第36話 没落貴族、やっかいごとに巻き込まれる。
休みが明けた。
怒涛の休暇を何とかやり過ごし、無事に日常が戻ってきた。休み欲しいなーとか思っていたが、もう、あんなに色々あるならばなくてもいい。お腹いっぱい、という感じである。
「おはようございます、先輩」
「おはよう。どうした?妙に晴れ晴れとした顔をしているな。おお!ごちそうじゃないか」
料理はストレス発散法である。麦芽と黒糖で作ったほんのり甘いふわふわのパンを筆頭に、何種類も机の上には乗っていた。母直伝の料理である。
「カウダに訊いたぞ。なんだか大変だったみたいだな。うまくごまかされた、と怒っていたが」
「うーん。まあ、色々と身内のごたごたが…」
と、言いかけたところでグーグーから『アホウ!!』という突っ込みが頭の中に入った。イケナイイケナイと思いながら言葉尻を濁す。
「ほう、大変だったな。うちも、姉が乱入してきた親とやりあってな。王家の跡継ぎの問題も絡んで面倒くさそうだ」
うっかり話してしまいそうになったが、そう言えばこの人は王家の血を引いているのだった。あんまりこちらの事情をばらしてもまずい。絶対に学長に話がいく。
「どこも家の問題は大変ですよね。それに、今日は学年会ですから、それぞれの補佐を発表するんです。ドキドキしちゃって」
「ああ。あれな。組みが落ち着くまで数週間はかかる」
うんざりしたように先輩が言う。うまくいくといいのだけれど。と、いうようなことを考えつつ、朝食をとって、身づくろいをして一年生用の講堂に向かった。ターシャと一緒に発表するのだ。
「…と、いうわけで、以上が組み合わせですわ。二回までは変更に応じます。何かあったら、わたくしかルプスコルヌの方に申し出てくださいませ。場合によっては三人になることもありますのでご了承ください」
朝礼で発表すると、みんながざわつき、相手を探して組んでいく。ちなみに僕の相手はアディだ。仲がいいし、成績のつり合いが取れているからそれでいいでしょ、とはターシャの言だ。つまり、実技は上位で座学は下のほうらしい。
「よろしく、ルース。勉強苦手だから、教えてもらえると助かる」
「うん。僕も魔力の調整の仕方とか教えてほしいな。ターシャが上手だっていってたよ。音系は調節が大事なんだってね」
「まー、強弱が結構大事だからね。それにしてもターシャ、かぁ。すっかり仲良くなったんだな」
「一応ね。敵意は解いてもらえたよ。っていうか今日はこの後はそれぞれの授業になるから、苦手なところ書き出しちゃおう」
「そうだな。…あ、これ苦手!」
そうして二人で机に向かい、用意した廉価版の羊皮紙に書き出していると、あっという間に時間が過ぎていった。
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今日の授業はスティルペースの植物学だった。世話の関係から、週に二回あるこの授業は結構楽しみである。今日は先日に引き続きキノコだと助手に告げられた。前回のことがあるせいか、みんな少々顔が引き締まっている。
「やあ、この間はすごかったね。ぼくはヴェリココ・エルモス・アルボル。今日も君の知識が見れるかと思うと楽しみだよ。いやあ、一年生だというのにねぇ。ご立派なことだ」
他の女生徒と話しているターシャを横目に真面目に本を眺めていると、アルバリコッケ色の髪をした少年が話しかけてきた。にこにこ笑っているし、口調も穏やかだが、目が笑っていない。
『こいつ、やーな感じだな。気を付けろよ』
『いるよね、こんな人。大丈夫、市場で慣れてるから』
本当は馬鹿にしているのに、にこにこと近寄ってくるのは市場ではよくあることだ。父がちょっと席を外した時とか、他の客に気を取られているときとか、だましてやろうと近づいてくる。
「そんなぁ。僕こそ色々教えていただきたいです。僕の知識は、古い書物が主なので」
少々はにかみながら嫌味に気づいていない様に無邪気に返すと、後ろに気配を感じ、肩の上に両手が置かれた。白くてきれいな手であるが、その指にはごつごつとした実用的な魔道具と思われる指輪がいくつもはまっている。とっても動かしにくそうだった。
