Confesess-1 2
リクエストがあったので、
続きを転載させていただきます。
第二章
空港の出来事から三日後、一人の髪の毛の長い、柄の大きい女が機嫌よさそうに、
「今日も快調だね。この調子なら、本チャンも間違いないね」
つぶやきながら、ゲームセンター内のコイン専用のパチンコ台で遊んでいた。
そこは、型遅れのパチンコが、数台、置かれているコーナーである。
型遅れといっても、すべて、当時、一世を風靡した爆裂機種で、パチンコ常連者であったら、誰でも知っている人気台であった。彼女は、俗にいうパチプロで、自分の腕をなまらせないため、ヒマを見つけては、ここで腕の調整をしていたのだ。
その彼女の名前は、朱雀競羅、年は二十三才。背丈は、百八十六センチの長身。家は先祖代々続いている剣道場、朱雀という名字から察しができるように、つまり、天美の身内である。墜落した飛行機に乗っていた朱雀煬介の妹であった。
だが、現在は一人暮らしで、定職を持たず、出店の手伝いや、このように、パチンコや外国のカジノのような賭け事で生計を立てていた。
実は、競羅は、この朱雀道場の正式な娘ではなかった。道場主である父が、よそで愛人に生ませた子供であったのだ。
愛人である母親は、競羅が三才のとき、交通事故にあってこの世を去った。その後、彼女は朱雀道場に引き取られることになったのである。
その朱雀家には、当時、十八才上の兄、煬介と十五才上の祈羅という姉がいた。 だが、二人の実母も、すでにこの世を去り、朱雀家は後妻が取り仕切っていた
朱雀家の後妻、つまり、競羅の継母はヤクザの妾の娘であった。そのためか、妾であった生前の競羅の母と、特に折り合いが悪かったのか、彼女につらくあたったのだ。
姉の祈羅は、継母の機嫌をうかがって、かばうことをしなかったが、兄の煬介は違っていた、そのつど、競羅の味方をしてくれていたのだ。
ところが、彼女が九才のとき、前章で述べたとおり、その兄は妻、愛美と一緒に、この世から消えてしまったのであった。
それが、大きなショックであったのか競羅は非行に走り始めた。継母とも、より険悪になり、次々と問題を起こし、警察のお世話になることは、しょちゅうである。
六年生にあがった早々、街のチンピラを半殺しの目にあわせ、鑑別所送りも経験した。
ついに、継母は暴挙に出た。競羅の父を脅迫し、その彼女の身柄を、父親であるヤクザの大親分に譲り渡し、そこから中学校にかよわせることにしたのである。
競羅は、その親分の家で、右肩と左ももに、鳥の形をしたタットゥーを入れた。自分の名字である朱雀をあしらった彫り物である。
そして、【田んぼの赤雀】と呼ばれ、不良たちからも、一目置かれる存在になった。実家は剣道場なので、素手でもケンカは強い上、木刀を持たせたら、彼女を止められるものは、まずいないという、腕の持ち主であったからだ。
その後、父、継母が相次いで死亡し、実家は姉の祈羅が婿をとって、経営していた。
姉の夫は、道場に養子に入る前は、警視庁の防犯課に勤めていた。そのためといううか、現在、朱雀道場は警視庁の剣術鍛錬場になっていた。
以上のような理由で、競羅は、両親の命日とか、余程のことがない限り、実家に戻ることはなかったのである。
また、彼女は義理人情に厚く、いかにも、江戸小話に出てくるような女性であった。
彼女に心酔をしている子分も大勢いた。だが、取り巻きをおかない性分らしく、今日もまた一人で、パチンコゲームをしていたのである。
さすがに、それで、飯を食っているだけあって、腕は良かった。今日も最初に、わずかなコインを入れただけで、すでに、一時間以上プレイをしていた。
その競羅の後ろに、いつのまにか一人の少女が立っていた。天美である。
彼女は、たまたま、このゲームセンターに遊びに来ていたのだ。彼女は、目の前の女性競羅が、実の叔母であることに気づかず、その様子を眺めていた。
一方、競羅は、その天美を無視して遊戯にふけっていた。
後ろから、誰かに、のぞかれることは、しょっちゅうなのであろう。そのためか、気配は感じても、気にせずゲームに集中できるのであった。
時間が経ち、競羅はいつものように、リミット直前までコインを貯め終えると、そのパチンコゲームを終了した。
