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第28話 没落貴族、常識を欲する。

 あの日、パンタシア、いや、ターシャと和解して以来、授業は比較的順調であった。彼女が突っかかることが無くなったおかげで、他の同級生との連携もとれるようになった。


 そう、魔法実践学初級以外は。


 魔法実践学初級を取っているのは、7人程度。もともと、この授業を取るのは下級貴族で満足な教育を受けられなかったものか、魔力を持っていたがために貴族の養子になった元庶民である。男爵とはいえ、爵位持ちがここにいるのは珍しい、と馬鹿にされてしまった。


 おまけに他の授業は自作の杖を使うことを許されていた(黙認だけど)が、この授業だけは絶対に買い与えられたものでなくてはならなかった。担当教師であるシーリオ・グラキリスは、どうにも僕のことが気に食わないらしい。何かするとネチネチと嫌味を言われる。


「だ・か・ら!段階を踏めというのだ、段階を!何度言えばわかるのだ」


 今日もまた、叱責された。課題自体は複雑ではない。自分が持っている属性の水晶灯を均等に光らせる、という課題だった。杖がいいものでなければ。それでも何とかやり遂げた。綺麗に均等に光っていると思う。今日はうまくいった。


 しかし、教科書に書いてある通りにはやったのだが、彼的には満足いかなかったらしい。何とか今日は杖も魔力も暴走させずに済んだのに。


「す、すいません」


「グラキリス先生、ルプスコルヌは書いてある通りにやっています。段階は飛ばしてないと思います」


 僕が謝ると、サビーがそういって、庇ってくれた。彼は魔力の扱いに無駄があるという理由で、ここに来たという。僕よりはましだが、属性によって相当なムラがあるという。このクラスでは優等生だ。


「下準備がなかった、そこが問題だろう。常識のない者は好ましくない。常識こそが基礎!基礎こそが正義なのだ!」


 ようやく理由がわかった。この数回の授業で怒られた理由はそれだったらしい。僕が聞いても、考えろというばかりで、何もわからなかった。サビーのおかげだ。準備運動的なものがなかったのが、いけなかったのだ。


「魔力を体に循環させたら、杖に魔力をなじませ、試し振りをする。慣れないうちにはそうしなければならない」


 皆、何をやっているのかと思ったら、そういうことなのか。杖をもって念じているのはうまくいくように、と祈っているのかと思った。そして、それは常識の範囲内だからこそ、教科書には書いていないのだろう。魔力の循環はやったことがあるが、杖になじませたことはなかった。


 杖を使ったことがない僕には、そこの常識が抜けていたのだ。


「分かりました。いったん消して、もう一度やり直してみます。≪消えよ≫」


 すると、勢い余って、サビーのものも消してしまう。


「うわぁっ!ごめん、サビー」


 慌てて謝るが、消えてしまったものは元には戻らない。本当に、申し訳なかった。


「しょうがないよ。もう一度僕もやってみる」


「ルプスコルヌ!お前というやつは…。もういい。部屋を出ていきなさい。ほかのものの邪魔になる。この始末は、お前の成績から減点することでつける」


 思わずじっとグラキリスの顔を見たが、決意は揺らぎがないように見えた。冷えた目でじっと見降ろされ、ひどく心細い心地になった。


「申し訳、ございませんでした」


 これ以上、言っても懇願しても無駄だと思い、自分のしたことを詫びて部屋を後にした。背中に幾つもの視線が突き刺さった気がした。


___________________________________


「どうしようねぇ、グーグー。常識ってどこに行ったら手に入るのかなぁ」


 構内にある水の出ていない噴水のもとに座り、黄昏たそがれる。ここ数日、遠慮していたが、気持ち的にそんなことは言っていられず、抱き上げて、頭を載せて頬ずりした。くしゃくしゃの黒い毛皮に鼻をうずめる。暖かく、少々日向くさい毛皮は心をひどく慰めた。落ち込んでいるのがわかったのか、今日はグーグーも何も言わなかった。

 

「お前の場合、常識っていうよりは一般的な習慣ぽいよな」

  

 珍しいことに、ぺろりと鼻の頭をなめてくれる。益々ぎゅっと抱きしめてしまい、グーグーの口からぐえっという声が漏れた。しかし、知らなかった、で済ませてはいけない気がする。なんというか、こう、基礎に入る前の基礎的なものを知りたい。


「…図書館?」


 そう言うものが学べそうな心当たりは、それくらいしか知らない。


「まだ許可が出てねーだろ。つか、放せ」


「そうなんだよねぇ」


 一年生は全員、図書館利用手引きを受けてからしか図書館の利用ができない。例外は指導をする教師の許可が下りた時だけだ。つまり、ヴィルトトゥムである。


「一回ヴィルトトゥム先生に相談してみるかなー」


「呼んだ?」


 思わずびくっと飛び上がってしまう。後ろを振り返ると、にこにこしたヴィルトトゥムがいた。今日はこの間と異なり、普通の地味な教師の格好である。


「ヴィルトトゥム先生、ここで一体何を。まだ授業中ですよね」


「今日は早く終わったから、終わりにしちゃったんだ。だらだらやるの嫌いだからね」


 うきうきという言った。手には色々な資料を持っている。グラキリスが聞いたら怒りそうな言い草である。彼は神経質なほどに時間をきっちりと守る。


「はあ…、お疲れ様です」


「珍しく落ち込んでるね。今日は僕、もう、研究室行くだけだから、話聞くよ。何か聞きたかったんでしょう?」


 僕の名前が聞こえたし、といった。先ほどの独り言をしっかり聞かれていたらしい。


 それではと思い、そのまま噴水に腰を掛けて話をする。お礼代わりにあたたかなキトルスメンタのお茶を出した。そうして、話すうちに、彼の顔が笑いを含んだものになっていき、最後にはこらえきれない様にくっくっと笑い声を漏らす。


「先生!僕は真剣なんですよ」


「いやいや、悪い。グラキリス先生は頭が固い以外は、そんなにすごく悪い先生じゃないんだけど、君とは相性悪いかもね。なんといっても《《常識》》を愛しているから」


「なんだかもう、いちいち非常識だって言われるし…。だからどこに行ったら常識が手に入るかなって」


「それで図書館?いいよ。推薦状を書いてあげよう。君、この後は授業ないでしょ?確かピエタスさんと打ち合わせだったよね。二人で一緒においで」


 こうして、僕は少々早く、図書館への切符を手にすることができることになったのだった。



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