Cobfesess-1 13
第十三章
天美は、定期連絡というかカスタノーダ家に国際電話をかけていた。今回、かけているのは宿の中の電話ではなく、宿から、離れた場所に設置された公衆電話ボックスである。
なぜかというと、宿の中の公衆電話が壊されていたからだ。住人の一人が、酔っぱらったとき、興奮して電話を床にたたきつけたのであった。その電話は、まだ修理をされていなかった。(だから、数弥のかけた電話が、つながらなかったのである)
さて、その通話の方は、いく度かの呼び出し音のあと、
「もしもしぃ、こちらぁ、カスタノーダ家ですぅけどぉ」
といつものように間延びした相手の声がした。
「へエンちゃんね。ザニエルさん、いる?」
「今日はぁ、すでに、お店に出てるよぉー 大事な用事だってぇ」
「では、久しぶりに牙助と話そかな」
「それはぁ、ダーメぇ。わたしぃが認めない!」
「認めないって、そんなこと勝手に言えるの!」
「だってぇ、フィアンセだしぃ」
「婚約者!」
天美は驚いて聞き返した。
「そうよぉ。二人で決めたのよぉ」
「まさかー、嘘ついちゃいけないよ。本人に聞くから、今から出してよ」
「だからぁ、ダーメぇって言っているのぉ。代わりにぃ、わたしぃと話しましょうよぉ。どんなことがあったかぁ、いろいろとぉ教えてあげるからぁ」
ヘエンはそう言ってきた。実際は何度迫っても、かたくなに断られているのだが。だからこそ、天美に対して態度が悪いのだ。
「国際電話って、高いのだけど」
「そうなのぉ、どのくらぁい?」
「もう、さようなら!」
天美は気分を害して通話を切ったのであった。
こういう、気分のときには得てして何かが起きるものである。
彼女が電話ボックスを出て歩いていると、突然前方から、
「ヘルプ! ヘルプ!」
という甲高い声が聞こえ、一人の金髪女性が走ってきた。
金髪女性は必死の形相をしていた。そのあとを、三人のチンピラ風情の男性たちが、
「コラー」「待て!」
と追いながら叫んでいた。その恐怖心のためか、必死に走っていた女性は、天美の目前で、何かにつまづいて転倒をしてしまった。
「さあ、捕まえたぞ、手間をかかせやがって」
男たちは天美の存在に気づかず、一人がそう言って、三人で女を引き立てようとした。
天美は、それを見て見ずにおけない性格である。大きな声で、
「そういうこと、やめた方、いいのじゃない!」
と言ったのだ。その声に、ようやく、男たちは天美の存在に気づいた。そして、
「今、声を出したのか、お前か」
一人の男がすごんできた。切り込み隊長のような雰囲気の男である。
「もちろん、そう、いやがってるから、やめとけばと言ったの」
「よくもまあ、俺たちの前で、そんなことを言えるものだな」
「こいつも一緒に、連れていっちゃいましょうよ。ねー、増田の兄貴」
お調子者のような感じの男が愉快そうな顔をしてそう声を出した。
「連れてくって、もしかして、あっなたたち田之場の人たちかなあ」
天美は、からかうような口調で声を出した。その態度とセリフに、男たちは、一瞬、驚いたように顔を見合わせていたが、すぐに、最初にすごんできた男、増田が、
「だとしたら、どうなんだ。俺たちは、ケ田組系庭田組のものだ。わかったら、おとなしく、事務所に来てもらおうか。いくぞ、ウッチー」
と天美の胸ぐらをつかんできたのだ。内田も彼女の腕をつかみ、その確保に動いた。
ここで、はたらいた弱善疏。増田は、その能力に墜ちると、仲間に向かって声を上げた。
「こんな、小娘の相手なんてせずに引き上げるぞ。シバ、そいつも放せ」
その言葉に、お調子者の内田は何のためらいもなく従おうとしたが、納得いかないのは、もう一人の金髪女を抑えている男、柴田だ。柴田は増田に向かって言った。
「何を言っているのですか。せっかく捕まえたのに、逃がしたら親分にどやされますよ」
「うるさい、とっとと放せばいいんだ! そういう命令がきたからな」
「そういう命令って、誰からのですか?」
「誰って?」
増田は一瞬、首をかしげたが、すぐに凶悪な顔に戻り、
「そんなのは誰でもいい、とにかく、放すんだ!」
と言うと柴田につかみかかり、強引に金髪女を解放した。そのあと、反動で地面に倒され、しりもちをついた柴田を尻目に増田は声を上げた。