遊戯後、彼女はカウンターに向かい、店員に報告しにいった。店員は微笑みを浮かべながら、競羅の稼いだコインをコンピューターに登録し始めた。
コインは、今日の稼ぎの分を入れ、すでに十万枚は越えていた。
だが、どこでもそうだが、ゲーセンのコインは、パチンコの玉と違って、決して、換金はできないのだ。そのため、店には損害がないのである。
また、彼女は、景品つきの台には手を出さなかった。興味がないし、景品カプセルが当たるところまで行くと、その時点で台の遊戯が終わってしまうからだ。
以上のことで、経営者を始め、店員たちは競羅を煙たがるよりも、むしろ、お得意委様として扱っていた。長身の美人ということでもあるが、
一方、天美の方は、その様子を、背後から感心しながら見つめていた。
「あんた、さっきから、じろじろ、こっちを見ているけど、何か用かい?」
競羅は、その天美に声をかけた。普段は、このように見物人に話しかけないのだが、知らぬとはいえ、肉親の絆のゆえか、今日に限って声をかけたのだ。
「お姉さん、うまい。わったしにも、その玉の出し方、教えてもらえない」
天美は笑って答えた。悪の臭いを感じたが、自分には害がないと判断したからか、
「驚いたね。今までも、パチ屋で、色々な人たちに、何度も同じ事を頼まれたけど、こんな場所で、子供なんかに尋ねられるなんて初めてだよ」
そのあと、競羅は、体格が大人並みあることをよいことにして、十五才のときから始めたのを忘れたかのように説教を始めた。
「あのね。パチンコは、十八才まで、やってはいけないのだよ」
「そうみたい。この前、入ってすぐ、追い出されたから」
天美は言葉どおり、パチンコ屋を追い出されていた。
「だろ。大人に化けていかなければ、入れないのだよ」
競羅は、本当は、いけないことを諭すように答えた。
「まったく、変な国よね。賭け事が、大人だけしかできないなんて」
天美は、倫理観が強い人物が聞くと、まずい発言をした。まだ、セラスタ時代の感覚が抜けきっていないのだ。
「あんた、口惜しいのかい」
しかし、競羅は、当然、その意味がわからず、サラッと答えただけである。
「そうだけど」
「こっちも、昔、同じこと思ったよ。大人ばっかり、いい思いをしてってね。だから、あんたの気持ちも、わからないわけでもないけどね」
「とにかく、わったし、機械なんかに負けたくないの」
「面白いことを言う子だね。しかし、こっちは好きだよ。そういう負けずぎらいの子が」
「だったら、教えて」
「教えると言ってもね、今も言っただろ。あんたの年では、パチンコ屋には入れないのだよ。覚えて、どうするつもりなのだい?」
「でも、この店では、誰でもできるのでしょ」
「けどね、ここで稼いだって意味はないよ。妙な景品だけで、お金にはならないからね」
競羅は、そう諭していたが、
「そうか、あんた。本当は、あの景品が欲しいのだね。欲しかったら取ってあげるよ。そんなことなら、初めから素直に言えばいいのに」
と苦笑いをしながら答えた。
それは、壁に貼ってあるポスターである。今、女の子(男の子?)に人気のあるアニメキャラのポスターで、景品カプセルの中身は、そのポスターと交換できる札であったのだ。
「あれが、どうしたの?」
天美は不思議な顔をして尋ねた。
「何を、しらじらしいこと言っているのだよ? 知っているだろ」
「いや、知らないけど。誰なの?」
「あんた、こっちが相手のときは、冗談をやめようね」
競羅はきつい目をした。
「冗談は言っていないけど」
「そこに、貼ってあるポスターの主人公を知らないって? ふざけるのではないよ!」
その荒っぽい声に、離れた場所でゲームをしていた客が振り向いた。また、店員も、びくついたような顔つきをした。その様子に気づいたのか競羅は声を小さくした。
「なぜ、あんたが、あれだけ有名な美少女キャラを知らないのだよ。三年ぐらい前から、ものすごい人気だよ。子供から年配にいたって、たいていの人間なら知っているし、アニメ音痴のこっちでも、よく知っているのに」
「だって、知らないものは、知らないのだから」
「もし、それが本当だとしたら、あんた、学校で、どういう話題をしているのだい?」
