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第40話 没落貴族、祖父と対面する。

 ぽっかり空いた穴は、入り口がかなり狭かった。僕だったら問題なく入れるだろうが、今の状態のグーグーだと肩がつかえるかもしれない。レンガをもう少し剥がしてもいいが、修復が大変そうだから、この辺でやめておく。


「何だろう。結構深そう。うーん、ちょっとかび臭い」


 湿った土と埃っぽさが混じり、かびのような独特なにおいがしていた。地下室通路だと思われる。我が家のさらに裏にある隠し通路も同じような雰囲気だ。


「だな。今、行ってみるか?」


 僕の横に来て、穴をのぞき込む。人型なのにもかかわらず、犬よろしく鼻がひくひくしているのがちょっと面白い。実際は犬じゃないと本人は言うけれど、やはり基本形は犬だと思う。


「うーん、プントがうるさそうだから、後にしておく」


 何せ、あと少ししたら昼食だ。プントが妙に張り切っていたから、ちょっと楽しみなのだ。昨夜のご飯も朝ごはんもおいしかった。そういったら尻尾と髭がぴんぴんしていた。


 その直後、グーグーがピクリとはね、僕を元居た場所まで抱えて戻す。素早い。


「噂をすればなんとやら、だ」


 膝についた土や何かを払うふりをしていると、尻尾をふりふり二足歩行でプントがやってくる。


「昼食だにゃぁ。今日は鶏肉の煮込みと、朝焼いた全粒粉の丸パンにゃよ!」


 前掛けが風で少し翻ると、料理酒と山羊乳のにおいが漂った。グーグーもそうだが、彼は妖精の一種なので酒も香草類大丈夫らしい。どういう構造なんだろう。


 後についていくと、見事な昼食が出来上がっていた。僕が肉を付けようと決意したのが分かったかのように、かなり栄養価の高いものばかりだった。


「さぁ、さっさと手を洗ってから食べるにゃ!」


 ちょっぴり偉そうなプントの様子に、グーグーと顔を見あわせ、もう一度全身洗浄してからおとなしく昼食にありついた。


 どうやったのか、本来は比較的固い斑鶏(まだらどり)はほろほろと柔らかく、ほんのりと焦げ目のある皮はぷりぷりだ。間のこってりした油を丁寧に取っているようで、鶏の臭みもない。大ぶりに切った野菜とキノコからおいしい出汁が出ている。若干クセのある山羊乳は香草と酒のおかげでうまみに代わっていた。文句なくおいしい。


 学校の食堂のものよりも、品数は少ないが丁寧に作られており、量もたっぷりだ。退部お腹がいっぱいになったけれど、最後の一滴までおいしくいただく。僕もグーグーも夢中になって食べた。


 三人で昼食を終えると、プントは満足そうに喉を鳴らしながら、台所の椅子にぐるぐる言いながら日向ぼっこを始める。開いたり閉じたりしていた目がぴたりと閉じたころ、目配せをしてグーグーを庭へと誘う。


「じゃあ、そろそろ戻る?」

「そうだな」


 夕飯は七時にゃ!と昼食の前に言われたから、それまでに帰ってくるべく、僕らは先ほどの穴の中に行くことにした。


___________________________________


「これってー。緊急時だから杖使わなくってもいいよね!」


 杖を腰についているベルトのホルダーに突っ込み、両手が自由になるようにして穴の前に立った。汚れてもいいように学校で普段着ているマントを羽織る。


「グーグーはどうするの?そのままだとつっかえちゃうよ」

「ん~…。手が使えたほうがよさそうだからな」


 そう言って、少しこちらを見つめると彼の輪郭が少し歪んで、僕と同じ年頃の少年になった。子どもになった分、目が大きく見え、色違いの瞳が目立つ。友達と一緒に冒険に行くような感じでワクワクする。


「こんならいいだろ」

「自由自在だね。じゃ、行こう!」


 二人で中に入ることにする。最初にグーグーが降り、様子を知らせてくれる。若干、足場が危ういそうだ。本来設置されていたであろう階段が崩れているという。手を添えながら慎重に降りていくと、十分くらいして平らな地面に行き当たった。


