第46話 没落貴族、部屋に帰る。
ポイっという感じで部屋からアムレト・アルカと放り出される。先生方はこれからまたいろいろ話をするらしい。スティルペースとヴィルトトゥムが何も発さなかったのがちょっと気になった。だが、問題はないということだろう。
隣の男をチラ見しつつ、勢いのまま、若干つんのめりながら廊下に出ると、部屋の前ではグーグーがちんまりとお行儀よく座って待っていた。半眼ですこぶる目つきは悪いが。
「ごめん、グーグー」
『ホントだぜ』
多分、聞こえないのをいいことに一方的にグーグーに話しかける。はたから見ればちょっと変かもしれないけれど、これから毎日後ろの男に張り付かれるのだから、問題ないだろう。
『つか、後ろのやついいのか?』
言われて振り返ると、アムレト・アルカとの間に微妙な間が少し漂う。彼の羊のような柔らかそうな金色の巻き毛からは、表情が見えなくてちょっと怖い。口元だけ笑っているから余計である。
「えーと…あの、アムレト・アルカ・ヒュドラル=ユーグランスさん。すいません」
「ふふ、契約獣と仲良しなんだね。気にしないでいいよ。君のことは気になってたんだァ。いろいろ聞いてたからさ。エルキス・ジェンマ知ってるよね?」
エルキス・ジェンマとは……、と頭を巡らすと、ぺしんとグーグーのしっぽがふくらはぎを強めにはたいた。しっぽの骨は結構いたい。
『オレにジャーキー寄こしたやつだよ。似てんだろ。あれ、旨かったなー』
ああ、と思い至る。お手製ジャーキーの先輩だ。そう、ジェン先輩はスティルペースの授業で一緒だった。確かにヒュドラル=ユーグランスと言っていた気がする。金髪だったし。髪色以外はあまり似ていないようだけれど、兄弟だったのか。
「スティルペース先生の授業では、エルキス・ジェンマ先輩にお世話になりました」
ぺこりと礼をする。彼は感じのいい人だった。名前は憶えていなかったけれど。もう一人のカコエンテス公爵嫡子の先輩とともに、僕の中の好感度は結構高い。
「僕のことも当分の間、ヨロシク。君の部屋に寝させてもらうから。スクートゥムにはもう許可取ってあるよ。それと、僕のことはアムでいいよ~」
「ええっと、じゃあ、アムさん、よろしくお願いいたします」
「いい子だねぇ」
にっこりと口元だけでほほ笑むと、手を差し出してくる。はい、とさらに近くの寄せられたので、おずおずと手を載せるとぎゅっと握られ、そのまま僕は彼と手を繋いで懐かしの部屋に帰ったのだった。
道中、ぽつぽついろいろと聞かれたが、彼はかなり年下の面倒を見るのに慣れているらしい。話を聞くと例の彼以外にも弟妹が何人もいるという。
納得だ。
「よかった! 無事だったんだな、ルル」
アムの登録を済ませて、ガーゴイルに開けてもらうと、部屋に入るなりぎゅっとヴィー先輩に抱きしめられた。貴族らしい上等な香の匂いがする。僕も両親も苦手だが、香を服に焚き染めるのは大人の貴族のたしなみだ。
かなり心配してくれていたらしく、かなり長い抱擁だ。後ろではカウダが不愉快そうに尻尾を左右にぺしんぺしんとふっている。こちらのご機嫌はよくないようだ。何やってんのよ、という言葉が聞こえてくるようだ。
「ええ、何とか。むしろいっぱい杖の練習ができたので、有意義な軟禁だったと思います」
もちろん、それどころか祖父に会えたとか母に会えたとか、元凶に近づきつつあるとは言わない。僕もちょっとは賢くなったのだ。すなおに口に出せばいいというものではない。
「それならば、よかったのだが…。それにしてもなぜおまえがあんなに疑われるのだか。そんな頭はあるまい」
ほめられているのか貶されているのかはわからないが、ある意味彼は信頼してくれていたみたいである。体を放すと、今度は頭を撫でられた。剣の鍛錬に余念がない彼の手は、意外に硬くて大きい。
「なぁんだ。結構、ルルのことはかわいがってるんだねェ」
背後に立っていたアムがおかしそうに言う。その声色に微妙にからかうというか小馬鹿にしたような雰囲気を感じた。あまり相性はよくないのだろうか。
「……ルルの監視についたと聞きましたが」
「うん、そぉ。ヨロシクね、スクートゥム君」
普段の身分はともかく、教員資格を持ち、さらには実際に助手として勤務しているアムは、学内においてヴィー先輩よりも上である。それをお互いによく踏まえたうえでの発言だった。
「あなたが、ルルにルセウス・ミーティアに妙なことをしたら、ただではおきませんから」
「おやおや、怖いねぇ。さて、果たしてこの子の不利になるのはどっちかな」
あまりこの二人の相性はよくないらしかった。
☆
わりにあっさりとしてるルセウス・ミーティアと黒い犬はさっさと部屋を整えてくる、と行ってしまった。エルキス・ジェンマの言う通り、細かいことは気にしないらしい。後にはアムレト・アルカをスクートゥム、その飛び猫が残される。
「どういうつもりですか」
ひたりとスクートゥムがアムレト・アルカを見据える。その力強い瞳に、おや、と思った。
「どうってどういうこと?」
アムレト・アルカのスクートゥムの印象は、見栄っ張りで文武両道を装っているが、その実、末っ子気質で甘ったれな男、というものである。それがルセウス・ミーティアを表立ってかばっている。まじめで面白みのないこの男を、こんな風に成長させたという点だけでも愉快である。以前だったら眼では訴えていても行動には移さなかった。安全第一主義のお坊ちゃんが変わったものだ。
王位継承候補だのなんだの持ち上げられていたが、正直片腹痛いと感じていた。だが、いい意味で裏切られたらしい。人をかばったり意見を述べたりできるくらいには、お坊ちゃんも成長している。
正直なところ、アムレト・アルカとしては将来の王となるのはどちらでも構わない。国が荒れなければどちらでもいい。安定してさえいればいいのである。そういう意味では今のところ現王も及第点だ。あくまでも国は国であり、仕える相手は別なのだ。もちろん、王を兼ねてくれれば張り切って仕えるが。
「ミカニに逐一報告するんでしょう?」
「必要なことは報告させてもらうよぉ、モチロン。助手って言う立場は不安定だからね」
今回のことはルセウス・ミーティアについたのは護衛の意味もあるが、人となりを探るつもりもあった。一石二鳥なのだ。
まあ、ミカニが怪しい動きをしているのは前から知っていたから、ここぞとばかりにそろそろ尻尾を出すだろう。程よくミカニ側にも情報を渡しているし、学校に残りたくて必死な助手感を出しているので今のところ疑われていない。
「……やっぱり、そうなんですね」
くるり、と踵を返すとどすどすと足音高く去っていく。貴族らしくない。そこもまた意外だった。
「さーて、どんなふうになるんだろーねェ」
にやりとわらったアムレト・アルカを、じろり、飛び猫がにらみつけていった。




