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Confesess-1 6

第六章


その夜、天美は通話をしていた。宿に泊まる人間のほとんどは、長期宿ということで、その宿泊者用にピンク電話が設置してあり、そこから相手に連絡をしているのだ。

 相手というのは、序章で簡単に説明をした彼女がセラスタ時代にお世話になった、カジノ店オーナー、裏の顔は、セラスタのレジスタンスの顔役であるザニエルだ。

 しばらくの呼び出し音のあと、相手が出た。

「もしもしぃ、こちらぁ、カスタノーダ家ですぅけどぉ」

 その声に、天美はいやな気分になった。確かに、この変な、なまりのある声は、彼女のよーく、知っている声である。ヘエンという一風変わった少女であった。

「ヘエン、わったしだけど」

「あれぇ、ボネッカ、またぁ、あなたなのぉ」

 ヘエンはそう答えた。天美の電話は、たいてい、彼女が受け取っていたのだ。そして、そのヘエンの言葉は続いた。

「今日も、牙助さんとはぁ、代われないよぉ」

 いきなり、この言葉である。牙助というのも、同じく第一章に出てきた、ひのもと村で一緒に育った幼なじみの少年だ。このヘエンは彼にお熱なのだが、天美としては、相手にされてないことを、よく知っているので気にせず、言葉を続けた。

「そんなこと、わかってるけど。ザニエルさんの方はいるよね」

「旦那様はぁ、今、お仕事中よぉ」

「でも、カジノは閉店時間のはずでしょ」

「そうよぉ、家でお仕事ぉ、してるのぉ」

「いるなら、最初から言ってよ!」

「あなたぁ、それがぁ、人にぃ、ものをぉ頼む態度かなぁ」

 へエンは高飛車の態度である。天美は面白くなかったが、ここは、相手に従うしかなく、

「ごめんなさい、つい慌てちゃって、ザニエルさんいたら、代わって欲しいのだけど」

「本当にぃ、牙助さんにはぁ、用事ないのねぇ」

「だから、そんなことないから、ザニエルさんに、お願い」

「よかったぁ、牙助さんじゃなくってぇ。ちょっとぉ、待っててねぇ」

 そして、しばらくすると、受話器からザニエルの声がした。

「久しぶりだな、そっちはどうだ?」

「この国も、結構、悪人多いね、何度も、やな目あったもの」

「それは、どこの国も悪い奴はいるよ。特にお前のいる国は、あの日本だ。大きな戦争に負けてから、わずかの間で世界有数の経済国になった国だぞ。すべての規模が違うよ」

「そうかもしれないけど」

「それで何の用だ? 早くも寂しくなったか」

 ザニエルは、ちゃかすように聞いてきた。

「今回、連絡したのは、確認しておきたいことあって」

「確認かというと、やはり、政府がらみの話か?」

「場合によっては、そうなるかも」

「それなら、この電話ではまずいな。いつものように、かけ直すから待っていろよ」


 まもなくして、折り返し電話がかかってきた。

 通常、セラスタの電話は工作がしてあり、ある言葉、たとえば、大統領、失脚、暗殺、などの言葉が、引っかかると自動盗聴されているのであった。そのため、ザニエルは、政府に探知されない特殊回線を使って、折り返し電話をしてくるのだ。

そして、天美が受話器を取ると、ザニエルの声が聞こえた。

「よし、つながったな。それで、さっきの話だが、確認したいことって何だ?」

「セラスタに、日本の邦和って、いう会社あるでしょ」

「HOWA。確かにあるよ、財閥系の会社だよな」

「どういう会社なの?」

「どうって、大きな会社だよ。我が国で営業をしている日本の会社では一番だ。だが良いイメージの会社ではないな。問題も、あちこちで起こしているようだし。そう言えば」

 ここで、急にザニエルの口調が厳しくなった。

「確か、今朝の経済新聞に何か書いてあったぞ、HOWA何とかかんとか、まだ読んではいないが、何か株価が大きく下がることがあったようだな」

 ザニエルはそう答えた。しかし、日本では、こんなに大々的に騒がれている人災事件が、地元、セラスタでは経済新聞だけにしか載らないとは、まだ、掲載されただけ、よしといえるであろうか。そして、天美は大きく不満の声を、

