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Confesess-1 end

最終章


 気を失った天美を乗せたまま、一田会本部をあとにした競羅は、そのまま車を走らせた。

 しばらく走った後、ひとけの見あたらない通りに入った。

 そこで、彼女は車のエンジンを止め、

「ちょいと、気の毒だけど、こういうことは、早くしないとね」

 と、つぶやくと、

「おい、そろそろ起きな!」

 その気絶をしている天美を揺り起こしたのである。

「あ、ざく姉」

そして、天美は目が覚めた。彼女は気がつくと同時に、怒った口調で声を出そうとした。

「ど、どうして、さっき止めたの! わったしが・・」

 その途中、天美の顔がゆがんだ。激痛を感じたのだ。

「いたたたた」

 天美は顔をしかめていた。

「それは痛いよ。あれだけの目にあったのだからね」

「だから、それは、ざく姉が・・」

「違うよ。こっちは、きちんと加減をして、あてたからね。普通だったら、一時的の気絶のはずだけだと思うけどね。あれで、身体中が痛くなることはないよ」

「だったら、どうして?」

「わかっているだろ。あの大田山にやられていたのだよ」

競羅の言葉に天美は無言になった。そのときのことを思い出しているのだ。

「ああ、現場から見て、あんた、奴に激しくぶつかられたのだろ。普通だったら、あの三人の男たちと同様に失神をしているよ。そうならなかったのは、あんたの能力で、奴が本来の力を発揮できなかったからだと思うよ。大田山は力持ちで恐ろしい男だよ、話によると、どう猛な熊を素手で絞め殺したということだからね」

 競羅は総長の言っていた言葉を伝えたが、天美は動揺すらしなかった。

「熊を、でも、わったしセラスタで、闘牛、絞め殺した男と対決したことあったけど」

「闘牛って、海外だから、大きな角がはえてる方だよね。そいつを、能力にかけたと」

「もちろん」

「これは、まいったね。そういうことがあったとは、けどね、そいつ、あんたの能力の存在については、気がついていたのかい?」

「いや、そこまでは、ただ、ある組織の雇った殺し屋だったから」

「それなら、大きく事情が違うだろ。だいたいね、今回の相手、つまり大田山だけど、あんたの能力の存在を知っていたのだよ。知っていて、この結果ぐらいですんだということは、あんたの能力の発動の他にも、二つの要因が重なったのだよ」

「二つって?」

「まずは、相手が、あんたを生け捕りにしようと、手加減をしたことだよ。さっき数弥とも同じ話が出たけど、あんたを殺すということは、金の卵を産む鳥を殺すようなものだからね。だから、もしかしたら、致命傷を与えるかもしれない結果になるような、壁に直接ぶつけるようなことはしないで、気絶させるぐらいのつもりで、あんたを、直接、押さえに来たのだよ。それでも、勢い余って壁際まで押されたけどね」

「確かにそうだけど、それで、もう一つは?」

「それは、あんたの能力が、どんなときに発動するか、最後までわからなかったからだよ」

「実は、途中で気がついたみたいだけど」

 天美は、先ほどの場面について話した。その説明を聞いた競羅、目を丸くした。そして、

「前から、脳内筋肉バカだと思っていたけど、やっぱりバカだったね!」

 切り捨てるように答えた。そして、そのあと、天美に向かって諭すように言った。

「今回は、相手が根性バカでよかったけど、普通では、こんなにうまくいかないよ。何と言っても、現場は田之場の要塞というべき場所。能力を発動方法まで、すべてを知っている相手が、あんたを捕まえる気になったら、間違いなく捕まるということだよ。あそこには麻酔銃や、小型大砲のような武器だって、いくつでも隠してあるからね。これで、わかったかい、世の中には、あんたでもかなわないことが、いくらでもあることを」