「灯ともせるか?俺は見えるけど、お前見えねぇだろ」


 大丈夫、と返事をするとふわりとした光の玉をいくつか浮かべる。僕と一緒に移動してくれる便利な灯だ。これも父から教わった。


 中に入ると、やはり地下通路であった。ずいぶんと先まで続いている。レンガできちんと作られたまともな通路だ。埋められてしまっていたわりには、かなり本格的なつくりで、入口以外は大きな問題がなさそうである。


「結構、長く続いてそうだね」

「だな。この音の響き具合からすると、かなり長いぞ。妙な生き物の気配もないから、完全に人工物だ」


 そう言いつつ、がんがんと地面をかかとでたたく。元々あるものに人間が補強を施したのでなく、一から掘ったんだろうと低い声が言う。いつの間にかグーグーは大人の姿に戻っていた。なんとなく心配なのか、手をつながれる。かなり心配性だ。


 通路はよくあるように半円状になった天井がずっと続いている。家に貼られている結界が地下までつながっているかと思っていたが、地下室はともかく、この通路まではきていない。確かに、魔力の節約になるから、通常は半円形に貼ることが多いのだ。建物の水準だけでとどめていたようだ。


「このまんま、ずっと行けそうだね」


 いくつか分かれ道があったが、グーグーはほぼ迷わず行っている。どういう能力か知らないが、便利だ。僕は手を引かれてついていくだけである。


「ああ、大丈夫だろ」


 手をつながれたまま、半時ほど歩いただろうか。ところどころ剥落し、意匠が判然としない紋章が彫られている以外、特に不審な点はなかった。これ以上行くと、戻るのに時間がかかるかもしれないので、どうしようかと迷っていると、顔に少し風を感じた。


「風が…」

「ああ、どこかに出口があるのかもな。行ってみるか?」


 そのままさらに少し行くと、階段が見えた。僕たちが入ってきた場所に比べるときちんとした階段になっている。天井の真上には押し上げるような扉がついていた。おそらくそこから風が入ってきたのだろう。


「出てみるか。お前、ちょっと階段の半ばで待ってろ。俺が先に行くからな。いいって言うまで来んなよ」


 うん、と返事をしたとたんに軽々と飛ぶようにして、最上部に行ってしまう。そして扉に手をかけて少し力を籠めると、みきっという音がして、扉が開き、土やら草やらがパラパラと降ってきた。普段は閉鎖されているようだ。


 頭を出して周りときょろきょろと見回してから、僕のほうに声をかけてくる。


「大丈夫そうだ。来い」


 グーグーの言葉に促され、扉の所まで行くと、グイっと両脇に手を入れて引き上げられた。いきなり日のあるところに出て一瞬目がくらむ。昼食時よりは太陽光が弱まっているはずだが、目が痛い。


「ああ、いい空気」


 抱えられながら目をつむり、深呼吸をする。埃っぽい空気に、歩くうちにすっかり慣れてしまっていたが、空気はやはり外のほうがいい。肺が洗われていくような気がした。


「確かに。俺なんか鼻が利きすぎて逆にマヒしたけどな」


 すーはーと深呼吸すると、ようやくグーグーは僕を下ろしてくれた。


 おろされた地面は柔らかかった。豊かな土で、草も木も豊かに茂っている。ようやく慣れた目で周りを見回せば、目の端に小ぢんまりした屋敷が見えた。温かい雰囲気の、屋敷だ。


「ちょっとだけ行ってみていいかな?」

「ん~、まあ、せっかく来たし、ちょっとだけならいいんじゃないか?」


 ざくざくと草を踏んで歩いていく。最近感じていなかった草や木の息吹を感じ、うれしくなった。やはり自然の中を歩くのはいい。


 ウキウキと歩いていくと、木が少し途切れ、開けた場所に出る。どうやら人様の屋敷の裏庭のようだ。きちんと整備されており、人の住まいだと察せられる。しかも、土の新しさや芝の短さから見て手入れしたばっかりらしい。


