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Confesess-1 5

第五章


戦闘が終わり、あたりには、気を失った男たちが白目をむいて倒れていた。

レスラーの男たちが特別なのであって、競羅は、かなりの格闘術の使い手なのだ。 実際、武器なしで、まともに戦ったら、このありさまであった。

 天美は呆れた目つきをして、倒れていた男たちを見つめていた。

 そこへ、その競羅が声をかけてきた。

「大丈夫だったかい?」

「一応、何とか。それより、ざく姉、すごく強い」

「小さいころから、ケンカは得意だったからね。囲まれない限りは何とかなるよ。しかし、あんた、今回は、どうやったのだよ?」

「どうやったって?」

「だから、さっきの、あの催眠だよ。指輪もはめていなかったし、こっちは、しっかりと見ていたからね。あのとき、あんた、両手を後ろ手で抑えられていただろ。今度の男たちも、全員、黒眼鏡をかけていたし、本当にどうやったのだい?」

「だから、何度も言うとおり・・」

「またまた、あんたは、自分が不思議な能力を使ったというのだろ」

「その他に、何か考えあるの?」

天美は競羅の目を見すえて言い返した。その目を見て、競羅の頑固な心がゆれた。

 彼女はしばらく、難しい顔をして腕を組んでいたが、やがて、苦笑をして答えた。

「そうだね。三回も見たのだから、まあ信じるしかないか」

「では、ようやく、信じてくれたの?」

「ああ、すっきりしないけど、そう思った方が楽だよ。それで、どういう能力だい?」

「さっき、説明したと思うけど」

「それがね、本気になって聞いていなかったのだよ。とても、真面目に聞ける内容じゃないし、あんたが、適当に出まかせを言っていると思ったからね」

「ほんとうに、頑固なお姉さん」

 そして、天美は、再び弱善疏の説明をし始めた。

 競羅は、今度は、説明を真剣に聞いていた。聞き終わると、感心したような声をあげた。

「驚いたね。こんなことが実際あるとは! つまり、あんたを捕まえようとしたり、危害をあたえようとした人間は、あんたに触れられると、途端に、その意思をなくすのだね。そして、必ず、あんたを逃がそうとする」

