Confesess-1 19
第十九章
一田会内では、田之場会長の大田山が戻っていた。
「ボス、お帰りなせえ。本家はどうでしたか?」
帰りを待ちわびたように、留守役である持田が尋ねてきた。
「どうもなにも、今回は思い切って聞いたが、親父、さすがというか、尻尾すら出しやしねえ。赤雀のことを尋ねても顔色一つ変えねえし、最も先に禁を破ったのは、俺の方だから、これ以上責めることはできねえが、あれも組の繁栄を思ってしたことだしな」
「そうでやしたか。ですが、あんな簡単でおいしい話、断る方が変でやす。ただ、極秘データを買い取る人間の護衛をするだけだったのでやすから」
「それが、簡単ではなくなっちまったわけだ。あのバカベが、空港で、余計な考えを持って、いらんことを、やらかしちまったせいでな」
「あのバイヤーでやすか。やはり、一流会社の社員らしく、肝っ玉が小せえ奴でやしたねえ。たかが、拳銃所持で捕まったぐらいで、あんな重要なことを歌うなんて」
「そこのところはな・・」
大田山は、持田の勘違いに、思わず、天美のことを言いそうになったが、ここで、ぐっとこらえた。その持田は、その心中に気づかず、調子に乗って言葉を続けた。
「それに、あの遊撃隊の加田でやすか、いったい、何をやってやしたのでしょう、ヘマうって、警察に捕まったという話ですし。別組の入田も同じく捕まってしまいやしたし」
「あれは、赤雀が入ってきたのだよ。しかし、先代が養女にしただけあって、一筋縄ではいかないな。相当やり手の用心棒でもつけていたのだろ。加田には油断をしているときに襲うように、念を押していたのだが、向こうの方が上手だったということだ」
大田山は口惜しそうに答えた。だがさすがに、その用心棒というのが、問題の天美ということまでは気がついてなかった。もしそうなら、もっと別の方法があったのだろうが、
「とにかく、あれがケチのつけ初めでやしたぜ。しかし、何度考えても腹が立つ話でやす。総長派の妨害がなければ、うまくいったのに、総長の耳に入れた奴は許せません。警察からということはありませんから」
持田は、やはりというか、競羅と警視正の関係を知らなかった。
「また、おめえの内通者説か」
「あっしは、どうしても、タマ(玉田のこと)が怪しいと思うのでやすが」
「それは、おめえは、タマとはそりが合わなかったしな。同期のライバルだし」
「そんな問題ではありませんぜ。ネガは週刊誌に出る。組が請け負った殺しまで、すべて、白状したのでやすぜ。確かあのとき、ボス自身、『タマ許さん、出てきたら、必ずぶち殺してやる!』と、荒れていましたが。このところ、責めてませんね」
「それもな、今は、ちょっとおめえにも言えないが、わけがあるのだよ。それより、肝心の、あれのことだが、前も言ったとおり、タマには話してねえはずだが」
「わかってやす。頼んだのは加田が率いる遊撃隊と、フロントの入田にでやしたね。ですが、そんな情報、イ田組のカシラになれば、入って来る可能性も高いと思いやすが。それに、だいたい、加田も入田も本当に信じられるのでやすか?」
「信じなければ、リベロなんて任せられるか。それに、入田だって、本家の息が、まったくかかっていない、俺の企業舎弟だったんだ。だから、今回任せたのだが」
「でやすがね。入田はともかく、その加田でやすか、目つきが気に入らねえ、あいつは、本当に油断のならない奴ですぜ。その腹心の男も不気味で何を考えているか」
「おまえに目つきを言われるとは、あいつらも気の毒なことだな。だが、それはない」
「でやすが、あと、そのメモリーの存在を知っているのは・・」
持田がしゃべる中、大田山は鋭い視線を放って、その持田を見つめた。その視線に気づき、持田は慌てて弁解を始めた。
「あっしを疑いで、まさか、あっしが、そんなことするわけがありやせん」
「どうだかな、まさかということが、実際はあるからな」
「そんな、勘弁してくださいよ。第一、あっしは・・」
持田の冷や汗をかいた姿を、大田山はじっと見つめていたが、やがて笑い出した。
「ははは、わかっているよ。おめえは昔、親父さんの犬番をしていたとき、そいつをあやまって、電柱にぶつけて殺しちまったからな。危うく破門になるところを、俺が助けたと」
「むろん、その恩は忘れてやいません。しかし、あのバカ犬、今思っても腹が立ちますぜ。散歩中、勝手にメス犬のところに行こうとして、暴れだしやして」
「とにかく、疑えばきりがないということだ。何はともあれ、結果的に親父の耳に入って阻止された、ということ。俺も組のためを思ってしたこと、親父に内通した奴も組のためを思ってした。それだけの違いじゃねえか。いい加減、ぐだぐだ言うのはやめにしよう」
