦和商事の現場です。先ほどの佐橋海外事業部長の逮捕により、東京地検の捜査員たちが次々と中に入っていきます》
とテレビ局のアナウンサーが興奮しながら中継をしていた。
競羅は、詳しいことを聞くために、部屋の受話器を取り上げ数弥に連絡をした。
「あ、姐さんすか。今はちょっと」
通話先から、数弥の声が聞こえた。その声に向かって競羅は言った。
「おい、どうなっているのだよ?」
「僕も何がなんだかわかりません。大きな手がかりを得たらしく、今日から、捜査が急転したんす。捜査対象は商事の海外事業部すから、例の事件の延長だと思いますが」
「だろうね。それぐらい、こっちも想像つくよ。でも、今頃なぜ・・」
競羅の言葉の途中、受話器の向こうから、
『おーい。野々中。この忙しいときに何をやっているのだ!』
と注意をする声が聞こえた。
「姐さん、そういうことで、すみません」
そして、向こうの電話が切れた。一方、テレビでは次の進展があった。
《ただ今、新しい情報が入りました。東京地検は、参考人として事情聴取をしていた経済上昇研究所所長の、芝垣金光を商法違反で逮捕しました》
競羅は受話器をにぎりしめながら、目を丸くして、そのニュースを聞いていた。
番組のコメンテーターは、邦和重化の事件が商事会社の海外事業部に飛び、総会屋への捜査に発展したと述べていた。
〈おやおや、あの子の望んでいた通りになってしまったよ。そう言えば、今頃、何をしているのだろう。明日はちょうど日曜日だしね、練習をかねて様子を見に行ってみるか〉
競羅は苦笑をしながら、そう思っていた。だが、さすがに、この事件そのものこそが、天美が引き起こしたものとは思ってもいなかったが。
翌日、競羅は、そのことを確かめにゲームセンターに出かけた。
そして、見つけたのだ。天美の方こそ、競羅に会いたくて待っていたのか、その彼女の姿を見ると白い歯を出しながら近づいてきた。競羅は尋ねた。
「何だよ。その、うれしい顔は、いいことがあったのかい?」
「そのとおり、昨日、とても、いいことあったの。それ言いたくて」
「知っているよ。邦和重化の社長が逮捕されたことだろ。確かに、あんたらセラスタ人の仇である、会社の社長だからね。これで、あんたの国でも大騒ぎになるだろ」
「それは、ニュースでしょ。わったし自身の方にいいこと、あったの」
「そうなのかよ。でも、こんな場所では、こみ入った話ができないからね。こっちの家に来な、色々としたい話があるからね」
こうして、天美は競羅の住んでいるアパートに行くことになった。
競羅の住むアパートは、バス停、浅草新家駅前にあった。三階建てのハイツである。
「ここだよ」
そして、競羅は、天美をアパート内の自分の部屋に案内した。
「ちょいと待ってな。のどがかわいただろ」
競羅はそう言うと、冷蔵庫から、冷やした缶コーラとコップを持ってきた。コーラ、それは、ずばり、天美の一番大きらいなものである。
「こ、これはっ」
天美は露骨にいやな顔をした。
「どうかしたのかい?」
競羅は何気なく答えながら、コップに注ぐため、缶コーラのプルトップをあけた。気泡が抜ける音がして、泡が吹き出た。
「あー」
みるみる、天美の表情が苦い顔になってきた。
「本当に、どうしたのだよ? 変な顔をして」
「こ、これって、コーラでしょ」
「そうだよ、まさか、あんた、こっちの好意が受けられないのかい?」
「わったし、この飲み物、ダメなの」
「おいおい、本当かよ」
「とにかく、飲めないの! 匂いすら、いや!」
「わかったわかった。こんな子、初めてだよ。コーラが苦手なんてね」
競羅はそう言いながら、再び冷蔵庫にいき、缶コーヒーを持ってきた。
「ほらよ。いくら何でも、南米の人間なのだから、コーヒーが飲めないことはないだろ」
「一応は」
「それなら、今度は大丈夫だね」
そして、天美は、コップに注がれたコーヒーをおいしそうに飲み始めた。
「本当に変な子だよ。それで一つ聞くけど、あんた、まだ一人で住んでいるのかい?」
「そうだけど」
「場所は、どこだい?」