「確かに、それはそうだけど」

 天美は先ほど、大田山の前で感じた緊迫感を思い出しながら答えた。

「けどね、それは、あくまで相手は、あんたの能力を知っているということを、前提にした話、やはり常識では、そんなことなんて考えないからね。何にしても、こういうことがあるから、能力の使い放題はやってはいけないのだよ。今回だって、あんたが感情にまかせて、同じ相手に使ったから気づかれたのだしね」

競羅の言葉に、天美は無言になった。大きく反省をしているのだ。

「だから、これからは、こっちに従って行動をするのだよ」

競羅は説得が成功したと思ったが、

「従うって、どうして?」

天美は、まだ抵抗をする気である。

「だから、それは、今、言っただろ。あんたの能力がばれないようにだよ」

「でもね、前、言ったように、田之場の身内に従う気、ないから」

天美は、にべもなく答えた。先ほどの不意打ちを許していないのだ。

「あのね、能力については、あんたのことを思って、言っているのだよ」

「どこがなの。さっきのこと、忘れたとは言わせないけど」

「さっきって、何かな?」

「まだ、とぼける気。わったしが、ここで、最初に言おうとしたでしょ。さっきの行動、どうして止めたかって」

 天美の話しているセリフや目つきを見ながら、競羅は思っていた。

〈やはり、こっちを疑っているね。ある程度は仕方ないけど、とにかく、ここは、何が何でも切り抜けないとね〉


 そして、何とか、その場をごまかそうと再び口を開いた。

「だから、その、さっきという意味がよくわからないのだよ。あんたの夢の内容までは」

「夢じゃないことなんて、よーく、わかってるでしょ。間違いなく、ざく姉と、紋付きを着てた、おじいさんらしき人がいたのだから、気絶させられる前にね!」

 天美の眼は挑戦的であった。そして、競羅も思った。

〈最後の声のトーンから見ても、これはもう、どう考えても、ごまかしはきかないね。ケンカ別れはしたくないし、こうなったら、ある程度は認めないと〉

「そうかい、そこまで、知られていたのなら仕方がないね。それで、あんたの見た、そのじいさんらしき人って、誰かわかって、言っているのだろうね」

「総長でしょ。田之場の首領というべき」

「なぜ、そう言いきれるのだい? こっちは、そこまで話した覚えがないけど」

「そんなの、色んな人たち言ってたから、わかってるの! 間違いなく総長でしょ!」

 天美の厳しい追及に競羅も決心をした。つまり、開き直ることにしたのだ。

「その通り、総長だよ。そこまで、知られたのなら仕方がないね。それで、総長だとしたら、あんた、そのあと、どうするつもりだったのだい?」

「それも、決まってるでしょ。ちから、使ったあと、警察に引き渡すだけ」

「やはり、使う気だったのだね。けどね強い方の能力は、大田山に使ってしまったから、今日は、もう使えないはずだろ」

「確かに、そうだけど」

「それなら、意味がないと思うけどね」

「でも、弱い方の、ちからだったら、使うことできたのに」

「使って、どうする気だったのだよ?」

「そんなの、口封じ、やめさせるために決まってるでしょ。ああいう組織の、えらい人たちって、都合悪くなったら、そんなこと簡単にするもの」

「なるほど、いいところをついてるね」

「だって、同じようなこと、すでにセラスタで二、三度あったもの、せっかく、夜の宝石の幹部、自白させ始めたのに、あとから、別の幹部、現れて殺しちゃったこと」

「あんた、それ、テレビの見過ぎだよ。捕まえた男を白状させようとしたら、どこからか、矢か銃弾が飛んできて、そいつを殺した、とかいう場面だろ」

「実際、あったの! だいたい、変なことばかり言って、ごまかさないで! 今回、会長の自白で総長もつかまるはずだったのに、それを邪魔して! とにかく、一緒にいたのだから、絶対、深い関係あるんでしょ!」

