Confesess-1 16
第十六章
天美の暴走に競羅も動いた。動くにも色々な方法があるのだが、その夜、彼女は世田谷区にある閑静な住宅街に向かった。
到着したのは、夕方八時ごろである。彼女は玄関にあるインターホンを押した。
すぐに、ホンから男性の声が聞こえてきた。
「競羅君か。待っていたよ。今、開けるからね」
そして、しばらくすると、玄関にその男性が現れた。下上朋昌警視正だ。今回の事件のもととなる人物でもあった。競羅はその警視正に向かって声を出した。
「今夜は、日月さんは?」
「家内か、まだ仕事だよ」
「相変わらず、職務熱心なことだね。それで、正明君と萌ちゃんは?」
「子供たちは・・」
とその背後から騒がしい声がした。
「けいら、おばちゃん。もう、来てくれた!」
四才の少女、萌の声である。競羅に、なついているのか、ずっと待っていたようである。
「あっ、萌ちゃん、こんばんわ。今日はこれを持って来たのだよ」
そう言って、競羅は萌ちゃんに買ってきたお菓子を差し出した。
「ありがとう。おばちゃん」
「萌、今日は食べてはダメだよ。お兄ちゃんもダメだからね」
警視正は娘に注意をした。
「わかった」
「それと、もう、遅いから寝なさい。おばちゃんは、今夜は、大事な用事があるから、ここに来たんだ。会いたいなら、また、昼間、来てもらうことにするからね。わかったね」
「うん、わかった」
「それと、母さん、今日も遅くなりそうだから、お兄ちゃんにも寝るように言うのだよ」
「はーい」
萌は返事を残して、玄関前から去って行った。
萌が立ち去ると、警視正が口を開いた。
「とにかく、中に入ってくれ。話は中で聞くから」
警視正はそう言い、競羅は部屋に通された。
「ところで、相変わらず、君、コレは続けているのか」
警視正は、手でパチンコを打つような仕草をして尋ねた。
「ああ、飯の種だからね。なかなか、やめられないよ」
「でもな、いつまでも続けていたらダメだよ。パチンコは人間を堕落させるからな」
「そんなこと言って、世の中のみんながパチンコをやめたら、困るのは義兄さんの同僚、いや上司の人たちじゃないかな。シノギが減ることになるよ」
競羅は意地悪っぽい言葉を返した。警察庁がパチンコ業界の管轄と知っての発言である。
「あはは、これは一本取られたね」
警視正は笑った。そのあと、場をごまかすように、さりげなく質問に入ってきた。
「それはそうと、どういう用件で、私を訪ねてきたのかな」
「ああ、とても、厄介な問題が起きてね。その前に確認したいことがあるのだけどね」
「その、確認したいこととは何かな?」
「むろん、邦和の事件だよ。たしか、もとの話は、こっちが義兄さんから百万円渡されて、あの怪しげなディスクを買いに行ったのだよね」
「そうだが、まさか、君は、その事件の捜査について文句を!」
警視正の顔に警戒感が走った。
「まさか、文句ならそのときに言っているよ。しかし、今回は、よくやってくれたね。代議士まで捜査の手が届いたのだからね」
「ははは、珍しいことに、収賄で久しぶりに代議士の立件ができたよ」
「そのことだけどね。あれって、あの代議士が罪を白状したのだよね」
「何かそうらしいな。『口では威勢のいいことを言っても、やはり、追い詰められていたのだろうな。今回は勝ったと』と知り合いの検事が話していたよ。そう言えば、報告を忘れていたけど、邦和の件、検察が仕切ることになったよ。だから、君が持って来たメモリー、あれも、検事局が買い取ってくれてね」
「義兄さんが、それでいいと言うなら、いいのじゃないかい」
「君もあっさりだな。そういうところが、ある意味、頼みやすいというか。いや、あっさりしているなら、どうして、私を訪ねて邦和のことを聞くのかな?」
「まあ、それには大きな理由があってね、そのことで、少し相談があるというか」
「相談とは何かな?」
警視正はにこやかな顔をして聞いてきた。何も知らないようである。
「その邦和のことだけどね、もう一度確認をするけど、もとのもとは、義兄さんが空港にいったとき遭遇した事件が原因なのよね」
