Confesess-1 12
第十二章
翌日から、釘家代議士のすべての罪を自白した全面自供によって、政局は動いた。
国会は、その釘家議員のことで持ちきりになり、逮捕許諾請求を巡っての与野党ともに、激しい攻防戦が繰り広げられた。
数弥と競羅は、いつもの相談場所、スクープで、そのことについて話し合っていた。
「まったく、あんたが、変な動きをしたせいで、日本は、えらいことになっているよ」
「ええ、そうすね」
競羅の声に数弥はおとなしかった。ここまで、大事になるとは思っていなかったからだ。
「本当にもう、国会は大変だよ。釘家代議士の自供から、ODAに関する裏金疑惑、そして、閣僚たちへの邦和グループへのヤミ献金問題まで飛び火しだしたからね」
「しかし、僕も釘家っていう政治家が、あそこまで、裏で色んなことをやっていたとは、まったく、思っていませんでしたし」
「政治家は、しょせん、そんなものだよ。だいたい、総理候補の一人だったのだろ、かなり、強引に金集めをしてるのに決まっているだろ」
「確かに、そう言われてみたら、そうすけど。その釘家氏の方は、精神安静ということで病院内に入院をしてますが、逮捕許諾要求は通りますね、間違いなく」
「あのね、もう、そんなこと、どうでもいいのだよ。問題はね、そのあとのことだよ。重要法案を色々議決をしなくてはならないのに、大きな政争の種を与えてしまって、こっちも、あのときは、まだ、あの子の能力をしっかりと把握していなかったから、そのまま任せたけどね。こんな大事になると知っていたら、もう少し考えて行動をしていたよ」
「考えてって、もしかして天ちゃんのことすか?」
「ああ、そうだよ。それしかないだろ。これ以上、野放しにしておくと、どんな、厄介なことになっていくか、わからないからね。実際、あの能力はやばいよ」
「確かにそうすね。これだけ、大きな影響を与えたんすから」
「ああ、終わったことだから、あれこれ言っても始まらないけれど、次、同じようなことを起こしたら、政権がひっくりかえるかもしれないよ。今回だって、セラスタという国が絡んでいただろ。大物と言われる政治家は、国内はもとより、外国にも大きなつながりを持っていることが多いからね。その秘密が暴露されるとなったら、外国からの信頼を失うことになるよ。そういうことで、本来ならこれ以上、政治家には手を出させてはいけないように、あの子に注意をしておかないといけないけど」
ここで、競羅の顔がくもった。その顔色を見ながら、数弥は言った。
「姐さんでも、ちゅうちょしますか」
「ああ、さすがにね。あんなものを見てしまったからには、うかつな態度はできないよ。それに、あの子だって、これからは簡単に姿を見せないだろ」
「ええ、宿に電話がつながればいいんすけど」
ここで、数弥は意味深な言葉を答えた。そして競羅も次の言葉を
「おや、あんた、あれから、かけたのだね」
「ええ、今朝から連絡を取ろうと、何度もかけたんすけど、まったく通じませんでした」
「誰も出なかったのかい?」
「そういうわけでなく、いつも、お話中状態なんすよ。ツーツーというだけで」
「受話器がはずれているのだろ。共同宿なのだから、誰かが気がついて元に戻すよ」
「ですが、故障の可能性も考えられますし」
「それは、機械だから故障することもあるだろ」
「ですが、そうなると、天ちゃんに連絡が取れないんすよ」
「そういうことになるね。あの子は携帯を持っていないから」
「何がそういうことすか! 天ちゃんに連絡が取れないということは大変なことすよ」
「へえー、大変か。何やかんや言いながら、あんた、また、あの子に会いたいのだろ」
「そんな、僕はそんな気は!」
「ムキになってもダメだよ、図星なのだから。しかし、あんまり、入れ込んだりしない方がいいと思うよ。あの子は危険な生物だからね」
「危険な生物すか」
「ああ、得体のしれないというか、そんな感じだよ。それにね、あの子を、今のうちに抑えておかないと、こっちにとっても、あんたにとっても、まずいことになるのだよ」
「僕に、まずいことってありましたっけ」
「充分、まずいよ。田んぼだよ。今回の事件、何と田んぼが絡んでいたのだろ」