「もういいんだ。行くぞ! 二人とも」
そして、内田と不満顔の柴田を連れてその場をあとにしたのである。
ことが終わると、天美は助けた女性に声をかけようと、後ろを振り向いた。しかし、金髪の女性は逃げたのか、その場にいなかったのだ。彼女はいい気分がしなかったが、これ以上、どうすることもできず、その夜はおとなしく宿に戻ったのであった。
天美は、次の日の昼過ぎ、浅草新家に建っている競羅のアパートを訪れた。昨日の出来事に、まだ納得がいかなかったからだ。
最初、天美の姿を見て、競羅は少し驚いていた。いずれ、また顔を合わすごとはあるとは思ったが、数弥と話し合っていた昨日の今日である。だが、驚いてもばかりもおれず、
「あんたか、久しぶりだね」
にこやかな顔をして声を出した。そのあと、
「とにかく入りな、こっちにも話したいことがあるからね」
と言って、天美を部屋に入れたのである。
テーブルに座った天美の前に、競羅がマンゴージュースを持って声をかけてきた。
「また、会えると思って、用意しておいたのだよ。これなら大丈夫だろ」
「むろん、そうだけど、わったしのためにわざわざ」
「ああ、健康にも良さそうだから、ちょいとね、他にいい景品も見つからなかったし」
「景品?」
「むろん、パチのだよ。ある程度の玉で交換ができるからね。菓子類や文房具、雑貨などは買わずに、ほとんどが景品で取っているね。さて、ジュースの説明はこれぐらいにして、あんたの用件はなんだったのだい? 用件があったから、ここに来たのだろ」
「そうだけど」
「それなら、話してくれないかい。相談にのるところはのるからね」
競羅に言われ、天美は昨夜の出来事について話した。
その話を聞いた競羅は笑った。そして言った。
「ははは、そんなことがあったのか。助けたのに、何も言わずに姿をくらませたと。きっと、その金髪の女は不法入国だったのだよ」
「不法入国?」
天美は言葉のトーンを落として復唱した。
「そうだよ。警察に保護されると、国に送り返されるからね。あんたも、ひょっとして、その一人ではないのかい?」
競羅の言葉に天美はドキッときた。滅びた日本人村やレジスタンスの里で暮らしていた時代は、住民登録が得られなかったからだ。ザニエルのもとで取得したのである。
「いや、一応、パスポート持ってるから、違うと思うけど」
「そうかい、持っていたのだね。けどね、切れたら同じだよ。その女も、不法入国でないとしたら、その期限が切れていたのだろうね。見つかったら強制送還されるからね」
「何か、今、考えるとそうみたい」
「しかし、あんた、いつでも、そんなことをしているのかい?」
競羅は尋ねながら難しい顔になった。
「してるって?」
「おせっかいにも、見ず知らぬの人間を助けることだよ」
「ざく姉、助けないの?」
「当たり前だろ。いざこざに巻き込まれることをわかっていて、なぜ、知らない人間が追っかけられているのを、助けなければならないのだい?」
「でも、ざく姉、強いのだし」
「いくら強いといってもね。向こうがハジキを持っている可能性もあるだろ。それにね、相手を、のしちまったら厄介なことになるよ。前のこと覚えているだろ、しつこく狙われたこと、相手が仲間を大勢連れてきたらどうするのだよ。まっ、あんたは、ご自慢の能力があるので、そんなことが起きたぐらいでは、まったく怖くないと思うけどね」
「そうかもしれないけど」
「だろ。だから、あんたは特別なのだよ。しかしあんた、本当におせっかいは、ほどほどにした方がいいよ。逆の場合だってあるからね。今回は、女の方が被害者だったけど、女の方が、ものをひったくって、それを、相手が追いかけている場合だってあるからね」
「あっ、それ、向こうにいたとき、よく間違えた」
「間違えただって! あんた、それは!」
競羅は答えながら眼を大きくした。呆れたという感じである。
「だって、子供が、ひげのはえた大人に追いかけられてたら、普通助けようと思うでしょ」
「けどね、そのガキが、かっぱらいをしてたのだろ!」
「だいたいがそうなのだけど、親子の場合だってあったし」
「まったく、あんたって子は、それで、能力を使ったのかい?」
