Confesess-1 3
第三章
「あ、あんた、この状況で、何をふざけたことを言っているのだよ」
思わず競羅は声を上げた。突然の言葉に戸惑いながら、
「もう一度聞くけど、もし、ここから逃げることできたら、頼み、聞いてくれるよね」
しかし、その少女天美は、なおも、そう微笑んで答えていた。その態度に、
「おい、あんた、人をからかうのも、いい加減にしな!」
怒った競羅は、自力でその場を逃げ出そうと、抵抗を始めた。だが、前以上に石田に、きつく締め付けられたのだ。これでは、とても逃げられそうになかった。
「どう? 聞く気になった?」
天美は尋ねた。競羅は、苦しさで頭が真っ白になりかけていた。そして、ついに、
「聞く聞く、もう何でもいいから聞くよ」
と苦しまぎれに返事をしたのである。
「では、決ーまり」
天美が答えると同時に、彼女の弱善疏がはたらいた。あとは、お決まりのパターンだ。浅黒い顔の男、太田は弱善疏に墜ちると、弾かれたように彼女を放した。
自由になった天美は石田に近づくと、その腕に触れた。またも弱善疏がはたらき、石田は締め付けていた競羅を解放した。それを見て、リーダーの男は叫んだ。
「おい、君たち、何をしているんだ!」
だが、弱善疏に墜ちている二人のレスラー崩れは、二度と天美たちを捕まえようとしなかった。そのうちの一人太田が、リーダーに向かって次のように声を上げた。
「加田さん。まあ、今回は、逃がしましょうや」
あまりにものことに、その加田は唖然としていた。
競羅も、男たちの変貌に意味が分からず、まだ戸惑っていたが、すぐに、我に返ると、
「何を、ぼさっと、してるのだい。今のうちに逃げるよ」
と天美の手を取って、ビルの谷間から逃げ出したのである。
天美たちは、しばらく走り、別の路地に隠れた。前より、人通りの少ないところである。
一息つくと、競羅が尋ねてきた。
「おい、これは! いったい、どういうことだよ?」
「さあ、あの人たち、急に、身体の調子が悪くなったのじゃないかなあ」
「そんなバカな! あんたが、何か仕掛けたのだろ!」
「仕掛けたって、何を?」
天美はとぼけたように答えると、逆に微笑みながら声を出した。
「それよりも、さっきの約束、覚えているよね」
「約束って? あれか、逃げることができたら、パチンコの勝ち方を教えると」
「そう。そのことについてだけど」
「わかった。今まで、誰にも教えなかったけど、あんただけには特別に教えるよ。そのかわり、先ほどのことについて、本当のことを説明をしてくれないかい」
「だから、それは、相手が、みんな気分が悪くなって・・」
「それは嘘だね!」
競羅はピシリと答えた。そして、薄ら笑いを浮かべながら、言葉を続けた。
「その言い訳は、あんたが、余計なことを言わなければ、通用したかもしれないね」
「余計な事って?」
「さっき、あんたが、『もし、この場から逃げることができたら』と、こっちに話しかけたことだよ。はっきりとはわからないけど、あのとき、あんたは、あの筋骨隆々の男たちから、確実に逃げる自信があったのだよ。だから、その言葉が口から出てきたのだろ」
競羅の言葉に天美は無言になった。立場が苦しくなってきたからだ。
「あんたは、見たとおり、まだ子供だね。特殊催眠か何かで、相手を金縛りにかけたようだけど。今のような幼い言動を繰り返していると、必ず誰かに利用されて破滅するよ」
「では、お姉さん、わったしが催眠術使いだと言うの?」
天美は反論した。相手の勘違いにより余裕が出たからだ。
「ああ。その通りだよ。あんたは、若い催眠術士だよ。どうだ図星だろ」
「あくまでも、わったしが、催眠術を相手にかけたと、言い張るのよね」
「ああ。あんたが、どんな言い訳をしようが、そうとしか考えられないだろ!」
競羅が興奮して、答えたとき、
「おい、こっちにいたぞ」
声とともに、複数の追いかけてくる足音が聞こえた。
「見つかったようだね。逃げよう」
「また、逃げるの?」
「ああいう連中は、しつこいのだよ。メンツだけで生きているからね」
競羅が答えているうちに、二人の男たちが追いついてきた。追ってきたのは、またもや、あの目が落ちくぼんだ男、加田である。そして、もう一人は、最初に彼女たちを拉致しようとして、足払いを受けたサングラス姿の部下、田村であった。