「何を言っているのだよ。一緒にいたのは、あんたを助けるためだよ」

「どうして、そういう嘘言うの? ざく姉が、ここ来たのは、総長守るためでしょ。直属の部下の会長が、すべての罪、自白すると、大事な総長も捕まるから」

 天美はとげとげしく答えた。やはり、彼女は、少しは誤解をしていながらも、ある程度の真相を見抜いていたのだ。

「あんたが、何を勘違いしているか知らないけどね。こっちは、いくら義理があるからといっても、総長を助ける気なんてないよ。この日本を助けるのだよ」

 競羅は反論を始めたが、誰が聞いても、かなり、無理がある弁解である。

「日本を助ける? 何、わけわかんないこと、言っているの!」

 当然のように突っ込んできた天美。そして、競羅は、

「よく聞きなよ。たとえ、田之場がなくなっても、ヤクザ自身はなくならないよ。それより、もっと悪い状態になるよ」

 と先ほど、数弥と話し合ったように、田之場という、大きなまとめ役がいなくなったら、なわばり争いで、抗争が増えることを持ち出し、天美の説得にかかった。

 しかし、天美の返事は違っていた。

「だけど、やっぱり、田之場つぶしても構わないと思うけど。社会の害だし」

「まだ、言ってることがわからないのかい。こっちの言いたいことは、田之場が壊滅したら、その下にある組織が、勝手なことをするかもしれないのだよ」

「でも田之場つぶれたら、結局、小さい組織しか残らないんでしょ。そんなもの警察が、いくらでも取り締まってくれるし」

「けどね。そこまで行く間に、今も言ったように抗争が起きるのだよ。そのために関係ない人たちが、大勢、巻き込まれて死んだら、どうするつもりなのだい?」

「だったら、田之場あったら、そういう人たち、出ないっていうの? 何か、ざく姉の言ってる言葉、すごく変、ああいう、人を恐怖で支配する組織は、一日でも早くつぶした方がいいの。続けば続くほど、苦しむ人たちが出てくるのだから」

 天美の言葉は一面的には正論である。ただし、社会が複雑でなかったら、

 そして、競羅も説得も続いた。

「確かにそうだけどね。あんた、まさか大きなヤクザって、田之場一つだけとは、思っていないだろうね」

「それは、どこでも、対立組織あると思うけど」

「その通りだよ。東京にはね、もうひとつ、三乗連合という、大きな単位団体があるのだよ。それに関西にも、摩耶徒組という、どでかいのがあるのだよ。その関西系のヤクザは、機会があれば、東京の完全制覇を狙っているからね。田之場が弱体化したら、奴らが、その下部組織を吸収するだけだよ。前より、大きい抗争が起きるだろうね」

「そんなことはさせない!」

「えらい、鼻息だねえ。それで、どうするつもりなのだい?」

「その、まや、なんとかのヤクザもつぶす!」

「冗談を言ってはいけないよ」

「冗談ではないから。今度は、そっちの、えらい人に近づいて、強い方の、ちから使えばいいことなんだから。いろんな悪い事、白状するし、あとは警察がつぶしてくれるでしょ」

 天美の自信満々の応答に、

「なるほどね。でも、まだ、九州系、広島系の大きなヤクザもあるよ」

 競羅はつきあって答えた。その口振りは、怒りの一歩手前である。

「もちろん、それらもつぶす。日本中の大きなヤクザを、全部、掃除する!」

「ほう、言うね、でも、ヤクザだけではないよ、右翼、総会屋、左翼、カルト宗教団、いろいろな怪しい奴らがいるからね」

「そんなの、全部つぶすに決まっているでしょ」

「あんた、いい加減にした方がいいよ。さっきから、おとなしく聞いていれば、つぶすつぶすと、勝手なことばっかり、ほざいて!」

「口だけじゃないよ。本当にやるからね。セラスタでも、あと一歩手前で、夜の宝石に続いて、大統領、降参させることができたのに・・」

「できたのにだって、つまり、それは、できなかったのだろ」

「それは、そうなのだけど、もう少し時間があったら」

その天美の返答に、競羅は心中でニヤリとほくそ笑んだ。今まで、相手の強気に押されていたが、ついに、負け惜しみに近い言葉を、引き出すことができたからだ。そして、

「はははは」

 と大声で笑い出した。

「何で笑うの?」

「気がつかないのかい。よくあるよね。『もう少し時間があったら、試験で合格点がとれたとか。時間があったら、あそこまでやれたのに』などと、結果がダメだったくせに、言い訳するような奴。こっちに言わせてもらえば、そんなの時間があっても同じだね」