「でも、それだけでなく・・」

「ああ、何度も見たから、わかっているよ。これも、また信じられないけど、他に、あんたに危害を加えようとする仲間にも、その行動をやめさせようとするわけだね」

「そういうこと」

「そうなると、相手が、あんたの能力を知らない場合、間違いなく仲間割れになるね。あんたは、そのスキをついて、残りの奴らに触れればいいのだから、おいしい能力だよ」

「でも、その効力は半日間しかないけど」

「半日というと、十二時間か」

「そう、ずっと、かかってたら大変でしょ」

「しかし、そうなると、やだね。また、あの筋肉男たちに狙われるのか」

「それは、仕方ないけど」

「それよりも、また、あの、目がくぼんだ、ねちっこそうな男に狙われるのか」

競羅は答えながら顔をしかめた。

「そのことは大丈夫。そっちの人は、わったしの強い方の、ちからにかかっているから」

「強い方の能力? それは、かかっている時間が長いのかい?」

「長いというより、犯した罪すべて、自白しないと、悪い考え起きなくなるのだけど」

「犯した罪すべて自白? はっ、あんた、やっぱり日本語が不自由だね」

「そういうわけではなく、本当に自白・・」

 天美は強善疏の説明を続けようとしたが、競羅は物知り顔で、

「はいはい。わかったわかった。何はともあれ、金輪際、あの、しつこかった男が絡んでこないことは、確かなのだね」

「そうだけど」

「それならよかったよ。こっちは、ああいう、ねちっこい手合いは苦手でね。しかし、何というか、どうして、そんな能力が、あんたにあるのか?」

「さあ、気づいたときには、すでにあったから、よくわからないけど。何でも、わったしが、赤ちゃんだったとき、あることあって、ついたっていう話だけど」

「あること? 何があったのだよ?」

「セラスタの住んでた村の遺跡で、神様の生けにえにされそうになって」

 天美は経緯を説明しようとしたが、

「神様だって! またまた、わけのわからないことばっかり言って」

 まじめに聞かなかった。それどころか、天美をにらんで詰問をした。

「冗談はさておき、そろそろ、本当のことを答えな。こっちは、神様の出てくる話は、苦手だね。うさんくさいっていうか、どうも信じられなくってね」

「もう! 本当に、赤ちゃんのときだったし、それも、聞いた話なんだから、実際のことは、わったしだって、わからないでしょ」

「わかったよ。遺跡というのは、セラスタにあった何かの実験施設で、その実験の結果、副作用か何かが起きて、ついたのだろ。だいたい、神の力なんてありえないからね。それより、肝心なことを忘れていたよ。数弥を捜さなければならないことを、こいつらが気絶しているうちに捜さないと、面倒なことになるからね」

「間違いなく、ここにいるの?」

「ああ、いると思うよ。臆病だけど、約束は守る男だからね。でも、見あたらないね」

ここで、天美のカンがはたらいた。彼女はあたりを見回し、その確信を得たのか競羅に向かって話しかけた。

「その新聞社の人、電話、持ってるでしょ」

「ああ、持っているよ。それで、さっきかけてきたからね」

「だったら、一度、かけてみた方がいいと思うけど、つながったら無事とわかるし」

「なるほど、あんた頭の回転もいいね」

 そして、競羅は電話を取り出し、その通話ボタンを押した。

 ピーロンピーロン

 すると、着信音が聞こえてきた。

 競羅は、その発生先を捜そうとした。と、同時に相手の眠たそうな声が、

「むにゃむにゃ、もしもしデスクすか」

その音と声の出処は! 目の前にさりげなく置いてある大きなポリバケツの中から聞こえていたのだ。それを見て、競羅は呆れながら応答した。

「おい、あんた。ひょっとして、そこで、ずっと寝ていたのか?」

「その声は姐さんすか? 今、どこにいるんすか?」

「どこって、あんたの隠れている前だよ」

「え、そうすか、か、彼らは、どうしたんすか?」

「あんたを追いかけていた男たちかい? やっつけたよ。だから、出てきなよ」

「わかりました」


 やがて、その数弥という男性がポリバケツの中から出てきた。

 天美は、ここで始めて数弥を見た。端正な顔立ちで、百七十五センチぐらいの、なで肩の眼鏡が似合う、やせた男である。男たちの指摘通り頭には記者帽をかぶっていた。

 その数弥に苦笑をしながら競羅は声をかけた。

「まったく、いつもながらというか、のんびりものだね。あんなところで寝られるなんて」

「そうはいっても、わかっているでしょ。あれから、ろくに寝ていなかったんすよ。カプセルホテルは怖かったですし」

「確かにそうだけどね。とにかく大したものだよ」

「こう見えても、僕は結構、田舎で野宿みたいなことをしていたんすよ。それより、この倒れている人たち、やはり、姐さんが倒したんすね」

 数弥はあたりを見渡すと、期待をした目つきをして尋ねてきた。いつも、競羅のことを、姐さんと呼ぶが、実際は、彼女より三つ年上である。

「ああ、ちょいと、この子にも手伝ってもらったけどね」

「手伝ってもらった? この子、何か拳法でもしているんすか?」

「いや、全然、違うよ。その理由は、ちょいと言えないけどね」

 競羅は慌てて答えた。心の中は、余計なことを話して、しまったという感じである。

「そうすか。それより、この子、誰すか? 僕は、今日、始めて見ますけど」

「それはそうだろ。正式に知り合ったのは、その今日だから」

「今日すか。では、先ほど僕が電話をかけたときは?」

「むろん横にいたよ。だから、連れてきたのだよ」

「連れてきたって、姐さん、今の状況をわかっているんすか!」

 数弥は非難するような声を上げた。

「わかっているよ」

「全然、わかっていないすよ。今回の行動は、まったく、姐さんらしくないすよ。第一、姐さんは、初対面の人物を、あまり信用しないじゃないすか。それに、事件に関係ない人を巻き込むことも、極端に嫌ってるはずなんすけど」

