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第47話 没落貴族、ひさびさに友情を深める。

 アムがそばに来て、一週間以上が経った。だが、驚くほど彼は邪魔にならなかった。ヴィ先輩は同じ部屋にいるものの、それぞれ個室はあるので、寝る時までは一緒ではない。グーグーとは一緒だけれど、契約を行っていて魔力を共有しているから、一種の安心感がある。


 しかしながら、アムはいつも部屋にいるけれど、契約もしていない。それでも邪魔にならないのだ。それに自分から何かを僕に働きかけてくることはごくまれであった。一回だけカローのぼったくりの時に忠告めいたことをしてきたが、それくらいだ。


『もっとあからさまな監視だと思ってたけど、いいひとっぽいね。ちょっと胡散臭いけど』

『だなぁ。あいつ多分、お前が思っているより、ミカニへの忠誠心は薄いぜ。それに、たまに学長のにおいがしてる』


 グーグーが言うには、彼からは敵意を感じないらしい。むしろ、純粋に面白がって僕を見ているという。確かにどちらかというと保護者的だ。


『学長のにおいって、かなり接近してるっぽい感じ?』

『ああ。だから、学長から間諜の役割でももらってるんじゃねーの?』


 二重に行っているということか。とりあえず、僕に後ろ暗いところは(さほど)ないし、害もない。とりあえず、様子を見ようと思う。



「キィ、うまいね」


 ヴィルトトゥムの授業では、よくサビーとキィと一緒になる。今日は三人一組で、魔法陣の刺繍を習っていた。特殊な溶液を定着させ、己の魔力で染めた糸で刺繍すると、その魔法陣に関しては魔力を伝えればいつでも使えるようになる。しかも自分の魔力で染めているから、ほかの人には使えない。


「まーな。マールがうまいから、見よう見まねだ。お前も結構いけてるぜ」


 目が粗めの麻布に複雑な色味を帯びた糸で刺繍された彼の魔法陣は針目が細かく、丁寧な仕事だった。ちなみにこれは保温の魔法陣である。魔力を通して懐に入れておけば、これから冬に便利する。実はもう、狩りに使うために持っていた。そんなわけで慣れているから、キィほど細かくはないが、僕のも悪くない。


 糸の色は、自身の染める魔力の質に応じているので、キィと僕の色は虹色というかなんというか、いろんな色がまじりあっている。キィのが淡く、僕のは妙に派手だった。ほかの人々も、いろいろな色味があって面白い。サビーのは青と緑が強く出ていた。


「……痛い」

「針仕事は慣れだけど、その前にサビーは指がどうかなりそうだよな」


 彼の指先はすでにまんべんなく刺し傷がある。灰色を帯びた布はところどころ血が染みてちょっぴり不気味だし、指先は相当痛そうである。表情には乏しいのに、うっすらと涙目なのは気のせいじゃないだろう。


「大丈夫?アルテミシアの軟膏あるよ。血止めにいいやつ。いる?」


 この間、スティルペースの課題で作ったものだ。採取のために森にもぐったり、実践訓練をする際に必要なものだと聞いている。軟膏と言いつつも医薬品扱いではないために生徒でも作れるので、彼の授業をとった者たちのいい内職となっているそうだ。


「ああ、ありがとう。もらっておく」


 そういったとき、ヴィルトトゥムが終わりを宣言する。今日の授業はこれで終わりだ。残りの魔法陣は授業外で仕上げなければならない。サビーははあ、とため息をつきうんざりした顔をした。そして、痛そうに布をつまんでたたみ始める。


「この後、暇だったら、僕、手当てするよ。その手じゃ大変でしょ?」


 治癒魔法でこれくらい治せるが、うっかりそんなことをするとまた咎められそうだ。一応応急処置できる道具を持っているので提案してみる。


「じゃあ、談話室でやろうぜ。そんで甘いもんでも食べながら、仕上げちまおう。俺とルルの手助けがあったら仕上げられるだろう?」

「ものすごく助かる」


 かなりのお坊ちゃんらしいサビーは、寮に入ってから結構身の回りのことに不自由をしているらしく、あからさまにほっとした顔をした。ちゃんと自立しなさいと、両親に怒られたのだと言っていたので、必死に自分でいろいろやっている最中らしい。お金があるにもかかわらず、四人部屋に入れられたんだそうだ。


 そのまま三人で談話室に行くと(後ろからアムがついてきているが)、アディがいた。どこかで僕らを追い越したらしい。おーいと手を振ってくるので、そちらに向かう。彼も刺繍を仕上げていたらしく、机の上には刺しかけの布と、干し果物が置いてあった。