田村は今度はナイフではなく拳銃を持っていた。彼は加田の目配せを受けると、その銃口を天美に向けた。人質にして、言うことをきかせるつもりなのだ。
拳銃を出された競羅は、深く深呼吸をすると加田をにらんだ。そして言った。
「あんたらもしつこいね。しかし、ハジキか、そんな物騒なものを出すとは」
「必要になったからです。さて、これで、例のもの出す気になりましたか」
「出すも何も、おあいにくさま、こっちは、あのブツを、今、持っていないのだよ」
「それは調べればわかること、まずは事務所には来てもらおうか」
加田はそう答えると、田村に目で合図をした。
田村は銃口を天美に向けながら近づくと、そのまま、その身柄を確保した。銃口は動けないように、彼女のこめかみである。だが彼女は、その状況でも微笑んでいた。
「あんた、何を余裕顔をしているのだよ。黒眼鏡の上からは催眠術は効かないよ。相手の目を見つめられないからね」
競羅は真っ青な顔をしていたが、天美は相変わらず薄笑い顔だ。そして言った。
「本当にそう思う? だったら、試してみるけど」
「試すって、あ、あんた何を?」
競羅は思わず。そう口走ったとき、彼女の目に不思議な現象が映った。
突然、田村が天美を解放すると、その銃口を親分の加田に向けたのだ。弱善疏に墜ちた症状である。驚く加田の目をよそに、田村は言った。
「すみません、加田さん。さすがに、この子だけには手を出せません」
「き、君まで何を言い出すのだ。その、た、態度は何だ!」
腹心の乱心的な行動に加田は目を丸くしていた。
天美は、その加田に近づくと厳しい顔をして言った。
「いい加減にしてよね、三度も襲いに来るなんて、でも、追っかけっこは、これでおしまい。では、ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらおかな」
そして、決めゼリフを言うと身体に触れ、もう一つの能力、強善疏を注いだのである。
能力に屈した加田は、自分の罪を自白し始めた。天美は、このあと、いつものように、その加田の自白を聞こうとしたが、彼女の能力を知らない競羅は、
「こっちだって同じ気持ちだよ。三度も狙うなんてね」
自白を始めた加田に向かって、大きな蹴りを入れたのだ。加田は、もんどりうって地面に倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。
天美は、その様子を見つめながら思っていた。
〈わっ、あのお姉さん、やっちゃった。見た感じ通り、手、早い人〉
「何を、ぼさっと見ていたのだい。こんなところに、長居は無用だよ」
そして、競羅は残念がってる天美の手を引っ張り逃げ出した。
数分後、天美は、ある公園の前で立ち止まると、競羅に話しかけた。
「この辺で止まった方がいいのじゃない。あの男たち、もう、二度と追ってこないから」
「けどね、奴はそうだけど、あの拳銃を持っていた男は、まだ無事なのだよ」
「それでも、もう追ってこないと思うけど」
「確かに、すぐには追ってこないかもしれないね。仲間を呼びにいってるか」
「それもないと、思うけど」
「それは、あんたが状況を知らないからだよ。奴ら、どうしても必要なものがあるからね」
「必要なものって?」
「あんたには関係ないことだよ。それよりも、まったく感心したよ。あんた、かなりの修羅場をかいくぐっているね」
「そう見える」
「ああ、普通の女の子だったら、あんな状況になったら、怖くなって、身体が動かなくなり、何もできなくなるはずだよ。それを二度とも、平然と笑っているなんてね」
「お姉さんだって、わったしと同じじゃない。あの悪人たち撃退したのだし」
「確かにそうだけどね」
競羅はまだ何か引っかかっていたが、考えるのが面倒になったらしく、
「それはそうと、お互い、名前を知らなかったね。こっちの名前は朱雀競羅。あんたは?」
と自己紹介を始めた。
「わったしの名前は、カスタノーダ・天美だけど」
「天美って言うのか。それより、あんた日系人なのだろ。もう少し、きちんと名乗りなよ」
競羅はなおも尋ねた。彼女は、兄の友人がブラジルに多かったため、日系人にはミドルネームが存在することを知っていたのだ。
「アマミ・ボネッカ・カスタノーダ」