「確か、上野駅近くにある旅館、身体横町」
「身体横町だって! あそこは山谷の中だよ。出稼ぎ労働者専門の宿じゃないかよ。最近は、アジア系の外国人も定宿にしているところだよ」
「だって、そこ紹介されたし、この辺では一番安いのでしょ。長く泊まるには」
「確かに、あんたも外国人だけどね。いったい、誰が紹介をしたのだよ。そんな場所」
「わったしの、ちからに墜ちた人」
「おいおい」
競羅は思わずそう声をあげた。つまり、天美にちょっかいをかけた人間が、この場所まで連れてきたということなのだろう。そして、そのまま心配した口調で次の言葉を、
「しかしね、がらの悪い親父や外国人たちに囲まれなかったかい」
「そんなこと、しょっちゅう。でも、ちからあるから、簡単に切り抜けられるけど。それに、最近は、みんな、こりたのか、変なこと仕掛けてくる人、いなくなったし」
天美のこういうセリフを言うときの態度は、本当に生き生きしていた。
「そうかもしれないけど。やはり道徳上、若い女の子が住む場所ではないね。どうだい、これからは、こっちが面倒を見てあげようか」
「それは、ちょっと遠慮する」
「どうしてだよ?」
「ざく姉だって、本当は、一人でいる方が気楽でしょ」
「そうだけどね。こっちは、あんたが心配なのだよ」
「とにかく大丈夫。野宿よりましだし、セラスタにいたときは、もっと、ひどい場所、あったから。それに比べたら、本当に住みやすいとこだし」
「住みやすいって、山谷がねえー」
競羅は呆れた口調だったが、すぐに納得したように言葉を続けた。
「あんたが、それで、いいというなら、これ以上は何も言わないけど、想像がつくよ。向こうで、どんな暮らしをしていたのだか」
「本当に、いろんなことあったの。平和に暮らしてた、ひのもと村、滅ぼされてから・・」
「ちょいと待った。その、ひのもと村って何だよ? 始めて聞く場所だね」
競羅が話を止めた。
「前、話したセラスタにあった日系人たちの村、わったしは、そこで育ったのだけど、悪い奴らに、攻められて、全滅させられちゃって」
「全滅って、すべて、おじゃんの?」
「そう破壊されて、あとかたもなく」
「何か、暴力的というか、劇画の世界のような話だね。実際、昔の先輩が、ニカ何とか(ニカラグアのこと)いう国の、ゲリラ退治の外人部隊に入ったぐらいだから、不思議ではないかもしれないけど、日本では、とても考えられない話だよ」
「とにかく、ひのもと村の大人たちは、そのとき、ほとんど殺されちゃったの。他の子供たちは、売られるため、連れてかれたし」
「あんたは、その能力のおかげで助かったのだね」
「そういうことなんだけど」
「本当に、とんでもない話だね。村をつぶして人身売買か、今の時代に、そんなことがまかりとおるなんて、セラスタというところは最低な国だよ」
「日本は違うの?」
「ああ、おかげさまというか、どんな小さな村でも、きちんと行政が機能をしているから、つぶされるなんてことはありえないよ。けどね、それだけ、自治体が管理されると、ある意味では窮屈だけどね」
「とにかく、そういうことだったの。もう思い出したくないから、この話おしまい」
「確かに、気分の悪くなる話だから。これでやめるよ。それより、あんたが、こっちに話したかった、いいこと、というのは何だったのだよ?」
「そのことだけど」
天美は前置きを言うと、おとつい、都筑社長に近づいたところを説明した。
その話の途中、競羅は笑い出した。
「はははは。そういうことか」
「ざく姉、何か勘違いしてるでしょ」
「別にしていないよ。やはり、あんたの年ぐらいだと、ウリが一番、手っ取り早く、稼ぐことができるからね。おまけに南米人だし」
「だから、絶対、勘違いしてる」
「してるって、あんた、今、自分でしゃべっただろ。ホテルで男と寝ようとしたって」
「そんなことするわけないでしょ!」
「よくわからないね。その気がないなら、なぜ、渋谷なんかに出かけたのだよ?」
「だから、それは、その目的の邦和という会社の社長のあと、ついてったら、そこに」