 その時、人の気配がして壮年の男性が出てきた。使用人と思しき男性と一緒だ。使用人の男性は執事のような恰好をして、時計を身に着けている。ぜいたく品を持てる使用人がいるということは、豪商や下級貴族の屋敷なんだろう。上級貴族の屋敷としては簡素だから、ひょっとしたら上級貴族の別荘かもしれない。


 慌てて、木々の中に少し戻り、木の陰から彼らを見る。すると、僕の後ろにいたグーグーが僕の両肩に手を置いて、身を乗り出してきた。首を左右いろんな方向に曲げ、矯めつ眇めつ壮年の男性を見る。鼻もひくひく動いていた。


 そして、執事と思しき男性が家の中に姿を消すと、いきなり手を離し、犬の姿になり、つかつかと彼のもとへと向かっていった。


「ちょっと!グーグー!!」


 小声で咎めるが、歩みは止まらない。かといって追いかけていくのも憚られ、木陰の中から見守った。


「ん?何だね君は。はぐれたのかね?」


 グーグーが寄っていくと男性はひざを折り話しかける。動物好きのようだ。一方でグーグーはクンクンと彼のにおいをかいでいる。そして、次の瞬間、犬の姿のまま、僕に話しかけてきた。


「おい!ルル。出てこい。こいつ、お前のおじい様とやらだぞ」


 呼び出されたのでこそこそと気の裏から出て、男性の前に立つと、彼はあっという間に若々しい姿へと転じた。かつて、魔道具越しに見た祖父だ。なかなかの男前である。


「ルセウス・ミーティアか!」


 嬉しそうに近づいてくる声も若々しく張りがある。魔力でごまかして壮年の男性になっていたのだろう。祖父は両親と同じように非常に魔力が協力で豊かなのだ。僕も、もしかしたらこのように年を取らない可能性があるんだ、とふと思う。


「は、はい。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ…です」


 答えた瞬間、抱きしめられた。かなり力が強い。ぎゅうぎゅうに力を込められて、窒息するかと思った。空気が抜けたような音が口から洩れる。僕、今日は厄日なんじゃないかな。


「ぷふ…っ」

「お、おお、こりゃしまった。ワリィ」


 腕から解放され、ようやくまともに息ができる。深呼吸すると、グーグーが忠犬ヨロシク下から心配そうにのぞき込んできた。


「思ったよりも早かったな!」

「え?」


 抱きしめていた両腕を離すと、頬に両手を添えられて、じっと見つめられる。しかし、そんなに簡単に信用していいのだろうか。確かに、鏡越しにはあっているけれど。


「はは!ヴィリロスに似ていやがる!!…ダヴィド、追加の茶を」


 彼が部屋の中に呼びかければ、先ほどの執事と思しき男性が丁寧に礼をして去って行った。いきなりやってきた客人に、まったく動揺しないところが素晴らしい。


「さあ、孫よ!中で話をしようじゃないか」


 きらきらとした笑顔で、そういわれた。

_____________________________________


「地下から来たんだろう?」


 あれから中に入ってお茶をごちそうになった。執事のダヴィドと通いの料理人以外、使用人はいないという。料理人の姿は見えず、お茶やお茶菓子は執事がワゴンに乗せて持ってきた。彼には若い外見を隠していないようだ。


 目の前にはダヴィドが買ってきたという見事な菓子の山と、薫り高い茶が供されている。申し訳ないが、うめるためのお湯を用意してもらった。濃いお茶は苦手なのだ。祖父にはかわいそうな子を見る顔をされた。薄いお茶は貧乏人が飲むものだからだ。


「ええ。今、ちょっと学校側から屋敷に閉じ込められておりまして、そこで発見した地下通路をたどったらこちらに来たのです」


 すすめられた焼き菓子をとってかじると、ジャリ…と砂糖の感触がする。正直言って、甘すぎて砂糖の味しかわからない。都の贅沢な菓子とは果物を使っていたり、装飾が優れていたりするというよりは、高級な砂糖をふんだんに使ったものらしかった。