「そうだよ。空港に行った用件までは話せないけど、もとは、それだったよ」
「その空港にセラスタ人の少女がいた、ということ覚えているかい?」
「変なことを聞くなあ。いちいち、空港に誰がいたかなんて見ていないよ。しかし、空港で少女っていう話、君以外からもあったなあ。誰だったかな?」
警視正は首をかしげていたが、やがて、思い出したのか次の言葉を、
「そうだ。空港で共犯で捕まった男たちが言い張っていた、よた話だ。私も英語が、ある程度使えるから、話につきあっていたがバカバカしい内容のな」
言葉通り少し呆れた感じであった。しかし、その態度に反応した競羅。
「どういう内容だったのだい?」
「おや、気になるのか?」
「当然、気になるね。それが、きっと、こっちが来た用件と重なると思うからね」
「それで、その君の言う用件とは?」
「だから、今、言っただろ。セラスタ人の少女のことだよ」
「その少女というのは、君とどういう関係なのかな?」
「関係って、最近、街で知り合って、色々と面倒を見ている子だよ」
「それなら、この話に出てくる少女とは、まったく、違う子ということになるね。だいたい、セラスタ人は珍しくないよ」
「そうかもしれないけど、どうしても、その少女の話について聞きたいのだけど」
「でも、残念ながら、君の用件とは関係がないと思うよ。今も言ったように、真面目な顔では、とても聞いておられないような、よた話だからね」
「だから、どんな話なのだい?」
「どんな話って、君が、一番、嫌うような話だよ。都市伝説というか、それこそ、民族に伝わる、英雄伝説の一種みたいな話でね。捕まったセラスタの連中は、その少女について、妙な単語を何度も口走っていたよ」
「その単語って?」
「君も、今日は突っ込んでくるね。コァンフェセス(Confesess)という言葉だ。そのコァンフェセスに、ひどい目にあったとかなんとか、まあ、私は相手にしなかったが」
「また、下をかみそうな英語だね」
「いや、英語には、そんな単語はない」
「では、スペイン語かポルトガル語だね。セラスタは、もとはスペインの領地だったらしいし、言葉の響きから見ても、そんな感じがするよ」
「残念ながら、正確に言うと、その、どちらでもない」
「となると、フランス語かイタリア語だろ。外国語には変わらないのに」
「惜しいな。君が今答えた、すべての言語に近い言葉ではあるんだが」
「義兄さんも、じらすことをするのだね。結局は外国語なのだろ」
「違うな、どの言語の辞書を見ても、出てこない綴りだ。英語ではコァンフェシャン、フランス語ではコンフェション、イタリア語ではコンフェシオーネ、スペイン語ではコンフェシオン、ポルトガル語ではコンフェセオかな。さて、その意味は・・」
その警視正の説明中、じれたのか、
「もう、そんなことは、どうでもいいだろ」
競羅は声を出してしまった。そして、その言葉を聞いた警視正。
「そうか、意味については、どうでもいいのか。では、この話自体やめにしようか。もともと、まともではない話だしね」
と突き放すように言った。その言葉に競羅はしまったと思った。彼女は、それだけ横文字が嫌いというか、つい、いつもの感じで声が出てしまったのだ。
だが、話を終わらすわけにはいかない。なだめるように次の言葉を。
「いや、やめにするの、よくないよ」
「しかしな、どう考えても、これは君には向かない話だよ」
「それでも、教えてくれないかい。今度は、イラつかないで最後まで聞くからね。とにかく、そのコンフェ何とかという言葉に、意味があるのだね」
「そうだけどな、本当に、つきあう気なのかい? このバカげた話に」
「つきあうというか、さっきも言ったように、そのために、ここに来たのだし。頼むよ」
競羅がそう言い、気が乗らないながらも警視正は再び口を開いた。
「先ほどは、ややこしい話になって、君を混乱させたみたいだから、今度は身近な話題から行こう。今は、あまり用いないようになったが、女性の職業をあらわす言葉に、スチュワーデスとかウエイトレスというのがあるよな」
