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Confesess-1 10

第十章


数弥を見失った二人は、すぐさま、次の対策を立てることにした。

 二人は、その喫茶店に入り、事情を説明して、数弥の携帯端末を返してもらった。そのあと、飲み物を注文すると、テーブルに向かい合わせて腰を下ろした。

「これから、どうするの?」

 心配そうな口調の天美の問いに、

「どうしようも何も、することは決まっているよ。数弥を探し出すしかないだろ」

 競羅は不機嫌そうに答えた。数弥のことも心配であったが、店に気分転換になる、麻雀や花札などのゲーム機が置いてなかったからだ。

「でも、どうやって捜すの?」

「それは、おそらく、取引は倉庫街の方だと思うから、そっちに、探しに行くべきだろ」

「わかった。では、その倉庫街に行くのね!」

 天美の目が輝き、それを見て競羅が言った。

「本当に、あんたは、危険な匂いがする話になると、元気になるね」

「そういうわけじゃないけど、わかってるなら、すぐに行かないと」

「ああ、そうだね、こういうことは時間が大事だから」

今にも、競羅が席を立とうとしたとき、

チャンチャンチャララララ

 競羅の電話が鳴り出したのだ。彼女は反射的に通話ボタンを押した。

「姐さんすか」

「ああ、そうだよ。その声は・・」

「僕すよ。約束を破るなんて、ひどいじゃないすか!」

受話器の向こうから、興奮した声がした。相手は数弥である。

「あ、あんたか。無事だったのかよ?」

「ええ、何とか」

「その電話、ひょっとして、数弥さん?」

 天美がよほど嬉しかったのか、横から口を出してきた。

「ああ、数弥だよ。あいつ、無事に生きていたよ」

 競羅も微笑みながら返事をした。

「それで、今、どこにいるの?」

「あわてないで。今から、聞くからね」

 天美に答えた競羅は数弥に尋ねた。

「それで、あんた、どこにいるのだよ?」

 受話器の向こうから、その数弥の居場所を伝える声がした。

「おっ、近くだね。それで今度も、誰かに囲まれているのかい?」

「いいえ。今回は、何も尾行らしき気配はしません」

「そうかい。それなら、安心して迎えにいけるね」

「でも僕は、ここまで、車に乗ってきましたから」

「えっ! 車? あんた、さっきまで歩きだっただろ」

「詳しいことは、あとから説明します。すぐに行きますから」

 そして、数弥は通話を終えた。その通話後、天美は競羅に尋ねた。

「それで、迎えに行かなくていいの?」

「ああ、何かそうみたいだね。車で来るとか、妙なことを言っていたからね。とにかく、ここで待っていれば、すぐに来るよ」


約十分後、数弥は再び店の中に入ってきた。

「本当に心配をしたよ」

 競羅は注文を終えて、席に座った数弥に向かって、うれしそうに声をかけた。

「まったく、冗談じゃないすよ。こっちは、命がけだったんすから」

 数弥は本当に不機嫌そうであった。髪は乱れ、眼鏡も少しずれていた。

「その様子じゃ、まさに、命からがらということだね」

「そうすよ、本当にダメかと思いました」

「悪い悪い」

「わるいわるいじゃないすよ。どうして、尾行してくれなかったんすか!」

 数弥に詰め寄られ、競羅は、さきほどの、いざこざを説明した。

「そうだったんすか。でも、やはり、ひどいすよ。姐さんたちを信じていたのに」

「でも、数弥さんも不注意だと思う。すぐに、連絡しようとしたけど、この店に電話、置き忘れてくなんて」

ここで、天美が口を出した。

「えっ! この喫茶店に置き忘れたんすか。さっき、すぐに、連絡をしようとしたんすけど、見あたらなかったすから、てっきり、あの場所から逃げ出すとき、慌てて、落としてきたか、と思っていましたよ。だから、公衆電話を探して・・」