「フォルトゥードに頼んどいたからな。上手く職員連中を誘導したんだろう」

「え?」

「……ちっとばかり前から、お前を少し外に出そうかという話があった。それが研修になるか、幽閉になるかの違いだ」


 強烈な甘さをまったく気にする様子もなく、ジャクジャクとフォークで菓子を刻んで口の中に入れていく。舌は大丈夫なのか、と他人事ながら心配になるほどの勢いで、菓子が口の中に消えていった。


「出そうって、そこまで嫌われてたんですか?」


 さっさと帰りたいとは思っていたが、それなりに授業が楽しかっただけに教師陣にそんなことを思われていただなんてショックだ。


「いや、そういう意味じゃないんじゃないか。むしろ、お前を守るためだろ」


 祖父同様、甘党らしいグーグーががりがりと菓子をかみ砕きながら言う。皿の周りに細かい食べこぼしがこぼれるが、少しするとそれが消えていく。実に器用な魔法の使い方だった。


「そうだ。教師の半数以上は現国王派だからな。ヴィリロスは実の息子でありながら憎まれてる。国王に取り入ろうとしたら、お前にちょっかい出すのが一番だと思ってんだろうなァ」


 菓子を持て余しているのが分かったらしく、執事のダヴィドが果物を持ってきてくれた。実に気の付く人である。


「現王って、よくわからない方ですね」

「まー、うちは王家と代々折り合いが悪いからな」


 王家に引導を渡すことができるという家の役割上、王家はルプスコルヌ家を常に警戒している。実際に引導を渡すのはルプスコルヌ家ともう一軒の法務をつかさどる家だが、今、ルプスコルヌ家だけが睨まれているのは父の所為らしい。実子にもかかわらず、ルプスコルヌ家と婚姻を結んだことで、裏切られた感が強いようだ。しかも婿養子である。


「子どもっぽい方なんですね」


 わがままが通らなくて八つ当たりする子どものようだ。言った途端、グーグーと祖父がぶはっと噴出したように笑う。執事が唇をかみしめたのが分かった。


「くははっ!仮にも国王に対していい度胸だ」


 そういうと、頭をクシャッと撫でてくれる。ものすごくよく働いている手で、貴族とは思えないほどだった。指先の皮が固くなっている。


「それにしても、よく、僕らが地下から来たってわかりましたね」

「ああ。あそこは何代か前に、うちから王家が分捕ったところだ。その代わりにここを建てたんだが、当時の当主が腹を立てて地下通路を掘ったんだよ。何かあれば奇襲をかけられるように」


 祖父の祖父に当たる人がやったらしい。あの場所は海のそばで、流通や何かにとてもいい場所だったという。そのため、王家が欲しがっており、なんだかんだ理由をつけて没収されたとのことだった。


「奇襲はかけなかったけど、何度か脅しはかけたみたいだな。おかげで幽霊屋敷の評判が立って、学園に払い下げられたわけだ。そんな噂、聞かなかったか?」

「うーん、聞いたことはないですね」


 聞いた覚えはない。だが、もしかして職員会議で幽霊屋敷だからここに入れられたのかもしれない。


 ……アグメンが嫌そうだったのはそのせいかな?


「まあ、だから直に来ると思っててな。お前のみつけた入り口は、ルプスコルヌ家の係累にだけ反応するようになってんだ。ルプスコルヌの人間ならすぐに直せるから、気にすんな」


 当時の当主というのはかなり粘着質で、それはもう、ねちねちねちねちと繰り返し嫌がらせを行った。こっそり地下から忍んで行って、枕元で囁いたり、ものを動かしたりと地道な嫌がらせをしたと記録にはある、と祖父は言った。事実はルプスコルヌ家の当主にだけ告げられており、王家の人間も知らないそうだ。


「はあ…。すごい話ですね」


 なんと面倒くさいことを、と思うけれども、ご先祖様にとっては大事なことだったんだろう。思い入れのある建物だったのかもしれない。


「それらすべてをソフィは知っているわけだ。当時から生きてるからな」


 ―こわ!フォルトゥード先生、こっわ!!学長も掌の上じゃない?