「だけど、わったしは本当にあと・・」

 天美に最後まで言わせず、競羅は言葉を続けた。ここが肝心だからだ。

「何を言ってるのだよ。だいたい、その時間というのは何だよ? あんたの能力に期限があるのかい。ないのだったら、セラスタにおれる時間がなくなったということだろ。つまり、派手にやらかしたせいで都合が悪くなって、おれなくなっただけじゃないかよ」

「そ、それは」

 天美の言葉がつまった。図星をさされたからだ。

「それにね、あんた、今回もそうだけど、同じ相手に何度も能力を使って、尻尾をつかまれかかったのだろ。どうせ、向こうでも同じようなことがあっただろ。つまり、セラスタで、できなかったことが、日本でできるようなことなんて、ありえないのだよ。こっちが、注意をするのは、本当に、あんたの身を思ってのことなのだよ」

 競羅は説得を続けたが、先ほどの天美の怒りは、まだ消えてなかった。そして、そのときを思い出したように、天美は激しい言葉をぶつけた。、

「そうなの! でも、そんなこと、田之場総長の愛人なんかに、注意されたくないよ。そこまで、色んなこと言って、その愛人さん、かばいたいの!」

「なわけないだろ! これだけ、言ってもわからないなんて」

 ついに、我慢が切れ、競羅は天美を殴ろうとした。だが天美は、その行動を予期していたのか、素早く、車のドアを開けて外に出たのだ。

 そして、天美は勝ち誇ったように声を出した。

「ざく姉。今、ちから使わなかったのは、今日まで、お世話になった御礼だけど」

 競羅は、その様子を、車の中から見つめるしかなかった。

「わったし、これから、自分の納得いくようにうごくから。ではさようなら、愛人さん」

 天美は、競羅に別れのあいさつを言うと、彼女に背を向けた。

「ちょいと、こっちが悪かったから。もう少し話を聞きなよ」

 競羅は、天美を引き留めようとした。だが、天美は返事をせず、そのまま、立ち去っていこうとした。


「おい! セラスタの天魔、ボネッカ!」

 競羅はやけになり、大声で叫んだ。その言葉に天美は反応した。

「ちょっと、誰が天魔なの!」

「だって、世の中を混乱させ、もめ事を増やすところが、天魔そのものだろ。だから、天美と名付けられたのだろ。あままみ(天魔美)ちゃん」

「どういう意味なの? わったしが、世の中のもめ事、増やすなんて」

「では、ここで聞くけどね。仮にだよ、日本から、さっき、こっちが色々と言ったような、組織がすべてなくなったら、今度こそ、平和になると思うのかい?」

「そんなの当たり前でしょ。だって、日本の悪い集団、なくなるんだから」

「確かにそうだけどね。今度は、外国の悪い奴らが暴れ始めるよ」

「外国の?」

「ああ、まず中国系の組織が、最初に支配をしに来るね。奴らは残酷だよ。何といっても、お国柄が違うからね」

 天美は無言であった。何か、考え始めたのであろう。競羅は、説得の手応えを感じながら、言葉を続けた。

「とにかく、奴らが、のさばり出したら大事だよ。日本人は大勢殺されるし、警察だって、国際問題が絡んで、簡単にはうごけないからね」

「当然、そんな組織つぶすけど」

 天美はポツリと答えた。だが、前より元気がなくなったようである。

「と言ってもね。彼らは一つだけじゃないのだよ。本土だけでも、満州系、北京系、上海系、福建系、広東系などがあり、その他、香港系、マカオ系、台湾系とあるのだからね」

「でも、悪党は、全部、罪を償ってもらわないと」