「邦和の社長って、逮捕された新社長のことか」
「そう、おとついの夜、わったしの、ちからで自白させて」
「自白? はぁ、あんた、何を言っているのだよ」
「何って、だから、わったしの、もう一つのちからで、白状を・・」
天美が最後まで言うヒマなく、競羅のげんこつがおちてきた。
「痛ーい。何するの!」
天美は怒ったように声をあげた。一方、競羅も天美をにらみつけると声をだした。
「あんた、この間も、注意をしたのに、まだ、ふざけたことを言っているからね」
「別に、ふざけた言葉なんて、言ってないし、それよりざく姉!」
「何だよ。その挑戦的な口調は、自分が悪いのに」
「この際、言っとくけど、今度、殴ったら、そのとき本当に強い、ちから、使うからね」
「何を言っているか、よくわからないけど、使えばいいだろ。次の日には、もっと、ひどい目にあうことを覚悟する気ならね」
「次の日?」
「ああ、あんた自分で言っていただろ。その能力、十二時間しか、きかないって」
「それは、弱い方のちからのこと! 本当に強い方のちから、信じてないんだ」
「当たり前だろ。犯した罪、自白するなんて」
「では、使っていいのね」
「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと使ってみなよ。とにかく明日、能力の効果が消えていたら、本当に、ただじゃすまないからね。脅かそうとするなんて十年早いよ」
競羅は大見得を切って答えた。知らないものの強みである
結局、天美は、強善疏を使うのを抑えた。実際のところ、最低でも弱善疏を使いたい心境だったが、あとあとのことを考えて思いとどまったのだ。
そんな天美の気持ちを知らず、競羅は余裕顔であった。
「それより話の続きをするよ。さっきまでは思いつかなかったけど、話の流れから見て、あんたのしようとしたこと、わかったからね。その社長に例の能力を使ったのだろ」
「もちろん、あんまり腹立ったから」
「やはりね、それしか、たまっていた、うっぷんは晴らせないからね。それで奴から、いくら、巻き上げたのだい?」
「えっ! どういう意味?」
思わぬ質問に天美は戸惑った。
「隠すことはないだろ。あんたの言う、いいこと、っていう意味は、わかっているのだよ。その社長に自慢の能力を使い、ふぬけにして、金や貴金属を巻き上げたのだろ」
「それは、立派な犯罪でしょ!」
「そうだよ犯罪だよ。わかっていて、やったのだろ!」
競羅は最初は厳しい顔をしていたが、すぐに、柔和な顔に戻った。
「けどね、彼らの方も犯罪になるのだよ。確かあんた、まだ十五だっただろ。児童淫行罪という。だから、相手も、よほどの金が取られない限り、警察に届けることはしないよ」
「でも、わったし、そんなことしてないし」
「まだ、しらばっくれて。こっちは、貞操観念なんて持ってないから素直に言いなよ」
「何と言われようが、絶対、そんなこと、してないの!」
天美は、あくまで否定をし、競羅は納得がいかなかったが、ここは一歩引いた。
「そうかよ。惜しいね、こっちが、あんたの立場なら迷わず使うよ」
「もう! ざく姉の考え方ついてけない。わったしの、ちから、そんなことのため、あるわけじゃないのだから」
「それなら、何のためにあるのだよ? 警察に捕まったとき、逃げるためにあるのだろ」
「本当に失礼ね。悪人に罪、償ってもらうために決まってるでしょ」
「そうかい。どうやって、償ってもらうのだよ?」
競羅は完全に信じていないらしく、からかうように声を出した。
「だから、相手が罪、自白して・・」
「その言葉は聞き飽きたよ。あんた、まだ殴られたりないのかい!」
「だから、昨日でも、前の空港のときと同じように、あの社長に、強い方のちから使って、悪い事、白状させたでしょ」
その度重なる言葉に、競羅も、さすがに怒りを通り越していた。そして、ある意味、興味の対象を持った口調で声を出した。
「驚いたね、あんたが、そんな正義感が強い子だ、と思わなかったよ」
「ようやく、わかってくれたの」
