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Confesess-1 1

第一章


 その日ソルタウン発、東京行きの飛行機のファーストクラス席に、一人のセラスタ人少女が搭乗していた。年は十五才、ショートでウルフカットの少女である。

 彼女は、南米出身のわりには外見は日本人と変わらなかった。そう彼女は、日本人同士の夫婦に生まれた、いわゆる二世であったのだ。

 ここで、セラスタについて説明をしておこう。正式名セラスタ共和国

 総面積=約百八十五万平方キロメートル・総人口=約二千二百万人・首都=ソルタウン ・公用語=第一英語、第二スペイン語・通貨=ルダ(一ルダ、日本円で約五十円)

 人口比率について述べると、インディオ約十%、アフリカ系約三十%、ラテン系約三十%、インド系約二十%、その他もろもろである。日系人は、五%にあたる約百十万人で、現在、少女が乗っている機内の客の半分以上が、その日系人であった。


 その日系人の少女、名前を天美・ボネッカ・カスタノーダというのだが、彼女は飛行機と大きな因果関係があった。何と彼女はフライト中の機内で生まれていたのだ。

話は長くなるが、十五年前セラスタは、今以上にゲリラと政府のいさかいが激しかった。

天美の母親、朱雀愛美は、日本の捜査官で、当時、ブラジルと日本の間で起きた国際的汚職事件のため、ブラジルで身分を偽って極秘捜査をしていた。その任務中、夫の朱雀煬介と乗っていたブラジル国内便の飛行機が、ゲリラにハイジャックされたのである。

 ゲリラは、セラスタ人の五人組で、その中にアイデスという名前の少女がいた。彼女は当時十八才、もともと凶悪の性格ではなかったが、政府のだまし討ちにあって、逮捕された兄と父を釈放させるという、仲間の口車にのり、この犯行グループに加わっていた。

 犯人たちの手によって、飛行機は、ブラジルから、そのセラスタに向かうことになった。

 このハイジャック事件が起きたとき、天美の母は妊娠中であった。本来なら、出産予定は二週間ほどあとだったのだが、この突然の出来事で早くなってしまったのだ。

 そのため、すぐにでも出産をしないと危険な状況になった。そのとき、アイデスが、この出産を手伝おうと名乗りをあげたのである。

 四人のゲリラ仲間は、当然ながら、最初は反対をした。だが、アイデスはゲリラの頭首の娘、その希望を断ることができなかった。

 その結果、アイデスの介抱のもと、無事に赤子の出産を終えた。

 だが、そのあと機内は大変な状態になった。機体を乗っ取ったゲリラ犯たちは、人質解放の条件として、今まで、政府に逮捕された仲間の釈放を要求した。

当然というか、政府はその要求をのまなかった。それどころか、現大統領である、当時、軍最高司令官が強行に主張し、ときの大統領を説得して、飛行機撃墜命令を出させたのだ。

 とはいっても、ブラジル所有の機体、さすがに、戦闘機を出撃させての表だった撃墜はできなかった。そのため、ばれないように地上部隊から高射砲を撃ったのだ。

 高射砲は飛行機の尾翼に命中した。バランスを失った飛行機は何とか逃げ切り、地上部隊が追ってこれない、未開のジャングルの上空にたどりついた。

だが、そこまでが限界であった。燃料も切れ、飛行機は墜落するのを待つだけである。

 しかし、ハイジャック犯たちは脱出用のパラシュートを持っていた。このようなこともあろうかと、あらかじめ用意をしてあったのだ。

そして、彼らは次々とジャングルへの降下を始めた。残ったのは、アイデスと側近の二人の男たちである。しかし、そのアイデスはパラシュートを身につける気はなかった。

「さあ、お嬢さん。何をしてるんです! もう、この飛行機は落ちるのですよ!」

ゲリラの一人が激しくせかしていた。ちょびひげをはやした男である。

「いや、あたしは絶対に残る! ここで、この飛行機と運命をともにするよ!」

「それは、困ります! 里にいる、長老に申しわけがたちません!」

「あたしだけ里に帰るなんて、とてもできない! それが、自分の犯した罪の精算よ!」

 ゲリラたちがもめている間、朱雀煬介は自由に動くことができた。

 とはいっても、この情況、彼にできることはというと・・ その煬介は両手に毛布にくるんだ赤子と、先ほど乗客たちから分けてもらった粉ミルクを持っていた。

 煬介は、ちゅうちょをしているアイデスに向かって言った。

「アイデスさん。今から愛美の言っていた言葉を伝える。先ほどのこともあって、まことにずうずうしい話だが、この子も一緒につれて、飛行機から脱出してもらえないか」

「旦那さん、何を言っているのよ。大事なあんたたちの子でしょ。それを、あたしみたいな人間に託すなんて。それに、ここから飛び降りたら、その子は風圧で絶対に助からないわ。生まれてきたばかりなのだから、とても無理よ」

 アイデスは最初は断った。だが煬介は、なおも説得を続けた。

「もともと君の助けがなかったら、この子は無事に生まれなかった。せっかく生まれたのに、このままでは確実に死んでしまう。だが機内から出ることができれば、わずかだが生き残る望みがある、運がよければ、この子は生き延びる! 僕たちはそれにかける!」