「ボネッカか。何か、呼びやすそうな名前だね。それで、どこの国から来たのだい?」
「セラスタだけど」
「セラスタだって!」
競羅は、突然、大声を出すと、怒ったように声を荒げた。
「そうか、やっぱり、あんた、さっきの男たちとグルだったのだね。こっちも甘いねえ。あんたの外見に、だまされるなんてね!」
「どうしたの、急に?」
しかし、天美は、競羅が豹変した理由がわからなかった。
「近寄るのではないよ。すでに、芝居は終わったのだよ。おかしいとは思ったのだよ。あんな筋肉質な連中や、拳銃を突きつけた男が、急におとなしくなるなんてね」
競羅は誤解をしていた。弱善疏に墜ちた男たちの行動が、芝居であると思ったのだ。
「だから、どういうことなの?」
「あんたは、自分から白状したのだよ。セラスタの犯罪組織の一員ということをね。だから、あんたは、男たちが追ってこないということも、わかっていたのだよ。ここからは、あんたの役割になるのだからね」
「わったしの役割って?」
「例の品物が欲しいのだろ! けどね、おあいにくさま、こっちは持っていないよ」
「品物? 全然、何言ってるか、わからないけど?」
「これ以上、とぼけたって無駄だよ。とにかく、あんたはミスをしたのだよ。こっちの誘導尋問に引っかかって、セラスタ出身だと言ったのが、すべての間違いだよ。工作員にしては未熟だったね。あんたが近づいてきた目的は、お見通しだからね。だから、近づかないでくれ! これ以上近づいたら、こっちは、あんたを・・」
「いい加減にしてよね!」
天美は怒ったように言った。そして、なおも、まくしたてるように言葉を続けた。
「言いたいことばっかり言われると、わったしだって頭くるよね。わったしは、たまたまセラスタから来たの! 第一、犯罪組織の者だとしたら、素直にセラスタから来たって言うわけないでしょ。ブラジル、コロンビアとか言って、嘘つくはずでしょ!」
その天美の反応に、競羅は腕を組んだ。冷静に考えることにしたのだ。そして、結論が出たのか、落ち着いた口調で答えた。
「なるほど、それも一理あるね。でも実際、そんな偶然が簡単に起きるかい」
「本当だから、仕方ないでしょ。とにかく、このごたごたの原因に、わったしのいたセラスタが関係してるの、間違いないってことね! その事件って、いったい何なの?」
「それは、あんたが、よく知っていることだろ」
「だから、何のことかわからないと、言っているけど」
「それなら、なぜ、さっきの男たちが、何度もおとなしくなったのだよ?」
「それは、わったしの、ちからで・・」
「そらみろ、そんな変なことしか答えられないだろ。やはり、あんたは怪しいのだよ」
「信じてもらえないなら、仕方ないかな。そうやたら、説明できることでないし」
天美は、がっかりしたような態度をすると、小さい声でつぶやいた。そして、そのまま、
「確かに言っても、信じないと思うし、結局、わけわかんないことになって・・」
その天美の態度に、競羅は戸惑った。そして、聞き返した。
「ほ、本当に、あんた、今回のことに関わりがないのかよ?」
「あったら、どういうことか、聞くわけないと思うけど」
「だとしたら、これ以上、危険な目に、あんたを巻き込むわけにはいかないね」
「危険なら、なおさら、教えてもらわないと」
天美は目を輝かせて聞いた。彼女は本質的に危険好きなのだ。
「できないものはできないよ! それだけ、危険だからね!」
「わったしはね、どうしても納得いかないの! お姉さんが、わったし疑った態度もその一つだけど、それより何も、わったしのいた国で何起きたか知りたいの! 危険なんて、セラスタにいたとき何度もあったし、その危険乗り越えて、今生きてるのだから!」
天美はそう言い切った。その真剣な天美の態度と言動に押されたというのか、ただならない雰囲気を感じたのか、競羅は
「わかったよ。話すよ。確かに、あんたも、こっちに疑われて、不愉快の思いをしたし、知る権利があると思うからね」
と答えた。そのあと探るように、まわりを見回すと、目の前の公園を指さして言った。
「あそこの中に入って話そう。立ち話じゃ疲れるからね」
そして、競羅は天美を連れて、公園の中に入りベンチに座ると口を開いた。