「おやぁ、さっそくアルボル先輩は新人いじめか?はっずかし~」
「しッ、失礼な!いじめなんて下種な真似をするわけないだろう!不愉快だっ」
そう言うと、あっという間にアルボルは立ち去り、一番教卓に近い席に陣取る。まあ、熱心なんだろう。感じ悪いけど。
「大丈夫か?一年坊主。ええっと…ル…なんだっけ」
手をたどって上を見上げると、先日不良っぽく答えていた金髪の先輩だった。どことなく気だるげで、色気のある綺麗な人である。ハモミラのような甘い香りがした。
「ルプスコルヌです。ルルとかルースって呼んでください。先輩は…」
「あ、オレはエルキス。エルキス・ジェンマ・ヒュドラル=ユーグランス。エルかジェンでいい。あ、三年生な」
隣いい?といって、頷くとすぐに横に座る。横顔の睫毛がものすごく長かった。青みがかった緑の眼が素敵だ。
「あのヒト、スティルペースの爺のファンで、お気に入りになりそうなお前が気に食わねぇだけだから、気にすんな」
「大丈夫です、慣れてるので」
そう返すと、にかッと笑ってはいどうぞ、と干し肉を手に持たされた。感じとしては牛系の干し肉だけど。匂いを嗅ぐためか、グーグーが膝に手をかけ乗り出して来る。
―――― これ、食べろっていうのかしら…。
手元をじっと見つめ、持っているのも何なので干し肉を口に運ぼうとすると、止められた。ちゃり、と銀の指輪が触れる音がする。
「あ、ごめん!それ、わんこちゃん用。言うべきだったな。犬、好きなんだ。何て言うの、その子?かーわいいねぇ」
「グーグーです!そうですよね、かわいいですよね!」
こうして初めて僕は同士に出会った。
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ジェンは、本気で犬が好きらしい。ジャーキーはいつ犬にあってもいいように常備しているそうだ。変わった人である。しかもお手製で、高級品の縞牛のものだった。そんなわけで、グーグーはご機嫌で僕よりいいものを食べている。
「指輪?ああ、これね。制御装置。腕にも足にもついてるよ。オレ、急に魔力が増えちゃったから、吸わせてんの」
詰まった襟裳をとくつろげ、人差し指を差し込むと、その指に僕と同じ首輪がついているのが見えた。僕のよりもだいぶ緩い。後で聞いたら、きつさは魔力の量によるそうだ。
ジェンの実家であるユーグランス家は魔道具を作る家系で、指輪や足輪は兄の実験のためらしい。首がきついと言ったら、作ってくれたそうだ。この学校の助手だという。魔力を吸ってくれる魔道具。確かにこの首輪があるのだから、それ以外の形があったっていいはずだ。
「あのぉ…」
もっと見せてもらおうとした時、大荷物を抱えたスティルペースが、助手を伴ってやって来た。助手の女性はたくさん箱が積まれた手押し車を押している。
「本日の授業は、季節のキノコを使った授業じゃ!きちんと調べて手順に従うように!」
スティルペースが助手と一緒になって教卓に箱を並べていく。そして、名前を示すものはまるでない。自分で調べろというのだろう。多分、要らないものも含まれている。そして、たぶん魔法倉庫ででも保存していたんだろう。すべて生の茸だった。
「うわぁ…、先生性格悪い……」
思わず口からそんな言葉がついて出る。ぱっと見、厄介そうなものばかりだ。手のかかるというか、一手間かけないと駄目なものがほとんどだった。
「失礼でしてよ、ルル。先生に、そんな言い方!」
いつの間にかきちんと席についていたターシャに叱られる。ターシャの隣には、以前エランと呼ばれていた女性がいた。恥ずかし気におどおどとしている。僕の周りにあまりいなかった雰囲気の女性だ。
「学期の初めはこんなもんさ。生徒の実力を測ってるんだろう。後半になるとついていくのは大変になる。ホンットにくそ爺だぜ」
肘をつきながらジェンが言った。だが、楽しそうにしているから、先生に親しみを持っているのだろう。彼のいいようにターシャが目をむいていた。んまぁ!という憤慨の声が聞こえてくるようだ。ちょっと、表情の隠し方、覚えたほうがいいと思う。