「と言われても、希望にそうことできない。あたしだって、ここに残るつもりだし」

「何を言っているんだ。自分のしたことを悔いるつもりがあるのなら、死ぬことなんて考えずに、この子と一緒に僕たちの分まで生きてくれ。愛美もそう願っているんだ!」

 その言葉に、アイデスは戸惑い始めた。どうすればいいか頭が混乱しているのだ。その彼女に追い打ちをかけるように、煬介は言葉を続けた。

「アイデスさん。本当に申し訳ないと思っているのなら、この子を連れて行ってくれ。そして、生きていたら、これからも面倒をずっと見てくれ。それが、君の罪滅ぼしなんだ!」

 熱意にほだされ、アイデスは引き受けたのであった。


 その願いが通じたのか、生後、約一時間にもかかわらず赤子は、高度、約三千メートル以上の上空からの風圧に耐え抜き、生き延びた。

仲間のゲリラたちは、皆、政府の追っ手に射殺されたが、アイデスの方は、運が良かったのか、密林のかなり奥地に着陸し、その追っ手から逃れることができた。

 だが、その奥地というのが問題で、彼女は、今どの場所にいるか、前後左右もわからずに密林をさまようことになった。ポットのお湯も粉ミルクも底をつき、何とか奇跡的に生き延びた赤子も、さすがに最後を迎えようとしていた。

 まさに、そのとき、アイデスは、ある場所に、たどりついたのである。

 そこは、かってセラスタの密林内に存在した日本人の隠れ村、ひのもと村であった。

さすがに隠れ村だけあって ガードは固く、よそものは絶対に受け付けない様子であったが、そのとき、村にはある出来事が起こっており、アイデスは、それに協力をするという、ある条件をのんだ結果、赤子であった天美と一緒に村に住むことが許された。

 だが、よそものということで、天美が三才のとき、村に大きな、はやり病が起きたのを理由に因縁をつけられて、結局、彼女は村を追い出されたのであった。

さすがに、天美も出生のときの記憶はなかったが、そのときのことは覚えていた。

 はやり病で村が苦しんでいたとき、アイデスたちの住んでいる家から強烈な異臭がした。

 実は、アイデスは治療薬をつくっていた。セラスタ人だけあって、はやり病の治療法がわかっている彼女は、その薬をつくるため様々な草を集めて煮込んでいた。

 そのとき、たちこめた臭いが、馴染みのなかった村人たちには悪魔の臭いに感じた。逆にアイデスこそが魔女であり、はやり病の原因であると決めつけられたのだ。

 その結果、彼女は放逐された。天美が人生で最初に感じた、つらかった別れである。

その後、天美は、村の警備隊長である海川代蔵の家に引き取られることになった。

 海川家にも子供たちがいた。七つ上の少女、志乃と、一つ上の男の子の牙助である。

二人とも天美に優しく、彼らと一緒に暮らしているうちに、いつのまにか、アイデスが去ったあとの寂しさもうすれていった。それだけ、海川家での生活が楽しかったということでもあるが、その生活も長くは続かなかった。

天美が八才になったとき、村が、ならずものの集団に襲われた。その集団は、ノチェスホェリア(日本語で夜の宝石)と呼ばれた犯罪組織であった。

 彼らは、古代の宝を求めて密林に入り込み、たまたま村を発見した。そして、無慈悲にも大量殺戮を始めたのだ。そのとき、天美が世話になった海川夫妻も殺害された。

 子供たちは、商品になるという理由で殺されなかったため、天美は、志乃、牙助ら十数人の村の子供たちと一緒に連れて行かれるはずであった。

 だが、そうならなかった。あとで述べる能力を用い、逃げ出すことができたからだ。

村が滅び、志乃、牙助と離ればなれになった天美は、次の行動を開始した。アイデスのことを思い出し、その彼女の故郷であるパチュワンの里を訪ねようと決心した。

 そして、約二年後、様々な冒険をしたのち、天美はようやく、アイデスに再会することができ、このパチュワン里にたどり着いたのである。

 ここも、特殊な場所にあった。アンデス高地の、なお奥に存在する秘境ともいうべきか。

 この里は、ひのもと村と違い、政府は、その所在を把握していた。だが、自然の要害や、幾重にも張り巡らされたトラップによって討伐隊は侵入できずにいた。

 そのため、政府は、スパイを使って和平交渉を行うという謀略を用い、当時の頭領と副頭領の二人を誘い出して捕まえる、という手段を取ったのだ。

 その結果、ハイジャック事件が起きたのだが。ハイジャック事件で、メンツをつぶされたセラスタ政府は怒り狂った。爆撃機で里そのものの空爆を決行したのだ。

 その空襲で里の家屋はほとんど焼かれ、人々は防空壕に逃れた。逃げ遅れたものは、みな焼死し、誘導を手伝っていたアイデスの母親も亡くなった。

 それから、すぐ、アメリカ合衆国等、諸外国の仲裁が入り、里への攻撃は止まったが、

 アイデスが里に戻ったのは、その空爆事件の三年後、そして、そのまた七年後、十年のときを経て、ある程度は復興した里を天美が訪れたのであった。

里に着いた天美は、里頭の世話になることになった。その頭とは、一度は息子にその座をゆずり引退した、アイデスの祖父でもあるケチャ十五世、七十九才である。

その里で、十一才であった天美は、幾日をも里の鍛錬を受けた。やはり、レジスタンスの里、そこのシステム自体が、そのようになっているのであった。

 生まれつき運動神経がすぐれ、ひのもと村でも似たような経験を、毎日のようにしていた彼女は、里に住む同年代の、どの少年少女よりも、はるかに早く上達していった。わずか二年たらずで、戦闘以外、ほとんどの技量を習得していた。

