その頃の⑧
「では、そのアドラル・ヨクラートルという少年に、王家の血が混じっていると?」
新たに王城に構えた執務室で、ヴィリロスがため息をついた。次から次に厄介ごとがやってくる。結界の問題は何とかなりそうだが、魔国との交渉はランプロスが出張ってやってくれている最中だ。その次にこれか、と胃が痛くなった。
「ええ、確認はまだですが、あなたの息子は嘘が下手そうですし、その可能性は強いでしょう。あなた、身に覚えは?」
セド・サリクス・オケアヌスがちらりとこちらを見やる。なんでだか、彼はコラリアのことを買っていて、彼女の不利益になることには敏感だ。そのせいか、たまにヴィリロスへのあたりが強い。
「失礼な。僕はコラリア一筋だ。自分の血筋が厄介なことくらい知っていたから、余計な可能性は残したくなかったんだ」
万が一、隠し子などというものができたとしたら目も当てられない。その為には身を慎んでおかねばならなかった。母に足元をすくわれる原因はできるだけ排除していた。今も昔もコラリアだけがヴィリロスの相手である。
「そうすると、王の兄弟の家系か?」
前々王と前王ともに、子だくさんだった。それはもう、男ばかり。だから、戦前は他国と比べると異常に侯爵と公爵が多かった。つまり、血筋だけであれば王家のものは腐るほどいる。つぶしていくのが非常に大変なほどに。だが、虹色はある程度近くないと発言しない。大体、直系から三世代が限界だ。不思議なことにほぼ二世代以内には消え失せる。
「その可能性が強いでしょうか。ただ、別の可能性も排除できません」
「……前王太子か」
年ごろから言って、親になるのは不可能ではなかったはずだ。かわいらしい女の子が好みらしく、周りにたくさん侍らせていたものである。もちろん男もいたが、それはほとんどご学友というものだった。
「ただ、時期がずれてるんだ。そこがなぁ」
胎児を体内にとどめたり、仮死状態で子どもの成長を止めたりする術がないわけではない。だが、それには膨大な魔力と繊細な調整が必要となる。不可能ではないがかなり無茶な話だ。できるとすれば、かなり高位の貴族がかかわっていることになる。
「ああ。だが、どちらにしろ、確認しなきゃならん。トランクイリタース家の諜報部も動かすが、ヒュドラル=ユーグランスも使った方がいいな」
「ええ。後でこっそりと言付けておきました」
ヒュドラル=ユーグランス家の息子二人がルセウスについていることを考えると、それが一番効率がいい。彼らの一族は、自らの主と定めたもののためならば、親族と対立することもいとわない、少々特殊な血を引いている。
「で、この件はこの件として、王婿や親父殿、それから侍女長などから聞いて、いくつか嫌な感じがする出来事がある。もしかしたら関係もあるかもしれない」
ヴィリロスの勘がこのところの出来事と、今回のことが全く離れた点と点でないことも告げている。そして、頻発する妙な事案とも、関係している可能性があった。
「なんだ?お前の勘は馬鹿にならないぞ」
「ええ、天性のものですからね」
魔力が過剰だと、微妙な気配に反応することがある。それも第六感の一つだといわれていた。精霊が忠告を促している場合もある。
「この先を話すには、この場で他言無用の精霊誓約してもらいたいが、構わないだろうか」
先ごろの王位を簒奪したことと関連していた。ルプスコルヌ伯爵が出張っている以上、二人とも何があったかうっすらとは察しているだろうが、これ以上のことはうかつに口には出せない。気の毒ではあるが、ある程度の制約を設ける必要があった。
精霊を介した制約は、人と異なり、融通が利かない。つまり、破ったら自動的に粛清される。場合によってはあっけなく命を奪われるのだ。その対価として膨大な魔力が必要だが、ヴィリロスにとってはそれほどの量でもなかった。何より精霊が彼の魔力を非常に好んでいるので、格安と言っては何だが、かなり割り引いてくれるのだ。
「構いませんよ。今更です。この国と我が家の状態がよくなるならば」
「俺もだな。あの王に、もう用はないし」