「静かに!そうだな。ちょうどよく三、四人になっているようだ。今日はその机の仲間と一緒にやるように。ここにやることを書いた羊皮紙がある。各組取りに来て、取り掛かりなさい。出来上がったものを採点する!なお、この卓上にある材料は好きに使っても構わない」
スティルペースが指示を出すと、それぞれの組が前に行って荷物を取ってくる。一応紳士らしく、僕とジェンとで取りに行くと、キノコは五種類あった。そして、羊皮紙は実に簡潔に書いてある。否、簡潔ではない。こういうのは簡潔とは言わない。大雑把というのだ。そこにあった指示は、キノコを特定して適切に処理し、調理を行い、野営食を作れというものであった。
「まっっったくわかりませんわ」
野営とは無縁なターシャが、教科書をぺしぺしとたたきながら不貞腐れる。どうも彼女はあまりキノコがお好きではないらしい。至極嫌そうにキノコを眺めていた。確かに苦手な人も多い食物ではある。
「野営ってことは、体力回復とか、魔力回復とか、疲労軽減とかだろう?そこからいけば何とかなるんじゃね?」
確かにそうだ。ざっと見てわかったのは蜜の滴る蜂蜜茸、一見普通のキノコの砂茸、そして丸く膨らんだ風船茸だ。蜂蜜茸は見た目もあるのだが、効能も実ははちみつに似ていて、栄養が豊富である。砂茸は効果が処理の仕方で二種類に分かれる。風船茸は、性質も風船っぽい。
「す、スティルペース先生は、机の材料を使ってもかまわないっておっしゃいましたわ。で、ですから使わないものをじょ、除外しては…」
どもりながらのエランの言をジェンが補足したところによると、どうも傾向として○○してもいい、というようなときはあまり使わないことが多いらしい。
「なるほど。そう言うことですのね。この材料で野営食…。ねえ、ルル。外で調理するときってあまり複雑なことはできないのでしょ?」
「うん。普通の野営食だったら、煮るとか焼くとかぐらいじゃないかなぁ。鍋で蒸し焼きって言うのもあるけど」
そんなに料理はできないと思う。材料が重いのはそんなに持って行けない。調理器具も限られている。母と狩りに行くときは数日だったら作っておいたのを魔法袋に入れておいて、取り出して温めて食べていた。
「そうか、そう考えると……。なあ、これって、一度に野で手に入るものか?」
「い、いいえ。時期が違いますわ。蜂蜜茸は春の終わり、す、砂茸は秋ですもの。他も…。風船茸は秋、ああ、あとは…乳茸と…………なにかしら」
「色と形からすると、プロス茸かコトルニク茸かしら。どちらにしても冬の初めのものですわね」
その二つはこの国の北端で採れるものだ。たしか効能は…卵茸に似ていた気がする。違いは傘の裏の模様である。ひっくりかえすとコトルニク茸のようだ。ただ、どちらも卵茸よりも粘りが強い。
「一気には採れねぇってことは、使用するときは、たぶん保存処理したものだ。一番簡単な処理は乾燥」
「要するに、乾燥したこのキノコの効能を考えればいいってことですよね」
乾燥させた乳茸は水に浸すと成分が溶けだして乳のような成分がしみだしてくる。砂茸は砂状にして混ぜると小麦粉のようになり、栄養はアミュグに似ている。
見ながら僕が考えている間、エランとジェンは事典をめくっていた。ターシャはコトルニク茸の裏側をのぞき込んでつついたりしている。あんまつつかない方がいいんだけど。横目でその事典を見ると、風船茸の効能が書いてあった。風船茸は過熱すると、元の形に戻ろうとするのか、膨らむ特性がある、とあった。
「わかった!多分、これ、疲労回復だ。処理さえしておけば水と混ぜ合わせて焼けばお菓子みたいになる!」
すると、耳をそばだてて聞いていたのか、他の組も、一気に乾燥させ始めた。だが、それがあだとなり、前の方で悲鳴が上がった。多分蒸発したんだと思う。
「あー…乳茸は、ゆっくり水分抜かないと、蒸発するんですよねぇ。蜂蜜茸も半分湿った状態にしないと」
処理の仕方が全部違うと言ったのはそういうことだ。思わずにんまりと笑う。内心、間違えると材料だってなくなるんだよ~、ざまあみろ、と思う。