「そ、そうでしたね」
数弥は思い出したのか、声が小さくなった。
「ああ、成り行き上とはいえ、二度も妨害をしてしまったからね。そのあと、どうなるか」
「姐さん、脅かさないでくださいよ」
「別に脅かしていないよ。ただ、こっちの身元がわかったら、どうなるかなと思って?」
「それが、脅かしているんすよ。姐さんと違って、僕は田之場が苦手すから」
「何か、その言い方、こっちが特別なようなことを言うね」
「ええ、そうすよ。姐さんは田之場が身内みたいなもんすから」
「だからといって、シノギを邪魔したことが許されるわけないだろ。今のところは連中も、こっちが、裏で動いていたということは、気がついていないようだからいいけど」
競羅はここまでは普通の口調であったが、すぐに、厳しい顔になった。
「とにかくね、これ以上、事件のことに深入りすると、いずれ尻尾をつかまれて、今度こそ、のっぴきならぬ状況に陥る可能性が高くなるよ」
「そ、そうすね。深入りはよくないすね」
「ああ、わかったら、おとなしくするのだね。しかし今回の事件、本当に田んぼが関わっていたとは、あらためて思うと気分がよくないよ。何か裏切られたっていうか」
「確かに、姐さんは、最初から違うと思ってましたしね」
「だから、何度も言うように、この事件に協力をするようになったのだよ」
「ええ、それはわかってます。でも、現実も認めないといけませんよ」
「ああ、そうだね、どの世界も変わると言うことだね。いつまでも、こっちがいたときの田之場と思ってたら、いけないということだよ」
「まあ、そういうことかもしれませんね。それより、今日、僕が顔を出したのは、もう一つ別の報告があるんすよ。実は、セラスタのことを少し調べたんす、歴史とか地理とか」
「あんた、この大変なときに、よくもまあ、そんなヒマなことを!」
「だから、僕は、天ちゃんの出身地すから興味を持ったんすよ。それに、事件の根はセラスタすから、詳しく背景を調べておこうと思いまして」
「それで、こっちに、セラスタのことについて調べたから、話を聞けと言うのかよ」
「いやすか」
「ああ、いやだね。世界情勢は苦手なのだよ」
「でも、せっかく調べたんすから、お願いしますよ」
「お願いと言われても、まったく、興味はないのだしね」
「少しだけ、お願いします。姐さん、コロンブスは知っていますよね」
「ああ、さすがに、コロンブスぐらいは知っているよ。アメリカ大陸を発見した人物だろ」
「コロンブスではないんす。コロンブスの時代、つまり、大航海時代の話すね」
「あんたねえ。関係ない話は、やめてくれないかい!」
「関係があるからしたんす。今から説明をしますから、いやがらずに聞いてくださいね」
数弥はそう前置きを言って説明を始めた。
「コロンブスに発見された南北アメリカ大陸を、ポルトガル、イスパニア、今のスペインすけど、彼らが船団を派遣して、探検や征服をし始めました。セラスタもそのとき、イスパニアのある船団に発見されたんす。当時、上陸した場所から、少し中に入ったところに、太陽神を祀った一族が住んでいた集落がありました。そのような理由で、イスパニアの人たちは、一五三四年、新たに征服した場所を、スペイン語の【太陽の中心】という意味を表すソルセントロと名付けました。今の首都ソルタウンす」
「これはまた、どっかの住宅街につけられていそうな名前だね」
「確かに、あちこちに存在してそうな名前すけど。今は、セラスタの話すから、その話を続けましょう。当時の征服者たちは、その集落一帯の土地を、【天空】という意味を表す、セレステと呼んでいました。ロマンチックすね」
「セレステ、それがなまって、セラスタ、なるほどね。これが国の由来か」
「そうとばかりでは、ないんす。後にラスタ信仰が入ったんす。ラスタファリ運動といいますか。エチオピア皇帝ラスタファリ=ハイレ・セラシエを現人神とあがめた」
「ハイレ・セラシエ? また、セラという言葉が出てきたよ」
「ええ、そのあたりの話は、また後でしますので、今は名称の話をしましょう。スペインに、セレスタと名付けられた南米の一州は、その後、イギリスの自治領になって、名前が変わります、ドミニオン(自治領)サウスアメリカンと」