「ああ、あるよ。客室乗務員や給仕さんのことだろ」
「そうだ、語源はスチュワード、ウエイトから来ているんだ。ウエイターは知っているな」
「それぐらい知っているよ。男性の給仕さんだろ」
「では、次の質問だ。王女様のことをプリンセス、国によっては、プリンセサ、プリンシスとか呼ばれるらしいが、その語源はわかるかな」
「英語にうとい、こっちでも、さすがにわかるよ。プリンス、王子から来ているのだろ」
「そうだ。いずれも、もとの語源に、essの語尾がついている。essというのは、女性の職業をあらわす接尾語だ、今回も、コァンフェサーがもととなっている」
「わかった、だから、カンフェセスだね」
「正確に言わないとね、カでもコでもなくコァだよ、英語では母音でアとオの中間のアクセントの言葉があるのだよ。こういうことは、きっちりと踏まえておかないと」
警視正の言葉を聞き競羅は、だから、外国かぶれは面倒なんだ、と思っていた。こんな、どうでもいいことに話をさかなくても、と、だが、また文句を言ったら話が止まるので、ここは、じっと黙っていた。そして、警視正は言葉を続けてきた。
「とにかくな、これも、女性の職業をあらわすために、わざわざ造られた言葉だろうな。では、今から、その意味について言うから、今度は口をはさまないでくれよ。コァンフェサー、日本語で言うと、告白する、自白するという意味だ。つまり自白屋娘と」
「自白屋娘だって!」
思わず復唱した競羅、
「君、また、興奮した声を出したな」
警視正はにらんだが、その態度に構わず競羅は確認をするように声を出した。
「やっぱり、その少女は、こっちの知っている少女だったのだよ」「
「えらく、食いついてきたな。本当にバカバカしい話なのに」
「それで、そのセラスタの男たちが義兄さんに伝えたのは、その妙な言葉だけかい?」
「それだけでは、バカバカしいとは思わないよ。そのあとの内容が荒唐無稽すぎて」
「その荒唐無稽な話というのは?」
「おい、本当に、そこまで聞きたいのか」
警視正は目をすえて尋ねた。いつもと違う競羅の態度に不審を持ちながら、
「ああ、聞きたいね。間違いなく、こっちの用件に絡んでいそうだからね」
「そうか、どうしても聞きたいなら、仕方がないな。何度も言うが、とても、君が好きそうな話とは思えないが」
警視正は不審な顔を続けながらも競羅に説明を始めた。その一連の話を聞き終えた競羅は、確認をするように尋ねた。
「つまり、古代文明に触発された一人の日系人少女が、遺跡で得た能力を使って、セラスタの大犯罪組織を壊滅させたって、いうことだね」
「まあ、平たく言うと、そういう話だけど、普通は信じられる話じゃないよな。犯罪組織がつぶれたことは事実だけどね」
「義兄さん、その少女は実在するのだよ」
「競羅君、冗談はよした方がいいよ。そんな、バカげた伝説を信じるなんて」
「冗談ではないよ。自白という言葉を聞いて、何も感じないのかい。最近、この日本で起きている事件を思い出して見なよ。大会社の幹部や社長、右翼の会長、ヤクザ、みんな自分から、突然の自白をして捕まっているのだよ。こんなこと、今まで続いたかい?」
競羅の言葉を聞き警視正はハッとしたような顔をし、腕を組み考え始めた。そして、競羅は、なおも、たたみかけるように言葉を続けた。
「さっき出てきた釘家元大臣もそうだろ。検察は立件不可能だとあきらめていたのに、突然の自白をし始めたのだろ。妙だと思わなかったのかい」
競羅の言葉にしばらくの間、警視正は本当に難しい顔をして、考えこんでいたが、やがて、結論が出たのか、腕組みをとくと落ち着いた口調で口を開いた。
「確かに、君の話を聞く価値もあるな。セラスタの状況と似ているからね」
「では、納得してくれたのね」
「納得っていうか、まずは、話を聞くだけだよ。君も、その用件で来たみたいだし」
「わかった、では話させてもらうよ」
そして、競羅は、天美の能力について説明を始めた。
初めは半信半疑で聞いた警視正の目が、興味色を帯びてきた。競羅の話し方が上手なのか、大きく思い当たることがあるのか、警視正は話のペースにはまっていた。