「そうかい、全部ね。全部っていったら大変だね。韓国やフィリピン、タイなどの東南アジア、イラン、トルコなどの中東からも、大勢の人間が働きにきてるからね。奴らの組織の力も半端ではないよ。今は、おとなしいかもしれないけどね。日本の単位団体の力が弱くなったら、喜んで制圧しにくるよ」

「だ、だけど・・」

「それに南米。あそこが、今、一番、働きにくる人たちが増えているからね。ブラジル、コロンビア、ペルー、アルゼンチンか、当然、悪い組織も入ってくるね。実際、彼らが来たら大変だよ。あんたも知っての通り、ラテン系は怖ろしいからね」

 天美は競羅の言葉を聞きながら、ザニエルのセリフを思い出していた。ノチェスホェリアが壊滅したあと、メキシコやコロンビアから、新たな組織が入り込んで来たことを、

「おっと、肝心なセラスタを忘れていたよ、中南米一の犯罪大国を。あんた、ひょっとして、セラスタから日本を混乱させるために派遣された破壊工作員じゃないのかい?」

 ここで競羅は、とんでもないことを言ったのだ。

「は、破壊工作員!」

「その通り、あんたは、セラスタからの日本破壊工作員だよ。自分では、まったく、気がついてないだけでね」

 競羅は車のドアを開けると、厳しい顔をして、天美に人差し指を突きつけた。

「ち、違う。そ、そんなこと、ぜ、絶対・・」

 天美は大きく動揺をした。今までにないぐらいの、うろたえぶりである。その慌てた態度に、競羅は心の中で、ほくそ笑みながら、なおも言葉を続けた。

「あんたが、いくら否定をしたって、そう考えるのが普通だよ。だいたい、そんな能力、持っていること自身がおかしいのだよ。考えて見ればセラスタは、大昔、高度の文明があったと噂がある国の一つだからね。新開発の精神をおかしくするような兵器とか、あんた、それを知らないうちに搭載されているのだよ」

「そんな、いくら何でも、わったしは・・」

 天美は、亡きアイデスとの会話を思い出していた。そして、涙を落としたのだ。

 その態度を見た競羅は、慌てて、なだめにはいった。

「わかったよ。こっちも、あんたを説得するため、言ってみただけだよ。だから、本心から言ったわけじゃないのだよ」

 天美は、まだ無言であった。

「言い過ぎたよ。そんなこと思っていないって。それより、最近の態度おかしいよ。何かいらつくような、大きな悩みを持っているのだろ?」

「そ、それは・・」

「やっぱり、あるようだね。こっちも、あんたぐらいの年の時、色々と、いやなことがあったからね、何となくわかるよ。だいたいあんた、この日本で一人でいるのだろ。仲間はいないし、片意地を張って生きていくのは疲れただろうね。これから、本当にどうする気なのだい。悩み事なら相談に乗ってあげるよ」

 その説得に、天美は涙が出てきた。やはり十五才、様々な体験が重荷になっていたのだ。

「わー」

 天美は、車の中に戻り競羅に抱きついた。そして、興奮した口調で口を開いた。

「わったし、向こうの国から呼ばれるまで、『絶対、帰ってきてはいけない』て、言われたの! それに、たとえ帰れても、牙助に会えないの!」

「がすけ? どういうことだよ? もっと、整理をして説明をしなよ」

 競羅は車のドアを閉めながら尋ねた。

「ザニエルさん言ってたの。『大きな組織、滅んでしまったせいで、国が混乱し始めてしまった。だから、政府は、その混乱、押さえるため、多少は無茶をすることになる。今の、わったしは、それ見て、我慢できない性格だからだ』って。それに、あの牙助だって、ザニエルさんとこの屋敷、抜け出して、どっか行ってしまったし」