「えっ、英国にかよ」
「ええ、スペインからイギリスの植民地に変わったんす。だから、第一公用語が英語じゃないすか、タウンだって英語ですし。しかし、確かに南米では珍しいすね。他はガイアナぐらいだけすから、しかし中米は、ジャマイカ、バハマ、ベリーズ、グレナダ、バルバドス、セントルシア、トリニダード・トバゴのように、英語圏の国が、結構あるんすよ」
「ジャマイカは知っているけど、結構、たくさんあるのだね」
「ええ、その一帯は、西インド諸島と呼ばれています」
「インド?」
「ええ、コロンブスは、当時、その場所をインドと勘違いをしていたんす。北米や南米の原住民の人たちを、インディアンやインディゴと呼ぶのは、そこからきているわけで。アメリカを未知の大陸として認識をしたのは、後のアメリゴ・ヴェスプッチという人物す」
「なるほどね。だから、その人物からとって、アメリカか」
「ええ、そういうことす。諸島の英語圏の国は、まだ他にも、セントビンセント・グレナディーンやセントクリストファー・ネイビス、アンティグア・バーブーダ・・」
「もういい!」
ついに、競羅が大声を出した。彼女は、そのまま怒った声で、
「結局、あんたの話はそうなるのだよ。ニッチというか専門的な話を続けて!」
「すみません。つい」
「ついじゃないよ。いやいや聞くのだから、これ以上の脱線は許さないよ」
「そうすね。気をつけます」
そして、数弥の説明が再び始まった。
「確かに、細かいことは必要ないすから、おおざっぱな時系列だけ話します。一五三四年イスパニアの自治領となったセレステは、一七一六年にイギリス軍の侵攻を受け、サウスアメリカン自治領となります。当時、イギリスがイスパニアの自治領を取り上げることができたのは、数ある南米の領地の中でもセレステだけでした、その理由わかりますか?」
「わかるわけないだろ。そこが、気に入ったのかい?」
「いや、イスパニアは、セレステを、まったく統治できていなかったんすよ。二百年近くたってもゲリラとの内戦に明け暮れ、街は荒廃していました。その様相は、あまりにもひどく、当時の内容をあらわす挿絵からも、血や爆薬のにおいがしてくるような」
「挿絵から血や爆薬とは、あんた、なかなか詩的な表現をするね」
「本当に、それぐらいひどかったんす。ゲリラの攻撃は激しく、弾圧を厳しくすればするほど、それ以上、残虐な方法で仕返しをされるのです。統治者は、ことごとく殺されました。その類は統治者の肉親までおよび、女子供も容赦なく、身体を八つ裂きにされる、という見せしめのようなことをされて殺されました。そういう野蛮なことが何十年も続いたため、セレステには家族を連れて任官するという習慣はなくなりました。領地ではなく戦地として、数万人の兵隊が司令官とともに出兵するという形になったのです」
「見せしめか、今でも南米の方は、同じようなことをやっているね」
「ええ、今のメキシコ、いや、やはりセラスタすか、田舎の方では、とんでもない状態みたいすね。どちらの国も麻薬組織同士の戦闘は激しく、彼らは残虐すからね。ある州では、数百人の首が切り落とされたり、また、ある州では、千人近くが、手足をしばられて生き埋めにされたり。眼をえぐられたり、舌を抜かれたり」
「もういいよ。そんな話は気分が悪くなるよ」
「ですが、天ちゃんは、まさに、その国にいたんす」
数弥は答えながら再び真剣な目をした。その目を見て、競羅は戸惑っていたが、
「とにかくね。それらは、あくまでも田舎での話だろ!」
「ええ、そうす。あくまでも政府の目が完全に届かない地方での話す。さすがに、都会では、そんなことは起こりませんよ」
「ああ、そう願いたいよ。セラスタに行く事なんてまずはないと思うけど、いきなり空港で乱射事件があったり、人間の生首がゴロゴロと転がっていたらいやだからね」
「さすがに、それは僕も遠慮したいす」
「何にしても、ぶっそうな国だということはわかったよ。日本では、ヤクザの抗争があっても、ここまではひどくないからね」