「なるほど、相手の敵意を失わせる能力と、相手の犯した罪を自白させるという能力、これが古代文明の遺跡の力か。セラスタの犯罪組織が壊滅した、という理由もわかるなあ」
「おや、義兄さんも、らしくはないね、簡単に信じるのかい?」
「話の流れから見ても、君がでまかせを言ってないことぐらいはわかるよ。確かに普通では、信じられない話なのだが、人の心を操るという行動は、古代には、よく行われたものでね。催眠術などは、その名残だよ」
「科学的な義兄さんが、そういうことに興味を持っているとは思わなかったよ」
「興味ということではなく、ありのままの出来事を素直に認めただけだよ」
「なるほどね、ありのままか。それで、ここからが、本来の用件なのだけどね」
そして、競羅は、本題である、天美の暴走行為のことを包み隠さず話し始めた。
話を聞いた警視正は、当然のように驚きの声を上げた。
「本当に、その子は、田之場を狙っているのか?」
「ああ、向こうに忠告をしにいっても、色々と面倒なことになるだけだから、最初に、義兄さんの方に相談をしたのだけどね」
「それで、私にどうしろというのかね」
「どうって、いうか、まずは、どうすればいいか、知恵を借りに来たのだよ」
「うーん、どうすればいいかか」
競羅の言葉に警視正は腕を組んで考えていたが、
「と言われても、何を答えていいかわからないな、あまりにも、ついていけない話で」
と答えた。ある意味当たり前か、
「では、まだ、こっちの話を信じていないのだね」
「いやいや、そういうわけではないんだ。君が、このタイミングで私のところに、このような話を持ってきたのには、それなりの理由があるからはずだから。ただ、言えることは、その少女と連絡がつくのなら、君が説得をするしかないね」
「といってもね、どうやって説得をするか」
「それは、君が考えるのだよ。もし、どうしても説得ができなかった場合、つまり、その少女が怒って姿をくらませたら、そのとき、改めて対策をすることにしよう」
「つまり、今の段階では、次のことが起きないと、手が打てないということだね」
競羅は警視正をにらんだ。
「それは、ある意味、仕方ないことだろう。でもね、話を聞いてみると、今は、まだ君とその少女は連絡がつくんだ。だから、誠実になって話し合うことだよ」
「誠実だって」
「そう、事は重大なのだから、押さえつけるだけでなく、自分のすべての立場について、ありのままを話さないとね。そうしないと向こうも心を開いてくれないよ」
「わかった、もう一度、説得をこころみるよ」
と言って、話を終えて警視正宅を後にした。そして、車に乗り込んだと同時に、
チャンチャンチャララララ
競羅の電話の着信メロディが鳴った。相手は数弥である。
「なんだよ」
つぶやきながら受話器を取ると、
「姐さん、た、大変す。て、天ちゃんが、たった今、田之場らしき連中にさらわれまし\た!」
いきなり、数弥の悲鳴のような声がした。
競羅が動くと同時間、数弥の方も動いていた。数弥の方は競羅とは違い、直接、天美にアプローチを取っていた。その接触はうまくいき、数弥と天美、その二人は、港区六本木、交差点前に存在する、とある有名なレストラン洋菓子店で簡単な食事をしていた。
食事を一通りすますと、数弥は説得を始めた。
「姐さんも心配をしていますから、もう、田之場を刺激すること、やめた方がいいすよ」
「やはり、本来の用件は、それだったのね。ざく姉にも、前、同じこと言われたけど」
天美も食後のパフェを、つつきながら答えていた。
「そうすよ。僕たち、天ちゃんのこと、本当に心配しているんすよ」
「心配と言われても、わったしの方は大丈夫だし。問題ないでしょ」
天美は、いっこうに言うことを聞く気配はなかった。
「問題は、ありすぎすよ。田之場は広域暴力団なんすよ。僕からもお願いしますよ」
それでも、数弥は落ち着いた口調で説得を続けた。
「どうかなあ。向こうの出方次第だし」
「出方というのは何すか?」
「わったしの目の前で、人、脅かすような行動しなければいいのだけど」