〈結局、あんたは、自分の住んでいた国からも、厄介払いされていたのか。気の毒だね。そして、一番の理由は男がらみか〉

 競羅は心の中で思いながら、天美の言葉を聞いていた。そして言った。

「そんな、無責任な男のことなんて、忘れてしまえよ」

「牙助は無責任な子じゃないから。わったし、よく知ってるし」

〈男にだまされている女は、みんな、そう同じようなことを言うのだよ〉

 競羅は思っていた。天美の説明がまずい以上、そのように思うしかないであろう。

 だが、それを口には出せなかった。相手は、いつ情緒が不安定になるかどうかわからない年令の娘なのだ。感情が爆発して、またケンカ別れになったら、今度こそ大変である。

「よくわかったよ。あんたがイライラして、田んぼ狩りを始めたか、そのわけが。けどね、あそこには、こっちの許可が出るまでは、もう、手を出してはいけないよ」

「でも、もし、今度もまた、田之場の下の組とかが、許せないことしてるの見つけたら、どうするの? 見逃せっていう気なの!」

「そのときは、こっちに、相談をすることだね」

「ざく姉に? だって、田之場総長の愛人なんでしょ。仲間よね」

 天美は再び疑いの眼をしだした。


 その様子を見つめ、競羅は困ったような顔をして、腕を組んだ。そして、

「もう、過去のことだから、なるべくなら話したくなかったのだけどね。義兄さんからは、すべてを話した方がいい言われているから、その言葉に従うよ」

前置きを言うと、重い口を開き始めた。

「今から、こっちの身の上を話すよ。実は田之場の先代総長の娘が、死んだ継母だったのだよ。つまり、今の総長は、その継母の兄さんにあたるのだよ」

「でも、だからといって、どうして、その田之場に?」

「実家で、その継母とのケンカの度が過ぎて、先代総長に預けられたのだよ。ちょうど、あんたぐらいの年のころだったかね。説明が遅れたけど、実家は、江戸時代から続いている剣道場でね。創業したときから、田之場とは、ちょいとした腐れ縁があったのだよ。今は、姉さんが警官だった旦那と一緒に、その関係を精算したけどね」

「では、組員さんというわけではないのね」

「ああ、そうだよ。一度も構成員になったことはないよ。ただ、家族というか」

「えっ! 家族?」

「ああ、先代が養女にしてくれたのだよ。今は籍を抜いたけどね。そういうことで」

 競羅は歯切れが悪かった。

「だいたい、わかった。ざく姉の事情が」

「とにかくね、亡くなられた先代の剛吉さんは、戸籍上は親父でもあったし、口ではお礼ができないぐらいに面倒をかけたからね。やはり、不義理はまずいのだよ」

「それで、わったしが近づくの、いやがったのね」

「そうだよ。だから、田んぼについては、こっちに免じて、手を引いてくれないかな、頼むよ。組の方にも、二度とあんたに手を出させないようにするから」

 と競羅は言った。今までと違って懇願調である。その態度に天美も軟化した。

「わかった。そこまで頼むなら、今回はやめることにする。でもまた、向こうから何かしてきたら、遠慮なく使うからね。そうしないと、わったしだって危ないし」

「仕方がないね。向こうから、手を出してきたときだけは許可なしでも認めるよ。その代わり、これからは、田之場のこと以外でも、許せないことを見つけただけなら、勝手に動かずに、こっちに相談をするのだよ」

