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第49話 没落貴族、仲間とともに解放さる。


 ここのところの事件からさすがに学んだのか、現場は速攻保存された。アムをはじめとしてこの部屋の職員が飛び出し、周りから人を遠ざけていったのが印象的であった。


 だが、なのに…それなのに、僕たちは今、別の場所にいた。せっかくの氷菓子は粘度を帯びた液体となっているだろう。サビーが買ってくれたのに。


 うんざりしながら目の前の男を見つめる。


「それでは、食べている最中に術が発動したのだな」


 何度目かの質問である。僕たち四人はミカニという教師を中心に三人の男性に、しつこくしつこく尋問されていた。


 現状保存にアムが駆り出されている間、どさくさに紛れて僕たちは連れ出されてしまったのだ。アムとグーグーが目で会話していたから、認識はされている気がするけれど、まだ人は来ない。


「そうです」


 術の発動後、気が付けばアムの袖が目の前にあったのだから、そもそも何が起きたのかなんてわからない。それに、あの箱に干渉した術は、それほど大きな力を帯びてはいなかった。多分、警告くらいだと思う。


「ルプスコルヌ、お前がやったのではないのか?」


 この質問も繰り返しだ。


 うんざりする。


 さらに、僕以外の三人、つまりキィとサビーとアディだ、が口を開こうとすると、彼らは止めるのだ。自然と僕しか話す人間がいなくなる。卑怯者め。


「違います。水鏡綿の別珍を張ってあることを知っていて、術をかけるほど愚かではありません」


 水鏡綿は確かに魔法防御に対する素材(超一級品らしい)だが、術をはじいたことがすぐにわかるという特性がある。それ故、こっそりとことに及ぶのには全く向かない。


 術を受けると、飛沫のようなきらきらとした粒子が周りに飛び交うからだ。だからこそ、わざとそれを選んだ。すぐに誰かから干渉されたことがわかる。


 そして、とりあえず飛沫の色から、闇系のしかも呪いの類のものが仕掛けられたというのがわかった。びっくりして一瞬しか見えなかったから定かではないけれど、少なくとも闇系魔法が関与していることだけは確かである。飛沫の色が、濁った灰色だったのだ。


 これは念話でグーグーも同意している。そんなわけで、知っていて使うほど馬鹿じゃないのだ、僕も。


「フン! どうだかな。お前は自分の力を見せつけるのが好きなんだろう。いやらしいヤツめ。グラキリスから、認定テストのときのことを聞いたぞ!」


 ムッとするが、ここで反論すると負けである。キィの顔はこわばっているし、アディは不自然なほどに無表情だ。そして、隣でサビーの目がどんどんすがめられていくのが、ちょっと怖い。サビーはなかなかに正義漢である。そして、思ったより堪忍袋の緒が短い。


 その時だった。扉が開いて、上品な初老の女性がかつかつという靴音を響かせながら入ってくる。淡い紫色の髪をきれいに巻き、立ち姿が上品で美しく見える服をまとっていた。若いころはさぞかし美人だったろう。後ろには数人の部下っぽい人々を連れていた。


「ミカニ先生。どなたの許可を得て、生徒たちを尋問していらっしゃるのですか? しかも隔離して。生徒の尋問には異なる系統の教師が四人以上と、学長および校長の立ち合いが必要ですのよ。談話室の複数の生徒から、わたくしに通報がありましたわ」


 この異様な雰囲気にもめげない堂々とした立ち居振る舞いである。彼女がすらりとして背が高く、ミカニがずんぐりむっくりしていることから、まるで蛇ににらまれたカエルのようだった。


「こ、これはカティゴロス先生。いえ、尋問ではなく事情を聴いているだけで」

「いいえ。この状態は立派な尋問でしてよ。事情を聴くにしても、上に通す必要がありますわ。それに、先ほどから少し様子をうかがっていましたけれど、ルプスコルヌ以外には、口を利かぬように指示してらしたわね。わたくしの助手が記録していますわ。ほかの方々も、何か申し開きがございまして?」


 金色の目がきらりと光る。彼女の背後には男女それぞれ一人の若い助手が立って、水晶球で記録をとっていた。手記ではないし、しかも複数によるものなので、公的な記録になる。