「ああ、あんたに、そんな空想癖があって、世の中を直したいと考えていたなんて、こっちこそ思っていなかったよ」
「空想なの?」
「そうだよ、空想だよ。実際、そんなことできるわけなんかないだろ。これ以上、そんな、くだらない話を聞いているヒマなんて、ないからね」
「とにかく、聞いて、わったしが、あの社長に近づいた理由は・・」
「そんな、わけがわからない話なんて、聞きたくないから、とっとと帰りな!」
競羅はついに怒り、結局、天美は追い出されたのであった。
だが、その日から、また大きく世の中が動いたのだ。
最初に、邦和不動産、並びに邦和建設、が警視庁の捜索を受けた。そして、総会屋の利益供与、つまり商法違反で、総務部長、取締役ら会社の幹部、数人が逮捕された。
その後、邦和運送、邦和自動車、邦和製薬、邦和生命の過去の消費者トラブルが次々と発覚し、そのまた、あとから邦和証券が捜査を受け幹部たちが逮捕されたのである。
天美と別れて五日後、数弥が手みやげを持って競羅のアパートに現れた。
「ようやく、ヒマがとれましたよ。それで、ゆっくりと、事件のことを説明しにきました」
「一連の捜査の進み具合はニュースを見て知っているよ。どうも、本命は、商事の方だったみたいだね。こっちと取引をしたディスクを売りつけようとした相手は、商事の方に話を持っていったということか」
「そうみたいすね。セラスタの政府と話をつけたのも商事だったみたいです」
「これで、向こうにも火がついたね。しかし、それはそうと何だよ。たかが一人の総会屋が逮捕されたぐらいで、違法献金、商品事故、リコール隠しとか、損失補填なんて」
「たかがではないすよ。以前に同種の事件を起こしていますから、体質といった方がいいでしょう。すべて、二度目や三度目の事件すから、今度は世間の目も厳しいと思いますよ。特捜部は近日中に、邦和銀行に、不正融資や背任容疑で強制捜査を入れる予定です」
「本丸の銀行にもか。驚いたね」
「ええ、特捜部は、とても、大きな証拠を握りましたから」
「大きな証拠かよ。むろん、その鍵を握っていたのは、きっと、あの逮捕された総会屋だね。芝垣とかいったかね、これだけのことを知っているのだから、巣鴨のご隠居さんの、書生の一人という可能性は高いね」
「また、そこに話がいきましたか。可能性は大きいですね。詳しいことは、わかりませんが、先輩の話では、昔、大物総会屋のもとで書記をしていたということすから」
「しかし、何にしても情けない奴だよ。何の容疑で捕まったか知らないけど、そのあと、
警察にペラペラと白状するなんて、普通、こういうことは、たとえ、捕まっても黙っているものだよ。色々と使いようがあるのに、あとがないと思ったのかね。それにしても、巣鴨のご隠居さんも、老後は、ぼけたのかね。人を見る目がなくなったというか、口が軽い奴を配下に持ったものだよ。あーあ、年はとりたくないね」
「姐さんが、納得がいかない気持ちもわかりますが、人は色々あると言いますか」
数弥は、少しわけありの顔をして答えた。
「おや、あんた、まだ、何か隠しているようだね」
「何も隠していませんよ」
「本当かい。どうも怪しいのだけどね。何か、最近、変なことを言う奴が多いよ」
「誰か、他にもいたんすか?」
「ああ、あんたも会っただろ。この間のセラスタの少女だよ。ここに、連れて来たのはいいけど、わけのわからないことばかり言って、確か、名前はボネッカ・・」
「天ちゃんすね。もしかして、また、会うことができたんすか!」
数弥のボルテージは上がっていた。目当てのアイドルを見つけた感じである。
「おや、あんた、急に元気が出てきたね」
「当たり前すよ。前から天ちゃんの、その後を聞いて見ようと、思っていたんすけど、どうせ、『知らないよ』と言うような、つれない返事が来ると思って、黙っていたんすよ」
「そうかい、それはよかったね。けどね、すぐに追い出したよ。さっきも言ったように、わけのわからないことばかり、言っていたからね」
競羅はそう言うと、天美との悶着について説明をした。