 だが、その戦闘というものだけは、彼女は、かたくなに受けなかった。訓練でも、人を倒す、人を殴る、という行動は、どんなことがあっても決してしないのである。

 それでも、動体視力はピカイチなのか、避けるのは人の数倍うまく、また、ある能力を持っているため、天美自身、一度も相手から大きな打撃を受けるということもなかった。

 教官たちは、いつも、そんな行動では、実戦で通用しないから、訓練中は相手に応戦するように、と何度も説得をしたが、彼女は受けつけなかった。教官たちも、アイデスからある程度の事情を聞いていたし、その彼女の顔をたてて、無理じい、はしなかったのだが。

 何にしても、避けることだけが天才的でも、工作員としては使い物にならない。困った教官たちは、頭のケチャに天美の処遇をゆだねることにしたのである。


結局、天美は里から降ろされることになった。そして、ケチャの古き友人であり協力者であるザニエル・カスタノーダ、という七十八才の男性に預けられることになった。

カスタノーダ家に入ったことで、彼女は、初めて国籍を得ることができた。ミドルネームをボネッカとし、天美・ボネッカ・カスタノーダとして登録されたのである。

このザニエルという男性は、セラスタにあるプジョグレという娯楽都市で、運の街、という店名の民営カジノの経営者をしていた。だが、それは、あくまでも表の顔、裏では反政府者たちに援助をしているレジスタンスの顔役であった。

セラスタでは、政府の許可を受け、それなりの収益金を上納し、面積、防犯整備などの条件をクリアできれば、個人でも賭博場を経営してもいいのだ。

天美は、カスタノーダ家に預けられると、そのカジノで見習いとして働くことになった。

 これもまた、日本の法律に照らし合わせると、おかしなことなのだが、セラスタではその規制が違っていた。まず職種にもよるが、基本的には就労年令に規制はなかった。子供のサーカス団員や、靴磨き、がいても法律に触れないのである。

カスタノーダ家で天美の教育係となったのは、当時、二十一才になるザニエルの孫娘のミレッタであった。ディーラーとしての腕前は超一流なのだが、その性格は上昇志向、悪く言えば極度のミーハーであるゆえに、天美は何度も振り回され苦い思いをしていた。

それでも、自分の教育係である。天美は、何とか我慢をして働いていた。

そして、ある日、その天美に大きな転機がおとずれた。

 その問題の日、真の姿は、ノチェスホェリアの血縁幹部なのだが、表の顔は某大会社の社長となっている男性が、女性の秘書を連れて、このカジノに遊びに来ていた。

 天美は、秘書の姿を見て驚いた。何とその秘書は、ひのもと村で別れた志乃であったからだ。彼女は、こともあろうに、両親を殺した組織の世話になっていたのである。

 天美は、その志乃に近づいていった、昔の志乃だと思って。

 しかし、それは、大きな間違いであった。志乃自身、組織の幹部になっていた。その結果、天美は彼女の仕掛けた罠にはまったのであった。

罠にはまった天美を助けたのが、同じく組織に育てられた牙助である。志乃から天美が生きていた、ということを聞き、組織を裏切ることにしたのだ。

 だが、その代償は大きく、姉の志乃は命を落とすことになった。復讐心を改めて持った牙助は、その件以降はザニエルの世話になり、彼の右腕となった。

 最終的に、天美と大きな因縁があった犯罪組織、ノチェスホェリアは、ザニエルや新たに仲間となった牙助の協力のもと壊滅したのである。

 だが、彼女には、まだ政府との因縁が残っていた。とくに、軍司令官時代、パチュワンの里を空爆した現大統領とは! そのような状態ではあったが、何とかザニエルが、うまく情況をコントロールしていたため、大きな問題は起きなかった。

しかし、政府と対決する決定的なことが起きた。何と天美が、一番、したっていた母親代わりの女性アイデスが、政府の手にかかり命を失ったのだ。

 治療難の風土病にかかり、余命が、いくばくもないと悟ったアイデスは、天美を連れ、ある行動に出た。その行動とは、難攻不落で国民にヘルハウスと呼ばれた政治犯収容所に侵入し、そこで、捕まった父と兄の消息を調べることであった。

 その行動中、アイデスは、天美の目の前で兵士たちの撃った凶弾に倒れた。

 アイデスを失った天美は、政府との全面対決を決意した。捕まったふりをして政治犯収容所を壊滅させた彼女は、そのまま、首都ソルタウンにもぐり、その首都のスラム街に住んでいるストリートチルドレンたちと一緒になって、政治浄化を始めたのである。

 そして、ついに大統領と、まみえる一歩直前のところまできた。あと少し今まさに、大統領への復讐ができるかというとき、ザニエルが動いた。

 持ち前の情報力で、天美や政府の動きを分析し、その彼女の行動を水際で阻止した。

復讐が妨害されザニエルが信頼できなくなった天美は、パチュワンの里に閉じこもった。

 そこで、彼女は里頭からあるものを見せられた。アイデスが生前、用意をしていた二人分のパスポートと、何かあったとき、天美に見せるように言われた置き手紙であった。

その手紙に、アイデスが天美の両親を間接的に死に追い込んだこと、がわびてあった。

 また、今回の政治犯収容所への侵入が無事成功し、目的を達成したら、残された余命を、天美の両親の生まれた国日本で、彼女と一緒に暮らそうと思っていたことを、

そのことを知らされた天美は、何日も悩んだ結果、日本に向かうことにした。

 その、せんべつか、これからもザニエルが、金銭的援助を惜しみなくしていく証なのか、ザニエルは、このファーストクラス席に天美を搭乗させたのである。


 その少女、天美・ボネッカ・カスタノーダは、長いフライトで、がまんができなくなったのか、座席を離れると、機内に用意されているトイレの方に向かって歩いていった。

 さて、機内のファーストクラス席には、六人の訳ありの男たちが同乗していた。

 そのうち二人は、濃いサングラスをかけたセラスタ人。四人は日本人で、一人の男は大会社の商社マン、一人は政治家、一人は、いかにもヤクザの大親分そのものの雰囲気を持った大柄の男性、そして、もう一人はその子分であった。