「ええ、そうすね。では話を続けます。本国から増援が来ても、ゲリラの戦意は変わりませんでした。その反撃は、より激しさや残虐さをまし、任期が終わっても五体満足で本国に帰れる兵士は、ほとんどいませんでした。司令官たちの死に様の噂が広がったのか、勇猛な将軍でも、セレステだけは派遣されるのをいやがったようす。やがて、本国の方でもセレステに行かされるのは人権蹂躙であるという機運が高まり、最後の方は、犯罪者を無理矢理、兵士や司令官にしたてあげて送っていました」
「おいおい島流しかよ」
「そんな、あまいものじゃないすよ。死刑と一緒すね。国が執行するかゲリラが執行するかの違いだけす。ですから、イスパニア本国では、その間数十年は犯罪がめっきり減りました。窃盗ぐらいでも、セレステに送られるという噂が広がったんすから。政府も最初のうちは、セレステのおかげで国内の治安がよくなった、と悦に入っていましたが、やがて、そんなことを言っておれなくなりました。事はセレステだけではすまなくなったんす。今で言うコロンビア・ペルー・ウルグアイ・パラグアイ・チリすか。セレステゲリラの抵抗の波及は周辺諸国まで及んできたのです。彼らの方も、初めはイスパニアの武力におそれ、従っていたんすけど、セレステでの政府の情況を知り激しい抵抗をし始めたんす」
「俗にいう、なめられたら終わりって奴だね。セラスタで負けてしまったから、他の場所でも示しがつかなくなったということか」
「ええ、ですから、イスパニア軍も威信をかけて攻めていったんすけど、やはり、本国と離れている手前思うようにはいかなくて、勢力も完全に向こうが上でしたから、最後の方は事前に船ごと沈められて、セレステ地区にたどりつけなくなったということす。その結果、ついに、イスパニア国王も苦渋の決断を! セレステから撤退をしたんす。そのあと、イスパニアと色々と領地を巡ってもめていたイギリスがすかさず攻め込みました」
「うまくいったのかい。まあ、うまくいったからこそ植民地にできたのだけど」
「ええ、産業革命以降のイギリスは、火薬、造船等の技術が、国力が落ちてきたイスパニアと段違いでしたから、あっというまに領土を手中に収めました。しかし・・」
「その言葉、やはり、もめたのだね」
「ええ、表向きは従っていたように見えたんすけど、レジスタンスの執念はものすごく、百数年後にイギリスの権威を失墜させた血の宝石事件が起きます」
「血の宝石事件、それぐらいは知っているよ、教科書にものっていたからね。確か南米のどこかの国が、英国から独立するために皇太子を人質に取った大事件だろ。(この小説だけの設定)あ、そうか、その南米の国がセラスタだったんだ。これはもう!」
競羅は思わず声を上げた。それだけ、印象度が高いのか、
「ええ、セラスタと聞くと、今でも、宝石と麻薬と言う二つの言葉が真っ先に浮かびますよね。イギリスがセラスタを欲しがったのも、それらが理由す、当時から宝石の原石、麻薬の原料がふんだんに取れましたからね。さてそのころ、イギリスは東インド会社を設立し、フランス、オランダなど他のヨーロッパ諸国同様にインドを半ば植民地化していました。中でも、イギリスの支配力は他国より飛び抜けていましたので、インド人を大勢、大麻やアヘンのもととなるケシとともに、新たに領土としたサウスアメリカン自治領に移住させたのです。その結果、原産地のコカ畑と融合して、一大麻薬地帯が完成しました」
「うあー、無茶なことを。そういうことなら、仕返しをくらっても当然か」
「そうすね。宝石の方も同様す。銀、ルビー、サファイアなどアジア産地の鉱石を、金やダイヤの原産地である南アフリカの黒人と、ともに自治領に送り込んだんす。セラスタではエメラルド、トパーズなどが採掘できたので、それらを統合し加工をする大宝石工場を作り上げたのです。当時は、今以上に貴金属がもてはやされたんすよ。ヨーロッパの王族や貴族たちは、指輪、ネックレスやブレスレットを我よ我よと求めました。フランス革命で斬首されたマリー・アントワネットも、このネックレス騒動のため命を落としたんす」
「えっ! そうなのかい?」