「そうすか。そんなことがあったんすか。それでは、天ちゃんも怒ってますね」
その説明を聞き、数弥のトーンは再び沈んだ。
「ああ、こっちも、やりすぎた、とは思っているのだけどね。あのときはどうも」
「わかりました。僕が取りなします。それで姐さん、天ちゃんの居場所わかりますか?」
「聞いているよ。この近くにある旅館、身体横町だよ」
「あの山谷のすか!」
「ああ、こっちも、びっくりしたけど、あの子は、特殊な能力を持っているからね」
「いくら、あるといいましても・・」
「とにかく、文句は、あの子に言ってくれよ。今から呼び出すのだろ」
「そうでした。確か、あそこは、ピンク電話の呼び出し方式でしたね。今、いるかなあ」
そして、数弥は携帯で検索をすると、天美に連絡をすることにした。
天美は、運良く宿におり、約三十分後、彼女は競羅のアパートに現れた。
「数弥さん。お久しぶり」
数弥の姿を見るなり、天美は喜んで声を出した。
「僕も天ちゃんに、会えてうれしいすよ。何でも、姐さんとケンカをしたと聞いて」
「そのことだけど、ざく姉、信じてくれないの」
天美はそう言うと、競羅のときと同様に、都筑社長に近づいたことを話した。ところが、数弥は、競羅と違い、大きく反応をしたのだ。
「その話、もう少し、詳しく聞きたいんすけど」
数弥に突っ込まれ、天美は、より詳しく状況を説明し始めた。その途中、
「天ちゃん。あのときの、二人の女学生のうちの一人だったの! 確かあの話では・・」
と数弥は驚いたように声を出した。思わず口をはさんだ競羅。
「あんた、それ、何のことだよ?」
「ちょっと、待ってください!」
そして、数弥は、自分の電話を取り出し、ボタンを押し始めた。しかし、その相手は、電波の届かないところにいたのか出なかった。
「今、デスクにつながりませんでした。せっかく重要なこと、報告しようと思ったのに」
数弥は携帯端末の通話ボタンを切ると、残念そうな顔をして言った。
「他の人間じゃダメなのか?」
「社内でも、局長以上と、デスクと僕しか知らない、重要なことなんすから」
「重要、気になるね。さっきも、何か隠しているような、そぶりをみせたし、話してみな」
「やっぱり、どうしても、言わなければいけませんか?」
「ああ、こっちは、隠し事の存在を知ったのだよ。ここからは議論をするのは、時間の無駄だし、あんたも、どうすればいいか、その答えはわかっているだろ」
今まで、何度も何度も同様なことがあったのだろう。数弥は観念して話し始めた。
「本当に、このことは、上層部とデスクしか知らないことなんすけど、今回の警視庁や地検の捜査は、邦和重化の押収資料だけじゃないんすよ。実は、あそこの都筑社長と総会屋の芝垣が、ラブホテル内ではち合わせをして、口論があったらしいんすよ」
「口論だって?」
「そうす。極秘の情報ではそうなっています。最初は、ホテルに紛れ込んでいた少女の取り合いをしていたんすけど、お互いに熱くなって、過去の罪を暴露し始めたんすよ」
「売春少女の取り合い? おいおい、そんな、ふざけたことでかよ」
「何でも、とびっきり可愛い子だったらしく、二人とも、どうしても手に入れたくなったようす。あとは、口論しているところを、かけつけた警官に捕まって、おしまいすよ」
「そうかい、まったく、バカげた話だね。それで、なぜ、そのことが重要事項なのだよ?」
「むろん、検察の威信すよ。世間には邦和重化の捜査が続いた結果だ、と思わせたいじゃないすか。今までも邦和コンツェルンとは、いろいろと因縁がありましたから関心が大きいんすよ。だからこそ、このことは絶対に世間には流れてはいけないんすよ」
「そんなものかね。しかし、なぜ、あんたが、こんな情報を握っているのだよ?」
「デスクが、よそにしゃべらないことを条件に、僕だけ特別に教えてくれたんすよ。何と言っても、セラスタ事件の極秘資料を手に入れたのは、この僕でしたから」
数弥は自慢そうに答えながら、天美を見つめて言葉を続けた。