「それだけー」

「それだけって、何を言っているんだ。そうかお前、このことについて関わっているな」

 天美の性格や、気性をよく知っているザニエルは、さっそく、突っ込んできた。

「確かに、腹立ったことがあったし」

「腹がたったって、兵器がらみか?」

「へいき?」

「そうだ。あそこは、きな臭いところのひとつだ。百五十年前の創立以来、大きな戦争が起きるたびに、軍事兵器を造って、太っていった財閥だからな」

「だったら、なおさら許せない!」

「怒るのは勝手だが、ほどほどにしておけよ。アメリカだってヨーロッパだって、財閥の歴史は似たようなものだしな。今のお前の口調からみると、よほどのことがあったのだな」

「そう、コルベの街の事件!」

「コルベ? というと、あの、火山の爆発で壊滅してしまった山岳都市のことか」

 政府の隠蔽が完璧だったのか、さすが情報通のザニエルも、そこまでは知らなかった。

「だから、それは火山の噴火でなく、その邦和の仕業だったのでしょ!」

「な、何だって!」

「ひょっとして、ザニエルさん。まだ、知らなかったの?」

「知るも知らないも、始めて聞いたよ。何か、とてつもないウラがあったという情報は、色々と流れたけどな。こういう災害では、いつも出てくるようなヨタ話だと、てっきり思っていたよ。そうか、それが、今回の捜査の、それで、どういうことだったんだ?」

 ザニエルは、興味を持った口調で話に乗ってきた。

「そのことだけど」

 天美はそう前置きを言うと、競羅から聞いたこと、空港で起きた出来事、バックアップされたメモリーを手に入れた経過をザニエルに説明した。

ザニエルは真剣に話を聞いていた。聞き終えると、何とも言えない口調で声を、

「ことは、最近、注目されている最新型燃料電池開発が発端か。しかし、まいったな、そんな、とんでもないことが裏にあったとは」

「本当に知らなかったのね」

「そうだよ。何か異変が起きたことも、今日の新聞記事を見るまでは知らなかったよ」

「その新聞には、ほかに、どう書いてあったの!」

「だから、まだ読んでいないのだよ。待ってろ、部屋に置いてあるから、今持ってくる」

 と言って、一旦、ザニエルは電話口から消えた。ザニエルを待っている間、天美の気持ちはもやもやしていた。やはりというか、セラスタ側の反応がにぶいということに、

 そして、そのザニエルが再び、電話口に現れた。彼の言葉は、

「うーん、詳しい理由まではわからないが、HOWAの株価が下がったのは、日本側から捜査が始まった、海外での重大な事業法違反ということが原因のようだ」

「殺人罪じゃないの!」

 天美が怒ったような声を上げた。

「殺人罪! おいおい、いくら何でもそれは無理だよ」

「そんなわけないでしょ。あの会社は、知ってたのよ。いずれ、爆発起きることを」

「とはいってもな、それが起きることが、確実とまでは言い切れないだろう」

「だとしても、人がたくさん死んでるのだし、その責任とってもらわないと!」

「だがな、日本の方でも、そこまで踏み込んだ捜査はしていないのだろう。だから、政府も動かないよ。話の内容から見ても、ばれたら、まずい連中も大勢いそうだしな」

「それで、結局、その邦和って会社、セラスタの方では、どういうことになるの?」

「それも、日本の本社が決めることだ。しかし、どうなるのかな。コルべにそのような工場があったこと自体、まったく、国民には知らせてなかったようだし、今でも、国にある、いくつかの営業拠点は、普通に操業をしているようだからな」

「では、無傷っていうこと!」

「それは、わからないよ。でも今回、一応記事になったのだから、何かの動きはあるだろう。だが、それ以上のことは、お互いにまずくなるから、絶対に発表をしないだろうな」

「まだ、隠し通す気なんて、そんな卑怯なこと!」

「とにかく、お前のおかげで、ある程度のことは表に出たわけだ。今は経済新聞どまりだが、会社が事業法に引っかかったのは、話題にはなっていくよ」

「結局、それだけなの」

「そういうことだ。日本の方で、新たな事実が、あきらかにならない限りはな」

「そんなー あれだけ、人、死んでるのに!」

「これが、国際問題の難しささ。第一、この程度の、あやふやな新聞報道で、日本の企業を罰するなんてできないよ。我が国との国際関係がおかしくなってしまうからな。あんまり無茶をやると、日本の他の企業だって、撤退してしまうかもしれないんだ」