「さっきは悪かったね。ことがことだから、とにかく、人を信じるのは難しいのだよ」
「でも、もう信じてくれたのでしょ」
「ああ、まだ釈然としないけどね」
「それで、例のセラスタで起きた事件について、教えて欲しいのだけど」
「知っているといっても、こっちは、聞いたことしか知らないけどね」
「聞いたことなの?」
「ああ、そうだよ。ここでは、絶対に名前は出せないけど、ある人に頼まれたのだよ。あるものが取引に出されているから、手に入れて欲しいってね」
「それが、さっきから話題になってた品物なのでしょ。それって、何?」
「その説明の前に一つ聞くけどね、あんた、セラスタに住んでいたのなら、コルベという場所を知っているかい?」
「コルベ? 聞いたことないけど」
「えっ! あんな、大きな事故が起きたところを知らないのかい。人が何万人も死んだはずだと聞いたけど。あんた、本当にセラスタ人かい?」
その競羅の反応に、天美は思い出したように答えた。
「何万人も? だったら、ひょっとして、三年前、火山が爆発して、全滅したあの町のこと? かなり、大きく報道してたから」
「火山? そこは違うだろ。確かに事件が起きたのは、三年前だったけどね」
「でも、他には、そんな話、耳にしなかったから」
「あんたが、新聞を読んでいないからだよ。三年前の五月頃に起きた爆発事故だよ」
「その火山の大噴火、起きたのも、五月だったけど」
「それって、どういうことだよ!」
競羅の顔色が変わった。とんでもないことを聞いた感じである。そして、天美は言った。
「そんな、恐い顔しなくたって」
「これが、笑っていられるかよ。もし、そうだとすると、あんたの国は、秘密保持のためには、平気でガセの報道を流すところだよ。噂どおりに病んだ国だね」
「確かにそういう国ね。わったしも、何度かそういう事件に巡りあったし」
「何度かだって、いったい、どんなことが?」
競羅は思わずそう尋ねたが、すぐに、用件を思い出した。
「そんなことは、今、話題にすることではなかったね。それより、その、あんたが聞いた火山の噴火について、詳しく教えてくれないかい」
「なんでも、今まで、一度も活動しなかった火山だったらしいから、どうして、噴火したか、詳しいことわからなかったみたい。住民の人たちも、そこが危険ということ、知らなかったから、町、造ったのじゃないかなあ、気の毒に」
「そ、そうかよ。それで、そのあとのことは」
「もちろん、国の有名な学者たち、調べにいったみたい。『また、いつ、爆発するかもしれないから近づいていけない』て、その学者たちが、何度も発表してたから。だから、政府も、新聞記者たち立ち入り禁止、にしたんだって」
「ということは、マスコミも、ヘリとかで現場を報道しなかったのか?」
「そう、噴煙、激しいっていう理由で、空からの撮影も禁止になったから、それ以上、詳しい報道、なかったけど」
「亡くなった人たちのことも報道がされなかったのかい?」
「町ごと、熔岩に飲まれたみたいだから、そんなことまで、わからないようで」
「セラスタって、そ、そういう国なのか!」
競羅の目が前以上に厳しくなった。そして、興奮した口調で声を出した。
「もし、その話を真に受けるとなると、あれは、やはり本物くさいし、大変な代物だよ」
「どうしたの? どんどん、顔がこわばっていくけど」
「よく考えると、やっぱり、こっちの口からは言えないよ」
「さっき、説明してくれる、って言ったのに、まだ信じてないのね」
競羅はその天美の顔を見つめて、何かを考えていたが、再び口を開いた。
「そうだね、それが、約束だったからね。すべて、話すことにするよ。それと、あんたが何を聞いているかわからないけど、こっちの話の方が真実だからね。実は、その火山の爆発っていうのは政府のついた大嘘だよ。三年前の五月頃、コルベにあった日本の化学工場が大爆発を起こしてね。その爆発により町はあっというまに全滅したのだよ」
「えっ!」
「やっぱり、驚いたね。話を続けるよ。その爆発した工場というのは、日本の邦和重化学工業という会社が、ODA資金を使って共同出資して造った工場だったのだよ」
「おーでぃーえー?」
「日本政府が出した海外援助資金のことだよ。邦和重化は、その金を使って工場を造った。そして、それが大爆発をしたのだよ」