機上、政治家と商社マンの二人が会話をしていた。

「真壁君。例のものは、どうなったのか?」

政治家が心配そうな顔をして尋ねていた。

「いえ、まだです。ですが、すでに手に入れたのと同然です。向こうは、金欲しさに取引をしてきましたから。日本についたら、この男たちと取りに行きますよ」

 真壁と呼ばれた商社マンの男性は、すぐ横のブースに座っているセラスタ人の二人連れを見つめながら、ほくそ笑んだ。

「そうか、それなら、まずは一安心だな」

 少し離れた上部のブースでは、ヤクザ風の男たち二人が会話をしていた。

「おい、恩田、写真の方はどうだ?」

「ばっちりです。はっきりと写っていますよ。これで、いつも必要なときは使えますね」

 恩田と呼ばれた男は笑いながら答えていた。

 そのとき、セラスタ人の男の一人が、彼ら一同に向かって、

「イマ、ココヲトオッタ、ショウジョヲ、ミマシタカ!」

 と目の色を変えて話しかけてきた。


 同時刻、一人の男が、警察の公用車の後部座席に座り成田空港に向かっていた。

 彼の名前は、下上朋昌三十八才。警察庁所属の警視正で国際刑事課長をしていた。

 役名通り、国際的な捜査が主流で、その日は、部下を連れて、外国人が関わった密輸事件の裏付捜査のために成田空港に向かっていた。

 下上家、彼の一族は、明治以来から歴代、警察官の家系であった。

 両親も姉も警察官であったが、彼は最初のうちは警察官になる気はなかった。親から、警察官になれ、とあまり、うるさく言われるので、そこから逃げ出すために、海外で留学をしていた。本当は外交官になりたかったからである。

ところが、十五年前に、警察官であった姉がブラジルで公務中に失踪したのだ。この姉というのが、先ほどの説明に出た、天美の母、朱雀愛美である。

その当時、彼の母親は、警視庁管内の、ある小さな警察署の署長であった。

 いくら、小さな署だと言っても、その彼女のストレスは並大抵のものでなかった。女性署長ということで、世間の注目はあびるし、部下も、なめてかかってくるため、必要以上に気を張っていなければならないのだ。