「そうだったかな」

「そうすよ。僕は納得がいきませんね。こんな可愛い子を、このような危険な場所に連れてくるなんて、本当は、大きな理由があるんじゃないすか?」

「理由、そんなものあるわけないだろ!」

「なければ、絶対におかしいすよ。今の言葉だって、隠し事をしている感じがしますし」

 数弥のつっこみに、競羅は、しばらくの間、考えていたが、やがて、

「わかった。これからあんたにも、協力をしてもらうことが多かったから話すけど、実はこの子、不思議な能力を持っているのだよ」

 仕方なさそうに答えた。そして、その数弥の反応は、

「不思議な、のうりょく? 今のいざこざで、どこか、頭を打ちませんでしたか? そんな言葉が、姐さんの口から出るなんて」

「おかしいかい?」

「ええ、おかしいすよ。姐さんは、僕と違って、幽霊とか超能力のような、超自然的なことは、絶対、信じないはずすよね」

「けどね。今回ばかりは、そうともいえないのだよ。何といっても、三度も見たからね」

「三度もすか。それで、その不思議な能力というのは何すか?」

「知りたいかい? 実はね、この子を襲おうとした相手は、この子に触れたり、触れられたりすると、急に、その敵意をなくして、おとなしくなるのだよ」

「はあ? 姐さん。変な出まかせはよしてください」

 数弥は呆れた声を出した。実際、この言葉だけで信じる人は、世の中には、まず、いないであろうし、存在したら、かなり、めでたい性格である。

「やはり、出まかせと思ったかい?」

「そうすよ。いくらなんでも、そんな言葉ではだまされませんよ。本当のスキルは何すか?」

「何と言われても・・」

「だから、本当の能力というのを教えてください! 人の心が読めるんすか! テレキネシス(念力)すか! それとも、テレポート(瞬間移動)すか!」

 数弥の声は、興奮でボルテージが上がっていた。あまりにも、その声が大きかったのか、

「うーん・・」

 男の一人が起きあがった。最初に倒された武田である。あのときは、まだ、競羅は怒りの段階ではなかったので、衝撃が甘かったらしく、真っ先に息を吹き返したのであった。

 その状況を見て、競羅がとがめるように声を出した。

「あんたが、大きい声を出すからだよ」

「今は、そんなこと言っている場合じゃないすよ。逃げないと」

一方、武田は、凶悪な目付きになると、胸元からナイフを取り出した。

 そのあと、一番、相手にしやすいと見たのか天美に近づいた。そして、ニヤリと笑うと、その彼女の腕をつかみ、ナイフを首筋につきつけたのだ。

「これが目に入らないのか、おとなしくしな」

人質を取ったと思った武田は勝ち誇ったように声を上げた。

「おいおい」

 筋書きができていたような、おあつらえむきの展開に、思わず競羅は苦笑いをした。

 一方、状況を知らない数弥の顔色は、真っ青である。彼は非難の声を。

「だから、いわんこっちゃないすよ。こんなとこに連れてくるから、どうするんすか?」

「ガタガタ言わないで、黙って見ていな!」

競羅は数弥をにらみつけると、そのまま、天美に向かって声をかけた。

「いいよ。この人には、ばれても、見た目どおり無害な人だから」

「本当に?」

「ああ、遠慮なくね。あんたに都合が悪いことは、絶対にさせないから」

「わかった、では」

 天美はそう答えると弱善疏をはたらかせた。武田はご多分にもれなく能力に墜ちると、いとも簡単に彼女を解放した。それを、確認した競羅、

「ご苦労さん。これは、ご褒美だよ」

 武田に豪快に背負い投げをくらわし、地面にたたきつけたのである。


数弥は、その様子を目を輝かせて見ていた。これだけで、完全に信じた様子である。

 競羅はさりげなく尋ねた。

「あんた、妙に嬉しそうだけど、新聞にのせるなんてこと、考えていないだろうね」

「あたりまえすよ。こんな大スクープ、のがすわけないじゃないすか」

 数弥は興奮して答えた。その言葉に、天美は、一瞬、鋭い目をしたが、競羅は、

「何だって! もう一度、言って見な!」

 と般若のように顔を怒らせると、数弥の襟首をつかみ脅かすように言葉を続けた。

「いいかい数弥! もし、このことを新聞にのせたり、誰かにしゃべったら、必ず大きな後悔をすることになるよ。こっちの気性については、あんたも、いやというほど、よく知っているはずだから、これ以上は、何も言わないけどね」