 ドヴェルグの血を引いていて、長生きとは聞いていたが、学長も他の先生もものともしていないようだ。話を聞けば、図書館や寮など、彼女の母の作った作品がたくさん王都に残されているから管理の関係上いるだけで、最悪、どこでも住めるとのことだった。


「怒らせないようにしておけ。怖いぞ。今の王家と仲が悪いから、味方してくれてるがな」


 コクコク頷いてお湯でうめた茶を飲む。薄めたにもかかわらず、成分が強すぎて胃が痛くなった。別の要因かもしれないが。


「そんで、おじい様よ。聞きたいことがあんだが」


 激甘の菓子をさらにいくつかむさぼったらしく、グーグーの口の周りには色とりどりの食べかすがついていた。だが、ぺろりとやると一瞬で消え失せる。


「お前さんにおじい様と呼ばれんのは、尻がくすぐったくていけねぇな。ロスとでも呼んでくれ」

「んじゃ、ロス。こいつの親、今、どうなってんだ?」


 それは僕も聞きたかったことだ。そろそろ祖父が来て、何らかの伝達があるだろうと思っていたところで今の屋敷に幽閉されたのだ。まったく僕のほうに情報は入ってきていなかった。


「簡単に言うと、ヴィリロスが頑張って籠城してるってところだな」


 城の中に入り込んでいる祖父手のものによれば、父は軟禁、というかほぼ幽閉状態にある。あまりの手ごたえのなさに業を煮やした国王は、食事の供給も絶ったという報告があった。

 

 だが、拷問とかはなく単に幽閉されただけであれば、おそらく父は数年生き延びることは可能だ。あの人の魔力を完璧に封じ込められる人は、この国に関していえばおそらくいない。封じ込めるには対象を上回る魔力か技術力が必要である。


 そして、魔力が半減しても、身に着けている指輪などの装飾院さえあれば生き延びることは可能だ。あの中には家族三人が半年、ゆとりをもって生活できるだけのものが入っている。つまり、父一人ならば、何年か可能なのだ。それらは取ろうとしても、その部位を切り落とさない限り外せないようになっている。


「王家は法務省の連中に圧力をかけて、必死に離縁できる穴を見つけようとしてる。が、省長が頑として首を振らなくて、王家側は焦ってるようだ。本来、法律と権力は分断されるもんだから、ともっともらしいことを言ってはいるが、あそこの省長は名前こそ異なっているが、うちと対になる家だ」


 本人にも確認したから、安心しろ、と言われた。つまり、法的には罰せられる可能性は極めて少ないということだ。少しホッとする。


 だが、なぜ離縁を急に言い出したのかは不明だが、国際問題が絡んでいるのだろう、というのが祖父の言だった。婚姻のための制約が、王族の首を絞めている状態だという。


「ま、あとはお前とコーラだな。あいつの弱みになるとすりゃあ」


 痛みにも耐えるだろうし、法的にも大丈夫だが、弱みとなれば確かに僕たちだろう。過去の父を知っている人々からは信じられないほど、父は母と僕を愛してくれている。


「だが、その分、お前のことは鍛えてきたと言っていたな。お前、貴族位に未練はあるか?」

「いえ、まったく。そもそも、貴族という意識はありませんでした。貴族と渡り合えるように、とは教育されましたが、貴族として生きろとは言われてませんし。まあ、未練と言えば貴族だけ入れる禁書庫でしょうか」

「だよなぁ。で、だ。ヴィリロスとは話せねぇが、コーラとは昨夜話した。明日にもこちらの家に移ってくる。そんで、いざとなったらお前とコーラをファグアンに逃すことにした」


 食うか、と口直しだろう、炒った木の実に塩をかけたものを渡される。ありがたく、口の中に放り込んだ。お茶でも消えなかった砂糖の味がようやく消えていく。


 気がつけば、プントが指定した夕食の時間まで、あと二時間ほどになっていた。


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