 それらの激務に耐えていたとき、娘の失踪(潜入中、ほぼ間違いなく、現地の犯罪組織に殺された)という報告が勤務先から届けられたのである。

 その結果、母は心臓発作で倒れた。そして、入院して一週間後、慌てて帰国した息子に警察に就職をする、ように遺言を残して息を引き取ったのであった。

 当時、オックスフォード大学院生だった彼は、母の遺言に従い、警察官を目指すため、国家公務員上級試験を受けたのであった。

 試験はトップに近い成績で受かり、彼は警察官になった。英語力は超堪能で試験管たちの受けもよく、最初から希望であるロンドン警視庁への出向を許された。

 それから十五年、無事にそつなく仕事をこなしたのか、現在は、本土に戻り、警察庁外事部、国際犯罪課の課長という要職についているのであった。


飛行機は無事、定刻通りに成田空港に到着した。

 機外に出た天美は、手荷物だけでトランクを持っていなかったのか、そのまま、入国審査ブースに向かい、そこで、パスポートとビザを見せて税関を通過した。

 その彼女のあとを、六人組から別れた三人がつけていた。 三人というのは、先ほど、飛行機内で天美の姿を見つけたセラスタ人の二人組と、彼らの雇い主の商社マンだ。

 セラスタ人の二人組は、天美を見つけたときから、彼女に目をつけていた。

 彼らはノチェスホェリアの残党であったのだ。 そして、四人の日本人に、セラスタでコァンフェセス(自白屋娘)と呼ばれた天美について説明を始めた。

 だが、その内容が、あまりにもバカバカしかったのか、誰も本気にしなかった。

 特に政治家とヤクザは、南米特有のユーモアかと思い、ニヤニヤしているだけである。

 その政治家とヤクザたち二人は、一緒にいるところを、他の乗客たちに見られるとまずいので、飛行機のタラップから下りる時点で、すでに別れていた。

別れるとき、彼らは、二人のセラスタ人と同行している、もう一人の大手商社マンである真壁に向かって呆れたような、うらやましいような妙な目つきをしていた。

その真壁は、浅黒く日焼けしたスポーツマンタイプの男である。セラスタの男たちと会話をしながら、好色な目つきをして、入国手続きを終えた天美を見つめていた。

一方、天美は、何か危険な臭いを感じ取っていた。かすかでもあるが、前方の方から、拳銃を発射したときの硝煙の臭いがしたのだ。

 彼女はいぶかしみながら、その硝煙臭を出している前方の人物たちを見つめた。

 だが、そこには、ただの三人組の若い女性がいるだけであった。グアム土産のカバンを持っているところからみても、帰国間際に射撃場で銃撃を楽しんできたのであろう。

つまり、それほど、危険なものには敏感になってしまった少女ということである。

天美の背後を、入国手続きを終えた先ほどの三人組が、ずっと、あとをつけていた。

 その不穏な気配もまた、彼女は感じ取っていた。そして、次の行動を、実際、見るものすべてに興味があるのか、キョロキョロとオーバーに前方を見回し始めたのだ。

 もしかして、わざとスキをつくったのか? その行動をチャンスだと思った三人組は、すばやく、彼女の背後に詰め寄った。そして、そのリーダー格である真壁が、

「おっと、振り向くなよ。声を出さずに、おとなしくしな。私は空手をたしなんでいるからね。大声なんか出したら、あっというまにお陀仏になるよ」

 と低い声を出した。ところが、その少女天美も、

「そう、なら、小さい声なら、いくらでもいいのね」

 前を向いたまま、挑戦的な言葉を言い返した。

「この状況で、そんな生意気な口が出るなんて、やはり君は、こいつらの言っていたとおり、普通の娘ではないな。興味本位だったけど、話につきあってみてよかったよ」

「それは、よかったね。しかし、いきなり、女の子に、こんなことするなんて、あっなたたち、かなりの悪党に見えるけど」

 会話の間に、セラスタの男一人が、どこからか隠していた拳銃を取り出し、それを、彼女に押しつけた。その様子を見ながら、真壁は前より余裕を持って言葉を続けた。

「わかったかい、これ以上、減らず口はたたかない方がいいよ。ここまでやる必要はないと思うのだが、こいつらは、どうも、君をかなり危険だと見ているようだね」

「どうして、拳銃が? 確か機内には・・」

 天美の言葉をさえぎり真壁は言った。

「拳銃に驚いているようだね、そんなもの一丁ぐらいは何とでも隠せるよ。実際、検査が絶対的なものだったら、日本には拳銃が入ってこないはずだよ」

「確かにそうだけど」

「わかったら、本当に黙って従った方がいいよ。僕は捕まるのはいやだけど、こいつらは、そうは、思ってないようだね。何か君に、すごく恨みがあるような。ということで、逃げられないから、あきらめた方がいいよ」

 真壁の言葉を聞き、天美は、一旦は黙った。しかし、実際あきらめる気はなく、何か機会をうかがっているようである。

 セラスタ人の二人組は、天美の確保を確実にするために、左右両脇から、がっちり彼女の肩を抱え込むと、抵抗できないように両手首をつかんだ。

 そのとき、その少女の顔に何とも言えない笑みが浮かんだ。

男たちは、完全に少女の拉致に成功したと思っていた。彼らは、そのまま怪しまれずに空港の正面ゲートに到着した。あとは、この捕まえた少女をタクシーに乗せるだけである。

 だが、その少女天美は、こんなの状況になったにもかかわらず、薄い微笑みを浮かべ続けていた。いよいよかと待ち受けた顔をして、笑っていたのだ。

「さあ、ここで、車に乗るから、あと少し、おとなしくしていようね」

 声を出した真壁の方も、同じく余裕顔である。

「つまり終点ね。では、そろそろ、ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらおかな」

 しかし、彼女も、不敵にもそう言い返したのだ。これは、彼女が相手に威嚇などされて頭に来たとき、または、目的の相手と対面したとき、必ず使う決めゼリフである。

「悪事をしゃべるか。妙なことをいう子だね。さあ、そんなことよりも、この外の景色を、よく見ていた方がいいのじゃないかな。最後になるかもしれないから」

「景色見るのが最後? それって本当かなあ」

「何を言っているんだ。まだ、逃げられると思っているのか?」

「もちろん思ってる。だって、いい加減な捕まえ方だから」

「何だと?」

 真壁は怒ったように声を出した。それと同時に、天美から、何かがはたらいたのだ。

 突然、彼女をつかんでいた二人が、電気に打たれたように弾かれ、そのつかんでいた両手首を放した。そればかりではなく、彼ら二人は、真壁に詰め寄ると、

「オレたちは、このようなことをしてはいけない」

「この娘を逃がすべきだ」

 口々に、なだめに入ったのだ。二人の行動に真壁は驚いて声すら出なかった。

 その驚いている真壁に向かって、自由になった天美が話しかけてきた。

「どう? 簡単に逃げれるでしょ」

 天美の声に、真壁は本性を現した。頭に血が上り、正拳突きを繰り出してきた。

普通の人間なら、そこで、一撃を受けて倒れるが、ひのもと村でもまれ、セラスタの高地でゲリラ訓練を受けた彼女にとって、そのような男の拳を見切ることは簡単であった。

 真壁は、寸前で、彼女に身体をさばかれバランスを崩した。

 大抵の格闘の心得がある人間なら、この瞬間、相手に反撃し、うち倒すはずである。

 だが、天美は違っていた。彼女は、どんな場合でも武力を使うことは大きらいなのだ。

 今までも、様々な悪人に狙われ、このような場面が何度もあったが、一度も武力を使ったことはなかった。そのわりに、口だけは、かなり攻撃的だが、

 天美はバランスを崩した真壁に、軽く一秒ほど触れた。すると、ここで、信じられないことが起きた。真壁が、突然、犯した罪の暴露をしだしたのである。

たちまち人が集まり、真壁の犯罪告白を驚いたような顔をして聞き始めた。

しかし、天美は、このようなことに、完全に慣れているらしく、まったく、驚くことなく、当たり前のような顔をして聞いていた。そして、微笑みながらつぶやいた。

「どう、わったしの言葉通り、しゃべることになったでしょ。それよりいきなり、こんな歓迎受けるなんて、この国もまあ何というか、大変なところね」


【ここで、今、彼女の使った能力について、説明をしなければならないであろう。

実は二種類あり、最初にセラスタの二人組に使った弱善疏! この能力は、天美が自分の身を守るときに発動するもので、彼女を捕まえるため身体の一部にでも触れた人物は、その途端、その彼女を捕獲する意志をなくすのだ。そればかりか、《絶対に、彼女を最後までサポートしなければならない!》という気持ちに陥り、彼女を逃がす行動をとることはもちろん、彼女や彼女が守ろうとした対象の人物を捕まえようとか、危害を加えようとするものに向かって、妨害をし始めるのである。ただし、その効果は約半日だけだが、