「つまり、これ以上、おとがめ無しっていうことね!」

「残念だが、今も言ったように、新たな事実が出ない限り、そういうことだな」

「そんな、おかしなことってあるの! 同国人として、何万人も殺されて、くやしくないの! わったしは、その犯した罪、償ってもらうまで許さないのだから!」

「そう、いきり立つな、HOWA重化学工業といったな。そうだ、ここで、冷静になるために、一つ化学の勉強をしようじゃないか」

 ザニエルは、突然、話題を変えてきた。何か考えがあるようだ。

「化学の勉強?」

「その通り、知識がないと太刀打ちできないだろ。今回は、最新型燃料電池の問題が発端だが、電池というのは、もともと、何を媒体にして作っているか、わかるか?」

「それは、ちょっと」

「そこまでは無理だったかな。まずは、ボタン型の水銀電池。ニッケルやカドミウムを使ったニッカド乾電池。最近は、効果を強力にするために、水素を注入しているな。それに、クロム電池というのもあったかな」

「えっ!」

 天美はしっかり驚いていた。しかし、人災問題で腹を立てている彼女に、わざわざ、水銀やカドミウム、クロムの話題をするザニエルの狙いは?

「そうだよ。すべて、公害のもととなる危険な物質だよ。だが、その危険物を安全なものにして、文明は発展していたんだ。ガソリンもそうだ、精製当初は亜硫酸ガスというのを発生して、人々の命を奪っていったが、産みの苦しみみたいなものだったのだよ」

「だからといっても・・」

 天美の言葉をさえぎるようにザニエルは言った。

「そうだ。だから、それらを製造する工場は、最高級の安全性を必要とするのだ。だが、実際、そこまでするには、莫大なお金がかかる。そのため、HOWAは、規制がゆるい我が国に目をつけたということだろうな」

「そういうことね!」

「そうなのだが、お前、この事件、まだ踏み込む気なのか?」

「むろん。事件の真相、全部、表に出るまで!」

 天美はきっぱりと答えた。その口調に、ザニエルはしばらく考え込んでいたが、やがて、

「そうか、それなら仕方ないな」

 と返答をしたのである。

「こ、今回は、と、止めないの!」

 天美は驚いたように、声を出した。いつものザニエルの態度から、こうもあっさりと、許可が出るとは、まったく、思っていなかった様子である。

「そうだな、今更、HOWAという会社の悪行がばれようが、日本はともかく、我が国の経済は、これ以上、落ち込みようがないからな。どちらかというと、選民雇用のいちじるしい外資系の会社は弱くなった方が、ためになるというか(それが本音か)」

「では、続けてもいいと」

「そうだな。お前も、そっちでは、だいぶ、不満がたまっているようだし。でも、さっきも言ったように、何かを起こすにしても、ほどほどにしておけよ。あまり、事が大きくなると、我が国の政府にも影響があるかもしれないからな」

「わかった」

「それなら、今日の話は終わりだ。大事な用事の途中だから、この辺でな」

と言ってザニエルは通話を終えた。

通話後、天美は考えていた。今回の、日本の警察の捜査状況について、これはもう、どう考えても手ぬるいのだ。セラスタの大勢の人たちの命を奪った償いは、こんなことでは、すまされない!。彼女は、徹底的に邦和重化を狙うことにしたのである。


 一方、競羅たちの方はいうと、二日後、彼女は数弥のつとめている新聞社に向かっていた。その数弥から、話し合いたいことがあると連絡を受けたからだ。

 競羅は数弥と落ち合うと、いつものように秘密の会談をするため、会社近くの個室喫茶店、スクープに入った。そこは、よく真知の社員が使う店で、第三者に会話がもれないように、しっかりとした防音対策がしてあるからである。