「でも、学校なんて行ってないし」
「行ってないって、あんた、いくつだよ」
「十五才だけど」
「十五か。それなら、そんなに不思議なことではないか。こっちも、その年には、学校なんて行っていなかったからね」
競羅は仲間を見るような目をして答えた。
「だったら、別に、知らなくても普通でしょ」
「ちょいと待ちなよ。あれは、さっきも言ったように、三年前からのキャラだよ。今でも、番組が続いているのだし。間違いなく、小学校では話題になっていたはずだけどね」
「そんな、覚えないけど」
天美は素直に答えた。セラスタでは日本のアニメの普及が遅いのだ。
「あんたの言っていること、今いち、よくわからないね。これはもう、テレビを見る、見てないという問題ではないし、嘘だね。もし、からかっているのなら許さないよ」
競羅は厳しい目をして答えた。その、すごみに押されたのか、いつも、強気の天美も、
「実は、わったし日系人で、最近、日本、来たばかりなの」
反射的に、本当のことを言ってしまったのだ。騒動を起こす気もなかったし、くどい表現だが、相手から、かなりの親近感を感じたからである。
「日系人か。それならそれで、知らなくても無理はないね。けどね、あんた、そのわりに、日本語が話せるね。少し助詞が変だけど」
「小さいとき、日本人ばっかりの村で育ったから」
ひのもと村のことである。
「それなら、当然、あっちの言葉も話せるのだろ」
「英語なら、だいたい」
「英語が話せるのかよ。こっちは、さっぱりダメだけどね。しかし、日系とは・・」
その競羅の言葉をさえぎるように、
「そんなことより、まだ、さっきの返事、まだ聞いてないけど」
言葉を発したのだ。その無礼な態度に、競羅はムッとして言葉を返した。
「返事って、何だよ?」
「この目の前にある、玉を弾く機械、パチンコと言ったかな、その玉の出し方だけど」
天美の言葉を聞き、しばらくの間、競羅は腕を組んでいた。
〈さて、この、生意気な目の前の少女をどうしようかと〉
やがて、結論が出たのか、ニヤリと笑いながら口を開いた。
「教えてあげてもいいけど、ただし、こっちのテストが合格したらね」
「試験するの?」
「ああ。あんたが、それについて、教えることができる人間か、見極めるために、ちょいとした試験をするのだよ」
「面白そう。それで、何をするの?」
「わかった、こっちに来な」
競羅は、天美を休憩所のテーブル前に連れていき、イスに座らせた。そのあと、
「ここに、一枚のコインがある」
声を出すと、このゲームセンターで使っているコインを取り出した。直径三センチぐらいの銀色のコインである。それを手で、もてあそびながら説明を続けた。
「簡単なことだよ。今から、このコインを指で弾くよ。あんたは、そのコインが、どういう風に出るか、当てればいいのだよ」
「つまり、裏か表か当てればいいのね」
「そういうことになるかな」
「当たったら、間違いなく、教えてくれる」
「当たったらね」
競羅はにんまりしていた。相手に、当てさせない自信があるのだろう。
天美は考え始めた。相手は、かなり凄腕のギャンブラーだ、余裕を持った態度からして、この二分の一の確率を当てるのは至難の業である。
そのとき、天美は、あることを思いついたのだ。そして口走った。
「お姉さん、ずるい」
「どこが、ずるいのだよ?」
「だって、わったしが、どちらか言った後で、そのコイン、指で弾いて上げるのでしょ。表と言ったら裏出すし、裏と言ったら表出す気、だったのでしょ」
天美の言葉に、競羅は、一瞬、目を見開いたが、すぐに、機嫌がよさそうに笑った。
「ははは、あんた、愉快なことを言うね。いくら何でも、そんなことが、できるわけなんてないだろ。何というか、よく、そんな考えが浮かんだね」
「だって、そういう人、知ってるもの」
「またまた。しかし、こういう発想を思いついたり、冗談が言える子は好きだね」
「だったら、教えてくれるの?」
「けどね、あんた、まだ、肝心な試験に合格をしていないだろ」
「テストって? 今、わったしが指摘して、無効になったはずなのに」
「何を言っているのだよ。コイン当ては、まだ終わっていないだろ」