 次に、真壁という男に使った強善疏! 彼女に接触した時点で、その捕まえる意志、をなくすところまでは弱善疏と同じだが、そこから先が違っていた。相手に自分の罪の意識を呼びもどさせ、今現在、(心の底にある)罪について洗いざらい白状をさせるのだ。

 こちらの能力、強善疏は、さすがに強がつくだけあって、半日ぐらいでは、その効力を失わなかった。使われた相手は、関係した罪について一度は暴露し、それ相応の裁きを受けない限りは、次の悪心が絶対に起きないようになっていた。

 だが、この強善疏は、弱善疏以上に、いくつかの制限があった。まず天美自身が、相手に大きな怒りを感じ、《絶対に罪を自白させたい!》と思うぐらいの、強い意志を持つことが絶対的の条件である。その上、何度も使える弱善疏と違い、一度使うと半日(十二時間)は、再び発動させることはできなかった。

 もし、能力が強善疏しか存在しなく、天美がこの能力を、どんなときでも、いつも使えるようになっていたら、世の中は大混乱になっていたであろう。たとえて言うと警官たちが、ただ職務のために彼女を捕まえようとするケースだって、いくらでもあるからだ。

 その都度、強善疏とは、考えただけでも大変なことである。人間、誰でも少なからず、意識的に小さな悪事はしているからだ。そのため彼女が一時的に、その場から逃げ切るだけ、という理由で、弱善疏というものが、おまけとして存在しているのであった】

 一方、天美は毎度のことでつまらないのか、真壁の自白を、最後まで聞かず空港を出た。

 そのとき、向かい側から端正な顔立ちの男性が、二人の部下を連れて歩いてきた。

彼女は、その男性、下上朋昌とすれ違った。一方、その下上警視正も、目の前ですれ違った少女が自分の姪で、国際的大事件を告発する原因になるとは知るよしもなかった。


中説明


では、これらの能力が、なぜ天美に存在するのか? 話は戻るが、先ほどアイデスが、ひのもと村に居住するために従ったという、ある条件が、そのもとであった。

 ある条件とは? アイデスは、その村で、まことにもって不思議な体験をしたのである。

 その年、アイデスが、ひのもと村に迷いこんだ年、村は災厄に襲われ、そのため、村人たちが代わりばんこで、洞窟内にある、ほこらの中の祈祷所でお祈りをしていた。

 ほこらの中は神秘的な造りになっており、その日担当の村人が、興味本位で探索をしているうち、ある装置見つけた。その装置を動かすと、一つの隠し部屋が現れた。

 そこは、太陽神を祀る神殿で、中央には大きな太陽が描かれた祭壇があり、その祭壇の前には、両手で持ち抱えられるぐらいの大きさの金色の直方体の箱が置いてあった。

 発見した村人は、箱を村内に運び込もうとしたが、その箱は台座にしっかりと固定してあり、動かすことすらできなかった。だが、ここにも、横にボタンのようなものがついており、そのボタンを押すと、スライド式になっていたのか箱は開いた。

 中はからっぽで何も入っていなかったが、五十センチぐらいの人型にくり抜かれた金色の金属板が張ってあった。また、台座側にもスイッチがあり、そちらのスイッチを押すと、ゴーと音がして、新たに四枚の壁画がせりあがってきた。


赤子であった天美を抱いたアイデスは、村人と一緒にその神殿内の祭壇の前にいた。この場所に来て、村長の指図に従うというのが村内に迎え入れる条件であったのだ。

 村人の態度もおかしく、いやな感じがしたが、アイデスは従うしかなかった。断ったら村から追い出されるどころか、殺されるような気配を感じたからである。

 その不安げな表情をしているアイデスに向かって、通訳の男性が声をかけてきた。

「ここは大昔の遺跡です。最近、天候の影響か、私どもの村の作物が取れなくなり困っておりました。ですから私どもは、この洞窟内のほこらで、毎日のようにお祈りをしていました。すると何かの拍子で、この神殿が見つかったのです。 おそらく、ここは、困ったときに神への生けにえを捧げる場所だと思います。見てください、ここにある四枚の壁画を」

青年の言葉通り、正面には大きな四枚の壁画が描かれていた。その壁画の図柄はというと、太陽神を祀る祭壇だけあって、どの壁画にも太陽の図が彫り込んであった。

左側から順に物語のようになっており

一枚目は、大きな太陽を背景に、一人の人物が赤子を抱いてひざまづいていた。

 二枚目は、同じく太陽の下、先ほどの人物が、赤子を何か容器のようなものに、入れている場面であった。その容器が、この金色の箱か、

 三枚目の画面は、太陽の日が沈み夜空になり、そのあと、日が昇る場面の描写である。

 最後の四枚目は、一枚目二枚目と同じ人物が、その容器から赤子を取り出しているところであり、その赤子のまわりは光り輝いていた。まったく、どこそかの宗教の教祖と言われる人物の誕生には、必ずありがちな場面である。