大田山は、ものわかりのよさそうな口調で答えた。これが本心なら、いまだに田々総長に忠誠を誓っているということだが。待望の不思議な能力を持った少女、天美を捕まえたことで、天下を取ったような気持ちになって、出たということも考えられるが。
「あとは、これからのことを考えねえとな。まずはリベロを整え直さねえと、また、イ田組の人事についても、親父に、今日、念を押されたのだよ。『早く次のカシラ候補を、提出しろ』とな、これから、手をつけなければならねえことばっかりだ」
「本当に、最近、たががゆるんでますね。恩田を筆頭に次々裏切り者が出まして」
「恩田か、あれは、おめえが追い詰めたという噂だな、ここぞとばかり」
「ま、まさか。そんなことを、あっしがするなんて」
「隠さなくてもいいよ。人間、それぐらいの野心は持っていないと、逆にいうと、俺の部下はそれぐらいでねえとな」
「では、ボスは怒っていやせんのですね」
「あれは、昔の抗争のとき鉄砲玉となって、殉職した男の息子だったし、写真の腕はプロ並みだから、秘書の一人にしておいたのだが、いかんせん父親と違って、度胸がねえ。ここが、斬り時だったかもしれねえな、しかしな」
大田山はここまでは機嫌よさそうに答えていたが、急に鋭い口調になった。
「物事にはタイミングというのも必要だ、それにな、後始末も、きちんとつけるようなことができねえとな。今回も、おめえが考えなしで追い詰めたおかげで、肝心なネガが持ち出されてしまったのだし、俺の方はマスクで顔を隠していたが、先生には、こっぴどく怒られるし、もっとも、その先生も最後は、ああなっちまっては」
「あの先生も、逮捕されてしまいやしたし、そのあとも、次から次へと幹部連中が、つかまっちまって、組は大変な状態になってしまいやしたし」
「あー まったくだ。これも、すべて、あのメスガキが・・」
大田山はそう怒った口調で同意していたが、そのセリフで、今の状況を思い出したのか、淫ぴな笑いを浮かべて言った。
「おっと、楽しみは今からだったな。あんまり、あいつらには期待をしていなかったが」
「お楽しみって、何ですかい?」
「あのメスガキのことだよ。さっき、あいつらが女を捕まえてきたのだろ」
「もしかしますと、先ほどの?」
持田は側近ながら、今回の天美の拉致計画を知らないので、そう問い返すだけである。
「そうだ、中高生ぐらいのメスガキが、ここに、連れ込まれたはずだろう」
「はい、先ほどボスの命令だと言って、頭の悪そうな三人が、手錠と目隠しをした女を、連行してきやしたが。あまり、よく見ていやせんので、年格好までは」
「そうか、では、そのガキはどこにいる?」
「どこって、それについて、うかがいてえのですが、あの三人組、何者でやすか? やたら、調子づいていましたぜ。『ボスじきじきの命令だから、中に通せ』と、おとなしく通しましたけど。何か、新しい遊びでもするんでやすか?」
「いずれ、お前にも教えてやる。それよりも、そのガキの場所だが。どこだ!」
大田山は質問を繰り返した。その迫力に持田は、今は聞いても無駄だと悟ったのか、あきらめたような口調になった。
「倉庫に閉じこめてあります。その隣りの部屋で、あの三人は酒盛りをしていやすが」
「では、その三人を、すぐに、組長室に呼べ。むろん、ガキも連れてな」
「あの三人をでやすか?」
「そうだ、すぐに、俺の部屋に呼ぶんだ」
「わかりやしたけど、あの・・」
持田の言葉がよどんだ。
「何だ?」
「そういうことなら、あっしも仲間に、まぜてもらいてえのですが」
「今はダメだ。これ以上、秘密を知る人間を、増やすわけにはいかないからな」
「それは、あっしにもダメなことでやすか」
「そうだ今はな。すべてが終わったら教えてやる」
「ですが、あんな得体の知らねえ三人をボスの部屋に呼ぶなんて」
「何だ、不服なのか!」
大田山は、食い下がる側近に厳しい声で言った。顔も怒り一歩手前である。結局、
「いや、何でもありやせん何でも」
持田は、そのように答えるしかなかった。
「わかったらいい、ガタガタ言わずに三人を通せ。それと、俺がいいと言うまでは、絶対に部屋に入ってくるなよ。それだけだ」
大田山は不満そうな持田を残して、組長室に向かった。
天美は、男三人に連れられ、大田山の前に突き出されることになった。
彼女は組長室で、目隠しに手錠姿で、その田之場会長の前に立たされていた。閉じ込められたヤクザの事務所で、この格好、一般の人間なら、どのような心境であろうか?