「時と場合によっては、たいてい、わったしが仲入ったとき、事情、説明してくるのだけど、たまには仲間だと思って、何にも説明せずに、いきなり腕をつかんできたりして。そういうときは、ちから発動して、相手は気の毒だけど・・」
「そうかい、しかし、どっちもどっちだね」
「ザニエルさんにも、『そういうときは、相手も興奮してる場合多いから、そこのとこよく考えろ!』と注意されたから、それ以後、追いかけてたり迫ったりしてる人たち、よく観察することにしたの、おかしな服装してないか、人相とか」
「人相でわかるわけないだろ!」
「その通り、ある時、知ってる女の子が、滅茶苦茶人相の悪い男の人に迫られてたの、助け求めていたから、ちから使ったのだけど、その男の人が刑事さんで」
「あちゃー」
競羅は思わず額に手の平を当てた。考えていた良くないケースの一つであったからだ。
「やっぱり、そんなこと、やっちゃったのかよ。それで、どうなったのだよ」
「しょうがないから逃げるしかなかった。どうも、あとから聞いた話だと、その女の子、常習窃盗犯の恋人、かくまってたということで、刑事さんに詰問されてたみたいね」
「だからこそ、本当にもう、ほどほどにした方がいいよ」
「だったら、ざく姉はどうするの? どこかで、助けて、と頼まれたら」
「おや、こっちに、話をふってくるのかよ。そう言う場合はね、知らない人なら無視をするよ。それこそ、どんな事情かわからないからね」
「知ってる人なら」
「一応は仲に入るよ。ただし、ケンカごしではなく双方の話を聞くという形でね」
「では、仲に入ってくれるんだ」
「ああ、知り合いに、助けてくれ、と言われて、ほかっておくわけにはいかないだろ。かといって、一方的に手助けをするのはまずいよ。まずは仲に入って、きちんと相手側の話を聞くのだよ。そして、双方が納得いく解決策を見つけると」
「その相手が聞く耳、持たないことだってあるでしょ」
「たいてい、こっちの身分を明かすと。あっ・・」
ここで、競羅の言葉が止まった。そして、すぐに言い直した。
「そのときはそのときだよ。だいたいね、気合いを入れて立ち向かえば何とかなるものだよ。理由も言わずに殴りかかってきた場合は応戦しなくちゃならないけど、その場合は命がけだね。もっとも、筋もの相手の仲立ちは、それぐらいの覚悟が必要だけどね」
「では、その相手が警察の場合は?」
「むろん、仲に入るよ。得体の知れない奴らと比べたら、ずっと安全だよ。追うのが警察だったら命が脅かされることもないし、仲に入っても、必ずしも助けるわけじゃないしね」
「えっ! 助けないの?」
「だいたいね。こっちの知り合いが警察に追われてるときは、たいてい、何かをやらかしたときだよ。だから、かくまってくれ、とか言われたら、逆に説得をしないとね」
「やらかしてなくて、無実だったらどうするの?」
「無実かどうかは、警察の方の話も詳しく聞いてみないとね。一方的に話を聞いてもやけどをするだけだよ。だいたい、あんたは、ころっ、とだまされる口じゃないのかい」
競羅の言葉に天美は無言になった。
「図星だろ。一度や二度は、助けた人間に裏切られたことがあるみたいだね」
「確かに、助けた相手が政府のスパイで重要なもの取られたり、政府とかに密告されたこと何度かあったけど。その人たちだって、脅かされたりして生活かかってるし、もとはと言えば、わったしに見る目なかったから、そうなったのだし」
「政府、密告か、また、きな臭い話になってきたね。何にしてもね、一方的に話を聞いていると、本当にとんでもない目にあうことは、あんたの方も、経験からわかっているようだね。だから、ちょいとでも心に引っかかることがあったら、相手にするのをやめないと、どうせ、警察に追われてる奴なのだから」
「その言葉、何かざく姉って、警察の方、信じてるみたい」
「当たり前だろ、そりゃ、頼りがいがないかもしれないけどね、彼らを信じなければどうするのだい? 確かに何万人もいるのだから、微量の確率で悪い奴もいるけどね」
「微量ねえ。わったしは何度も、制服着た人たちに、ちから使ったことあるのだけど」
「まあ、あんたの国は、軍人にしても警察にしても、ひと癖ありそうだから、そうかもしれないけど、この日本では、そんなことは起きないと思うよ」