「お前、それだけ言うって、確信犯かよ」
「いいえぇ?でも、周りが耳をそばだててたの聞こえてましたし。盗み聴きして自爆するってすごいですねぇ」
お前、実はアルボルに怒ってたんだな、といわれる。怒ってはいない。ムカついていただけだ。ニコッと笑うとエランにおびえられた。
「ほうほう、期待通りじゃの!では、風船茸はどうする、エラン?」
周りの様子を見ていたらしいスティルペースがひょっと顔を出した。実に楽しそうににこにこしている。気配をあまり感じなかった。
「ま、まず石突をはず、外して、か、傘と軸を分離さ、させます」
うん、目の前の事典にはそう書いてある。その時、注意するのは、刃物を使ってはならないということ。刃物使うと破裂してしまうのだ。
「そうだな。で、注意点がある。破裂しないためにはどうするのだ?」
「刃物がだめってことは…手っすか?」
「そうだ。あとは刃物でも、金属でなければ大丈夫だ。それか、使役してる栗鼠とか鼠にやらせるとかだの。あいつらは実に綺麗に始末してくれる」
なるほど。刃物というよりは金属に反応するのか。金属って…確か結構多くのキノコは金気を嫌ったなぁ、と思う。今度、石のナイフでも作ってみよう。
その間もスティルペースは問答もいくつか繰り返す。周りはこっそりと聞き耳を立ててこちらの様子をうかがっていた。そんなやり取りを経て、スティルペースは他のテーブルにも移っていく。放任主義のようであるが、見るべきところは見ているらしい。
質問する相手が去った後は早かった、それぞれキノコを手分けして処理をする。まだ水分の抜き方は習っていない僕ら一年生はもっぱら下処理であった。僕も、杖さえなければできるけど、ここは先輩方にお任せする。
「で、これを混ぜて焼きます。僕が手順を言うのでお願いします。ターシャ、火加減よろしく。弱火でね。エラン先輩、材料を丁寧に入れてください。飛ばないようにしないと。ジェン先輩はひたすら混ぜる」
ターシャが種火を付けて調節し、その上に鍋を載せると僕が言うとおりにエランが材料を順番に入れ、混ぜる。そこにひたひたになるくらいの水を注ぎ、あとはひたすら混ぜる。練って練って練り上げて、へらを持ち上げて、もったりと下に落ちたら完成だ。所詮、小麦粉じゃないので、粘り気を出すのが大変なのである。足りない粘り気はコトルニク茸で調整だ。そして、粘り気が出たところで蓋をする。
「後は、蒸し焼きですね。蓋から湯気が出てきて、少し強火にして炊いたら休ませて終わり」
ひたすら練っていたジェンはくたびれている。あんまり肉体派ではないらしい。そして数十分後、鍋の中にはふっくらと焼きあがったキノコの蒸し菓子が出来上がっていた。
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嬉しいことに、僕の組は一位となった。味、効能共に二重丸をいただいたのだ。そして、批評の後は、休憩兼試食タイムである。色々な組の出来上がったものを一口大に切り、食べていく。この後に講義があるらしい。
「これ、うっま。キノコとは信じらんねー」
上手に蒸しあがった焼き菓子はむっちむちで美味しい。いくつかかけらを掌に乗せて机の下に差し出すと、濡れた鼻が手についた。言わずと知れたグーグーである。
「これじゃないけど、似たようなものを地元の狩人に教わったことがあるんです。疲労回復出来て、おなかにたまって、材料が軽いって言ってた。尤も、材料は処理済みでしたけどね」
「先人の知恵ですわねぇ。美味ですわ~」
前にあるのも使っていいと言っていたので、卓上にあったキトレムをもらい、酸味のある汁を絞り、余った蜂蜜茸の雫を入れ、焼き菓子に塗った。さらに効果の上昇が見込める。酸味も加わり、なかなかのお味だ。
「キっ、キノコがお菓子になるだなんて、は、初めて、し、知りました」
エランは健啖家らしく、出てきた物はぺろりと平らげ、更に残った蒸し菓子を誰より多く食べている。ほっそりとしているのに見かけによらない。因みに初めて知ったが、彼女の名前はエラン・ヴィタール・ファーベッラ・クラティオ=カコエンテスというらしい。長い名前が示すように上級貴族で、すで侯爵だという。つまり、このクラスの中では最も身分が高かった。