「そうでしたか、でも、どうして天ちゃん、そんなに田之場の人たちに遭遇したんすか」
「どうしてと言われても、カンみたいなものでわかっちゃうの。それで、あとつけていった、やっぱり、人脅かすような、悪い事してて」
「では、天ちゃん。相手が田之場とわかって、あと、つけていたんすか」
「そういうことになるかな」
「あのね、田之場は広域暴力団なんすよ。あとをつけるなんて、危険じゃないすか!」
数弥のボルテージが少し上がった。そして、まわりがざわめいた。どうやら、誰かが田之場という言葉を聞き拾ったようである。だが、天美の返事は、
「危険って?」
と、のんびりした、ものであった。
「天ちゃんもわかっているでしょ。田之場の怖さが」
「そんなに、こわいものかな」
「充分、怖いすよ。こんなこと続けていると、そのうち、ひどい目にあいますよ」
「ひどい目って?」
「だから、ひどい目すよ。天ちゃん、命が惜しくないんすか」
「だから、どうして?」
相変わらず、天美の返事はこうである。いつの場合でも、脅かされれば脅かされるほど、こうして、相手をはぐらかす応答をするのだ。それは、絶対的自信でもあるが、まだ年令的にも成熟をしてないゆえにでもあった。
その発言に、のんびり屋の数弥も頭に血が上り始めた。押さえきれなくなって、
「もう、いい加減にしてください! 田之場はヤクザなんすよ、ヤクザ! そんなところに、何度も、自分から、ちょっかいをかけるなんて!」
と興奮した声で、まくしたてたのだ。
その声に、店内は、前より大きくざわめいた。ある意味、当然というか、
慌てて、数弥は口をつぐんだ。だが、まわりの視線は変わらなかった。数弥たちの方を怯えるような目で! 結局、この店での説得をあきらめることにしたのである。
そして、二人は店を出た。数弥は、まだ説得を続ける気であったので、人混みの多い大通りをさけ、ひとけの少ない中道の方を歩くことにした。
「それで、天ちゃん。先ほどの続きだけど」
「まだ、そんな話する気なの?」
天美は数弥の問いかけに迷惑そうな顔をした。
「ええ、姐さんと約束しましたから、天ちゃんを説得すると」
「でも、これ以上、話しても、わったしの気持ち変わらないし」
「そんなこと言わずに、お願いしますよ」
「さっきは、ちょっとしたもの、おごってもらったから、話だけは聞いたけど」
天美は、ここまでは普通に答えていたが、突然、表情が変わった。数弥は思わず尋ねた。
「どうしたんすか?」
「何か、面白そうなことになりそうな感じするのだけど」
「面白いことすか?」
「そう、これもカンだけど、お迎え来そうな感じするの」
「お迎えって、天ちゃん、誰かに迎えを頼んだんすか?」
「そんなことしてないけど」
「でしたら、誰も来るわけないじゃないすか。姐さんにも、天ちゃんに会うことだけは伝えておきましたけど、日にちや場所は言いませんでしたし」
「それでも、来そうな感じするの。だから、わったしと別れた方がいいと思うけど」
「別れるって急に言われましても。姐さんから言われてますから、説得を・・」
そのとき、前方から、
「まだ、こっちの道は探してなかったな」
「ああ」
「では、俺はこっちを見まわる。あんたらは、さっきの道を見張ってくれ」
と声がしてきた。
「本当に、誰か来そうだから、この場を逃げて!」
「えっ!」
「とにかく、逃げて、見つからないように!」
そして、天美は数弥を思いっきり突き飛ばすと、前の方に走っていった。
間もなくして、数弥は起き上がった。すると、数十メートル先から天美と複数の男たちの、いさかい声が聞こえてきた。数弥は息をひそめて、その会話を聞くことにした。
「それで、その写真に写ってたお偉いさんに頼まれて、わったし連れに来たのね」
「だから、お前は、俺たちに、このように確保されたのだ!」
男の一人が返事をした。どうも、俺たち、確保、という言葉から見ても、複数の男に身柄を押さえられているのだろう。
いつもなら、ここで彼女の弱善疏が、はたらくはずである。しかし、天美は何か考えがあるのか、おとなしく男たちに捕まっていた。