「でも、その取り合いになった少女が、天ちゃんだとは、思いもよりませんでしたよ」
「ああ、すでに一人前だね。男を誘惑する手管はね」
「そのことだけど違うの、ざく姉、信じてくれないけど、そこで、社長に自白させたの」
天美は、数弥にも、売春と勘違いをされるのがいやなのか、弁解をし始めた。
「あんた、この子の言葉だけど、あまり、まじめになって信じない方がいいよ、妄想の固まりなのだから。前に、邦和の海外取引の人間が、成田空港で逮捕された事件があっただろ、あれについても妙なことを言っていたしね」
「ええ、バイヤーの逮捕がありましたね」
「ああ、あの義兄さんに頼まれるもと、となった事件だよ。セラスタ人と一緒に拳銃密輸で逮捕されたという。その日、空港にいて、逮捕を目撃したことは事実みたいだけどね」
「だから、それも、わったしが、ちから、使って自白させたの! 今回の社長のことだって、もう一人の和服のおじいさんだって、間違いなく、わったしが自白させたの」
数弥も、弱善疏の存在を知った一人である。また競羅に完全否定された手前、どうしても、彼には理解してもらいたかったのか、すべての出来事について話すことにした。
天美の話を、数弥は真剣な目をして聞いていた。その様子を見て競羅が声を出した。
「本当に、こういう怪しい話が好きだね。そんなことだと、また誰かにだまされるよ」
「僕は、絶対に信じます! そうでないと、説明がつきませんし」
「そうかい。偶然に説明も何もいらないと思うけどね。それより数弥、この子のことだけど、昨日、そのホテルにいたこと、上司に報告するのは、やめて欲しいのだけどね」
「それは、事情がこうなった限り、話すことはできませんね。その代わり」
「その代わり、何だよ?」
「姐さん自身も、このホテルの話、絶対に話さないようにしてくださいよ。さっきも言ったように、検察も情報源をあかさないように慎重に捜査してますから」
「ああ、当然だよ」
競羅は数弥に答えると、次に、天美の方を向いて注意を始めた。
「さあ、あんたもわかったね。これからは、こんな行動をしてはいけないよ」
「どういう行動を?」
「どういうって、渋谷のホテル街をうろつくことだよ。警察に補導をされたいのかい?」
「そんなこと、もうするつもりないし」
「それが賢い選択だよ」
「それはしないけど、これからも、悪い会社つぶすつもりだから」
「会社をつぶす。また、わけのわからないことを、とにかく、この際言っておくけど、あんた、これからは、絶対に、こっちの許しを得なければ、勝手なことをしてはいけないよ」
「どうして、そこまで、指図、受けなければならないの!」
天美は挑戦的に言い返した。この言葉だけは言われたくなかったのであろう。
「当たり前だろ、一つ間違えたら、大変なことになるからだよ。邦和グループを見ただろ。次から次へと、警察の捜査が入って、てんやわんやの状態だよ」
「むろん、それが、わったしの目的だもの」
「目的って、数弥も何か言っておくれよ」
競羅に、話をふられ数弥は答えた。
「天ちゃん、ここは姐さんの言葉を聞いた方がいいすよ。考えて言っているんすから。第一、あまり日本のこと知らないでしょ。姐さん、結構、裏事情に詳しいんすよ。そういうことも、色々と教えてもらう必要があるでしょ。何とか、ここはお願いしますよ」
数弥の説明に、天美はしばらく考えていたが、やがて、笑みを浮かべて答えた。
「そこまで言われたら仕方ないかな。よく考えたら、今のざく姉の言葉、ついに、わったしの強い方のちから、認めたことになるし」
「何を言っているのだよ。そんな夢みたいな能力、全然、認めていないよ」
競羅は言い返したが、以前のような強い口調ではなかった。
「とにかく、認めてもらったのだから、これでよしと」
「おい待てよ、こっちは・・」
「姐さん、ここは折れてくださいよ。せっかく、仲直りをしかけたんすから」
その数弥の訴える目つきを見て、競羅は残念そうな顔をして答えた。
「わかったよ。こっちは、まだ、納得がいかないけどね」
天美は、その様子を目を細めてながめていた。