壁画を真剣に見つめているアイデスに向かって、通訳の若者が声をかけてきた。

「さて、事情はおわかりだと思います。壁画に描いてある通り、この箱は生けにえを捧げる神器でしょう。ですが残念なことに、この神器が見つかってから、どこの家庭でも赤ん坊が生まれていないのです、もともと小さな村ですから。前年に生まれた子供も、背丈は二尺(約六十センチ)以上になってますので、とても、この神器には入れることはできません。私どもは困っていました。そのようなとき、あなたがいらっしゃったのです。聞けば、あなたは太陽の民らしいですね。まさに、この壁に描かれた人物そのものです。どうか、あなたの手で、その赤ん坊を、この神器の中に入れてください」

 通訳の言葉を聞き、アイデスの気分は暗くなった。おおかたの内容は予想をしていたが、はっきりと現実をつきつけられ、どうしようもなくなったのだ。

〈断ったら確実に、あたしたちは、この村には住まさせてもらえないだろう。そんなことになったら二人とも確実に、のたれ死にしてしまう。それよりも、この密室の中の今の情況、断ることができるのか? 断っても、無理矢理に取り上げられるのがおちであろう。どっちにしても、この子の運命は同じか。こんなことになってしまって、あの両親たちに申し訳ない。村を見つけたときには神の加護があったと、喜んだのだけど〉

 という情況であったのである。

 そのアイデスに向かって、若者は再び声をかけてきた。

「さて、決心がつきましたか。本当は昨晩、あなたが疲れて寝ている間に、その赤ん坊を勝手に持ち出して、神器に入れてもよかったのですが、そんなことをしたら、神がこころよく願いを聞いて下されるかどうか、わかりませんでしたので、やめておきました。ということで、あなたの手でお願いをします」

通訳の言葉にアイデスは追い詰められた。そして、彼女は決心をした。開き直ることにしたのだ。開きなおって一暴れをして、華々しく散る覚悟をしたのである。

その開き直った態度がよかったのか、彼女はまわりを見渡す余裕ができた。すると、今まで目につかなかったものが、彼女の視界に入ってきたのだ。

〈この遺跡の彫り物、よく見たら、あたしの故郷にある神様の彫り物によく似ている。もし、そうだとしたら文字も〉

 と思った彼女は、どこかに文字が書いてないか、真剣な目であたりを見渡した。そして、見つけたのだ。文字がある場所を!

 それは、四枚の壁画の間に、それぞれ、一行の文字が彫ってあった。

 文字といっても、一見、人間の顔のようなものが縦に彫られて並んでいるだけで、それなりの学を持った人物しか、文字とは判別できないであろう。アイデスは、かねてからセラスタの古代文字を勉強していたので、かろうじて、刻んであった言葉が読めたのである。

 真剣な目をして文字を読んでいるアイデスに、通訳の青年が声をかけてきた。

「まだ、決心がつきませんか。ですが、どうしても生けにえが必要なのです。ここに、差し出せば、あなたは村に住むことができるのですよ。昨日聞いた話が本当だとすると、この赤ん坊は、あなたの子供ではないのでしょう。でしたら早くしてください。あなたが、どうしてもできないのでしたら、了解をするだけでいいです。私どもが代わりに入れてあげてもいいのですよ、気が進みませんが」

 そして、アイデスは決心した。彼女は通訳の青年に確かめるように尋ねた。

「この神器に、この子を入れれば、間違いなく、村に住むことができるのですね」

そのアイデスの態度の変わりように、青年は少しびっくりしたが、すぐに、ニヤリと笑うと、村長に近づきアイデスの言葉を伝えた。

 村長も満足な顔をしてうなずいていた。

「では、話は決まりました。早速、その行動をお願いします」

「さて、そのことなんですけど」

 アイデスは再び声を上げ、そして、通訳の青年も反射的に聞き返した。

「何でしょうか?」

「村長殿に尋ねたいのですが。今から、この子を神器に入れますが、もし、この子が明日の朝まで生きていたら、この子の命を助けてくださるでしょうか」

 通訳はその言葉を村長に伝えた。その村長は、

「明日の朝じゃと?」

 不思議そうに聞き返した。

「この壁画のことですが、三枚目だけが雰囲気が違います。人物は描かれてなく、ただ太陽が沈み、星空のあと昇るだけの構図です。なぜ、こんな絵が必要なのでしょう?」

 アイデスの通訳を介した質問に、村長は答えが出なかった。彼女の説明は続いた。

「ですから、三枚目の、この一夜限りというのが重要なのです。一夜が神の意志なのです」

「ほお、一夜が神の意志か! それを説明するために、この三枚目が必要だったと」

 村長は声をあげた。必要以上に大きかったのか、その声は洞窟内に響き、その場にいるものが全員聞き取れることができた。

「では、はっきりと、この神の前で約束をしてくれますね」

「わかった、では明日の朝に、まずは、赤子の様子を見にくることにしよう。そして、もし生きていたら、その命を助けよう」

 村長は了解をしたのである。心の中でこう思いながら、

〈だが、これは生けにえ用の神器、その一日で、最後の絵のとおり、確実に神に召されることになると思うがな。だいたい、このような箱の中では、息すらできなかろうて〉

 村長の返答に、なおも、アイデスは言った。

「では、この子が生きていた場合ですが、あたしたちの処遇はどうなりますか? 最初の約束通り、村に住まわせてもらえるのですね」

 今度は、すぐに返事が来た。

「そのことじゃが、わしが思うには、もし、赤子が生きているようなことがあったら、それは、うぬの言った通り神の意志だ。その神の加護を受けた子を、ぞんざいに扱うことはできない。そういうことで、案ずることはない。丁重にもてなそう」