注文を終えると、まず競羅が口を開いた。

「それで、あんたの用事とは何だい?」

「むろん、今回の事件のことすよ。あの僕が持ち帰ったメモリーが発端の」

「ああ、やはり、あのことかい」

「では、もう興味はないんすか」

「そういうわけではないけど、すでに、こっちの手を離れてしまったしね」

「まあ、確かにそうなんすけど」

 数弥は、目の前の紅茶のスプーンをかき回しながら答えた。ある意味失望の目である。

 その様子を感じながら、競羅は言葉を続けた。

「確かに、あんた新聞記者だからね。立場的にも、これから、事件を追っていかなければならないし。色々と大変だね、おまけに当事者だし」

「何を言っているんすか。もともとは、姐さんが持ち込んだことじゃないすか。そのおかげで、あんな、怖い思いをしたんすから」

「その成果はあっただろ、こうして、立件が始まったのだしね。そのあたりのことぐらいは、ニュースを見ているから知っているよ」

「やはり、姐さんも、興味を持っているということじゃないすか」

「ある程度はね。確かに今回は、あんたが言ったように、曲がりなりにもこっちが持ち込んだ事件だからね。では、少しつきあうとするか」

 競羅はそう答えると、次のように口を開いた。

「昨日までに、何人かが、参考人として連れていかれたようだね」

「ええ、聴取を受けてるのは、重化の渉外部長とその補佐、法務課長と環境課長です」

「渉外部か、妥当なところだね。総会対策、公害対策の連中か」

「ええ、それに、倉地専務すか、週内には逮捕されるのではないでしょうか」

「専務ね。事件の質から、そこまでいっても、おかしくはないか」

「ええ、当時、海外担当の取締役で、事件の後始末の期間は、セラスタに駐在していました。重化において、今回の人災の中心者だったようすね」

「では、会長や社長は関係なかったのだね」

「いや、知っていたみたいすけど、それは、どんな事件でも同じでしょう。彼ら自体は、直接には関わってはいませんでしたし、すべて、事後報告というものすよ」

「何にしても、専務が逮捕されるのなら無事ではすまないね」

「きっと、お二人とも経営から手を引くということになるんじゃないすか。そのことについても、すでに、情報が入ってます。会長職の方は、しばらく空席ということにして、社長職の方は外部からの招へいということで」

「ほお、外部からか」

「ええ、事件が事件すので、内部昇格は見送られたようです。邦和商事からすね」

「なんだ、同グループからかよ」

「ええ、もともと、旧邦和財閥は、今回のように、不祥事が起きると、よく社長をグループ企業から回していますから」

「確かにそうだけど、それにしても妙だね。商事自体も事件に絡んでいるとか」

「まさか、それはないでしょう」

「どうかね。普通、商事会社っていうのは、国内の流通もそうだけど、外国との輸入輸出などの貿易が主な仕事だろ。今回の事件は、その外国がらみだしね」

「疑ったらきりがありませんよ。だいたい、重化学工業は製造業者なんすよ」

「そうだったね。義兄さんの話だと、最新技術の何だったっけ」

「ええ、あそこはいつも、国内外で最新技術だけを研究製造してるんす。宇宙ステーションから超マイクロICすか。大量生産や組み立ての方は、分割した石油、セメント、ゴム、樹脂、紡績、製鉄、航空機、造船、車両、電子、精機など百以上の企業に任せてすね」

「自動車、電器、不動産、建設、製薬、銀行、証券は知っていたけど、大きい会社だね」

「ええ、重化に商事、今、姐さんの話に出てきた銀行、そして、電話、ネットなどで有名な通信大手のHOWDを入れて、邦和四天王と呼ばれています」

「えっ、HOWDもそうなのか!」

 競羅は思わず驚きの声を上げた。

「そうすよ、姐さん、知らなかったんすか。あそこは、軍事通信器具関係で、一度、戦犯企業として解体された邦和商会の通信部が、邦和通信として復活した後に、世界電電(WDD)と合併してできたんすよ」

「そうかい、言われてみると、確かにHOWAそのものの名前だよ。NTTを使うのは性に合わなかったから、HOWDを選んだのだけど邦和関係なら契約を考えないと」

「それだけ、邦和グループは僕たちの生活に根ざしているんす。しかし、今の言葉、姐さん、相変わらず、大きな会社が嫌いすね」

「ああ、どうしてもね。業界一位の会社のものを使うのは何かいやなのだよ。JR以外は、他のメーカーのものを買えば生活できるから、問題はないのだけどね」

「邦和も苦手なんすね」

「ああ、邦和財閥は、昔から同じようなことばかり繰り返してきたからね。もともと、明治の動乱期に政府高官の外戚となった調子のいい、しょぼくれた商人が、自分たち一族の利益のため、賄賂や謀略などを使って、大きくしていったものだと聞いているし」

「何か、表現方法が露骨なんすけど」

「そうかね。何にしても、あそこは創業以来、人の命なんて何とも思ってないよ。炭坑では何度も崩落事件をおこし、何百人も超える人たちが生き埋めとなったらしいし、鉱山でも、あちこちで有機銅などの危険物を流して、何万人ともいう中毒者が出たのだろ」

