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第53話 没落貴族、新たな教師を得る。

「何か、ほかに僕に報告することはないか、ルル?」


どこか探るように訪ねてくる父に、頭の中を回転させて、この数か月起きた事態をはじき出していく。


「んー…。えっと、妙な事件が頻発してます」

「うん、聞いた。全属性の子どもが狙われているということもな」


ついでに紙や薬草室に変な仕掛けがあったことも、父は知っていた。ヴィルトトゥムがにっこりとこちらを見たので報告はそっちから言ったに違いない。


「軟禁されました」


多分知っているだろうけれど、浜辺の家に閉じ込められていたことも言う。あそこで祖父に会えたのだから、文句はないが、最初は内心戸惑った。グーグーとプントがいたからいいけど。


「避難、というか隔離な。あれはお前を守るためだぞ」

「ええ、後から聞きました」


教師陣の苦肉の策だとは後から聞いた。学長なりに守ってくれたのだと、一応父がかばう。そんなに仲が悪いわけではないようだ。


「あとは、教師が更迭されました」

「それも聞いたな。ミカニだろう?あれは前王太子の腰ぎんちゃくだった」


 やっぱりそうなのか、と思う。僕に関しての敵意はかなりしつこかった。ばれたらこうなるとわかるだろうに、何を考えていたのだろうか。


「それからー…。あ!今日、呪を払いました!」

「んん?」


 それまでふんふんと頷いていた父の首が横に曲がる。ついでにオケアヌス侯爵とトランクイリタース公爵も不思議そうな顔を浮かべた。


「どういうことだい?」


 それまで割と引っ込んでいた学長が、大人たちの間から出てきた。ヴィルトトゥム先生も興味津々だ。先輩たちは訳が分からないといった様子である。頭の周りを疑問符が飛んでいそうな顔であった。


「今日、一限が教えあいの授業だったんです。そこで、僕がアディ、アドラル・ヨクラートルと組んでました。少し体調が悪そうだったから、フィークスの蜜漬けを炭酸水で割ったものと、アルバリコッケのはいった焼き菓子を渡したんです」


 そこまで言うと、父は両手で額を覆った。ため息が聞こえてきそうな雰囲気である。ズーンという空気を背後にしょっている。


「……わかった。お前、一角獣の角の粉をそれにかけただろう」

「はい。……だめでした?」


 体調が悪い時に一角獣の角の粉を摂取するのは、母がよくやっていた処方だ。特に父によく摂取させていた。だるいとか疲れたとかいう症状があるたびに摂取させていた。僕もちょっと悪寒がするときや、気分が悪い時はそれをちょびっとだけ削って入れるのだ。効き目はそれなりに強い。


「いや、我々が悪い。お前に教えなかったからな。あれは、王都では結構貴重な薬なんだ。それに僕の場合、この足の呪いがあるから飲んでたんだよ。お前もすぐそばにいて、その影響を受けやすいから、飲まされていた」


 一角獣たちは物心つく前から身近にいた。街から少し離れていたので、庭に出ると遊んでくれたのは人ではなくて彼らだった。なんでだか父や母には厳しかったが、僕にとっては面倒を見てくれる優しい、角の生えた馬だった。

 話はできないけれど、なんとなく言いたいことは分かるので、ブラッシングしたり蹄のごみを取ってあげたりすると、ものすごく感謝され、たまに背中に乗せてもらえる。

 そして、季節ごとに僕の前に欠けた角や折れた角をくれるので、実はかなり在庫を持っている。母が「頂戴」というので、渡すと粉状にしていろいろと加工していた。さすがに一本ままのきれいな角をもらったのは、この間が初めてだったけれど。


「ええー、そうなんですか」

「あんた、あたしがこの間それは言ったよね。わかってなかったのかい」


 学長が半眼でこちらを見ていた。まるのままは貴重だから、対価になるとは思っていたが、粉でもそこまで貴重だとは思っていなかった。だって、欠片を粉末にしたに過ぎないものだ。