だが、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。
天美は、両肩をがっしりと、それぞれ、代田と棚田という男につかまれていた。つまり、いつでも、その二人に対して能力が使える、いわばスタンバイの状態ということなのだ。
その彼女の眼前の敵、大田山の方はというと、相手が、そのような状態になっているとは、まったくもって想像すらしていなかった。
大田山は、サングラス越しに、勝ち誇った目をして天美を見つめていた。
〈ふふ、目隠しも、うまくいったようだな。これで、自慢の催眠術は完全に封じたな。念のため、俺も特殊コーティングのグラスをつけているからな。身体の方も手錠姿の上、二人の野郎に押さえられているし、こうなったら、さすがに、どうにもならねえだろう〉
このように、誰がどう見ても、負ける要素がない状態であった。それを、再確認した大田山は、威かくをするように声をあげた。
「確かに、こいつは、空港にいたメスガキだな。ツラはよく見えないが、その小憎たらしい口元から見てもな。どうやら、真知の記者にも化けていたようだな」
「空港で? ということは、今、声出した人、写真に写ってた変なおっさんね」
天美も、その小憎たらしい、という言葉に反応した。そのセリフに、箕田が怒った口調で言い返した。
「おい、小娘。口のききかたに注意しろ。この方は田之場の会長だぞ」
「会長かー。そうなると一番上の位かな」
「一番は総長だよ。実際は、ここにいる大田山さんがトップだけどな」
「何にしても、警察に捕まったら、面白いことになると思うけど、そういうことなら、ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらおかな」
競羅と田々総長の車二台は、一田会事務所前に到着した。二台の車が、事務所前のロビーに乗り上げると、血相をかかえた五人の見張りが、慌てて詰め寄ってきた。
彼らは、最初は恐ろしい形相であったが、すぐに、おびえた表情になった。リムジンのエンブレムを見て、誰が現れたか悟ったのだ。
見張りたちが見つめる中、二台の車は事務所のロータリーに横付けをして止まった。
長である中田が総長のリムジンに近づき、声をふるわせながら尋ねた。
「総長殿。突然の御訪問、い、いかような御用件でありますか?」
「なーに、ちょっと、大田山の奴に用事があってな」
後部座席に座っていた田々は、車のウインドーを開けて答えた。
「はっ! ただ今、お待ち下さい」
中田は弾かれたように返事をすると、顔色を変えて、すぐさま、事務所の中に入ろうと、身体の向きを変えた。だが、田々はそうはさせなかった。
「待て!」
低い声で叫ぶと、車中から持っていた杖で、その首元を押さえたのだ。そして、
「こういうことを確かめるには、不意を狙うのが一番でな」
凄味のある顔で笑った。その不気味な迫力に残りの四人も足が動かなかった。
そのあと、田々は見張りたちをにらみながら、ゆっくりと後部座席から降りた。
競羅もまた、後部シートから隠してあった木刀を取り出すと、車を降りた。
そして、競羅を含め六人は事務所の玄関をくぐった。
中に入ると、そこにも五人の見張りがいた。そして、主任らしき男が、トランシーバーのスイッチを入れ、今まさに、連絡しようとしているところであった。田々は、その主任に近づいて尋ねた。
「ぬしは和田君だったかな。奴は戻っているか?」
「はい。会長は、ほんの先ほど、お帰りということで」
和田はかしこまった態度で答えた。
「では、もう一つ聞くが、大田山の奴、女の子を連れ込まなかったか?」
「確かに、二時間ほど前に会長の命令だと言って、下っ端の組の男たちが、目隠しと手錠をした女の子を担いで、上の階に登っていきましたが」
「わかった、ご苦労」
田々は返事のあと、連れてきた一人に命令をした。
「鴇田、こいつらを見張っておれ、こ奴らに連絡をされないようにな」
その命令のあと、組員たちの前を通り、エレベーターに向かった。
組員たちが、次々に総長に頭を下げるのを見ながら、競羅は思っていた。
〈入口や玄関の見張りが、まともということだから、あの子は、まだ、この中にいるね〉
一方、組長室では、天美の決めゼリフに全員、不愉快になっていた。