「何にしても、ざく姉は警察が関係してたら、手、引くのね」
「いや、警察だって勘違い人間がいるから敵対することだってあるよ」
「ふーん、どういうとき?」
「そうだね、あんたと初めて会ったとき、数弥が持って追いかけられていたものあるだろ」
「あ、あのメモリー」
「そう、今回の事件のもととなったあれだよ。ああいう内部告発のようなものは、末端の署員風情が詳しい事情を知っているわけないからね、そのまま、被害届を出した連中に返してしまいかねないだろ。また、逆に事情をよく知っている捜査員が追いかけてきた場合、そいつはグルだからね。どちらにしても撃退するよ」
「そうなんだ!」
天美は明るい顔をした。
「ああ、そういうことで、こっちは質問を答えたよ。さて、これから、あんたはどうするのだい? こっちの話をこれだけ聞いても、今までの行動を続ける気かい。これから、この日本で会う人間はみんな、見ず知らずの他人なのだよ。それでも助けるのかい」
「当たり前でしょ。わったしが悪いと思った人間は、悪い方が多いのだし」
「では、考え方を変えないってことだね」
「むろん、人助けやめろなんて、絶対、聞く気ないから」
「そういうわけでなく、やみくもでなく、考えてと言っているのだよ」
「同じ事でしょ。結局、わったしの行動、制限されるのだから!」
天美は声を荒げた。その天美を競羅は見つめ、天美もまた競羅をにらんでいた。
「ははははは、あんたには参ったよ」
数秒の沈黙のあと、競羅は笑い出した。もう苦笑をするしかないのだ。
「では、認めてくれたのね」
「そういうわけでなく、ここまで言ってもきかないのなら、仕方がないけどね。もう、この話は終わりにしよう、もともと、おまけな話題だったのだしね」
「おまけだったの」
「そうだよ。あんたが、変な質問を続けるからつきあっていたのだけど、今は、もっと肝心な話をしないとね。さて、本題に戻るけど、あんた、その能力を使って、金髪女を助けたときの相手って何者だったのだい? どうも、ヤクザもののような感じがするけど」
「そう、田之場だった」
「やはりかよ。何か、話の内容から、そんな、可能性もあるような感じはしたけどね」
「悪かった?」
「悪いも何も、あー、また田んぼと、ひともんちゃくおこすなんて! しかし、本当に、そいつら、田んぼだったのかい? 世の中には名前さえだせば、相手がおとなしくなると思って出す奴もいるからね」
「きっと、田之場でしょ。ケ田組系庭田組とか言っていたから」
「庭田組か。そうなると、間違いなく田んぼだね」
「しかし、田之場って、本当にどうしようもない人たちね、次から次へと悪さして」
「悪さっていうか、そいつらにもシノギがあるということだよ。今回だって、逃げた金髪女だって正しいとは言えないよ。話の筋からみても、どこかのパブの従業員だろうね。手当をもらっているくせに、仕事がいやになって逃げ出したのだろうね」
「そうかもしれないけど、逃げるくらいだから、待遇よっぽど、ひどかったのでしょ」
「さあ、そこのところはわからないね。なんせ、肝心な女からは何も聞いていないのだろ」
「そうだけど」
「それなら、それが、理由でなかったかもしれないだろ。仕事はまったく問題なかったのだけど、急に故郷に帰りたくなって、逃げ出したのかもしれないし」
「そういうことなら、仕方ないでしょ」
「何を言っているのだよ。もし、そうだとしたらね、その女は、ただ家に帰りたい、それだけの理由で、仕事をほっぽり出したということなのだよ。こんなこと、社会的に許されないことだよ。実際、そんなわがままが通じたら、世の中は成り立っていかないよ」
競羅の言うことはもっともである。そして、なおも彼女は言葉を続けた。
「だからね、そういうこと考えると、庭田組の連中にも一理があることになるのだよ」
「何か、ざく姉って、向こうの味方みたい」
「そうではなく、物事は色々な角度から見なければならないということだよ」
「でも、色々な角度ということなら、最悪なことも考えないと、自分のいた国から無理矢理さらわれて、働かされてる可能性だって、捨てきれないでしょ」
「あんた、何て怖ろしいことを言うのだよ!」
「でも、実際、そんなのセラスタでは珍しい話じゃないし」