「だとしたら、大問題じゃないの!」
天美は声を荒げた。
「ああ、大問題だよ。特にあんたの国では、火山の爆発だとして、国民をだましていたのだから。そうした方が、賠償金を払わなくていいことも確かだけどね。さっき、あんたが言っていた学者らしき人というのは、きっと、工場か政府の関係者だよ。国民をだますため、もっともらしく、白衣でも着せていたのだろ」
「そんなの卑怯!」
「文句を言っていても仕方ないだろ。ここからが重要な話だよ、日本の本社は、もみ消しのため、こっそりと、セラスタの現地に調査委員会を派遣した。そして、セラスタの政府に、いくらかの迷惑料を払っただけで済ましたのだよ」
「政府だけ? 被害にあった人たちには」
「どうも、払った様子はないようだね。自然災害が原因なら賠償しなくてもいいし、政府側も、そのもらった賠償金は役人たちのふところか。あんたも、とんだ国にいたものだね」
「本当にひどい話!」
「ああ、ひどい話だよ。そして、その肝心な邦和重化は、セラスタの別の場所で、いまだに操業を続けているらしいよ」
「どうして、そうなるの!」
「わからないよ。おおかた、工場の息がかかっている日本の政治家が中に入って、そういう結果になったのだろ。考えてみればお互いに呆れた国だよ」
「そんなこと、あったなんて!」
「それだけではないよ。その上にもう一枚、呆れた事実があったのだよ。それこそが、今回のことと関係あってね。 実は五日前に成田空港で、おっと、ここのくだりはまずいね」
競羅は慌てて言葉を止めた。そして、その言葉に天美は反応した。
「五日前、空港で、どうしたの?」
「あんたには、まったく関係ないことだよ。それよりもね、ここからが、本当に肝心な話だから、よく聞きなよ。あの工場は、最新鋭の燃料電池を造っていたのだよ」
「燃料電池というと、あの車とかに使う」
「そうだよ、水素系のね。電車や飛行機にもね。ガソリンに代わるものとして注目されているよ。今回、爆発をしたのも、どうも、その関係らしいね」
水素という言葉を聞いて、天美の身が引き締まった。その様子を見つめながら、競羅は、
「それで、もっといやな話になるけど、その今回発生した爆発は、日本の本社では、最初から計算されていて、その対策も初めから錬られていたらしいのだよ」
「と、いうことは、最初から爆発することわかってたの!」
天美は再び声を荒げた。
「ああ、そういうことになるかな。それどころか、爆発したときの被害が膨大で、その結果、人々がどうなるか観察をしていたのだよ。どこまで、どのように製造をしたら爆発をするか、詳しいデータも取っていたらしいし、つまり、あらかじめ仕組まれた実験だね」
「何、それ!」
「ああ、日本では、とてもできないから、わざわざ、海外の政府に大金を払ってね。何といっても、あそこは、昔、日本の田舎でも何度も公害問題を起こして、その住民たちとの訴訟が、いまだに、えんえんと続いているという、いわくつきのところだからね」
「それは、絶対に許せない!」
「そうだね。まったく懲りずに、とんでもないことを、しでかしてくれるところだよ。けどね、これからは違うよ。大きく事情が変わったからね」
「変わったって、会社告発されたの?」
「まだ、そこまではいかないよ。けどね、これからの、こっちの行動いかんによっては、そういう可能性が大きくなるね」
競羅は答えながら、ニヤリと笑い、そして、天美も反応した。
「どういうこと?」
「何と告発できるだけの重要な証拠があったのだよ。先ほど、会社側がデータを取っていたと話していただろ。実は事故で爆死した研究員の一人が、生存中、こっそりと予備を取って、日本の友人に送っていたのだよ。おそらく、彼はデータの危険度が増すにつれて、自分の身が危ないと、おぼろげに感じ取っていたのだろうね」
「だから、それを、手に入れることになったと」
「そういうことだね。あんた、顔つきもしっかりしてるけど、ものわかりがいいね」
競羅は微笑んだ。天美の頭の回転に感心した様子である。そして、言葉を続けた。
「もう、だいたい、筋がよめてきたと思うけど、その友人というのが邦和を強請ったのだよ。それが、ある人の耳に入り、こっちが、その買取を頼まれたのだよ」
「そういうことだったのね。でも、どうして、そんなことまで、ある人が知ったの?」