「何が悪事をしゃべるだよ。ふざけやがって、口も押さえておけばよかったぜ」
箕田が声を出すと同時に、天美の口を押さえにかかってきた。まさに、そのタイミングを待っていたかのように、彼女の能力、弱善疏がはたらいた。
箕田は電気に打たれたかのように、彼女から飛び退いた。と同時に、代田、棚田の二人も弾かれたように、その押さえていた手を放した。
「おい、おまえら、まさか」
大田山の驚きをよそに、能力に墜ちた男たちは、天美の有利に動いた。
まずは、手錠のカギを持っていた代田が、その彼女の手錠をはずすために近づいた。また、棚田の方も組長室のドアのロックを、はずしにドアに向かった。
〈こ、これは! しかし、こいつは噂には聞いていたが、すげえ能力だ!〉
大田山はサングラス越しに目を丸くして、その様子を見ていた。今までは伝聞であったため、目の前で見るのは初めてであったからだ。それでも、驚いてばかりもいられず、
「うすのろどもめが、また、かかっちまったのか。やめろ! やめねえと命がねえぞ!」
怒り声を出して、制止の命令を出した。
だが、能力に墜ちた男たちには、天美を逃がすという観念の方が優先であるため、そんな命令は、どこ吹く風状態である。二人とも鍵やロックをはずしてしまった。
「やっちまったか、この役立たず野郎ども、目にもの見せてやる!」
大田山は持ち前の怪力で、代田を背後から右腕一本でつかむと、引きずりあげて、そのまま投げつけた。代田は正面から壁に激突して失神した。
そのあとすぐ、天美を捕まえようとして彼女に近づいた。その行動を防ぐように、
「ボス、やめてください」
箕田が立ちふさがった。そして、
「もう、この子を解放してあげましょう」
と、これまた、能力に墜ちた人物の言う、お決まりのセリフを吐いた。
「解放だって? おめえも、そこまで、この娘に操られているのか! とにかくどけ!」
大田山は、今度は左腕一本で、その箕田の襟首をつかみ、大きく手で振ると、横壁に向かって投げつけた。同じく衝撃を受けて失神である。
「まったく、世話をやかせやがって」
そのつぶやく大田山の背後から、棚田が、袖を引っ張りながら声をかけてきた。
「親分、やっぱり、逃がしましょうや」
「おめえまでもか、いってえ、いつかかったんだ? 目は使えなかったはずなのに?」
大田山は戸惑いながらも棚田の腹にパンチを打ち込んだ。棚田はうめき声を上げると、そのまま崩れ落ちた。それを見た、大田山は複雑な顔をしてつぶやいた。
「次から次へと厄介な能力だな。みんな、使い物にならなくなっちまったぜ。くそ!」
大田山が毒づき、いよいよ、二人は対峙である。
目隠しをはずした天美は、あらためて、正面に立っている男を見つめた。目の前の男、大田山は、身長は175センチそこそこなのだが、石像のような威圧感があった。肩幅は引き締まり、何よりも行動が素早かった。たとえていうと、一昔前に活躍した小兵ながら破壊力のある空手の達人という雰囲気である。
その大田山は何を思ったか、おもむろに、つけていたサングラスをはずした。そのあと、
「どうやら、自慢の能力は、目からの催眠ではなかったようだな」
目を細めると眼光を鋭くして、天美をにらんできたのだ。それは、まさに鬼の目か、なれてない人間なら、失禁するぐらいの迫力である。
「で、では、な、何なの!」
天美の口調がうわずった。相手の迫力に圧倒されたのも事実だが、同時に、ものすごく、いやな、予感がおそってきたからだ。
「催眠術が違うとなれば、残りは接触しか考えられねえだろう。おさわりってやつか」
その言葉に天美の血の気が引いた。はっきり、悟られたと感じたからである。
「どうした、ネタがばれたっていう感じか。ということでな、俺には、そんなものはきかねえぞ! それなりの対策は、前からバッチリとしてあるからな。ワッハッハ」
大田山は勝ち誇ったように吠えた。そして、なおも、
「俺はな、以前から、こうしたことにかけては、人一倍気をかけているのだ! だからこそ、この位置まで登り詰めることができたし、今日まで無事に生きてこれたのだ!」
大田山の自信を持った言動に、天美は最悪な状態を覚悟した。催眠ガスとか、隠し麻酔銃とか仕掛けてあって、それが今、まさに、発射されるような雰囲気がしたからだ。