「えーと、まあ、はい」

「で、それをその子に食べさせたんだね?」

「はい。砂糖に混ぜたものをかけて。そうしたら、アディから黒いもやもやが出て、そして霧散しました。グーグーに聞いたら、あれは呪だって」


 意図せず呪いを払ったことになるらしい。完全かは確認していないからわからないけれど。アルバリコッケと清浄済みの炭酸水にも浄化効果があるので、相乗効果だったのだ、とグーグーは言っていた。


「お前、それを今持っている?」

「はい。皆さんお疲れっぽかったから、食べてもらおうと思って、持ってきています」


 父に言われて、魔法袋から、皿に乗せた焼き菓子を出す。劣化しない父特性の魔法袋なので、まだほんのりと温かい。アミュグの中にほんのりとアルバリコッケの香りが混じり、なかなかの出来だと思っている。森猪の油のおかげでさっくさくだ。上には件の粉糖がかかっていて、ちょっと雪が積もったみたい見える。中に入れた粗精糖と違い、わりと白っぽい砂糖で上等なのだ。


「叔母上、これはみんなで食したほうがいいと思います」

「そ、そうかい。では、いただこうかね」


 はいどうぞ、といったものの、皆、貴族でわりと良識がある人たちなのでそのままは食べない。後ろに控えていたアムが、それぞれのさらに取り分けてくれる。最後に、毒見として彼が口の中に放り込むと、普段はあまり見えない目があらわになるまで見開かれた。一瞬だけだけれど。


「問題ございません。お召し上がりいただいて大丈夫かと」


 その後は問題なく、いつものアムに戻る。そして言葉を皮切りに、皆がそれぞれ手を伸ばし、焼き菓子をむさぼり始めた。丁寧なしぐさだが、がっついている。のどに詰まりはしないか心配だ。


「うまいな、これ。ヴィ、お前、いつもこんなものを食べさせてもらっているのか?」

「菓子はいつもじゃないが、料理もうまいぞ」


 ヴィ先輩とルド先輩はこそこそ話ながら食べている。歳も近いし、従兄弟である所為か、お互いに遠慮がない。先輩たちの父親もなんだかんだ言いあいながら、焼き菓子を食べている。幸いながら、誰も黒い靄を発さなかった。ただ、目に見えて顔色がよくなっていく。特に学長の変化が激しかった。ちょっぴり皺んでいた肌が、つやピカになっていた。


「呪われてなかったみたいだね」

「ええ。よかったです」

「ところで、ルル君。これ、君が作ったんだよね?」


 キィのお父さんがニコニコ笑いながら訊いてくる。でも、彼の笑顔は結構怖かった。言葉は丁寧だが、圧が強い。


「あ、はい。今朝、焼きました」

「君の作る食事の頻度はどれくらい?」

「ちょ、朝食と夕飯の二食です。お昼は食堂で食べてもらっているので。それにたまにお菓子や軽食を付けます」


 食堂よりも良い、と言われたので今や炊飯は僕の仕事の一部である。家政婦的な役割をしているのだ。ストレス発散にもなっているので、悪くはないと思っている。


「アーギル・ルヴィーニ。お前、ちゃんと材料費は出してるのかい?」

「……そういえば、払っていません」

「いえ。それもいろいろ教えてもらう対価かと思って、自分で手に入れてました。事前に両親が持たせてくれた材料と、こちらで物々交換して手に入れた材料で作っています」


 僕としてはこんだけ頑張っているんですよ、というアピールのつもりだった。その分、カウダと先輩にはお世話になっている。ところが、学長の顔色が悪くなり、父とオケアヌス侯爵の眉間にしわが寄る。


「そう。確かに、下級生が身の回りのことをする代わりに上級生にいろいろ教えを乞うのは昔からある習慣だ。だけどね、これだけのものを出されて、材料費も出してないのかい?」