二人がうなづくなり、ヴィリロスは机の上にあらかじめ用意しておいた魔法陣を載せ、懐から取り出したナイフで傷をつけてその血を中央の文字部分に塗り付けた。そして、誓約内容を聞くとアルサスは腰にはいている剣で、サリクスは懐に潜ませている長い針でそれぞれ指先に傷をつけて血を塗り付けた。古代語での呪文が唱えられると、パッと光り、鎖のようなものが手首に巻き付いて消える。誓約に縛られたことを意味していた。
「まあ、これで一安心か。盗聴防止もかけておくな」
とんとん、と机を軽く二回ほどたたくと、部屋全体がヴィリロスの魔力に包まれる。目のいいものであれば全方位に魔法陣が展開したのがわかはずである。いつの間に仕込んでいたのだろうかと思うほど見事な魔法陣であった。必要な魔法陣の上にダミーが幾重にかかけられている。それはそれで見事の文様を描き出しており、とても美しいものだった。
「さて、国王が強制的に蟄居となった本当の理由を知っているか?」
「いや、お前が何かしただろうことは分かっているが」
「ルプスコルヌとキュラトルが出てきたということは、それ相応のことをしたのだろうということしか知りませんね。最も、ほとんどのものはそれすらも知りませんよ」
信頼を置いていた部下であるサリクスには、ルプスコルヌ伯爵直々に連絡があったらしい。ルプスコルヌが出るので、ヴィリロスが上に立つ、と。アルサスはキュラトルから話が来たという。
「これが最悪でな。王は邪法に手を染めていた」
「なんだと?!」
「邪法とは、シャルムの死霊術の系統ですか?」
国によって邪法の定義は変わるだろうが、寿命や魂を弄るものはシャルム以外ではこの大陸全体で邪法とされ、多少の差こそあれ、各国で禁止されていた。一般的に死霊術と呼ばれる類のものである。無理やり魂を死体に閉じ込めていじったり、他人の寿命を奪い、自分の寿命を延ばしたりするようなものである。もちろんただでは済まず、瘴気が発生するのも邪法と呼ばれる要因だ。それが原因でシャルムは荒廃していった。
「そうだ。それも、ずいぶんと前から手を染めていた。シャルムを実際に手引きしたのは前王太子だが、そのきっかけは国王だ」
「なんということを。それでは、前王太子が処刑されたのは自分のせいではありませんか。あなたを逆恨みするなど」
「だからこそ、余計に憎かったんだろう。で、その邪法だが。……前王太子であるプラシド・アッキピオにはいくつ属性があったか知っているか」
「後継に問題がないということは、全属性だろう?副属性はないかもしれんが
全属性であり、魔力が豊富であること、それが最低条件である。前王太子は問題なしとして認められ、王とキュラトル家から鍵が送られていた。最も、キュラトルは保険としてヴィリロスにも鍵を渡していたのだが。
「一つだ」
「一つ?!王族で聞いたことがないぞ。それに、それだと王位継承は望めないだろう。裏の王を立てるつもりだったのか?」
王族で一つということはまずありえない。一つというのは男爵や下位の子爵の標準属性数である。だから、王族としては属性が少なく、魔力もそれに伴ってあまり大きくなかったサリクスの祖父は第一王子でありながら侯爵となった。公爵でなく侯爵である。
「裏の王かは知りませんが、属性一つというのはありえますよ。まれに病でそのようなものが出ることがあるのです。通常はもう少し多いですが。アーギル・ルヴィーニの症状が重篤化したと思えばいいでしょう」
サリクスの祖父は魔力硬化症を患っていたのだという。王族が妙に多かったその時代でなければ、治癒対象の病気であったから、王位継承順位はまた変わっていたかもしれない。
「ああ、そうか。学長の早期治療でなんとかなったんだったな」
「そうだ。あれでも、彼のは治るだけ軽度と言っていい。だが、前王太子のその疾患はかなり重篤だったんだ」
重度の魔力硬化症であるうえ、中途半端に機能してしまった魔核が魔力経路の発達をさらに阻害していた。二重に困難があったわけである。