「でも、今、わったしが・・」
天美の言葉をさえぎった競羅は、
「じゃあ、やり方を変えてあげるよ」
と答えると、自分の胸ポケットから、手帳とペンを取りだした。そして、その手帳の空白のページを一枚破り、ペンと一緒に天美に手渡した。
天美が受け取ったのを確認した競羅は、再び、説明を始めた。
「いいかい、この紙にこのペンで、あんたが思った結果を書きな。むろん、こっちには見えないようにしてね。それを、ずっと、手元に持っているのだよ。次に、こっちがコインを弾き、その結果を、あんたが書いた紙と照らし合わせる。それで当たっていたら、あんたの勝ち、違っていたら、こっちの勝ち。これなら、わかりやすいし公平だろ」
競羅は説明をしながら、微笑みかけた。その微笑みは、カジノでディーラーが、客になげかける仕草に似ていた。まさに勝負師がする笑いである。
「確かに、それなら公平だけど」
天美も同じように微笑んだ。二人の間に、なんとも言えない緊張感が走った。
「それなら、決まりだね。では、その紙に書き込みな」
競羅にそう言われ、天美は、前以上に考え始めた。たかが、二分の一の確率を当てるだけなのに、ものすごい威圧感である。
相手は、絶対に裏をかく自信があるのか、勝つような顔をして笑っていた。別に、生か死を決めるわけではないのに、自分が追い込まれた気分になっていた。
裏か?表か? それを当てるのは、ザニエルのカジノで、見習い店員をしていた、その間の真価を試されているようなものであった。ここで選択を間違え、負けるようなことがあったら、ミレッタに厳しく、しごかれた成果が水の泡になるからだ。
「さあ、書いたかい?」
競羅はうながしてきた。本当に余裕顔である。
天美は覚悟を決めると、紙を手で隠しながら、相手に見えないように、表と書いた。
「では、行くよ。どんな結果になっても、文句の言いっこなしだよ」
口元に笑みを浮かべた競羅は、コインを、縦にテーブルの上に置き、それを、そのまま転がすように、軽く指で弾いた。
〈えっ! 普通は、上に向かって弾くのじゃないの?〉
天美は不意をつかれた感じで、その様子を見ていた。
コインは、そのまま、タイヤのように転がり、やがて止まった。つまり、表にも裏にも倒れず、立ったままであったのだ。
「こんな!」
その天美の叫びに、
「こんな、何だい? その言葉じゃ、紙の中は見なくてもわかるね」
競羅はしてやったりの表情をしていた。
「だって、そんなやり方は!」
「あんた、こっちが言った言葉を、よく覚えていないようだね。こうとしか言わなかったはずだよ。『今から、このコインを指で弾くよ。あんたは、そのコインが、どういう風に出るか、当てればいいのだよ』とね。別に上に弾いて、それを、手で覆うなんて一言も言っていないし、ましてや、裏か表かなんて、一度も聞いていないよ。ただ、あんたが、勘違いをしただけじゃないかい」
競羅は勝ち誇ったように答えた。これは、完全に天美の負けである。
天美は、立っているコインをにらんでいた。よほど、口惜しかったのであろう。
競羅の得意そうな説明は続いた。
「けどね。こんな芸当は、誰でもできるわけじゃないのだよ。この店のコインは、バランスがいいし、かなり、指先が器用でないとね。パチンコは、穴に入れるには、ほんの指先一つの感覚が大事なのだよ。その根本は、たとえ手で弾くレバーから、自動発射になっても変わらないのだよ。それに、釘の見分け方、へその回るカン、これも大切だよ。釘が悪ければ穴には入らないし、へそのスロットが当たらないと、玉は簡単に出てこないからね。わかったかい。誰でも、簡単に飯を食えるほど、パチは甘くないよ」
「わったしも、今のこと、できるようになったら、教えてもらえるよね」
ここで、ようやく、天美が口を開いた。
「確かに、できるようになったらね」
と笑った答えた競羅は、コインを指で弾いて、天美に投げてよこした。練習して、やれるものならやってみなという、挑戦的な合図である。
そして、そのまま階段を下りていった。去るとき、その競羅は心の中で思っていた。
〈まったく、この子、面白い子だね。それにしても、なんか気になるね〉
天美は宿に帰った。ゲームセンターから、二駅ほど離れた簡易旅館である。