 競羅は認めた。だが、これは話術の一つである。可能性が少ない一部分を引いて、全体の行動を制限しようとしたのだ。

「でも、相談してどうするの? どうせ、また、引き留めるつもりなのでしょ」

 さあ、肝になる駆け引きである。ここで、競羅は、今まで以上に迫力のある声を出した。

「あんた、見損なうのじゃないよ! こっちだって、悪党は許せないのは一緒だよ!」

 その剣幕に天美はたじろいだ。競羅は、なおも、派手な演技をして言葉を続けた。

「本当に、世の中の悪党を根こそぎやっつけたいと思っているよ。しかし、それには、どうしても限界っていうものがあるのだよ! あんたは、まだ子供だから、よくわからないかもしれないけど、前も言ったように、日本の過去の歴史、雇用問題、政治経済など、いろんなことが絡んでくるからね」

「根こそぎ? ざく姉も、わったしと同じこと、思ってたの?」

 天美は驚きの目をした。

「ああ、いくら何でも、本心から、悪党をかばうわけないだろ。それより、あんた、向こうの国で、ザニエルっていう人に、『我慢が足りない』て言われたのだろ」

 競羅は、これまで以上に眼を真剣にして尋ねた。いよいよ、仕上げの正念場だからだ。

「そうだけど」

「では、ここでは絶対に覚えないといけないよ。それで、もし我慢ができるようになったら、こっちが、そのザニエルっていう人に国に帰れるように掛け合ってやるよ」

「本当!」

「ああ、必ず約束をするよ。わかったなら、こっちの言いたいこともわかるだろ」

「わかってる、ざく姉に許可もらわずに、勝手なことしちゃいけないってことでしょ」

「それだけではないよ。この能力のことや、自分がセラスタから来たことも、軽々しく、口に出していけないよ。これも、あんたのことを思って、言うのだからね」

「ちからのことはわかるけど、セラスタから来たことまで?」

「ああ、どうでもいいようなことだけど、黙っている方がいいと思うよ。いいことは一つもないと思うし、無用なもめ事を作りたくないだろ」

「もめごとなら、大歓迎だけど」

「だから、そういうことがまずいのだよ。なるべくなら、もめ事に巻き込まれないように、目立たなく生きる。まっ、今のあんたには、まだピンとこないだろうと思うけどね」

 競羅の言葉を、天美はじっと考え込んでいた。それに反応した競羅。

「何か、言いたそうだね」

「いや、今のざく姉の言葉、前も言われたこと、あったこと思い出して」

「ザニエルという人か?」

「いや、パチュワンの里にいたとき。先生にあたる人から」

「やはり、注意をされていたのだね。それより、パチュワンか、何か妙な名前のとこだね」

「わったしが、いたところの一つ、いずれ、詳しいこと話すから」

「そうかい。何にしても、目立たないことが重要だと、わかってくれたようだね。それで、そのセラスタから来た、うんぬんの話に戻るけど、あんたは、見た目も日本人と変わらないし、多少、助詞が変だけど、何とか日本語も話せるから、黙っていればばれないよ」

「わかった」

「それで、これからのことだけど、カスタノーダでは具合が悪いね。かすた、にしてもいいけど、何か気が進まないね。となると、次は、たのだ、かどっちにしても、田んぼっぽい名字になるね。いっそのこと、こっちの田々の間に、数弥の名字の野を入れて、田野田にしたら、どうだい。変わった名字だけど、決してない名字ではないからね」