「そうでしたね。今は、どちらも重化に統合されましたけど」

「それに、その重化か、あそこは戦後になっても、系列の子会社が、次々と事件を起こしているよ。水銀、なまり、硫黄ガスなどの危険物質をあちこちで流出させてね。その結果、大勢の犠牲者を出しながらも反省せず、他の国で、もっとひどい事件を起こして! だから、こっちも協力をすることにしたのだよ。まったく、こりてないと思ってね」

「体質というものじゃないすか。責任転嫁と隠ぺい、は彼らのお家芸すから」

「今回も、そのものズバリだったね」

「ええ、これも古い話になりますけど、先ほど、姐さんの話に出てきた、今は閉鎖した邦和銅山、鉱毒で病死した人たちを、伝染病のせい、だと偽装工作をしてましたからね」

「はあ、そうかよ。まったく、いやになるね」

「それに、最近でもあったじゃないすか。邦和自動車のリコール隠し、邦和生命の・・」

「もういいよ。そんな話をするために、ここに来たわけではないからね。思わず愚痴が出てしまったけど、もともと、そういうことは、ばれないだけで、どこの会社でもやっていることだよ。会社というのは、利益を追求していくら、という世界だからね。ただ、その行動が、大きいか小さいかが違うだけで本質は同じだよ」

「そうすかねえ」

「ああ、小さい場合の話になるけど、こっちが行く飲み屋、あそこは、注意をしていないと、酔っ払いには、どうせ、わからないと思って、たまに酒に水を混ぜてくるからね。あと、知り合いの探偵は、スーパーに買い物にいったとき、表示とグラムがあっているか、必ず重さを量ると言っていたね」

「何か本当に、小さい話すね」

「とは言っても、お金が動くのだから立派な詐欺罪だよ。けどね、それは、気がつかないほうもバカだけどね。そういうことだよ。ある意味、駆け引きだね」

「そうすねえ、言われてみれば駆け引きすね。保険、株とか資産運用の話でも、会社とは、詐欺ギリギリのところで成り立っていますからね。気をつけないと」

「ああ、そうだね。だからといって、人の命までうばうことは大問題だけどね」

「でも、そういうことって邦和以外もありますよね。たとえば、欠陥住宅の事故すか。あとは、管理ミスで、被害が大きくなったホテル火災とか」

「そうだね、これも、よく聞く話だよ。でも、それは、防ごうと思えば防げるわけだから」

「防ぐって、どういう意味すか?」

「さっきの駆け引きの話ではないけれど、ものには、必ず売り手と買い手がいるということだろ、つまり買い手にも、ある程度は責任があるのだよ」

「責任すか」

「ああ、そのホテル火災の話のことだけど、管理ミスっていっても、結局は、防災費や人件費をケチったりして事故が起きたのだろ。ついこの間も、どっかの病院施設で、人件費や消毒薬をケチったおかげで、院内感染が発生して、その結果、大勢の入院患者が亡くなったという事件があったばかりだけどね」

「ええ、ちょうど、一ヶ月前です」

「あそこは、確か個人病院で、緊急患者は入院していなくて希望者だけだったね」

「ええ、完全な介護専用病院すから、しかし、許せませんね。医療に従事している仕事の人間が、そんな、ずさんなことをしていたなんて!」

「けどね、すでに、そこは、あんたたちマスコミがたたきまくって、半ばつぶれたと同じだろ。辞めた従業員からも色々、根掘り葉掘り聞き出して」

「当然すよ。まともな経営をしていなかったんすから、理事長も、職員たちには、きちんと報酬を払っていなかったみたいすね」

「やはり、そのような経営者だったか。それなら、前もって調べておけば、被害にあうことはなかったのだよ。つまり、その情報不足分が責任ということだね」

「姐さん、いくら何でも、それは、亡くなられた人たちに対して言い過ぎす! 気の毒だと思わないんすか!」

 数弥はそう競羅をにらみつけた。その態度に競羅も慌てたように、

「だから、そ、それはそういうときの話だよ。今回の事件は別だよ。被害にあった住民は住んでいただけで、何の落ち度もなかったのだから」

「ええ、そうすよ。本当に今回、彼らは全面的な被害者なんすから」

「ああ、先ほどから話題に出た、数々の公害による中毒事件、それらだって、根っこは同じだよ。工場周辺の住民たちに、責任といえるものがあったのかい。まったくなかっただろ。ある意味、今回の件、邦和には、いいお灸になったと思うよ」