「あの場所、逃げ出した? あんた、こっちと別れてから何があったのだよ? その調子だと、どうも、ただごとではないね、言ってみなよ」

競羅に突っ込まれ、そして、数弥は説明をし始めた。

「店で電話を受けた僕は、そのまま、相手に指定された港近くの倉庫に行きました。むろん、姐さんたちが尾行していると信じてまして」

「そのことは、もういいよ。その倉庫で何があったのだい?」

「そこで、待っていたのは、恩田という中年の男性でした。彼は最近まで、田之場の大幹部組長の秘書をしていましたが・・」

「何だって、田んぼの!」

 再び競羅が声を出した。

「いちいち、口をはさまないでくださいよ」

「けどね、あんた、今、田んぼの名前を出しただろ! 田んぼが関係あるのか!」

「僕に言っても困りますよ。その恩田という男が名乗ったんすから」

「そうかよ、悪かったね。話を続けてくれ」

「もう、二度と口をはさまないでくださいよ。その恩田という男性ですが、『もれないはずのセラスタ問題のほとんどが表沙汰になったため、私がしゃべったと思われ、命を狙われることになった。そのため、逃げるための資金がいる。だから、ネタを売る気になったんだ』と、僕に説明をしました。その説明中に、尾行していたのか、追っ手らしき男たちが現れたんす。恩田さんの言葉では彼らは田之場の連中で・・」

「また、田んぼが出てきたのか!」

「先ほど、口をはさまないでくださいって、言ったじゃないすか。あーあ、せっかく、緊迫感があった話でしたのに」

「そんなこと、どうでもいいよ。そこで、田んぼが現れたのだね」

「だから、これも、あくまでも、恩田さんの言葉によりますけど」

「それなら、違う可能性もあるね。それで、その追っ手らしき連中が現れたあと、あんたは、どうしたのだよ? ここにいるっていうことは、無事だったのだろ」

「ええ、その話をしないといけませんね。恩田さんは、そのとき、急いで僕の手に小さなケースを握らせると、『今なら、まだ、裏口から逃げられます。どうか、これを表に出して、私の仇を討ってください』と話しかけ、その裏口を指さしました。そのあと、僕の方は何とか、倉庫から逃げ出すことができたのですが、肝心の恩田さんは・・」

「その男の身に何かあったのかい?」

「はい、外に出たとたん、倉庫の中から断末魔の叫び声が聞こえました」

「殺されたの!」

 思わず、天美は口走った。

「気の毒な話だね。それで、あんたは、どうやって、その難からのがれたのだい?」

「恩田さんに教えられた、その倉庫の裏口から、素早く逃げ出したんすよ」

「よく、そのあと、追いかけられなかったね」

「ちょうど、裏口にエンジンのかかった車が、止まっていたんすよ。悪いこととは思ったんすけど、その車を拝借して、ここまで戻ってきたんす」

「エンジンのかかった車だって、そんなのが、都合よくあったのかい」

 競羅は不思議な顔をして尋ねた。天美も同様である。

「恩田さんの逃走用の車だったのじゃないすか。彼自身が素早く逃げれるように」

「そうかい。まったくもって、運が良かったとしか、言いようがないね」

「ええ、今から思うと、僕もそう思います」

「とにかく、無事に戻って良かったよ。あんたに、連絡がつかなかったときは、本当に肝を冷やしたからね。それで、このあと、どうするつもりだい?」

「そのことですが、これを見てください」

 数弥は、茶色で長細く、うすっぺらいある物を取り出すと、次のように言った。

「これが、恩田さんからいただいたものです。大変、面白いものが写っているんすが」

「何だよ、これ?」

「わかりませんか、ネガフイルムすよ」

「これが、そうなのか、昔、使っていたと聞いたことがあるけど」

 競羅はそのネガを取り、すかしてみていたが、すぐに、怒ったような声を出した。

「しかしね、こんなもの、何がなんだかわからないだろ!」

「そうすか、僕にはわかりますが」

「あんたは記者だし、それに、写真マニアだから、そうかもしれないけどね」

「天ちゃんも、わかっているみたいすよ。顔つきが厳しくなっていますから」

 数弥の言葉通り、天美は難しい顔をしながら、そのネガを見つめていた。

「この子は変わっているのだよ。それより、肝心のこっちが、わからないとね」

「わかりました。それでは、このネガを焼き直しましょう」

「焼き直すって、どこでだよ? やはり新聞社か」

「そうすね。ですが、会社は、この時間、ちょっと、まずいすよね」

 数弥は小首をかしげていたが、やがて、笑みを浮かべると、次のように言った。

「では、あそこへ行ってみますか」

「あそこって、どこだよ?」

「ラボスタジオすよ」

「ラボ、また舌をかみそうな場所だね。そのスタジオに何の用があるのだよ」

「むろん、現像すよ。個人写真家のために、焼き付け用の暗室が借りられるんす。現像道具も一式そろっていますし、便利なところすよ。今はデジタルで用が足りるんすけど、中には、それが嫌いな先輩たちも結構いましてね。連れていってもらったことあるんす」