「そ、そうすね、わかりました」

 数弥は真っ青になり、その返事を聞いた競羅は、襟をつかんでいた手をはなすと、相手を諭すような表情をして言葉を続けた。

「わかればいいのだよ。よく考えてごらん、あんただって、この子に能力があった方が色々便利だろ。誰かにばれたら、それもできなくなるのだよ。専門のタレコミ屋を持っている記者だっているのだし、あんたの隠し玉だよ」

「ちょっと勝手なこと、言わないでよ!」

 天美が文句を言い。競羅は、すぐに厳しい口調で言い返した。

「あんたも、あんただよ。そんな能力を自慢そうに見せびらかして!」

「別に、見せびらかせてないけど」

「どこがだよ。こっちは、今日の夜だけで四回も見たのだよ」

「そ、それは、その・・」

 天美の言葉はつまった。

「何度も助けてもらったから、そう言える立場でもないけど、どうも、あんたが心配なのだよ。今まで注意をされなかったかい。この能力、決して他人に知られてはいけないって」

「だから、ばれないように、気をつけてるつもりだけど」

「どうかね。とにかく、これからは、本当に気をつけるのだよ。あんたの能力、悪人に知られると、どんな風に利用されるか、わかったものじゃないからね」

 その競羅の説教の途中、数弥が声をかけてきた。

「それも、そうすけど姐さん。そんな話は後回しにして、まずは、ここを出ましょう。一刻も早く、証拠のメモリーを提出したほうがいいすから」

「そうだね、義兄さんから軍資金をいただいている手前、無事に届けないといけないし」

「わかっていたら、早くしましょう。本当に、僕ここにいるのいやなんすよ」

「では、こいつらを警察に突き出して帰るか」

「えっ、何も聞かないで、引き渡すの?」

 ここで、天美は不思議そうな顔をして尋ねた。

「聞くって、何をだい?」

「この人たちの背後関係」

「何を言うかと思ったら、そんなことかい。そんなこと、警察に任せればいいのだよ」

「でも、せっかく、自白させることできるんだし」

「あんたね。こっちは、こう見えても、拷問をすることは嫌いなのだよ。仲間が捕まったりしたような、よほどのことがない限り、そういうことはしないよ」

「じゃあ、拷問しなければいいのね」

「そうだけどね、何かまだ文句を言いたそうだね」

「文句っていうわけじゃないけど、このえらそうなこと、言ってた男だけ、あと九時間ぐらい待ってほしいの。そうしたら、強い方の、ちから使って、すべて自白させるから」

 天美はそう答えながら、倒れている入田を指さした。

「えっ、九時間だって」

「だって、さっき、強い方のちから使ったの三時間ぐらい前だから。あのちから、十二時間たたないと、まだ使えないし」

「だから、その能力で、こいつらをおとなしくさせたのだろ。これ以上、わけのわからないことを言っているのではないよ。だいたい、九時間後なんて、ふざけたことを」

「そうすよ、姐さんもそう言っているんですし、無茶なことを言ってはダメすよ」

 数弥も同調するように声を出した。

「では、強い、ちからのことは信じないのね」

「当たり前だろ。こっちは、そんなものなんて、見ていないのだからね」

「そういうこと言うなら、さっき、追いかけられたとき、リーダーらしき男、倒さなければよかったのに」

「ああ、あの時か、あれは誰だって頭に来るだろ。三度も捕まえようとしたのだよ。とにかくね、こいつらは警察に引き渡すよ。こういう小悪党たちは、死刑になる罪をしていない限り、ある程度のことについては白状をするよ。こういう連中は、自分の身の守り方を知っているからね。それに任務に失敗したのだから、組織だって守ってくれないし」