「姐さんが、そういう考え方をもっているなら、僕もうれしいす。昔、僕のまわりの人も、そういう目にあったことがありますから」

 その数弥の言葉に思わず競羅は尋ねた。

「えっ、そういう目って、どういうことだい?」

「実は僕の祖父の話すけど、当時、田舎なので、となり村の小学校に通っていたんす。でも、そこがダム建設に引っかかって、村人みんなが引っ越すことになったんすよ。それっきり、祖父も仲の良かった友だちとも離ればなれになって、学校も今はダムの底とか」

「ダム建設のための立ち退きか。そういうことも、昔、あったらしいね。まあ、これも難しいところだね、あの時代は、水力発電にはダムがどうしても必要だったし」

「ええ、今は原子力発電が主流すけど、あれも、ちょっと」

「原発か。これも、爆発事故とか色々あって、いまだに地域住民ともめているね。何か話していると、セラスタのこと、人ごとではなくなってきたよ」

競羅の言葉に数弥も同調したのか押し黙ってしまった。


だが、しんみりとしてばかりはいられず、再び数弥が口を開いた。

「さて、そんな話より、本題の事件のことに話を戻さないといけませんね。今回のことすけど、まことにもって言いにくいんすけど・・」

 実際、言いにくい言葉らしく、数弥の態度には、ちゅうちょが見えた。

「どうしたのだい?」

「この間は、つい、言い出せなかったんすけど、僕を襲った連中、もしかしたら、田之場の可能性もあるのじゃないでしょうか?」

「あんた、それは!」

 競羅は一旦はそう口走ったが、すぐに、

「あのね、忘れたのかい。そういう可能性がないと判断をしたから、こっちだって、義兄さんの仕事を引き受けたのだろ」

 と答えた。競羅が預けられたヤクザの大親分というのが、今回、数弥の口から出てきた広域暴力団、田之場の先代総長であった。つまり、競羅は、その田之場の関係者なのだ。

「ええ、そうでしたね。用件が用件だけに、田之場が関わってくることはないと」

「ああ、先代の母方のじいさんが、満州で現地の人物にだまされて、身ぐるみをはがされた上に、残虐な方法で殺されたからね。先代は、すでに亡くなられてしまったけど、その遺言で、外国人との取引はご法度のはずだよ」

「そうすね。でしたら、やはり別口すか」

「決まっているだろ。確かに、邦和関係の仕事がシノギのひとつだけど、何度も言ったように、外国がらみではありえないよ。前も言ったように、おもに、邦和の仕事を手伝っているのは関西出の広域暴力団、摩耶徒組だよ。地元では、あとは三乗連合かな」

「ええ、そうすね。僕の考えすぎでした」

「わかればいいのだよ。さて、今、本家の話が出てきたところで、思い出したけど、こっちが身を寄せていたときだって、邦和のどっかで、大きな不祥事があって、その後始末で、巣鴨のご隠居さんが、よく訪ねにきたからね」

「巣鴨のご隠居? もしかして佐藤信之道のことすか」

「ああ、そんな名前だったかな。よく、あいさつをさせられたよ。いつも、ニコニコして、会うたびに、財布から、たんまり、おこづかいをくれたし」

「姐さん、信之道から金をもらってたんすか!」

数弥は驚きの声を上げた。それなりの人物であったからだ。

「悪かったかい。こづかいだと思ってたけど」

「相手は政界のフィクサー、怪物と呼ばれた人物すよ。そんな人から、こづかいなんて」

「それだけ、こっちには気前がよかったのだよ。けどね、そんなに驚くなんて、もしかしたら、その話をしたのは、今回が初めてだったかな」

 競羅は悪びれずに答えた。

「ええ、初めてすよ。全然、知りませんでした」

「何にしても、すごい人だったことは確かだね。先代も、『あやつの極秘メモさえなければ・・ それが、あるゆえに、どうにも逆らえん』と、ずいぶん、かしこまっていたし」

「ですが、そのご隠居さんも亡くなられていますよね」

「ああ、去年だったかな。しかし、それが、逆に厄介なことになったのだよ。その子分が、秘密メモを持って散らばったからね。ほとんどは、控訴時効になっている事件だけど、表に出ると困る会社はいろいろあると思うよ」

「ええ、そうすね。政財界極秘メモすか、そんなことがばれたら大変すね」

「おっと、話が変なところに行ってしまったよ。ということで、今日の話は終わりだね」

「えっ! もう、ですか」

「ああ、一通り、話は終わったからね。今日の飲みしろは、こっちが持つよ」

 そして、競羅は席を立ち伝票を持って出て行った。



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