「い、いえ」

「わ、私達、ミカニ先生に言われただけでっ」


 ミカニは人望がないらしい。彼の味方は誰もいなかった。旗色が悪いと悟ったのか、顔が青ざめる。


「立派な規律違反ですわね。報告させていただきます」


 彼に対する態度とは打って変わって、にこりと笑った優し気なカティゴロス先生に、所属と氏名を聞かれた後、ようやく僕らは解放されたのだった。



 荷物を置いてきてしまったので、談話室まで戻ることにした。課題である刺繍が置き去りである。残ってなければ、課題はやり直しなので被害甚大である。主にサビーが。


「あーあ、なんなんだよ、あいつら」


 心底腹が立ったという風にキィがつぶやくと、後ろでサビーが頷く。足元ではグーグーもそうだといわんばかりに鼻を上に上げていた。フンスフンスと鼻息が荒い。


「ごめん、僕がっていうか、僕の家がミカニ先生は嫌いみたい」


 以前、彼とその家が旧王太子派だったということを聞いた。どうやら王太子の死には父が深くかかわっているらしいので、まず、間違いはないと思う。


「んなの、俺らには関係ないだろ。身分は不問っていうのが大きな建前なんだから。いじめなんて教師がやっていいことじゃねーよ。ダセぇ」

「僕もそう思う。今回は通報がカティゴロス先生にあったからいいけど、そうじゃなければ、もっと大事になっていたかもしれない」


 無事残っていた刺繍を回収しながら二人がぷーぷーと文句を言っていると、正面からアムがやってきた。心なしか、ちょっと焦っているようだった。


「ああ、よかった。無事に解放されたんだねぇ」

「アム! そっちも問題は…」


 あの場に残された彼は、かなり大変だったと思う。現状保存と現場指揮と、両方しなければならなかったのだから。さらには後始末をして、駆けつけてくれたんだろう。


「あれ以上はなかったよー。それより、君たち、早いうちにトランクイリタース家のルドヴィウスにお礼言いなさいねぇ」

「へ?」


 思わず首をかしげてしまう。彼もあまり僕に好意的ではなかった気がするが。そもそも、あんまり接点がない。


「あの場にいたんだ。最初に通報してくれたんだよぉ。本来はあの場に君らをとどめ、ほかを排して事情を聴くのが筋なのに、ミカニが連れて行ったって」


 これはカティゴロスに通報するべきだ、と配下の者を行かせたそうだ。さらに、それを見たほかの生徒も続けて自分の担当教官や相談員のところに行ったのだという。それがまわりまわって、彼女のところに情報が集まった、というわけだ。


「カティゴロス先生は法務の専門家だからねぇ。もともとは国に仕えてたんだけど、優秀だからって学長が引き抜いたんだ。派閥に属さない、かなり公正な人だからねぇ」


 凛としたカッコいい人だった。公平な人というのは、今の僕にとってはかなりありがたい。特にこの学校では。しかも、後から聞いたら両親の婚姻に許可を出した人だった。


「後で呼び出しはあると思うけど、その時は規定を満たすだろうから、心配しなくていいよぉ」


 その言葉に、僕たちは大分ほっとした。これ以上面倒くさいことにかかわりたくない。


「よかったねー」

「うむ、まともな先生もいるのだな」

「馬鹿ばっかじゃねーんだな」


 ようやくアディの表情が緩む。キィの言いぐさはあんまりだが、まあ、無理もない。ここのところの教師陣の無能ぶりは目に余る。


「では、そろそろ帰るか?」

「そうだな」


 そうして三々五々と散っていくみんなを見送る。

 僕は何となく力が抜けてしまい、懐から果物の砂糖漬けを取り出して、口の中に放り込む。なんだかものすごくくたびれた。


「落ち着いた?」


 むっちむっちと桑の実の砂糖漬けを咀嚼していると、ポンと大きな手が頭に載せられた。


「ううん。なんとなく落ち着かない」


 どことなくそわそわする。いやな感じではないが、なんとなく落ち着かない。空気がざわざわするというか、そんな感じなのだ。どこか何かが違っている。はっきりとはわからないのだが。


「……そろそろなのかな」


 何かをつぶやいたアムの言葉は耳には入らなかった。


「何か言った?」


 残っていた数粒をグーグーに差し出しながら言う。ほんのりと温かい口元が手のひらをかすめていく。


「何にも。そーだぁ。ルル、部屋に帰る前に、トランクイリタース家のルドヴィウスに会っておいで。君だけは個別に会いたいんだってェ」


 借りを早く返した方がいいということだろうか。


「あ、はい」

「今なら図書館にいるよぉ。さっき連絡がきたから」


 談話室以外にもあそこにはグループで活動するための個室があるので、あそこに行けばいい、と教えてくれる。そうはいってもアムはついてくるに違いないが。


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