魔核はこの世界の生き物であるならば誰でも持っている、第二の心臓とも呼べる重要な臓器の一種である。一般的な人間は魔核を魔力の発生源としているだけの一方、魔族やアールヴ、ドヴェルグなどは魔素の吸収・濾過装置としても効率的に使い、魔力を使いこなすことができるということが違いなのだ。ことに、魔族はそれを自由に利用することができた。魔力を自由に操ることができる民族、だからこそ「魔」族と呼ばれる。
前王太子の場合、それが中途半端に動いて魔力の流出を阻害している状態であった。魔国から専門家をひそかに呼び、見分してもらったが、その状態ではどうにもならなかった。国王ディヴィナは絶望した。これでは王位につけることはかなわない。さらに悪いことに、前王太子が産まれた時点で子宮に問題が発覚し、次の子は望めないだろうと宣告された。
「そこから暴走し始めたってことだな」
「ろくなことしませんね」
子を持つ親として、気持ちはわからんでもないが。国王は管理者にのみ許された、他のものは入れない禁書庫を漁った。何しろ、王は管理者の一人である。中に入る王はわずかのようだったが、入ることに問題はない。問題は、古い文献を読みふけり、怪しい呪術の類にまで手を伸ばすようになっていったことだ。
本来はそれを踏みとどまれるのも王の資質であるのだが、彼女は息子愛しさのために暴走してしまった。元がまじめで優秀なだけに、四苦八苦しつつも次々に禁呪を読み解いていく。
そして見つけたのだ。他者に属性を移植する方法を。それはシャルムの禁術であった。
「秘密裏にシャルムから術師を呼んだと王婿テネリタスが言っていた。しばらく王城内に滞在させていたそうだ」
本来、敵対する国の魔術師を王城に長期滞在させるというのは、愚の骨頂である。前回の侵攻もおそらくは、その時の情報がもとになっているのだろうと考えると、納得がいく部分がかなりある。彼らはかなり正確に街の配置や王城の主要部分の配置を把握していた。
「愚かですね。権力を奪取したからには、国を守る義務があるでしょうに」
「一種の売国行為だな」
「そう。それで、その方法というのがおぞましい」
方法は、他人の魔核の中心部にある属性を削り取り、所定の儀式を行って、魔核に移植するというものだ。もちろん、多少の拒絶反応はあるが、その益は大きい。さらに、移植のなじみ具合は血が近ければ近いほどよく、移植される側は若ければ若いほど違和感なくそれを受け取ると書いてあった。
だが、魔核は魂のありかでもある。属性を取られて傷つけられたものは魂がけがされ、よくて発狂、悪ければ即死する。そして、最悪肉体が滅しても亡霊となるのだ。ならなくとも瘴気を発する。そうなると、いくらなじみがよくとも自分や夫のものを移植するわけにはいかない。だから、ヴィリロスを狙った。何しろ前王太子の兄にあたる。血が近く、属性も副属性もすべて持っている。
「なんということを。この国の根幹を揺るがしかねないではありませんか」
「なんでそこまで命を狙うのか、と思ったが、そういう理由もあったのか」
彼女は望まぬ結婚で生み、さらに自分が苦労して得た力を生まれながらにすべて持つ息子に嫉妬していたことは、高位貴族の間ではよく知られていた。魔力も、地位も、美貌も、そして知性さえ持っていた息子を憎んでいたのだ。金で秘密裏に雇い潜り込ませた女官や侍従が何度試みても、ヴィリロスはしぶとく生き延びた。なにせ精霊の守りは強固で、毒を飲んでも浄化され、呪いをかけても跳ね返す。彼の魔力をすこぶる気に入っている高位の精霊たちが、死んでもらっては困ると、生かし続けていた。命を懸けた最大級の呪いだけは跳ね返せなかったが、今もこうして生きていられるのはコラリアと精霊たちのおかげである。
「うん、そういう理由だな。僕も納得した。そして、僕を殺せなかったから、血の近い王族に照準を定めた。でも、移植自体なかなかうまくいくものじゃなかった。だから殺して、前王太子に移植し続けた」
「それでか…」
「戦争以前から、確かに公爵や侯爵の血族が減ってますね」