「人身売買か、まったく、さっきの警官の話もそうだけど、あんたの国って普通じゃないよ。それより、ここで、あんたに言っておかないといけないことがあるのだけど」
「そのことって、何かな?」
「田之場だよ。これからは、こっちの許可ない限り、彼らにも手を出してはいけないよ」
その競羅の言葉を聞き天美の目が光った。そして、挑戦的な口調で声をあげた。
「ついに、その言葉、出たみたいね。きっと、いずれ、そう言うだろうと思ってたんだ」
「こっちが、そう言うだろうって、あんた!」
「その理由だってわかってるの。ざく姉って田之場の一員だったのよね」
「こっちが一員だって、あんた、何を言っているのだい?」
「そんなの、今までの言動でわかるでしょ。ばれてないと思ってたの?」
その天美のセリフに競羅は内心で苦い顔をした。と同時に考えていた。何とか、この場をごまかせるかどうかを。目の前の少女は今までと違って手強い。ここで、手札を出して攻めてくるということは、十五という年令ゆえの未熟さかもしれないが、それなりの確信を持ってのことだろう。それに、これからのことを考えると、その結果、
「そうだよ。でも、今、あんたが、だった、と言ったように今は違うよ」
と素直に認めることにしたのである。
「本当かな?」
「ああ、まったく、関係がないとは言い切れないけれど、絶対に組員ではないよ。昔は、さんざん、お世話になったのだけどね」
「そうなんだ」
天美は一旦は返事をしたが、すぐに、いたずらっぽい顔になり、
「ということは、田之場にかかわっても、ざく姉は困ることないのよね」
と言った。つまり、この言葉を言うために、あっさり、納得をしたふりをしたのだ。
「ちょいと、それとこれとは・・」
「だから、組の一員じゃないのでしょ。ということで、向こうが、田之場だとわかった事件には、遠慮なく、首突っ込ませてもらうからね」
「あんたね!」
天美の発言に、競羅は思わず手が出そうになった。だが能力の存在を、はっきりと知った手前、うかつなことはできなかった。その結果、駆け引きに出ることにした。
「わかったよ。田んぼのことについては、あんたの判断で任せていいよ。そのかわり、こないだも言ったように、こっちの許可がない限り、大企業の幹部や著名人、政治家には手を出さないようにしてくれればね」
「それだって、わったしの自由でしょ」
「確かにそうだけどね。あんたのおかげで世の中、変なことになっているのだよ。テレビでは毎日、あっちも邦和、そっちも邦和だし、今度は国会までも騒然とさせて」
「でも、向こうが隠し事するから、だいたいもとは、ざく姉が持ってきた話なのに」
「確かに今回の事件、こっちが表に出そうとしたのが原因だったね。けどね、関係ない、よその邦和まで問題が吹き上がるとは思わなかったよ。あんたの能力の影響、やはり、何というか、こううまくは言えないけど、あんたの国でも、似たようなことになったのじゃないかい。そう言えば、数弥が言っていたね、このところ急に失業者が増えたとか」
天美は考え始めた。確かに競羅の言葉通りのことをザニエルが話していたのだ。その天美に向かって、競羅は諭すように次の言葉を、
「今の日本だってそうだよ。それに、今回の政治家のことだって、週刊誌が騒ぐ程度のことにしておけば、国会も面倒なことにならなくてすんだのだよ」
「わかった、社会問題になりそうなときは、ざく姉に聞いたり、自重すればいいのね」
「ああ、そうだよ。それぐらいは頼むよ。なっ」
「では、田之場のことは自由に、やらさせてもらうということでいいよね」
「ちょい待てよ。さすがに、それは・・」
「あれ、ざく姉、今、『判断に任せていい』って言ったよね。もし、それも、ダメというのなら、それこそ、勝手にやらさせてもらうけど」
天美にそう突っ込まれ、結局、競羅は、
「わかった、それでいいよ。けどね、本当に、田んぼ単独の問題のときだけだよ。バックに大企業とか何かあるときは、こっちに相談をするのが条件だよ」
と言って認めるしかなかったのである。
競羅と別れた天美は、その夜再び、公衆電話でカスタノーダ家に連絡をとっていた。
その通話は、今夜もまたヘエンが応答し、天美と簡単な口論になったが、最終的にヘエンは応対をザニエルに交代した。そのザニエルは代わったとたん、尋ねてきた。