その天美は男たちに向かって、なおも、へらず口をたたいていた。
「それで、わざわざ、みんな、サングラスなんてかけて」
「そうだよ。またも、変な催眠術にかからないようにな」
その返答中、天美の右肩を押さえていた男、代田が口を出した。
「箕田さん。注意をされていたでしょう。あれをつけるまで、目を見てしゃべるなと」
「おっと、そうだったな」
箕田は思い出したように答えると、代田に向かって言った。
「代っぺ、あれは、もう用意をしてあるのか?」
「ええ、ここにあります」
代田はそう答えると手錠と目隠し用の布を取り出した。
「おー、これだ。この目隠しをつけねえとな、あんたら、もう少し、押さえといてくれ」
そして、天美は男たちに押さえられたまま、目隠しをされた。そのあと、勝手に取ることができないように、手錠をかけられたのだ。
だが、この時点でも、彼女は能力を発動させなかった。何か考えがあるのか、余裕の笑みをうかべたままである。
「こいつ、まだ笑ってるぜ」
「まだ、何か切り札を持っているじゃないでしょうか?」
代田がそう心配そうに声を上げた。その言葉に、
「切り札か、うーん」
箕田はしばらく考えていたが、
「そう言えばたなさん。男が一緒に店にいたと言っていたな」
天美の左肩を押さえていた男、棚田に尋ねた。
その言動に天美はハッとした。今の余裕顔が、まずい方向にいったと悟ったからだ。
あれほど、以前から、複数で行動するときは、このような、相手に疑問をいだかせる態度はしてはいけない、と注意をされていたのに、つい、いつもの強気が出たのである。
そして、反射的に叫んだ。
「なーんだ、あんな人のことか」
かなりの大声である。もしかしたら、数弥に聞こえるようにか、
「そうだ、そいつだ。どこに行ったんだ!」
「まだ、一緒のわけないでしょ! 店出たら、すぐに別れたけど」
「なに! 別れたって?」
「当たり前でしょ! あんなに、おせっかいかけられて、やになるでしょ!」
「箕やん。そうみたいやで、サテン内で派手に口論をしていたというからな」
ここで、棚田が口をはさんできた。
「なるほど、やはり、あそこに、仲間らしき人物いたのね」
天美は納得をしたかのように答えた。というよりも、完全に話題をそらす気である。
「正確には、わいのパシリやけどな。コレと一緒に偶然サテンにいて、通報してきたということや。前から娘っ子が、うちを探ってたら知らせるように頼んでおいたからな」
「それで、早速、ここに向かってきたわけね」
「そうや、ここにいる箕やんと、代っぺに連絡を取ってな」
「そうか、別れちまったんなら仕方がないな」
箕田は信じ込んでしまった。実際、参謀クラスの頭脳を持った人物なら、記者の存在を思い出したとき、『おい、まだ近くにいるかもしれないから見てこい』と命令するのだが、
箕田も棚田も、それだけ大したことのない男なのだ。ただ、慎重が取り柄の代田は、要注意人物だが、これ以上、その場を仕切るだけの度量を持ち合わせていなかった。
「いたら、どうする気だったの?」
天美は立て続けに質問をした。ペースを自分に持って行くために、
「それは、おめえのこと、よく知ってる奴みてえだから、詳しく聞かねえとな」
「それは、残念だったね」
「まったくだ。一緒に、組に連れ込んでやるつもりだったのに」
自分のことを言われていると悟った数弥は、腰が、がくがくふるえていた。
〈あのとき、天ちゃんが突き飛ばしてくれなかったら、今頃、僕は?〉
生きた心地が本当にしなかった。その数弥が、まだ盗み聞きをしていることを知らず、最後に箕田は決定的な言葉を残してしまった。
「さて、おしゃべりはここまでだ。大田山さんがお待ちだからな! ということで、あんたら頼むよ。こいつを連行してくれ」
と言うと、乗ってきたバンに天美を詰め込み、走り去っていったのである。
天美が連れて行かれたのを確認したあと、数弥は震える手で携帯端末を取りだし、競羅に連絡をした。つまり、それが、あの先ほどの連絡であった。