「ええ、王妃の首飾り事件と言われてますけどね。そんな、こんなの理由で、貴金属のアクセサリーは、良くも悪くも中性の世を彩っていたんすよ」
ここで、数弥は声を低くした。
「そして、そのイギリスもまた、貴金属のおかげで運命を変えられます。それが、サウスアメリカン自治領で一八三二年に発生した血の宝石事件す」
数弥の言葉を聞き、競羅は沈黙した。
「確かに、衝撃的な事件すからね。でも、一応おさらいはさせていただきます」
数弥はそう言うと神妙な顔をして、事件について語り始めた。
「事件は一八三二年ウイリアム四世の時代に起きます。サウスアメリカン自治領では、ある記念行事が行われようとしていました。宝石会館百周年記念行事す。その来賓として、本国から皇太子と三人の爵位家の青年、そして、A国の皇太子も招待されていました」
「なるほど、そういう背景か」
「ええ、皇太子たち一行が、ボディガードに囲まれながらも、宝石の特設展示会を楽しみながら観覧をしていたとき、事件が勃発しました。宝石会館警備主任バッテラ・メルセ率いる会館警備員たちが、突然、叛旗をひるがえすと、ボディガードたちを射殺し、皇太子一同を拘束したんす。そして、最上階に登り立てこもりを始めました」
「主任が裏切ったのかよ。そんな怪しい人物、よくも警備主任にしたものだね」
「それは、駐留軍や警察は兵士たちすけど、宝石会館クラスの警備なら、領地民に任せても大丈夫だと判断をしたのでしょう。起きる事件といっても盗難ぐらいですし」
「その油断を突かれたわけか、ゲリラ側としても、そこしか勝機がなかったわけだが」
「ええ、そういうことすね。おそらく、以前から計画をしていたのだと思います。記念行事となると、かならず皇太子クラスが現れると思って。さて話を続けますと、駐留軍に宝石会館を包囲されたメルセは思い切った行動に出ます。軍の指令官が見つめる中、人質のうちの三人、つまり、イギリス貴族の青年たちの首を持っていた手刀ではねたんす。そして、そのまま三人の首を、立てこもっている階の窓から、手紙とともに投げ落としました」
「いきなり、三人の首を切って、手紙とともに工場から投げ落としただと!」
競羅の眼が鋭くなった。
「ええ、手紙は二種類あり、食料の差し入れ要求とイギリス国王あての以下の文章す。
『親愛なるウイリアム四世殿、我が心ばかりの贈り物いかがでしょうか。気に入っていただけたと思います。さて用件ですが、三ヶ月以内に我が国の独立を全世界的に認め、その認証書類を送って欲しいのです。 もし期日を過ぎてもこころよい回答がなかった場合、即、王国の二つの人形の首も落ちることになるでしょう。では、よき返事を待っています』
と、はっきりと覚えていませんが、読んだ歴史本では、こんなような文でした」
「憎たらしい一方的な文言だね。それに何て言うか、さっきも感想を言ったけど、いきなり殺さなくても、他にも交渉の方法があると思うけどね」
「さて、それはどうでしょう。当時はテレビが存在しませんでしたから、現在と違って、現場の様子を中継して見ることができません。また電話もなかったですし、犯人と直接、交渉をすることもできません。かといって、現地に行って様子を探ったりしようとしても、飛行機いや電車すらないんすから簡単にはいきません。船で一ヶ月以上はかかる距離すから、その一ヶ月以上かかって、やっと、情報が入るということすね」
「だから三ヶ月きっかりの条件か。何か今の人質事件の方が、まともに見えるよ」
「確かに今は、いろいろとやり取りをしてますからね。さて話を続けましょう。メルセからの手紙を届けられたイギリス議会はもめにもめます。殺された三人の中には有力議員の息子が二人いましたから。彼らの父親たちは強硬に反対をします。『許せない! すぐに突入して、解決すべき!』だ、ですが、そんなことはできません。残り二人の人質は、皇太子とA国王子なんすから。そのA国は当時のヨーロッパでは最高の権威を持った国す。王子が殺されA国との関係をこじらすことは国の大きな損失になります」
「それは、確かに困ったね。普通だったら、『どんなことがあっても、テロに屈するわけにはいかない!』と毅然とした態度を取るけど、跡継と大国際問題だからね。結局、そのとき、セラスタが独立をしたということだから、要求を飲んだということだろ」