 村長の言葉を通訳越しに聞き、彼女の次の行動は決まった。赤子を抱えたアイデスは、祭壇正面に、うやうやしく一礼をすると、問題の容器に向かって足を踏み出した。


 その日の夜、村人たちは生けにえ?が見つかって、よほど嬉しかったのか、深夜まで、かがり火をたいて酒宴を開いていた。

アイデスは寝付かれなかった。聞こえてくる和風の笛や太鼓のリズムにも馴染みがなかったが、それよりも、やはり、昼間の自分の取った行動が気になっていたからだ。

〈よく考えたら、あの文字の言葉は本当なのだろうか? 成り行き上、あの子を彼らに差し出してしまったけど。ああ、旦那さん、マナミさん、ごめんなさい!〉

 翌朝、アイデスは目覚めた。目覚めたといっても、ほとんど寝てない状態である。

 そして、昨日同様、村長たちと一緒に洞窟に入り、例の祭壇に向かっていた。

 ここで、疲れ切っていた彼女はつまずいてしまった。そして思わず、上から垂れ下がっている一本の紐をつかんでいた。紐は五色、五本あり、彼女はその一本を引っ張っていた。

「気をつけてくださいね! この洞窟が崩れるかも知れませんから」

 慌てて、通訳が声をかけてきた。その言葉にアイデスは、

「えっ! 崩れるのですか!」

「いや、この五色の紐、さすがに一本引いたぐらいでは何も起きませんけど、五本を、ある順番で全部引くと、この洞窟が崩れる仕掛けなのです。私たちの先祖が、外敵に襲われたとき、この遺跡を敵に渡さないようにするため造ったのですよ。神官の一族しか、この引く順番を知らないみたいですね。まあ、こんなものを使う機会はないと思いますが」

 通訳は説明を続けていた。何にしても、それだけ、アイデスは疲れていたのである。

その後、一行は、昨日と同様に、隠し壁を開けて神殿に足を踏み入れた。

 入るなり彼らは目を見張った。祭壇上の太陽の壁画が、さんさんと輝いていたからだ。

「おお! 神の迎えが来たか! これで、この村は救われる!」

光を見て村長が思わず叫んだ。自分たちの想像していなかったことに興奮したのか、

アイデスは、急いで神器に近づこうとした。村人の一人が、彼女の行く手を、はばもうとしたが、村長がそれを押しとどめた。好きにさせればいい、と判断をしたのであろう。

 そのアイデスは、神器の元にたどり着くやいなや、開口スイッチを押した。箱が開くとき、見るのが怖いのか、彼女は目をつぶっていた。

「これは、すごい、生きているぞ! それも元気に!」

 ざわめきとともに、村人の一人の興奮した声がした。果たして、中の赤ん坊は、その言葉どおり生存していた。彼女は無我夢中になって、その赤ん坊を抱きかかえていた。


時間はさかのぼるが、実は前夜、その容器に妙な出来事が起きていたのだ。

 まず、この容器は入れられた赤子が死なないように、様々な工夫がされていた。中は快適な常温になっており、呼吸はむろん、必要上の栄養も取れるようになっていた。

 そして、何よりも肝心なことは、この容器には仕掛けられたメカニズムによって、中の赤子に、ある能力がついたことであった。

その能力とは、四枚の壁画の間に刻んであった語句は、このような言葉であったのだ。

【身に災いする邪しき心、天の怒る悪しき行】

【前を無にし、後を善となせる流を与えよう】

【さあ任せきって、身を身にゆだねるがよい】

 アイデスは壁画の間の三行が、おぼろげながらも解釈ができたが、村長たちは、文字の存在すら気がつかなかったので、壁画の意味を逆に取っていた。生けにえを神に供える方法について、説明がしてあると思っていたのだ。

 彼らは四枚目の解釈を間違え、この絵の中の赤子が、なぞの光に包まれて能力がついた、というところを、神に召された証し、だと解釈していた。

 確かに見ようと思えば、そう見えないことはないが、生けにえという観念が強すぎて、そう思ってしまったのであろう。


 村内に戻ると、村人たちはアイデスに詳しいことを聞き始めた。初めは村長以外は、相手にすらしなかったのだが、ことがことだけに皆が興味を持ったのだ。

 結局、アイデスは村人に迎合するため、それらの説明に答えることになった。

 さすがに、飛行機を墜落させたことだけは話すことはできなかったが、それ以外の内容、つまり、その飛行機内で起きたことについて、すべてを話し始めたのである。

 村長を始め、村人たちは、通訳を通し、アイデスの話を真剣に聞いていた。そして、

「では、この子は、本当におまえさんじゃなくて、その日本人夫婦のものだったんだな」

 村人の一人が確認するように聞いてきた。

「はい、そうです。昨日申し上げたとおり、わたしの子ではありません」

「つまり、この子は、おらたちと同じ日本人だったんだ!」

 別の村人が喜びの声を上げた。

「なるほど、それで、一つ聞くが、その母親の名前は、まなみと言ったのじゃな」

 ここで、何か意味があるのか、村長が通訳を通しそう尋ねてきた。

「ええ、そんなような発音でした」

「では、この子の名前は決まった、天美じゃ。天から降ってきた娘ということでな」

「えっ! 天身」

 アイデスは目を見張った。奇しくも、古代文字が当てはまったからだ。

「そうじゃ、あまみと名付けることにする。その、まなみさんの名前からも取ってな」

これが、遺跡で不思議な能力がついた赤子、天美の誕生であった。





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