「あんたを信じないわけではないけど、その理由までは言えないね、こっちだって、バカバカしくて信じられない話だから。それより話を続けるとね、その取引を有利にするために、セラスタから二人の男が、現地の日本人責任者に連れられて、日本に送り込まれたのだよ。昔、大きな組織に属していたらしく、闇世界に詳しいということで」
ここで、天美は思い当たった。五日前の空港での出来事を、そして、
「それだったのか、あの人たちの目的は」
つぶやいた。だが、競羅は、その、つぶやきの意味を正確に取れなかった。
「とにかくね、向こうに手に入れられる前に、こっちは、うごくことになった。ちょうど、知り合いに大手の新聞記者がいるからね。そいつを連れて、取引日である、おとついの夜に金を持って、その場所に行ったのだよ。相手はこっちが邦和ではなかったので、最初は不満だったみたいだけど、『あんたの行動は、命をかけた友への裏切り行為だよ』と、いう説得がものをいって、告発を条件に、予定の百万で取引に応じてくれたよ。向こうも手っ取り早く、金を手に入れたかったみたいだし、数弥、その新聞記者の名前だけどね、彼の話だと、百万はあんたの国では五百万以上の価値があるみたいだね」
「確かに、物価、違う感じしたけど。とにかく、追われてた理由も、よくわかった」
「ああ、つけられていたみたいで、見通しが甘かったよ。あの夜は数弥にディスクを渡して、別れたのだけど、あれから新聞社にも顔を出していないし、行方をくらましているのだよ。電話だけは何度もかかってくるから、無事だということはわかるのだけどね」
「だからさっき、お店で、『今日は気が乗らない』て言ってたのね」
「ああ。そういう状況ではないだろ・・」
チャンチャンチャララララ
そのとき、競羅の電話の着信メロディが鳴った。彼女は反射的に電話を取った。
「姐さん!」
通話口から緊迫した男性の声がした。今、ちょうど話題をしている、真知新聞事件部記者の野々中数弥の声である。競羅は、そのまま受話器に向かって言った。
「数弥かい? どうして、姿を見せないのだよ?」
「今は、それどころじゃないす。奴らに見つかりそうす」
「それで、今、どこにいるのだよ?」
競羅の問いに、受話器の向こうから居場所を伝える声が聞こえてきた。
「わかった。すぐに行くから、そこで、おとなしくしているのだよ」
そして、競羅は通話を終えた。そして、天美は尋ねた。
「今の電話、きっと、さっきから話してた新聞記者の人でしょ」
「ああ、そうだよ」
「きっと、恋人なのだよね。だから・・」
ここで、天美の頭に激痛が走った。競羅が、いきなり、げんこつを落としてきたのだ。
「痛ーい。急に、何するの!」
「あんた、こっちがおとなしくしていると、とんでもないことを言う子だね」
「大したこと、言ってないでしょーが!」
「もう一度、殴られたいのかい!」
競羅は真剣に怒っていた。このような、冷やかし言葉は言われたくないのだろう。天美は、その興奮した顔をにらみ返していたが、やがて、
「わ・か・り・ま・し・た。あ・や・ま・り・ま・す」
ふてくされた態度をしながらも、あやまった。本当は、もっと歯向かいたかったが、今は、それどころじゃないからだ。
「二度と、そのようなたぐいの言葉を言わなければいいのだけどね」
「それは、わかったけど。お姉さん、当然、今から、そこに行くのよね」
「ああ、そうするしかないだろ。ディスクを保護しなければならないし」
競羅はディスクを保護、を強調した。どうしても、恋人だとは思われたくないのか。
「それなら、わったしも行っていいよね」
「えっ! あんたもかい! でも、それは・・」
、競羅に最後まで言わせず、天美は次のセリフを、
「また、危険と言いたいのでしょ。でも、ここに残っても同じだと思うの。わったしは、その話、聞いちゃったのだし、向こうも見逃してくれないと思うけど」
その天美を競羅は何とも言えない顔で見つめていた。そして、
「確かにあんた一人を、こんなところに置いておけないし。それに何か、あんたの・・」
とつぶやくように答えたが、そのあと、すぐに首を振った。
「いや、何でもない、とにかく行くよ」
こうして天美は、この凶悪な臭いのする事件に首を突っ込むことになったのである。