〈しまった。こんな、用心深い人だったなんて、相手、甘く見てた〉
後悔をしたが、あとの祭りである。その心中で、冷や汗をかいている天美を見つめながら、大田山は声を発した。
「その対策っていうのを、今から教えてやる。それはな!・・」
組長室に向かうエレベーターの中で、田々が競羅に話しかけていた。
「それは、自慢の木刀かな」
「そうだけどね」
「護身用に持ってきたか、じゃが相手は、あの大田山だ。まがりなりにも、うちの代貸をつとめている男だ。格闘についても、わが組では右に出る者はいない。お主も、年の割には、なかなかの腕前だが、果たして、これなしで勝てるかな。なあ牛田よ」
田々はニヤリと笑うと、側近の一人、牛田が持っている大型カバンを見つめた。
「あの中には、何が?」
「最新鋭の速射式トランキライザーだ。象なんて、すぐ眠らせることができるぞ」
「そ、そんなものがいるのかよ?」
「あいつはな、体格通りに力があるし、それなりに恐ろしい奴だ。チョッキがなくても二十二口径の弾ぐらいなら、はじきかえすからな。素手で熊をしめ殺したこともあるぞ」
「素手で熊を、本当かよ! 一人で十数人、投げ飛ばしたとは聞いてことあるけど」
「それも、どう猛なヒグマをな。あれほど強いと、普通の銃では対処ができない。素早い反撃が来るまでに、これで仕留めないと」
〈かねてから、怪力とは聞いていたけど、まさか、そこまでとは!〉
競羅は背筋が凍りついていた。
「それはな! 日頃の鍛錬だ! どうせ、おかしな気功術でも使っているのだろ。そんなものは、気合いのたりない、うすのろにはかかるが、普段から、肉体や精神を鋼のように鍛えている俺には問題ない! いくぞー、気合いだ!、かーつ、『チェストー』」
と奇声を上げると、天美に向かって飛びかかってきたのだ。
「こ、これが、対策だったの!」
天美は反射的につぶやくと、素早く身体をさばいて避けようとした。だが、恐怖感からの拍子がぬけたのか、一瞬、その動きが遅れたのだ。
彼女は両手を前で組み、防御の姿勢を取った。それを、正面から突っ込んできた大田山。
あっと思うヒマもなく、天美は身体ごと壁に打ちつけられていた。そして、その彼女の両肩には、大田山の鋼のような手が、がっしりと、
だが、と同時に強善疏も、その大田山に注がれていたのである。
競羅たち総長一行は、エレベーターを最上階で降りると、目的の組長室に向かった。
組長室に近づくと、中から、大きな大田山の声が聞こえてきた。
大きいといっても、怒鳴り声というわけでなく、演説調である。その声を聞きながら競羅は感じていた。
〈あの子、すでに、やらかしたね〉
「ドアが開いているな。奴は何をしているのだ?」
田々はそう、いぶかしげに、つぶやいた。
「さあ、よくわからないけど、言葉の端々から犯罪用語が聞こえるね。こっちの訪問は知らないはずだから罠ではないと思うけど、まずは、そっと部屋をのぞいた方が」
「そ、そうだな」
田々は難しい顔をし、一行は開いているドア越しに、組長室をのぞいた。
組長室の中では、大田山が罪を自白しているところであった。その姿が、田々には、あまりにものことであったのか、一瞬、凍り付いたように声が出なかった。
競羅は天美を見つけるため、部屋の周囲を見回し始めた。
その天美は、入口から向かって右か、その横壁に倒れかかるようにもたれていたが、幸いなことに、田々もその部下たちも、大田山の態度に気を取られて、その彼女の存在には、まったく、気がついていなかった。
我に返った田々が、競羅に向かって小声で尋ねた。
「ど、どういうことだ?」
「よくわからないけど、あの子の言葉通りだとしたら、その罪というものを、また吹き込んでいるのだろ。きっと、どこかに、録音機が隠してあると思うね」
「ふふふ、そうか」
田々は低く笑った。先ほどまでの戸惑いとは違い、今度は確信を得た表情である。そして、ボディガードたちに目配せをした。
あっという間に大田山は、マシンガンを持った彼らに確保された。
一方、天美は突然の競羅の登場に、目を丸くしていたが、部下の一人が、
「総長殿、ごらんの通り、会長の身柄を確保しました」
としゃべった声を聞き、次の行動を始めようとした。
だが、大田山から、激しくぶつかられた影響があったのか、骨がきしみ、痛さで身体が思うように動かなかった。それでも、ここは、ほんの一瞬でも触れるだけでいいのだ。