「うちや地元の人は、現金収入ってあんまりないから、森の恵みやなんかには詳しいんですよ。じゃなきゃ飢え死にする」
毎年、冬ごもりは大変だ。秋の恵みをかき集める。しかし、今年、父は捕まっているし、母はプラテアドの家にいるようだ。戻ったところで、冬はどうするのだろうか。憂鬱だ。
「過酷ですのねぇ。庶民ってすごいわ」
感心するターシャに、まあね、とだけ言っておいた。一長一短ある。庶民は確かに生きるのは大変だけれど、貴族のような命のやり取りをする陰謀に巻き込まれることは少ない。その点では生きやすいだろう。
「さて!それだけだったら喉が渇いたろう。わしが手ずから茶だしてやる。胃もたれなどにも効果があるのできちんと飲んでおくように」
試食も半ば、というときにスティルペースがそう言って、各机にお盆に茶碗と土瓶を各組に持って来てくれた。助手の人が休憩で退席していたから自らだ。
「珍しいな。ま、飲んどこう。先生の配合したお茶、うまいんだぜ」
「じゃあ、僕、お茶淹れますね」
茶碗を並べてお茶を淹れていく。その時、色々と配合してある茶葉からは、毒消しで有名な薬草の香りがした。
お茶を飲んで一息ついたころだった、一人の生徒が呻いて倒れたのだ。
「い、痛い…ッ」
ほとんど話したことがない、五つ上の先輩だった。顔が青く変化し、額に脂汗が浮いている。ただ事ではない。
「インヴィ!大丈夫か?」
休憩から戻ってきた助手とスティルペースが、インヴィと呼ばれた先輩に走り寄って脈をとる。周りに僕たちも集まったが、スティルペースの杖がギリギリ届かない範囲で足止めされた。食中毒なんかだと困るからだろう。
「これは…食中毒じゃないな。エルキス!お前、足が速いだろう。医務室の医術士を呼んで来い」
口元に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいたスティルペースがそう言う。口から匂いが漂いやすい毒というと、アミュグの青い実からとれるアニド毒か黴系のアフトラ毒か。
「プラテア、教卓の引き出しからヒュッタニアの雫を持ってこい」
馬乗りになって体を抑え、口の中に手ぬぐいを巻き付けて突っ込みながら、助手に指示を出す。舌をかまないようにだろう。痙攣が微妙に始まっている。多分、ヒュッタニアの雫というから、これはアニド毒だ。
その言葉に助手がぱっと行って、引き出しを開ける。だが、見つからないらしく、バタバタしている。そうこうしている間にも、目の前の彼女は顔色が悪くなっていった。
見かねたらしく、アルボルが駆け寄るが、見当たらない。どうしようか、手助けしようかと思っていると、ふっと足元にグーグーがやって来た。口元には【ヒュッタニアの雫】と古語で書かれた瓶があった。持ってきたらしい。
「あの、先生。ヒュッタニアの雫です」
グーグーから受け取り、スティルペースに差し出す。だが、馬乗りになって口を押えている彼は手が空かない。
「よし、お前は古語が読めるな。そこに書いてある手順で雫を三滴取り出してくれ」
瓶の張り紙を見ると、手に触れぬよう、風魔法を使って球状にして取り出すとある。だが、僕の魔力調整はまだ不完全だ。下手したら、瓶を壊してしまう。逡巡していると、脇から助手が顔を出す。瓶を見つけたのに気付き、さっさと戻ってきたようだ。
「わたし、一瞬で読めるほどには古語は得意じゃないの。読んで。わたしがやるわ」
「はい!では……」
助手になるだけあり、魔力調整は完ぺきだった彼女は、僕の言うとおりにして中身を取り出す。
「プラテア、それでは口の中に二秒に一回一滴ずつ入れるんだ」
上顎と下顎を押し開け、口の空間を作る。確かに上下抑えていれば舌は噛まない。少しの間なら、負担も少ないだろう。
「はい!」
見事な杖さばきで、彼女は入れていく。そして、数分すると、インヴィの痙攣は収まり、その直後、ジェンが医術士を連れてやって来た。