王の即位後、かなりの数の元王族が命を落としている。現王の即位後、一臣下に落とされ、抵抗力をそぐために慣れない肉体労働が課せられていた。実際、侯爵でありながらオケアヌス家も自ら野良仕事をしなければならないほどに追い詰められていたのがその証拠である。彼らの死亡原因は過酷な環境だとみなされていたが、そうばかりとは言えなかったようである。
「だが、もっと面倒なのはその次だ」
「どういうことだ?」
「この術の究極は不死の存在となることだ。核移植は、その器を作るのに最適な方法だった」
もともと、繁殖力には勝るが、魔族やアールヴ、そしてドヴェルグに比べて人の寿命は短い。だから永らえて、勢力を拡大しようというのがシャルムの祖の考えだ。彼らは不老不死となるために、何とか魔核を起動させるか、起動しなくとも対抗できるまでに強化しようと試みた。それが例の術である。属性が多いほど様々な力をふるうことができる。そして、属性の数は魔力の量に比例しやすかった。たまに一属性が突出しているものもいるが、それは一種の例外である。
そもそも始まりでは、他人の核を取り入れて力と生命力、そして肉体を強化する予定だったらしいが、肉体はそこまで強くはならなかった。だが、副次的にわかったのは他者の核を受け入れると意識のある亡霊と化しやすく、そして肉体を乗っ取りやすくなるということである。そこでシャルムが考えたのが、肉体を乗っ取り続けることで不老不死になることであった。
「殺しても乗っ取られて生き延びられてはたまらない。それもあり、戦後は見つからなかった七の姫以外のシャルムの王族を皆殺しにした」
これ以上付け入られないように、踏み荒らされないように、という配慮だった。王城にいったん入れて長期の滞在させてしまったということは、道を開きやすくなるということだ。巧みな術者であれば、己の痕跡を基にして膨大な魔力と引き換えに外から道を開くことができるだろう。これらの事態を聞いた宰相も二人の鍵の管理者も激怒していたが、それを今まで隠すだけの力が当時の王にあったということになる。
何より、亡霊と化しても相手と状態がわかっていれば、コラリアという当時最高の聖女がいたので、恐るに足らない。即時であれば浄化は容易である。
「だが、何も処刑した王族だけが例の術を使えるわけじゃない」
「つまり、もしかして…」
「シャルムの高位貴族で例の術を使ったものがいるかもしれないってことだ」
「……そうすると、前王太子が亡霊化している可能性もあるということでは」
王太子の処刑は彼らとは別のところで行われ、さらにコラリアは同席していなかった。あくまでも秘密裏の処刑であったので、同席したのはごくわずかである。誰も手を下したがらなかったので、実際に手を下させれれたのはヴィリロスである。それもまた、国王が彼を恨む要因であった。
「そうだ。彼は一回だけではなく、何度も移植されている。つまり亡霊化しやすい」
「なんてことだ」
「つまり、亡霊化して、誰かにとりつこうとしているということか」
はあ、と三人はため息を大きくついた。
「根拠はまだない。だが、そう考えると、全属性の子どもが狙われている理由と魔力の痕跡が薄い理由が納得できる」
「精霊や亡霊は肉体がない分、痕跡が残りにくいですからね」
肉体というのはそこにあるだけで痕跡が残りやすい。魔力ももちろん痕跡は残る。だが、精霊や亡霊といったものは本人の汗や皮膚片、髪といった、場に固着するものを持たない分、残りにくいのだ。精霊というくせに、肉体ともって堂々と歩きまわっているグーグーというあの黒い犬が特殊なのである。
「憑くにしても、血筋に共通点がある方がいい。だから、例の子どもの実の親がだれにしろ、王族の血を引いているのであれば今現在も憑かれているかもしれない」
黒い靄を吐いた、というのが気になる、とヴィリロスはため息をつきつついった。
「一連のことと、今回の魔に取りつかれた子どもとが、まったく無関係だとは思えないんだ。だからこと厄介というか」
「たしかに、起きている時期が微妙にずれてはいるが近いってのが気になるな」
「早く、問題が片付くといいんですが」
彼らはがっくりと首を落とし、これからのことを話し合うのだった。