「僕もそうだと思います。雇い主の邦和重化の方だって、それどころじゃなくなりますよ。守ってくれるバックがいなくなるんすから、素直に白状をすると思いますよ」

結局、天美は二人の意見に従うことになったのである。


 次の日の午後、天美たち三人は、数弥のアパート、シャトー松蔭に集まっていた。

「相変わらず、落ち着かない部屋だね。また、増えているよ」

 競羅が呆れたような声を出した。天美も、何とも言えない表情である。

 それはそうであろう。数弥の部屋には、あちこちに、女の子のポスター写真が貼りまくってあったのだ。それも、すべてティーンエイジャーの、

「いいじゃないすか。何度も言ってます通り、僕の趣味の問題すから」

「確かにそうだけどね。いつ来ても思うのだよ。いつまでも、こんなこと・・」

「もう、そんな話、どうでもいいじゃないすか、まったく、いつも同じことを言って!」

 数弥は怒ったように声を出した。

「それは悪かったね。しかし、あんたも、困ったぐらい仕事熱心だね。せっかくの休暇なのに、手を離れた事件の話をするために、こっちを呼び出すとは」

「ええ、上も僕がここ二、三日、ろくに寝てないことはわかってますので、明日まで休みをくれたんすが、僕としても関わった事件すから、あとの経緯について話し合おうと」

数弥は、自分の手に持っている真知新聞の夕刊を見ながら答えた。時間は、まだ、午後三時半過ぎということで、刷り立ての第一版である。その第一面には、

【邦和重化学工業、海外での事業法違反で強制捜査開始】と、

 その見出しを見ながら競羅は口を開いた。

「あんたねえ、さっきも言ったように、すでに、こっちの手を離れているのだよ」

「ですが、その子は事件の話をしたがってますよ」

 数弥はそう答えると、競羅の横で、目を輝かせている天美を見つめた。

「ああ、この子か、本当に変わってる子だからね」

そして、その天美が微笑みながら声を出した。

「これで、この会社も終わりかな」

 その口調は、相手が変わっても、セラスタ時代とまったく同じである。

「そこまではならないよ。容疑は殺人罪ではなく、海外での事業法違反だからね」

「ええ、違法な会社の運営をセラスタで行っていたということすね。おそらく、今までの経緯から見ましても、一、二ヶ月の営業停止にはなるでしょうね」

 と数弥も競羅の言葉に同調するように説明を続けた。

「そんな! あの会社は、罪もないセラスタの人たち、何万人も殺したのに」

「けどね、さすがに、そこまでは、おおやけにするわけにはいかないだろ。過失致死罪でも、まずいことになるし、確かに、この辺が落としどころだね」

「それは、絶対、おかしいじゃない!」

「まあまあ、落ちつきなよ。それでも、経営陣は入れ替わることになるよ。それに、これだけの大捜査になったのだから、当然、逮捕者もでるよ」

「ええ、それは間違いないす。関係していた人物の逮捕は免れませんね」

「そんなことじゃ、すっきりしない」

「まあ、あんたが口惜しがる気持ちもわかるけど、これが現実だよ。大量殺人の罪で裁かれたら、会社自身がもたなくなってしまうからね」

「そんなの当然でしょ。セラスタなら完全につぶされるのに。とにかく、この会社、わったしのいたセラスタで、こんな事件、起こしたのだから許すわけにはいかない」

 その天美の言葉を聞き止め、数弥が声を出した。

「姐さん。ひょっとして、この子、セラスタと関係あるんすか?」

「ああ、ばれちゃ仕方がないね。その通り、実は日系セラスタ人なのだよ」

「なるほど、そうだったんすか。それで、この子の名前は何すか?」

「確か、アマミ・ボネッカ・カスタノーダじゃなかったかな」

「アマミすか」

 数弥は復唱しながら、質問を続けた。

「それで、どういう字を書くんすか?」

「さあ、そこまではわからないね。どうせ、みは美しいだろ」

「そう、あまは、普通のお空の天だけど」

「では、姐さん、これから、この子のことを天ちゃんと呼びましょう」

「勝手にしな。こっちは、ボネッカという方が楽だから、そう呼ぶけどね。それより、さっきの話だったけど、えーと、どのあたりだったかな」

「セラスタでは、このような場合、会社がつぶされると、この子、つまり、天ちゃんが、話していたところすよ」

数弥がフォローをした。

「そうだったね。でも、実際のところ、そうなのかい?」

「僕も詳しいことはわかりませんが。おおむね、そんなような感じす。企業犯罪の責任の取らせかたは、アメリカに近いすからね。とくに、コンツェルン系は、政権を守るため、徹底的にやられますよ」