「ええ、そういうことすね。A国王からも懇願されたこともあり、そのA国の要請に従ったという形にして、独立を認めることになりました。ウイリアム四世はサウスアメリカン自治領の独立を世界に発信し、国王印つきの証書を使者に持たせ現地に送りました」
「それで、人質は解放されたのか?」
「ええ、A国の皇子は無事に解放され、皇太子も一緒に解放をされたんすけど、長い間の拘束で精神がおかしくなっていたのでしょう。自分たちのせいで母国に迷惑をかけたという、自責の念もあったと思うんすけど、解放されたあと、本国に帰ることなく、乱心して自殺をしてしまったんす。宝石会館の屋上に登り、そこから身を投げて」
「独立をされた上に、この結果なんて、王にとっては踏んだり蹴ったりだね」
「ええ、ウイリアム四世は憔悴し政治をおこなう気力も失います。そのままの状態が過ぎ五年後、この世を去ります。そして、王位は姪のアレクサンドリナに引き継がれることになりました。あのまま事件が起きず、皇太子が無事即位してイギリス国王になっていましたら、かの有名なヴィクトリア女王は誕生しなかったでしょうね」
「その女王の名前、聞いたことがあるね」
「それはそうでしょう。近代史を語る上で、とても重要な人物すから。さて、話を戻しますと、ウイリアム四世は、跡継を失いましたので、王位継承権は弟に移ります。もともと、ウイリアム四世は先代ジョージ四世の子供ではなく弟です。二代前の王、ジョージ三世の三男で、ジョージ四世に子供がいなかったために、引き継いだわけですね。そのときは、ジョージ三世の子供はウイリアム四世を残して、この世を去っていました。次男のヨーク公、フレデニックには子供がいず、四男のケント公、エドワードの子女ヴィクトリアが、国王の死後、跡をつぐことになったのです」
「また、そんな、ややこしい説明を! そういうことは苦手だと知っているだろ!」
「わかりました。では女王の説明に移りましょう。ヴィクトリア女王は、妥協をしない強権の女王として有名な人物す。女王が即位してから、イギリスは再び覇権主義を取り戻します。ですが実際、彼女は幼少の頃はおとなしく、自我が強い性格ではなかったようす」
「誰でも幼少のうちは可愛いものだよ」
「でも、姐さんは幼少からも気が強かったでしょ。おそらく、従兄弟を失ったセラスタの悲劇を目の当たりにして、絶対に妥協は許されないと感じたのでしょうね。即位して二年後、中国、当時の清国にアヘン戦争を仕掛け、勝利し香港を取り上げます。その後、立て続けに戦いを仕掛け、インドではセポイの乱を起こしたムガール王朝を滅ぼします。アメリカ独立でみそをつけられた英国が、これだけ強権の国に先祖返りをしたのは、やはり血の宝石事件で、妥協をした伯父を反面教師にしたのだと、歴史学者たちは述べています」
「学者の話はどうでもいいよ。それで、肝心なセラスタはどうなったのだい? 怒った女王が再併合の進撃をしたとか」
「いや、ヴィクトリア女王の誕生前に、同、一八三二年アメリカ軍が攻め込みます」
「そうか、よく考えたら、米国が黙っているわけないね」
「当たり前すよ、元宗主国にこれだけのことをして許されるわけないでしょう。セレステ共和国に侵攻したアメリカ軍は、次々とゲリラの軍事拠点を制圧します。だが、肝心なバッテラ・メルセは雲隠れをして姿を見せませんでした」
「部下に殺されたのか?」
「いえ、手引きによってアンデスの山中に逃げ込んだんす。アメリカ軍は追撃を始めましたが、飛行機もない時代、当時の戦力では、ゲリラにいいようにあしらわれました。ですが、どうあっても、テロの首謀者を捕まえなければなりません。その後、何度も、山狩りを実行しましたが、結局、見つからずに撤退をすることになりました」
「確かに、最近でも、ヒマラヤの秘境に逃げ込んだイスラム原理指導者を捕まえることが、できないのだから、ゲリラの庭である山に逃げ込まれたのなら、どうしようもないね」
「ええ、それで先ほどの撤退の話すけど、アメリカがメルセを捕まえてないのにかかわらず、兵力を減少させたのは訳があるんす。まずは、一八四六年に発生したメキシコ戦争す」