「つまり、即席の現像所ということだね。そこへ行くのか」

「そうすね。ここから、一番近いのは五反田すね」

「五反田なら、すぐそこだよ。しかし、そんなものがね」

「ええ、派手な看板はないみたいすから、普通の人は、見つけにくいと思うんすけど」

「わかった、そうしないと前に進まないからね。この店は、当然、あんたの支払いだよ」

 そして、三人は喫茶店を出て、五反田にあるラボスタジオに向かった。


五反田、そこは、働く人たちの憩いの場所、つまり、手頃な値段で、飲み食いができる場所である。あちこちに居酒屋が並んでいた。

 だが、時間にして、午後三時すぎ。まだ多くの店の、のれんはしまっていた。

 三人は、飲み屋通りから、一本道をはずれ、小さな雑居ビルが建ち並ぶ通りに出た。

パブ・スナック街である。一棟一棟のビルには、スナックの看板がかかげてあり、また、中には家庭を持っている男性のためか、個室ビデオの看板をかかげた建物もあった。

 数弥は、そのビルを指さして言った。

「ここす。このビルの三階に、貸し現像所が用意されています」

「やはり、想像した通りの場所だね。何かマニアの店というか」

 競羅は答えながら顔をしかめていた。

「それは、先輩たちを含め愛好家は多いすから、デジタルの普及により、は消えましたが、まだまだ、銀塩写真には根強い人気が残ってますし」

「たかが、写したものを見るだけなのに、本当にヒマな人たちだね」

「それだけ、画像が違うんすよ。僕も先輩たちに言われて比べてみましたけど、立体的に見せる技術、夜間とか、光源が少ない場所の撮影では、確実にフィルム方が上すね」

「ああ、そうかい。しかしね。やはり、どうも、気が進まないというか」

「いやでしたら、姐さんたちは、そこらへんにある喫茶店で待っていても、よろしいんすけど。一人の方が動きやすいすし」

「数弥は、ああ言ってるけど、どうする? 現像は時間がかかりそうだよ」

 競羅は天美に問いかけた。天美も、しばらく考えていたが、やがて、次の言葉を、

「本当は興味あるけど、長くなりそうなら、喫茶店で待っててもかまわないから」

「そうかい、それなら、決まりだね」

 結局、数弥一人でスタジオに入り、競羅たちは待つことにしたのである。


 約三十分後、現像を終わらせた数弥は、待ち合わせの喫茶店に入ってきた。

「できました。まず見てください」

「どれどれ、見せてみな」

 競羅は、そのプリントされた三枚の写真を手に取ると、目つきを鋭くさせた。天美の方は、先ほど、はっきりとではないが見ているので、やはりか、という感じである。

一枚は別だが、最初の二枚は、ほぼ同じ構図だ。

 そこは、どこか、外国のホテル内であろうか、窓の外の、南米独特の樹木が生えそろった景色を背景に、三人の男性がテーブルを前に腰掛けていた。

 両方とも、南米の民族仮面をつけて、腕を組んでいる男を立会人にして、右側のグレーの背広を着た人物が、左側の茶色の背広の男性に、現金を渡しているところであった。

 だが、そのグレーの背広の人物は、構図はそっくりながらも、まったくの別人である。

 最初の写真の男性は、中肉中背で、銀縁の眼鏡をかけており、二枚目の人物は、ちょっと、小太りの白髪頭が目立つ男性であった。

 三枚目の写真は、夜の写真だ。背後に輝く南十字星をバックにして、金を渡していたグレーの二人の男性が、金を受け取っていた茶色の背広の人物に、それぞれ、片方の肩に手を当てられ、にこやかに握手をしている場面であった。