部屋に戻った天美は、受け取ったコインを、同じように、テーブルの上で弾き、練習を始めた。だが、何度やってもコインは立たなかった。
天美はコインを弾きながら思い出していた。ザニエルのカジノでの生活を、
ザニエルの孫娘であり、天美の教育係でもあるミレッタは、ディーラーとしては、超一流で、ブラフ、ポーカーフェイスなどの駆け引きはもちろん、ルーレットやダイスを、自分の思ったとおりに、自由自在に出すことができた。
天美も、何度も、その技の練習につき合わされた。結局、そんな、神業みたいなことは覚えることはできなかったが、手に血豆ができるぐらい練習をさせられたのだ。
〈きっと、これも、コツあるはずだから、もう一度、やり方みれば、何とかなるかも〉
そう思った彼女は、再び、競羅に会いに行くことを決心したのである。
そして、次の日、前日と同じ時間に、天美は、例のゲームセンターに出かけた。しかし、競羅の姿は、そこになかった。
翌日も、同様に競羅を待っていた。しかし、その日も、最後まで現れなかった。
天美はあきらめず、そのまた次の日も、このゲームセンターに顔を出した。だが、やはりというか、その日も競羅の姿はなかったのだ。やがて、夕方近くになり、
〈もう、あの、お姉さん、二度と、この店に来ないのかなあ〉
帰りかけようとしたとき、その競羅が店に姿を見せたのだ。そして、天美に気づかず、いつものパチンコゲームの前に座った。
しかし、その日の彼女は、何か重要なことがあったのか、顔色が変わっていた。
ゲームも、かなり不調であった。いつもなら、最初の枚数のコインを入れただけで、リミットまで遊べるのに、この日は、五分ぐらいでコインを使ってしまった。
それでも、いくら不調だといっても、五分も遊べたなんて、さすがに、熟達した腕というほかはないであろう。なぜなら、彼女は、その台の釘の位置、中央スロットの回転あたり確率、それらすべてを知り尽くし、いつも、腕の調整に使っているからだ。
〈あーあ、やっぱり、気分が乗らないね。これというのも、今頃、あのドジがどうしているかわからないからだよ。今日は、本チャンやらなくて大正解だね。今、六時前か、夕飯の時間だね。さあ、もう出ようかね〉
そう思っていた競羅は、台のイスから立った。そして振り向き、天美の存在に気づいた。
競羅はしかめっつらをして、天美に声をかけた。
「何だ、あんたか。見てのとおり、今日は最悪だよ」
「そうみたい。今日は、わったしが、後ろに立ってたこと、気づかなかったから」
天美は微笑みながら答えた。
「それが、どうしたのだよ。たまには、そういう日だってあるよ。それより、また現れるなんて! この間のことは話がついているだろ」
「実は、今日は違う頼みなの。この前の、あの芸、もう一度、見せてくれない」
「芸って、あの、コインを真っ直ぐに立てたやつか」
「うん、それだけど」
「あれは、神経を、かなり、集中させないとできないのだよ。今日の調子を見ていただろ。これでは、残念だけど無理だね」
「どうしても?」
「ああ、やってあげたいけど、とても無理だね」
きっぱりと断った競羅は、天美を無視して階段を下りて店を出ていった。
天美は、その姿をじっと眺めていた。だが、何か、ことが起きそうな予感がしたのか、その後をついて行くことにしたのである。
競羅は、その気配を感じながらも歩いていたが、やはり、このまま、このような調子ではまずいと思ったのか、
「あんた、つきまとうのは勝手だけどね。今日は、絶対にダメだよ」
微笑みながら声をかけてきた。つきまとわれても怒らないのは、彼女としても、この相手が、実の姪とは気がつかないながらも、何か親近感を感じたからであろう。
「でも、もう一度、見せてくれるまで、ついてくから」
「勝手にしな。こっちは、このまま、家に帰るだけだからね。今は、あんたなんかに構っておれる状況じゃないのだよ」
面倒くさげな顔をして、競羅が答えたとき、
鋭いブレーキ音とともに、歩いている彼女たちの横に一台の黒い車が止まった。その対応の速さから、当初から、彼女たちの行動を見張っていたのであろう。
天美が驚いているなか、車内から中から、黒い背広を着た二人の男たちが出てきた。一人は、目が落ちくぼんだ顔の男で、もう一人はサングラスをしていた。