「そうか、新たな戦争が起きたので、兵を派遣しているひまがなくなったのだね」
「ええ、そういうことす。そして、その戦争でアメリカは勝利し、かなりの土地をメキシコから得ることができましたので、それほど、セレステには固執をしなかったんす。また世は、宝石よりも石油などの化石燃料の時代になりましたから。実際、新たに州としたテキサス・ニューメキシコ等の油田を開発する方が重要になったんす」
「それは、どうみても、生きて行くには石油の方が大切だからね」
「ええ、セレステでも油田を採掘してましたが、テキサスの方が豊富でしたからね。そうこうしているうちに一八六一年、アメリカ国内で内戦が起きます。世にいう南北戦争すけど、その戦争で兵士たちは駐留どころではなくなります」
「それはそうだろうねえ。何といっても、あの有名な南北戦争なのだから」
「実は、それだけではありません。セレステ共和国は、パラグアイ戦争、つまり、三国同盟戦争に巻き込まれたんす。その結果、国の総人口は半分以下になりました」
「は、半分以下かよ」
「ええ、パラグアイ侵攻のどさくさに紛れて、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国が攻めてきました、アメリカ撤退後のサウスアメリカン自治領の領地権を争って」
「それで、結局は、どうなったのだい?」
「亡命政府もこうなったら、英国に頼るしかないでしょう」
「そんな、虫のいいことができたのかい」
「だから、大きく条件をつけられました。三国には出て行ってもらえるように交渉する。また独立当時の騒動については不問にするので、今までと同様にイギリスのためにはたらけと、宝石や麻薬を供給するため、インド、南アフリカに加え、中央アフリカやジャマイカなど、中米諸島からの大量な移民を文句を言わずに引き受けろという」
「うわ! これはまた、きつい条件だね」
「仕方がないすよ。そういう風になってしまったんすから、ですが、セラスタとしても悪いことばかりじゃないすよ。アメリカが残したインフラ施設を利用して大きな発展をとげたんすから。さて、時が流れ一九五二年、セレステに大きな転機が訪れます。先ほど、話に出ましたけど、エチオピア皇帝ラスタファリ=ハイレ・セラシエが訪問したんす」
「それが、どうしたのだよ?」
「どうしたのだよなんて、重要度がわかってないみたいすね。皇帝ラスタファリ、先ほども少し説明をしましたように、黒人の人たちには現人神とたたえられた人物なんすよ」
「神だって?」
「ええ、二十世紀前半は、まだ黒人の人たちに人権はなかったんす。それはセレステでも同様なことす。西洋人を頂点にヒスパニック系の人たちが、インド系、現地住民であるインディオ系、アフリカ系の人たちを差別していたんす。アメリカでカリスマ的黒人指導者であったマーカス・ガーベイ氏が、一九二〇年に黒人たちを前に大演説をしました。『アフリカに注目せよ。黒人の王が戴冠する時、それが解放される日だ』と。黒人たちは、初めは、そんなことはありえないだろう、しょせん気休めの予言であろうと、あきらめていましたが、実際、一九三二年に誕生したんす。それで、解放運動が盛り上がったんすよ」
「よくわからないけど、そんなものなのかね」
「ええ、当事者ではないとわからないと思いますが、抑えつけられた空気が破裂をしたみたいなもんすね。その空気は、セレステのインド、アフリカ系住民にも波及します。また、一部の民族系の人たちにも、あっというまにラスタファリ運動が広まったんす。そして、皇帝ラスタファリの来国を皮切りに国名をセラスタ共和国と変えたんす」
「まったく実感はわかないけど、国名を変えるような大事だったのだろうね」
「ええ、セレステでは、それぐらいの出来事だったのでしょうね」
「そうだろうね、それで、もう話は終わりだろ。あらかたのことは聞いたから」
「ええ、そうすけど」
「それなら、ここでお開きにするよ。本当に、色んな話をしたから、疲れてしまったよ」
競羅はそう答え、二人のスクープでの話は終わった。