 だが、競羅が驚いたのは、別の理由である。二枚の写真に写っている、仮面をつけた男の胸についているバッジ、それが、何と田之場の最高幹部バッジであったのだ。

「こ、これは!」

「ええ、田之場の金バッジすね。やはり、一連のバックは彼らだったんすか」

「そんなわけないと思うけど、これは大物だよ。本家の若頭クラス、いやそれ以上か」

 競羅の唇は震えていた。

「きれいすね。田の字にはめ込まれているのは宝石すか、赤・青・緑・紫と」

「ああ、そうだよ。みんな、このバッジが欲しくて、しのぎをけずるのだよ」

「そうすか、それより、あと三人、男性がいますね。金をもらっている男は問題の釘家さんすね。渡している男は二人いますよ。どちらもどこかで見たような顔の人すね」

「誰だったのだよ?」

「わかりません。ですが、紳士録を見ればわかると思います」

「紳士録か」

「ええ、それなりの人物すからね。やはり、一度、会社に行かないといけませんか」

「図書館に行けば、見られるだろ」

 競羅が答えたとき、

「ちょっと待って!」

 声を上げたのは天美である。

「どうしたのだい?」

「この二人、前に見たことがある」

「見たって、やはり、セラスタでかい? この写真、背景がそんな感じだけど」

「違う、テレビや新聞で見たの、二人とも、逮捕された人じゃないの」

「えっ! 逮捕、間違いないのかい?」

「間違いない、わったし、今回のことについては、しっかり、報道見てるから、二人とも、絶対に、この事件で逮捕された人だから」

 天美は、きっぱりと答えた。そして、競羅は数弥に向かって言った。

「どう思う?」

「僕は、じっくりと見ませんでしたが、見覚えがあるのは、そのためだったんすね。そうすか、新聞なら、すぐに手に入りますよね。ここ一ヶ月、捨てていませんから」

「それは、ちょうどいいね。これ以上の話は、さすがに、ここではまずいから、まずは、あんたの部屋に行くことにするよ」

そして、次の場所を数弥の部屋に移すことにしたのである。


やがて、二十分後、数弥のアパートに集まった三人は、日付けの違う、二部の新聞の一面記事を見つめていた。

「うーん、驚いたね」

「ええ、僕も、こういうこととは」

 競羅と数弥の二人は、うなっていた。さて、その二人の目を開かせてた人物とは、

「重化の倉地専務と、商事の取締役の一人、佐橋海外事業部長すか」

「役者がそろったね」

「これは、とんでもない証拠写真すね。ヤクザの親分を仲介にして、事故調査会の会長が、重化と商事の海外事業関係の取締役から、現金をもらっているなんて! 天ちゃん、よかったすね。これで、セラスタの事件は全面解明されますよ。とにかく、今から、デスクのところに持って行きましょう。これは大特ダネすよ」

 数弥は、はしゃいでいたが、

「ああ、確かに、一見はそうだね」

 しかし、なぜか、競羅は冷静であった。思わず数弥は尋ねた。

「何か、気になりますか?」

「そのことだけど、あんた、これを、本当に記事にするつもりかい?」

「もちろん、そうすよ。何を言っているんすか」

「のせるのは勝手だけど、あんたが大恥をかくと思うよ。いや、場合によっては、命がなくなるかもしれないね、まだ、気がつかないのかい、どうも、話ができすぎているって」

 競羅は厳しい目をして答えた。

「できすぎているって、僕が、恩田さんから、このネガをもらったことすか?」

「それも含めて、すべてだよ。だいたい、こんな見え見えの証拠を残すわけないだろ」

「ですが、田之場が出どころとなると別すよ。脅迫のネタに使うのに必要すから」

「だから、そういうことが、ありえないのだよ。こんなの合成写真に決まっているだろ」

「合成写真すか」

「ああ、どう見てもそうだろ、まったく本当に、今日一日、時間の無駄だったよ」

「では、姐さんは合成と言いきるんすよね。天ちゃんはどう思いますか?」

 数弥は天美に質問をふった。だが、その天美は、否定もせず難しい顔のままである。

「そうすか、僕は、色々考えてみて、本物のネガに見えるんすけど」

「では、一つ聞くけど、あんた、その恩田という男が死んでいるのを見たのかい?」

「無理すよ。あの状況では、僕も逃げるのが精一杯で、それどころじゃなかったす」

「だろうね。そうなると、これは、芝居ということが考えた方がよさそうだね」

「芝居すか」

「ああ、芝居だよ。冷静に考えてみると、おかしなことばかりなのだよ。まず相手が、セラスタ事件の暴露に関係した、あんたを指名して呼び出してきたこと。次に今回のブツの渡し方、前のディスクのときと、よく似ているだろ。だから、あんただって、会社の上司だって、初めのうちは罠だと疑ったのだろ」