「そんなものかい? しかし、ここは日本だからね。それが、いいことなのか悪いことなのか、うまく言えないけど、日本人は社会的影響力を極度に恐れるからね。白とか黒とか、決めつけることも苦手だし」

「それでも、はっきり、悪いこと罰しないと」

 天美が、再び厳しい声を出した。

「その結果、政情を不安に陥れたいのかい。いいかい、会社が倒産したら、その分、失業者が増えるのだよ。困った人も増え、犯罪も増える。セラスタではどうだったのだい?」

「そ、それは、確かに働き口、少なくなって」

「わかったかい。実際、セラスタは大変みたいだね。向こうでは、働き口が減ったのか、このごろ、この日本に来ている人たちが、多くなっているからね」

「確かに、セラスタから、働きに来ている人たちが増えていますね。何でも、ある犯罪組織が壊滅し、国内が不安定になり、そのうえ大きな企業が、いくつか、立て続けに倒産して、国内での失業率は異常なくらいすから」

 数弥が再びフォローをするように言った。

「でも、あの組織つぶしたのは復讐で、だから、悪いと思うけど」

 天美はポツリとつぶやいた。

「えっ! 復讐? どういう意味すか?」

 数弥が反応し、驚いたように聞き返した。

「えーと、それは・・」

 天美の言葉が詰まった。それを、どう感じ取ったのか、競羅は苦笑しながら答えた。

「この子の年代の復習っていったら、勉強のことに決まっているだろ。あんたもね、血なまぐさいことばっかり、追いかけているから変なこと考えるのだよ」

「そ、それも、そうすね」

「実際、言葉通りの復讐だとしても、こんな能力を使ったぐらいで、つぶすことなんて、できるわけないだろ。まがりなりにも、いくつかの企業を束ねる犯罪組織だよ。本当につぶれたのだとしたら、たまたま、致命的な悪行が露見したのだろうね」

「たまたまなの?」

 天美は不満そうな顔をして尋ねた。

「普通はそういうものだろ。それよりも、今日のところは、これ以上は、捜査の進展は望めそうもないね。では、そろそろ帰らせてもらうよ。あんたも、一緒に帰るのだよ」

競羅は、結論を出すように答えると、天美に向かって声をかけた。

「もう帰るんすか」

「そうだよ。ちょいと、用事を思い出したからね」

 そして、競羅と天美の二人は、数弥の家をあとにした。


 道すがら、競羅は天美に聞いてきた。

「それで、さっき、あんたが言っていた言葉だけど、こっちが思うに、前の国にいたとき、仲間と一緒に、なんか、ごそごそしていたみたいだね」

「そんなふうに見える?」

 そして、天美も答えた。感づかれたことを、はっきり意識した返事である。

「ああ、どっかの組織に属していて、政府や犯罪組織と戦っていたのじゃないのかい。あんたは先導役で、実行者が多数という。だから、組織だってつぶせたのだろ」

競羅はそう答えた。天美の強善疏を知らない以上、そこまでしか思いつかないのだ。

「ちょっと、違うけど、だいたいは?」

「やはりか」

競羅は、しばらく宙をにらんでいたが、結論が出たのか、

「何なら、こっちが、その代役をやってあげてもいいけどね」

 と言ったのである。

「ざく姉が?」

「ああ、そのかわりに、自分だけでは勝手なことをしてはいけないよ」

 その競羅の言葉を聞き、天美の顔がくもった。

「どうして、そういうこと言うの。本当は、調子のいいときだけ利用したいのでしょ」

「まさか、あんた、こっちが、そういう風に見えるのかい?」

「当然、どっからみてもそう」

「何だと、もう一度、言ってみな!」

「ほーら地が出た。とにかく、悪人こらしめるのに、指図受ける気なんてないから」

 そして、天美は駆けだしていった。後に残った競羅は、

「あーあ、行ってしまったか、仕方ないね。こっちも、出方がわからなかったから、こんなことになったけど、よく考えたら、やはり注意をしたのは、まずかったかな」

走り去っていく天美を見つめながら、競羅はつぶやいていた。




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