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第32話 没落貴族、危険人物認定を受ける。

 ターシャはもうこれ以上用はない、とさっさと帰ることにしたらしい。打ち合わせは明日やるわよ!と念を押された。もちろん、否はない。


 そして、彼女を見送ると、ものすごくしぶしぶといった感じのアールヴたち(ドリューとルト)についていき、本に関する説明を受ける。これからこちらに出入りする際は彼らの同伴が条件だそうだ。どうも危険人物認定されたらしい。


「さて、お前は何の本を求めているのだ?」

「ええと、礼儀作法と、あとは……動物紋の封印について書かれたものです」


 ピクリ、と二人の耳が動く。動物門の封印は、植物よりも強く番人を象徴しており、より強固な守りが必要な場合に使われるものだからだ。


 実は、僕の家名も一角狼を表している。一角狼は、本来、王侯貴族を守る幻獣と呼ばれるものだ。


「動物紋ってさあ、お前何かよっぽどやばいもん抱えてるの?」

「いえ、僕自身はやばくないと思いますが、もらったものに動物紋が使われていたので、どうしようかな、と」

「それ自体がすでにやばいと思うが…。まあいい。この、板に手を当てろ」


 談話室から出て、いよいよ本が管理されているという入り口の前につく。扉を潜ると、水晶の板が張られた木製の台が数台あった。みよん、と僕ば前に立ったら台が下がったので、魔石か何かで対象を判断する高機能のもののようだ。


 いわれたとおりに手を置くと、思ったよりもひんやりしなかった。台自体が魔力を帯びていて、それが若干の熱を帯びているらしい。オーバーヒートなんかは大丈夫なんだろうか。


「ここにごく微量の魔力を流し、≪コンクィシ≫と唱えろ」


「はい。≪コンクィシ≫」


 すると、図書館の見取り図が浮き上がってくる。


「力を流しながら、何を読みたいのか唱えるのだ。本にはソフィアによって、さまざまな語が登録されている。お前の念じたものがそれに当たれば示されるだろう」


 あとは印の浮かんだ場所に行き、探せばいいということらしい。便利だ。いずれ実家にもこういう機構を作りたい。ここにいる間に通い詰めて、構造を把握しよう。熱をもっと逃がす機能も必要だ。


 僕は新たな楽しみを発見し、ほくほくしていた。ここは宝の宝庫である。いちいち彼らの許可を取らねばならないのは面倒だが、その価値はありそうだ。


「ええと、では『礼儀作法』」


 本来ここに来た目的を唱えると、図書館の二階の端にある本棚のあたりがボウ、と薄赤く光った。ほかにも近辺に黄色や青色といったものがある。


「赤は目的…というか唱えた言葉そのもの。黄色はそのものではないけど、関連が深いもの。青は本来は別物だが、一部に記述が認められるものだよ」


 さすがに貴族が通う学校だけあり、礼法等に関連するものはかなりあるようだった。


「じゃあ、次に『動物紋』」


 それを唱えるとヴィーッという警報音のようなものが響き、紫の髑髏の印が浮かんでくる。もう一度唱えると、明滅するようになり、紫から黒へと変わった。そして、画面が真っ黒になる。魔力が勝手に遮断された。


「ええ…ッ?」

「やっぱりな。これは、お前の制限が解除されていない部分にあるということだ。動物紋の封印はするのも解除するのも、本来はかなり高位の魔術師がするものだ。それこそ、王立魔法研究所で行うようなものだぞ」


 でも、僕解いたことあるのだけれど……。


 と、言いたくなったが、もうさすがにそれは言ってはならないことぐらいわかった。父が僕のさせてたことは普通じゃないらしい。学長が絶句したはずだ。


 大事なものを守るためとは知っていたけれど、そこまでとは知らなかった。


「今日は礼儀作法だけ借りてけば?もう一つの方は年齢があがれば借りられるようになるだろうよ。それと、お前、機械にも危険人物って思われたから、余計なことすんなよ」

「……分かりました」


 言いたいことはものすごくあったが、その日は、僕は大人しく礼儀作法の本だけ借りて帰った。それでも十冊近くになったため、帰った後に先輩に思い切り呆れられたのだった。


__________________________________


「ああ。もう、すごい奴が来たね!初日から禁書扱いのものを手にしようとするなんてさ」


 簡易な夕食を済ませた後に、呆れたようにドリューが言った。それにルトも同意する。今日は三人が三人とも疲労困憊だった。


「まあまあ、楽しいじゃあないの。あんなの久しぶりだわぁ。それに、あれだけ高位の精霊を使っているだなんて、これからが楽しみねぇ」


 ふんわりと呑気にフォルトゥードは笑っていたが、ドリューもルトも笑えなかった。


 あの空間の魔力を根こそぎ吸い尽くすような力を持った精霊を使役している人間など、二人は見たことがなかったからだ。


「笑いことじゃないぞ、ソフィア。あんな人間は見たことがない。大人しくあの犬が従っているのも妙なくらいだ」


「私は見たことあるわよ」


 にこにこと笑いながら、缶に詰めた蜂蜜の入った焼き菓子を差し出して来る。フォルトゥード手製のこの菓子は、二人の好物だった。彼女なりにねぎらってくれているのだろう。


「えー?!そんな奴いんの?」


「もちろん。今じゃないわよ。まだ、私が子どもだったころにね」


 彼女が子供だった頃というと、大分昔のことだ。人からすると大分長く生きているドリューとルトも、彼女には及ばない。


「それは、誰だ?」

「この国の十代目よ。剣王・ラーミナ。剣王なんて言われてたけど、本当は魔術に秀でてた。あの人の剣は実際の剣ではなくて、魔術で作り出したものよ」


 後世にはそれは伝わっていないけれど、と笑った。


 二人の人型の高位精霊と契約し、敵を屠っていく。まだ荒れていたこの王国にとって、理想的な王だった。豪快で男らしく、分け隔てのない人だった、とフォルトゥードは言った。


「あの子、魔力の質が似てるわね。さすが子孫」

「ボクはなんだか面倒なことになりそうな予感がするけど」

「同感だ」


 先見の力を持つ者もいるアールヴの勘は馬鹿にならない。


 この先、二人はなんだかんだ言って、ルセウス・ミーティアに使われることになるのだった。 


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