「つい最近、日本の大物政治家が逮捕されたらしいが、お前が関わっているのだろう?」
「そうだけど、この国も、上の人たちって本国と変わらないね」
「政治家は、どこの国でも、そういうものだよ。国際会議に出てくる連中の顔を見てみるとな、ほとんどの人間が大きな裏がありそうな顔をしているぞ」
「そうね。それより、わったしがいなくなってから、何か、国の事情、変わった?」
「そのことだが、やはり、お前が暴露させた事件の影響で、HOWAだけでなく、関係ない日本の会社も、次々と武装した暴漢たちに襲われているな」
「えっ、そうなの」
「だから、やめとけと、最初は言ったのだけどな。それにな、ノチェスホェリアがつぶれたせいで、ペルーから反政府ゲリラが、隠れ場所として乗り込んできたし、ブラジルやコロンビアからも麻薬組織が勢力を広げにやってきたんだ。このままでは、アルゼンチンやベネズエラからも、おかしな組織が来そうだな」
「それは、色々と困るね。わったしの方も、あらかた片づいたし、一度、戻ろか」
天美の言葉を聞き、ザニエルの言葉のトーンが変わった。
「いや、大したことないよ。政府が対処するし、無理をしてまで、帰ってこなくていいぞ」
そのあわて方は、あきらかに天美には帰ってきて欲しくないようである。だが天美は、
「いや、やっぱり、帰らないと、牙助にも会いたいし」
「牙助だって、それは、余計に困る」
「困るって、どういうことなの!」
「だからな、それは、ヘエンが認めないのだ!」
「そう言えば、どうして、いつもヘエン、電話に出るの? お店の方で雇ったのでしょ」
「そうだったのだが、今の状態では店に向かないからだ」
ザニエルの返答に、彼女は心中で、〈当たり前でしょ、あんな態度なら〉と思っていた。
「だからといって、どうして、屋敷の方にいるか、ということなのだけど」
「それはな、客たちの苦情が増える一方だから、店で働かせるわけにはいかないが。お前、知っているだろ。あいつのお爺さん」
「ザニエルさんのお友だちの政治家さんの、お孫さんでしょ、何度も聞いたから」
「そうだよ。彼に、『世間知らずの孫に駆け引き、というのを教えてやってくれないか』と頭を下げて頼まれたからな」
「でも、屋敷にいたら、駆け引きなんて教えれないし、意味ないでしょ」
「とは思うのだが、まずは、屋敷で行儀作法を先に教えてからだな」
「そういうことだったんだ。でも、そのことについて、ヘエン、納得してるの? カジノに出させてもらえないのに屋敷にいること」
「納得も何も上機嫌だよ。一緒にいて楽しい相手がいるということで」
「そうなの?」
天美は最初はそう流したが、すぐに思いだし、トーンを上げた。
「きっと、牙助のことね! 前の電話で婚約者ってふざけたこと言ってたし」
「そうだよ。だけど、婚約って何のことだ? ヘエンは牙助君に、デートどころか手さえも握らせてもらえないよ。牙助君自身、あの子を、まったく相手にしてないからな。さすがに見ていられなくて、注意をしたぐらいだよ」
「それは、よかった!」
「だいたい、お前自身、ここ二年、牙助君と会っていないだろ。すれ違ってばかりいて」
「そうだけど」
「あいつは、お前のこと一途だからな、心配はしなくていいよ。それよりな、まだ電話が直らないみたいだな。早く俺の方からも連絡できるようにしてくれ。今のままでは、検閲ワードに引っかかって、詳しい内情について話せない」
「でも、あと、しばらく時間かかるし」
「どれくらいだ?」
「宿の人に聞いたら、電話、直しにくるの、あさってだと言ってた」
「では、次の用件は、その電話が直ってからだな。あさってというと、月食の日か」
「月食?」
「そうだ、皆既月食だよ。起きるはずだが話題になってないのかい」
「全然、まったく、そんなニュースないけど」
「ということは、わかった、きっと、その現象が見られるのは南半球だけなのだな」
「そうだと思う。だから、わったしには関係ない話だし」
「悪かったな。余分なことを言って、ということで、次の連絡は、その月食後だ」
ザニエルはそう言って通話を終えた。
明後日、セラスタで、その月食現象が起きた。まさにそのとき、カスタノーダ家でも、とんでもない事態が持ち上がっていた。