「ええ、そうすけど」

「まだまだ、おかしなことはあるよ。取引だって、安全な喫茶店から、いかにもという場所の倉庫の中だろ。なぜ、そんな、人気のない場所で行う必要があるのだよ?」

「それは、その・・」

「それに、一番、妙なことは、あんたが運良く、エンジンのかかった車に乗って、逃げ帰れたことだよ。仕上げは、この三枚の現場写真、これは、どう考えてもおかしいよ」

「おかしいすかね」

「どう考えてもおかしいだろ。素顔を奇妙な仮面で隠している人物がいるのだよ。ご丁寧にバッジだけ、目立つように光らせて」

「ですが、その人物が顔を出したくないということも考えられますし」

「こいつ一人だけが、そんな、特別な存在なのかよ」

「ええ、このヤクザっぽい男こそ、真の黒幕ということすかね」

「確かに、そういう考え方もあるかもしれないけど、この写真には、まだまだ、おかしいことがあるよ。この現金を渡している二枚の写真だけどね、よく見比べてみな、よく似た同じ構図だろ。きちんと枠にはまっているし、両方とも、まるで最初から、この場所でこうしてください、そこで写真を撮りますから、というような感じだろ」

「それ、おかしいすか? むろんそれは、黒幕が、政治家や企業に反撃をされないように、あらかじめ、秘書の恩田さんに頼んで証拠写真を撮っておいたんすよ」

「けどね。あまりにも、きちんと構図になりすぎているのだよ。普通は、もう少し、ぶれたり、斜めになるはずなのにね。プロならいざ知らず」

「何を言っているんすか。恩田さんのカメラの腕前はプロ並みすよ」

 数弥は妙な言葉を言った。それに反応した競羅、天美も同時に鋭い目をした。

「あんたこそ、何を言っているのだよ。その男は黒幕の秘書だろ。姿だって、光のまともに当たらない倉庫で見ただけだろ、自分はプロです、って、顔に書いてあったのかい」

「顔には書いてなかったすけど、人差し指にシャッターダコがありましたから」

「シャッターにタコ、なんだい、それは?」

「ええ、カメラにシャッターは付きものすよね。シャッターは突起物すから、何回も激しく押していると指に、それ特有のマメタコができるんす。先輩の人たちは、ペンだこ同様、結構そういう人が多いんす。今回、僕は先ほど、『小さなケースを握らされました』と言いましたね。そのとき、相手の指にタコのあった感触がしたんす」

数弥の言葉に競羅は考え込んでいたが、やがて、何かを思い出し、反論を始めた。

「けどね、あんたの話を聞くと、現場は、今にでも、何者かに襲われるような雰囲気だったのだろ。そんな場合には、身体が敏感になって、触れてくるものが、すべてが強調されるというか、強迫観念の一種だね。傷か何かを、そう感じたのだろ」

「そう言われて見ると、僕の勘違いかもしれませんけど、うーん」

 二人は議論をかわしていた。その議論を天美は、じっと、考えながら黙って聞いていた。

「とにかく、そういうことで、これ以上の言い合いは時間の無駄だから、この、ネガだっけ、これが偽物ということで話をすすめるよ。あらかじめ結論を言うと、今回、わざわざ、あんたを呼び出したのは、前回の復讐ではなく、前にセラスタの事件のブツを守った、あんたを使って、これを表に出すのが目的だったのだよ」

「でも、どうして、そんなことをする必要があるんすか?」

「これも二つ考えられるね。一つは、例のブツを表に出して、邦和を追い込んだ、あんたや、その新聞社にガセをつかませて、社会的地位を失墜させること」

「そんな・・」

「黙っていな、もう一つ理由があるのだから」

「もう一つといいますと」

「釘家議員を、総理レースから脱退させる計画だよ」

「そういうことなら、確かに、そうかもしれませんね」

そして、数弥も、その意見を肯定したのだ。

「おや、あんた、素直になったね」

「ええ、僕が最初に信じた理由じゃないですか。それに、以前、同様なケースがあったんすよ。ある政治家が、合成写真の怪文書を使って、ライバルの失脚をはかったという」

「なるほどね。そうなると問題は、このネガを、どうやって造ったかということだけど。一つ聞くけど、このネガっていうのものは細工ができるのかい?」

「ネガ自身は無理すね。どんなにうまく誤魔化しても、合成の証拠は残りますから」

「では、こいつは、やはり本物なのかよ。背景もセラスタのようだし」

 競羅は落胆した声を出した。この謎をとかないと、推理が証明できないからだ。

「そうとは限りません。今は昔と違いますから。あくまでも可能性の話すけど、高性能の人間の等身型モニターに、コンピューターを使って、合成した写真を写しだして、その上からカメラで取ればいいんすから」