「一緒にやろー。引っかかったりして、うまくいかなかったんだよね」

「布への刺繍が便利って言っても、最近じゃなかなかやんないっていうもんなぁ。普通の貴族は」


 僕同様の没落貴族であるキィはしみじみという。貧乏貴族には人を恒常的に雇っておく金などないから、基本的には自分で行う。いざという時には人から使用人を借りるのだ。


「魔力で糸を染めて、後は縫ってもらうもんね」


 他者の魔力が入ると自身の魔力の通りが悪くなるので、魔力の少ない一般市民を雇って刺繍をさせることが多いのだ。もっと効率を求めるときは布も魔力で染める。


「でも、できて損はないよ。うちの父なんて、戦争のときに全部必要になったって言ってた」


 今考えれば、公爵家育ちの父は生粋のお坊ちゃんだったんだろう。戦争のときに、生活に関するありとあらゆる技術を身に着けたといっていた。植物から布もおれるし、家だってその気になれば立てられるらしい。


 そんな経験があるので、困らないようにと幼いころから僕に生きるすべを教え込んできた。もちろん母も。ただ父の料理は味がある意味芸術的だったけれど。


「戦争かぁ。生まれる前だもんな。親とかからは聞くけど、あんま実感わかねぇよな」

「僕の父は参加したらしいが、母は母国(ファグアン)に避難していたらしい。一応、元姫だからね」


 僕は、両親から戦争の悲惨さと愚かさを聞かされて育った。できればそんなものはない方がいい。今の平和を享受したいのだ。


「うちとターシャ…パンタシアの家は…結構大変だったみたいだよ。戦争で、王太子が亡くなっただろう」


 王太子が亡くなったことで、彼についていた貴族は大変だったようである。あてにしていた将来が一気になくなったのだ。ほの暗い影が少し、アディの瞳にやどる。


「どこも、大変だったんだよな」

「そうそう。だから、こういうのは事前に作りためておくのがいいんだって」


 言いながら、自分の刺繡を取り出す。両親はいつ何が起きてもいいように、と身に特殊な魔道具を身に着けている。僕はそれほどではないが、実は体のあちこちに魔法袋に類するものを隠していた。


「じゃ、これも片付けてしまわないとならないな。その前に、僕の指をどうにかしなきゃならないが」

「だよな」


 四人でクスクスと笑い、手当てを開始する。後ろでは、生ぬるい表情で、アムが見守っていた。



「今日は、随分と楽しそうだったねェ」

「うん。僕、友達っていなかったけど、話す相手がいるとうれしいし、楽しいね」


 夕飯の材料を刻みながらアムと話をする。なんやかんやですっかりため口だ。それでいいといわれたので、グーグーに話しかけるようにはなす。


 ヴィ先輩はなんやら部活動があるとかで、まだいない。今日はカウダも同伴なので、今は三人(二人と一匹?)きりだ。


 いろんなことを話しながらあらかた仕込みを終え、後は煮あがるのをまつ、という段階になった時、不意に黙り込んでから、じっとこちらを見てとんでもないことを言った。


「……ルル、アドラル=ヨクラートルとパンタシア・ピエタスには気をつけておきなさい」


 初めての、改まった口調だった。


「どういうこと?」


 聞き捨てならない。どちらも僕の友達だ。しかも、容疑がかかっていたにもかかわらず、学校に帰ってきてからも、普通に接してくれた。初めてできた、大事な友達なのだ。


「あの家は、旧王太子派なんだよ。今日、言ってただろ~?本人たちはわからない。でも、その背後には、親がいる。付き合うなとは言わないよ。でも、そのことを念頭において、気を付けておきなさいねぇ?」


 子どもに諭すように言われる。余計なお世話だ、と言いたいところだが、言っていることは正論なので反論できない。


「でも…っ!みんな、いいやつ、です」

「うん、だから賢く立ち回りなさいねェって、言ってるの。貴族らしくね」

「……………貴族、なんてならなくていい」


 持っていたカップにぴしりとひびが入る。首のチョーカーが、警告するように少し締まった。感情が乱れているのだ。


 深呼吸をし、十数えて心を落ち着ける。


「そうかい?でも、ここに入れるのも、彼らと知り合えたのも、君が貴族だからなんだよぉ?」


 貴族でなかったならば、ここには来られなかったでしょう、という。悔しいがその通りだ。庶民はここには入れない。入れても、貴族の養子になってからだ。ついでに言えば貴族でも、許可されなければ、入れない。


「そう、だけど。そうだけどっ、そんなのバカげてる」

「だねぇ。そう思うよ。確かにね」


 いったん口をつぐみ、長くすんなりした指で僕をさす。


「でも、それを変える手立てを君は持っているんだよ」

「手だて?」

「王位を継げばいい。誰にも文句を言われない立場になればいいんだよ。彼らにも、彼らの家族にも益をもたらす存在になればいい」


 にい、と口元が笑う。金の巻き毛の隙間から、少しだけ虹彩の細い瞳がのぞく。その顔は、思ったよりもずっと蠱惑的で美しく、まるで悪魔のごとき笑みだった。

 

「さあ、君はどうしたいの?」


 

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