彼女は、総長に能力を使うため向かっていった。その瞬間、腹部に衝撃が走った。木刀の柄の部分が急所にめり込んでいたのだ。
競羅がはなった、この突然の衝撃により、天美は意識を失った。
「やれやれ、これで、何とかなったよ」
その様子を見ながら、競羅がつぶやいたとき、
「ボス、大変でやす。ただ今、総長が!」
持田が息せききって走り込んできた。そして、部屋の前にいる総長を視認すると、
「連絡を受けて、すっとんで来やしたが、どうも一足、遅かったみてえで」
唇をかむような口調でつぶやいた。
「わしが、どうかしたかね?」
田々はふり向いて答えた。少し、意地の悪い目つきである。
「そ、総長殿、な、何でもありません」
「ぬしは、確か、あの持田だったかな」
「はっ! お久しぶりでごぜえます」
「あいさつはいい。じゃが、その様子では、何かよからぬことを、企んでいたようだの」
「め、滅相もございやせん。あっしは何も知りやせん」
「何も知らないか? 果たして、これを見ても、そう言えるかの」
田々は持田に部屋の中に入るように命令をし、持田は部屋をのぞいた。そして、総長の部下たちに拘束されている大田山を見つけると、
「これは何でやす? まさか、ボスが謀反を・・」
と声を出した。だが、まさかという程の驚きではなく、とうとう、見つかってしまったかという、半ば、あきらめの顔であった。その顔つきを総長は見逃さなかった。
「その顔、ぬし、何か知っているな」
「本当に知らないのでやす、信じてください。今回は、つまはじきにされやしたから」
持田は泣きそうな顔をして、必死に弁解した。威勢は口だけのようである。
「そうか、つまはじきにな」
田々は、べそをかいた持田の顔を、まじまじと見つめていたが、やがて、笑みを浮かべ、
「それでは仕方がないな。じゃが、思い当たることはあるみたいだな、返答いかんによっては、ぬしの言葉を信じ見逃してもいいが。知っていることあったら話してみろ!」
最後は詰問調になって一喝した。その態度に持田はふるえ上がると、今回、大田山がとった、少女を隠した秘密の行動、について説明を始めたのである。
「やはり、今日、踏み込んで正解じゃったな」
「さいでやす。前から、おかしいと思ってやしたし、今日は、特に怪しかったのでやす」
持田は手のひらを返したように答えた。本質は、義理もない、こういう男である。
「わかった信じよう。それでな、あとは、ぬしのことじゃ。このような失態をおかしたからには、ぬしの将来の目はない。じゃが他の親分衆に、今日の出来事について、筋さえ通した弁解ができれば、何とか、身の保証だけは確保できると思うが、どうじゃ」
「わ、わかりやした。全面的に協力をさせていただきやす」
「それなら、よい」
田々は、従順になった持田に上機嫌で答えると、次に競羅の方をふり向いた。ここで、初めて天美の存在に気づいたのである。そして、その競羅に抱きかかえられた天美を見ながら口を開いた。
「そうか、この子か。大田山をスパイしていたメイドは、なかなか可愛い娘じゃな。実際、奴の手にかからなくって良かったわい」
「そうだね、本当に間に合ってよかったよ」
「しかし、この子の命がけの報告がなかったら、わしら、えらいことになっていたな。何か、褒美をあげないとな」
「それはいいよ。それより、こっちは、この子と一緒に帰りたいのだけどね」
「そうか、残念じゃが、この子も疲れてるようだし、仕方がないか」
「では、言葉に甘えて、そうさせてもらうね。それより、一つ、気になることがあるのだけどね、この先、この男たちはどうなるのだい?」
田々は、その競羅の言葉を聞くと、急に険しい顔になった。そして答えた。
「そのことは、これ以上、知らない方が身のためじゃ!」
競羅は、その総長の顔つきを見て、すべてを悟った。大田山は粛清されるし、男たちの方も、たとえ、天美のことを持ち出しても総長は信じず、懲罰を受けるであろうことを。
「わかりました。それでは失礼します」
「元気でな。今度、その子を連れて遊びにきなさい。改めて、色々と御礼をしたいからの」
総長はにこやかな顔になり、気絶している天美を競羅の車まで運ぶのを手伝った。
そして、競羅は無事に総長と別れたのである。