天美はその不気味な雰囲気に緊張した。
そして、リーダー格らしき目がくぼんだ顔の男が、競羅に向かって声をかけてきた。
「格闘好き、お姉さんだね。手配書通り、本当に背が高いぜ」
「あんたら、何の用だよ?」
競羅は、相手をにらみ返して答えた。
「決まっているだろう。おとついのブツ、渡してもらいたいのだが」
「やはり、そうかよ。確かに、今は、それしか用はないと思うけどね」
「それなら、話が早い、とにかく、つきあってもらうよ。行け田村」
リーダーの命令に、サングラスをした部下、田村が近づき、競羅の前に立ちふさがると、その胸元にナイフをつきつけてきた。有無を言わせぬ雰囲気である。
天美は思わず身構えた。だが、それより先に競羅は動いたのだ。さすが、このようなときの護身に慣れているというか、そのナイフを持った田村に足払いをかけた。
突然の反撃に、田村はバランスを崩したのだ。そして、そのまま、リーダーである、目が落ちくぼんだ男を巻きぞえにして倒れた。
その様子を、確認した競羅は、
「とにかく、逃げるよ」
と言って、その様子を、目を丸くして見ていた天美の手を取って逃げ出した。
そのあと、彼女たちは、避難のため、近くのビルとビルの間に駆け込んだ。だが、相手は、その手のプロ、すぐに見つかってしまったのだ。
すっーと、目の前に男が現れた。先ほど競羅に声をかけ、そのあげく、巻きぞえになって倒されたリーダー格の男である。今度も一人でなく、右横には筋肉質の男が控えていた。
競羅は、目が落ちくぼんだ男と、そのもう一人の筋肉質の男をにらんでいたが、横に少女がいるのを思い出し、戦うことをあきらめた。
そして、まずは、この場を離れようとして、後ろを振り返った。すると、背後にも同様に、筋骨隆々の男が立っていたのだ。つまり、彼女たちは二人の屈強な男たちに、ビルの谷間の通路をふさがれたことになるのである。
男たちは、二人とも、顔つきがふっくらとしており、前方の男は、赤茶けた顔にパンチパーマ、背後の男は、浅黒い顔つきで髪に剃り込みを入れていた。
退路を断たれた天美たちに向かって、リーダーが余裕を持った表情で話しかけてきた。
「姉ちゃん、本当に強いね。しかし、いくら強いと言ってもね、今度は簡単に逃げられないよ。この二人は、石田さんと太田さんと言って、昔、レスラーだった人たちだからね。二人とも相手を殺して、マットを追われた人たちだから凶暴だよ」
「そうだぜ、姉ちゃんたち、俺たちを、なめてもらっては困るぜ」
赤顔の男、石田がすごんできた。だが、競羅の闘争心は衰えなかった。さっそうと、石田に向かって蹴りこんでいったのだ。
手ごたえはあったが石田は倒れなかった。普通の人間なら、はり倒される衝撃である。
石田は少し顔をゆがめていたが、そのまま、競羅に迫ってきた。そして、抵抗する彼女をものともせず、力ずくに背後から羽交い締めにしたのだ。
一方、浅黒い顔の男、太田は天美につめより、同様に、その身柄を押さえようとした。
天美は、ここで、例の能力、弱善疏を使おうとした。
が急に何か考えが浮かんだのか、そのまま男に捕まった。
競羅は締め付けられながらも、天美をかばうため、リーダーに声をかけた。
「おい、その子は関係ないだろ。はなしてあげないかよ!」
「ははは、そうはいかないなあ。私たちに逆らったところに、一緒にいたのだからね。おい、遠慮なく締め上げろ」
リーダーのあざ笑うかのように答えた。
ところが、その天美は、能力を持っているので余裕であった。そして、微笑みながら、競羅に向かって声を出した。
「ところで、お姉さん。もし、この場から逃げることできたら、わったしに、さっきのパチンコ、教えてくれる?」
「はっ! 何だって?」
競羅は、何を言われたかわからなかった。普通はそうであろう。第一、現時点では、天美の能力の存在を知らないのだ。
天美は再び、同様なセリフを言った。
「だから、ここから逃げれたら、そのパチンコ教えて欲しいのだけど」
〈この子、何を言ってるのだよ。こんな苦しい状況で、いったい何を?〉
競羅は驚きで目を丸くしながら、その発言をした天美を見つめていた。