第58話 没落貴族、都に戻る。
あれからユニのママとアム、文官さんが話し合い、一時的にユニが都に来ることになった。はっきり言って僕はカヤの外だったので、二人(?)が話を詰めている間に色々な一角獣のブラッシングをしまくった。おかげで色とりどりの鬣がとれた。より分けたら七色の縄が多分撚れるくらいに。腕輪でも作ったら、すごい魔除けにになりそうだ。
「ユニ、都に来ても大丈夫なのかな」
思わず心配になって、今僕がもたれている淡い黄色の毛並みの一角獣に話しかけると、問題ない、という風に彼は縦に首を振った。ふさり、と鬣が揺れて頬をかすめる。ブラッシングをしまくって疲れた僕と、多くの一角獣との間に割って入ってくれた優しい馬である。小さいころからの付き合いだ。
「まあ、ユニは丈夫そうだしねぇ」
黄色の一角獣はこれこれ、と角を見せつけてくる。そういえば、今のユニに角はない。僕への餞別として折ってしまったのである。だが、そのために人になるにも街に出るにも問題がないようだった。そっか、というと彼が頬を寄せてきた。さわやかな草のにおいがして暖かくてほっとする。
「ありがと。そういえば、あだ名、付けてもいい?いつまでの黄色さんじゃなんだし。そもそも呼んだことないけどさ」
そういうと、黄色はぶんぶんと首を縦に振る。目がキラキラして、ちょっと鼻が膨らんでいるのは気のせいだろうか。
「シトリンってどうかな。いつもさわやかないいにおいするし、毛色も黄色いし。どう?」
その瞬間、頬に鼻が押し付けられた。柔らかくて湿った鼻である。ありがとう、というつもりだろうか。角に刺されると思ったのか、アムが手を出しかけたが、黄色さんことシトリンは、そのまま立ち上がって、スキップするようにはねて向こうに行ってしまった。どう見ても浮かれている。
「ああ~、うれしかったんだねぇ」
手に魔力を込めた状態で、なんだか呆れたようにアムが言う。
「あの馬は名前知らなかったから、とりあえずつけたけど、喜んでもらったならよかったな」
「あのさ、君は…名づけの意味って知ってるの?」
「え、あだ名だよ。名づけじゃないよ」
あくまであだ名である。だって、馬同士呼び名があるみたいだし。ユニの腹心の薄紫の馬はプルプラという。そのまんま紫色の意味である。通常、彼らは毛並みや見た目で呼び名が決まると聞いた。僕もプルプラと呼んでいる。ユニと並ぶ、大きくてカッコいい馬である。
「こいつにそういうこと言ったって無駄だぜ。自分との魔力差の意味を理解してねーから」
「じゃあ、余計に言ってあげなきゃならないでしょぉ」
はあ、とため息をつき、アムは僕に向き直った。がっしりと肩をつかみ、赤紫の目でじっと僕を見つめてくる。
「あのねぇ、君は魔力高いでしょ?それが名前を付けるって、君の庇護下に入るってことなんだよ。君が支配しようとしてないから強制力薄いけどぉ、あの子は君の魔力に包んでもらって少しは守ってもらえるからうれしかったんだと思う」
なんと、そんな効果があったとは。庭に来ていた鳥のピピとか、栗鼠のモフリンとかウサギのマリマリとか、野生動物にしては妙に長生きな子がいたが、それはもしかして僕が名前を付けたからだったのだろうか。さすがに名前を付けた子は食べられなかったこともあるけれど、かなり長い間彼らは生きていた。
そんな風に思っていると、げっそりとした文官さんとユニがこちらに向かって歩いてきた。
「さ、都に行く準備してくるわよ」
「え、今日もう行くの?」
「善は急げって言うでしょ。プルプラも行くっていうし、何とかなるわよ。プルプラ、角折ってきて。それも持ってくわよ。後、ジジババの折って貯めといた角も集めなきゃね」
後ろに控えていたプルプラがぷふふん、と鳴いてうなづく。折るのに躊躇はないらしい。潔い。彼は監視役を兼ねてきてくれるといった。