「田々、野々垣だから、田野田か。何かそれも悪くないかも」

天美は笑みを浮かべて、つぶやいた。

 こうして、ようやく競羅は天美を説得し、その行動を制限することに成功したのである。



エピローグ


 翌日の夕方、競羅、天美、数弥の三人は、ファミリーレストランで会っていた。あらためての懇親会というのか、場所は、ごく普通の飲食チェーン店である。

 事件も無事、終焉を迎え、天美も競羅に、より以上打ち解けたのか、三人とも、にこやかな雰囲気であった。

「それで、結局、天ちゃんは完全に仲間になったんすよね」

 数弥はハンバーグを口に運びながら、上機嫌であった。

「仲間、あんまり、そういう言葉は使いたくないね」

 競羅は顔をしかめて答えた。

「でも、そういうことすよね。僕たちに協力をしてくれる」

「ああ、結局はそうだけどね」

「だったら、仲間でいいじゃないすか。友人というのは変ですし」

「もう、それでいいよ。答えるのも面倒になってきたしね」

 競羅は顔をしかめ、それを、天美が目を細めて見つめていた。

 そして、数弥が声を上げた。

「では、あらためて、ここで祝杯ということでいいすよね」

「まだ、心が完全に晴れないけどね」

「それって、天ちゃんのことすか?」

「いや、今回の事件のことだよ。この間から気になることがあってね」

「それは、今日は、話し合わないという約束ではなかったすか。ですから、この場所で集まることになったんすけど」

 数弥が口をとがらせた。

「そうだけどね、どうしても、気になるのだよ」

「となりますと、やはり、大田山会長の処遇のことすか」

「それも、後味は悪いけど、今更、考えてもどうしようもないだろ。それに、その会長との一件は昨夜のことだろ。こっちが本当に気になっているのは前の事件のことだよ」

「では、どのようなことでしょうか?」

「あの、あんたが取引をした倉庫の一件だけどね」

「倉庫? あっ、例のネガの受け渡しの話すよね。あそこのことすか、でもそれも、解決はつきましたし、何か問題がありましたか?」

「問題も何も、大きな疑問が残っているよ。あんたが、あの場所から、逃げ出すことができたのは、恩田さん本人が、いつでも、すぐに逃走ができるように、車のエンジンをかけっぱなしにしていた、ということだっただろ」

「ええ、実際、そうだったんすけど」

「そこまで用心をするなら、なぜ、その恩田さんが、あんな、いかにも、怪しそうな倉庫を待ち合わせの場所にしたかだよ。あのまま、喫茶店で取引をした方が安全だったのに」

「そのことすか。確かに、そう言われますとそうすね」

 数弥は首をかしげた。

「だろう、なぜ、あんな場所を指定してきたのかね」

「やっぱり、重要なもの持ってたため、人が大勢いるとこでは、不安になって、怖くなったのだと思うけど」

天美が説明するように、中に入った。

「その気持ち、僕にはわかりますよ」

「確かに、あんたも、その前の事件では、逃げ回っていたからね」

「そうすよ。まわりの人たちが、みな、追っ手みたいに感じたんすから」

「けどね、あの場所は、今から思うと、かなり、うさんくさいところだったよ。たとえて言うと、悪党同士が、ひっそりと闇取引をするに最高の場所というか」

「ですから、それは、そのー」

 数弥は説明をしようとして、言葉を止めた。そして、突っ込んだ競羅。

「そのー、何だよ?」

「男のロマンすね」

「何だって! 男のロマンだって?」

「えっええー」

 競羅、天美、二人は目をむき、呆れたような声を出した。

「そうすよ。僕も前の事件で、追われていたときに思っていたんすが、逃げ回るうちに、興奮してきて、だんだん、スパイ小説の中の人物、のような感じがしてきたんすよ。おそらく、恩田さんも追われている間、その雰囲気に酔って、ネガの受け渡し場所を、よく映画に出てくるような感じがする、あの倉庫にしたのじゃないでしょうか」

 数弥は、さも見てきたような口調で答えた。

「ということは、こっちは、そんな変な、男のロマン、というものに振り回されて、一旦は芝居と思ったわけかよ」

 競羅の語尾はふるえていた。

「そ、そういうことす」

 数弥の返事も小さくなった。

「だああ! 結局、そんな、つまらんことが原因で、疑ったあげく、あの、いかにも、くそ怪しい倉庫に行って、あんな目にあったのかい!」

「あ、姐さん、落ち着いてください! 人が変な顔をして見てますよ」

 数弥は必死になだめた。天美は、その様子を見つめながら、

〈この国にも、面白い人たちいるね。これは、当分、退屈しないかも〉

 と微笑んでいた。



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