「そんなことができるのかい?」

「機材費に何百万もかかりますけど、やろうと思ったらできますね。政治家にとっては、百万単位なんて、微々たるものすからね」

「そうか。だから、より本物に見せかけようとして、ネガを使ったのか。うまく、信じさせるために。けどね、そこまで用意周到な仕掛けをするとは、ますます腹が立ってきたね」

「そうすか」

「本当に人がいいね。とにかくね、こっちは、利用されたのだよ。あくまでも想像だけど、今回の事件、田んぼは、絶対に関わっていないと思うね。むろん、釘家もだよ。そのかわりというか、別のヤクザ組織と政治家が大きく絡んでいるよ。

 そして、その政治家は、邦和から献金を受けていて、今回のセラスタの事件も、もみ消そうとした。けどね、それは結局、例のブツが表に出たことで不可能になった。失敗したことで邦和側は窮地に陥った。商事にも警察の手が入ったからね。そのため、その政治家も、自分の首筋が危うくなってきた。そこで、その政治家は考えた。この罪を誰かに着せようと、そして、身代わりにされたのが、外務と経済産業の大臣経験者であり、セラスタの事故調査委員長であった釘家議員だったのだよ。その結果、その政治家は、知り合いのヤクザの幹部と協力して、このいかにも、釘家と田んぼがセラスタで関係をしているという、でっちあげネガをつくったのだよ。敵対組織の幹部なら、バッジとかにも詳しいはずだし、何よりも、この奇妙な仮面をかぶっているのが顔を出せない証拠だよ。出したらバレバレだからね。以上がこっちの推理だけど、どうだい?」

 長い説明を終えた競羅は、得意げに答えた。

「さすが姐さん、僕も、その通りに思えてきましたよ」

 数弥も競羅の言葉を信じ始めた。そして、競羅は言葉を続けた。

「しかし、奴らも、演出にこりすぎたのだよ。郵送で新聞社にネガを送りつければすむことを、わざわざ、ドラマのように、港の倉庫街で取引を行うなんて、それに、ギャングのようなものまで登場させるとは。問題のネガの構成も昔のドラマ並みだし」

「ええ、そうすね。あの演技、ぼくも、すっかりだまされました」

「あんたは、もともと、だまされやすい人間だけどね。何にしても、こうなったら、うかつに、この偽物のネガを表に出すわけにはいかないね。釘家代議士を失脚させる企みに、手を貸すだけだからね。もしかしたら、奴らが、『こっちが、田んぼをかく乱させるために、ネガを表に出した』と、たれ込むということも、充分に考えられるからね。そうなったら、いくらこっちでも、総長に消されてしまうよ」

「そ、そうかもしれませんね。危うく、そっちの危険性が出てくるところでした」

 数弥は答えながら、ふるえ始めた。

「とにかく、このまま、引き下がりたくないね。引っかけられそうになったのだから」

「では、姐さんは、どうするつもりすか?」

「このことは、田んぼの復讐ではなかったのだよ。そうとわかったからには、こっちとしても、思い切ったことができるね。まずは、その芝居があった倉庫に戻るのだよ。何か手がかりがあるかもしれないからね」

「えっ! 今から、わざわざ、そんなとこ行くの!」

 天美が声をあげた。

「ああ、ちょいと興味がわいたからね。いやならいいのだよ」

「そういうわけでないけど、ざく姉も物好きな」

「とにかく、こっちは、どうあっても、行かせてもらうよ。倉庫といっても、どこかわからないから、数弥、むろん、案内をしてくれるだろうね」

「わかりました、狂言となると、車も盗難車の可能性が出てきますから、もとに止めてあったところに、返しておいた方がいいすよね。でも、ネガは持っていくわけにはいきませんから、このまま、僕の机の上に置いておきます」

 そして、三人は、その問題の倉庫に向かうことになった。



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