「すっかり、失念しておりました」

「通常、食事は食堂でとるものだ。軽食を下級生に作らせることはあるけど、材料はこちらで用意するものだよ。使用人じゃないんだから。大変だったね、ルセウス君」


 淡々と、だけれども確実に心臓をえぐる雰囲気でのお説教の合間に労わられる。その様子を見てキィが顔色を悪くしていた。きっといつものことなんだと察せられる。


「申し訳ございません。事前に予算を与えられ、それで調達しているものと思っておりました。確認不足です」

「今のあなたは護衛です。管轄が違うでしょう。筋違いというものです」


 後で謝るアムをぴしゃりと叱る。横ではヴィ先輩がしょんぼりとうなだれ、関係ないのにキィがますますしんなりしていた。


「すまない。あたしの教育不足だ。ルル、申し訳なかった。使用人に囲まれて、家事をしたことがないから、それで発生する対価がわからなかったんだろう。そのあたりの教育をし直す」


 小さくなったヴィ先輩は、いつもよりもずっと幼く見える。僕などとは違い、本当にお坊ちゃんなんだろうな、と思った。


「おい、ヴィ、軍事演習理論での予算、どうしてたんだ。食費がないと士気にかかわるだろう?」

「いや、レポートでは、ちゃんと書いていた、書いていたが……」


 実際の事態とは結び付いていなかったらしい。僕としては食費の調達も訓練のうちかと思っていたので、手持ちのものといろいろと交換し、手に入れていた。だんだん手持ちが減ってきたので、そろそろ春に向けて、許可を取って畑を作って作物を育てるかな、と思っていたところである。


「そういうところは、お前は抜けているなぁ」

「うるさい!」


 言い争いをしている先輩方を横目で見つつ、保護者たちの話し合いが始まる。どうやら、僕は今までの材料費がもらえるらしい。あれば助かるので、文句はない。


「うまいなー、これ。なあ、今度、レシピ教えてくれよ」

「あ、うん。いい…」

「キュアノス、ルセウス君、安請け合いはだめですよ。お互いに、きちんと対価は払いなさい。レシピは料理にしろ薬にしろ個人の財産です」


 いいよー、と言いかけて制止される。キィのお父さん、オケアヌス侯爵は地獄耳で厳しい人だった。


 その日はなんだかんだで、いくつかのことが決まった。 


①全員、王位継承候補として、全属性になり、魔力も増やすこと。

 これは、全員卒業までの義務らしい。ついでに王家の血筋や候補者でなくとも、属性を増やすべく、有力者をスカウトしてほしいといわれた。将来的に国が困窮するのは僕も嫌だ。


②安易な物や行為のやりとりは禁止。

 ちょっとしたプレゼント程度ならばいいが、一方的に不利益にならないようにしなければならない。ヴィ先輩が行った行為は、故意ではなかったが、僕に対する搾取にあたるそうで、その場で学長から結構なお金をいただいた。


③定期的に登城し、父である王太子の前でその成果を見せ、指示を仰ぐこと。

 逃げるのは許されない。父がとても楽しそうだったので、先輩たちとキィはいろいろとギリギリの目に合うに違いない。でも、確実の結果は出るだろうから、頑張ってほしい。


④ここにいる全員が一角獣の守りを常に携帯し、呪いに備えること。

 これは結構大事なことらしかった。僕の保有していた欠けた角や折れた角を父に差し出すと、あっという間に守りの魔道具を作って配ってしまったのだから恐れ入る。やはり魔道具は父にならおうと決意した。


 僕はこれに、オケアヌス侯爵との一対一でのマナー講習が加わった。キィ先輩ではだめだと判断されたらしい。オケアヌス侯爵は戦後から今まで領地に引っ込んでいたのだが、僕の父が立太子したにつき、宮廷に復職するという。何と外交における儀式や礼儀の専門家で、ルプスコルヌの祖父の元部下だった。宮廷での給料が入るし、おまけに妹、つまりキィの叔母という人がとてもしっかりしており、そろそろ任せられるので問題なしだとのことだ。


「うちの父上、滅茶苦茶怖いぞ」

「……うん、そんな感じする」

「普段はさ、剪定鋏とか鍬とかもって、にこにこ畑仕事してるんだけどさ。礼儀作法ってなると、本当に怖いんだ。それで、助かった部分もあるけど」


 キィの口調が砕けているのに下品に見えないのは、たぶん、彼の父親のしつけのたまものだと思う。

 そんなわけで、僕は週に一回、本棟の応接室で、礼儀作法の授業を受けることとなった。



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