少しして、大量の荷物を持ったユニと、おった角を口にくわえて、意気揚々と僕のもとにやってきたプルプラを見て、アムと文官さんははぽつりとつぶやいた。
「色々とついてけない」
「一角獣って……」
☆
「ふえっくし!!うえっくしっ!!」
父の転移陣を使い、祖父の屋敷の庭についた瞬間にユニはくしゃみをした。それも立て続けに。神秘的な美貌が台無しである。洟が垂れそうだったので慌ててチリ紙を手渡す。ぶひん、と勢いよく洟をかむと、形のいい白い鼻が赤らんでしまった。もったいない。
「何かそんなに変?」
「空気、ぶへっくし!!よどん…うっくし!!!へぶっ」
くしゃみが止まらない。一応まだ秋だし、花粉とか埃の可能性もあるよな、と思い浄化をかける。すると、いったん落ち着いた。だが、考えてみれば森の生き物なので、花粉がダメだったらあの時点でくしゃみしているような気もする。
「ありがと。あー、鼻がむずむずするわ。なんとなくヤナ感じね、この空気。ルドゥンが滅ぶ前みたい」
そういうと、もう一度ぷしっと小さくくしゃみをした。
ルドゥンという言葉を聞き、グーグーの耳がピクリと動く。犬の顔ながら、表情が少しこわばったのがわかる。
「ちょっと、そこの精霊。感じなかったの?悪意のほかに瘴気が混じり始めてるわ。まだ薄いけど」
「俺は精霊の中でも、本来その瘴気を糧にする生き物だからな」
だから、そこまで感じ取れない、と少しだけ黙った後、グーグーがむつっとしてそういった。ふうん、と思う。瘴気をも糧にできるのであれば、どこででも生きていけそうだ。たとえ地獄でも。
「あっそう。ま、一角獣はそれに特化してるみたいなものだから、反応するのかしら」
「そんなにひどいのでしょうか」
文官さんが青ざめながらユニにきいた。国から派遣されている人だから、きっとそれが一番気になっていたことなのだろう。アムは胸元から手のひら大の時計のようなものをを取り出し、計測しながら首をかしげていた。
「一応、瘴気計ではそこまで反応していませんからー、一角獣特有なのかもしれませんねぇ」
ほら、と見せてくれた機械の針は、0と書かれた部分から少しだけしか動いていなかった。十刻みに最大で百まで数がふってあり、どうやら瘴気量に応じて針が振れるようだ。そんなものを持っていることに驚いたが、考えてみればこの人は魔道具師のはしくれなのだ。
「そうかもね。まだ、何とかなるレベルだと思うけど、これ、完全に結界の中に入り込んでるわ。というか、もしかしたら中から生じてる可能性もあるかも。量は多くないけど、悪質よ。かなりの角が要るわね」
森からここまでプルプラが走ってやってくるから、詳しいことがわかるでしょう、という。偵察を兼ねてプルプラは自力で都にやってくることになっていた。アムに懐いたピウスフェリスを載せて。
一角獣基準では、プルプラでそれなりに変わり者だという。優秀で強い成獣にもかかわらず、自らをまだまだ未熟ものだからと春の繁殖期も気にしない。伴侶も欲しがらない、困り者だとユニママが言っていた。そんなわけで自ら角をバキッと折って、来てくれるわけだ。好奇心の強いプルプラは、前から王都に行きたがっていた、とユニがこっそり教えてくれた。
「気分は平気?」
「角がないからそこまで感じないわ。ま、鼻はむずむずするけど、とりあえず、都を見て回りたいのよねー。どこを拠点にしたらいいかしら?」
「と、とりあえず王太子殿下のもとに行けばいいかと」
元からそのように打ち合わせをしていた。一番手間がなくていい、とのことだ。
プルプラが来るにしても、もう少し時間がかかるだろうから、その間にわかったことだけでも報告しなくてはならない。少なくとも瘴気が混じり始めていることを知らせるべきである。
「ここからだと少しかかるけど、とりあえずいこっか」
僕らは王宮へと歩みを進めた。