第24話 没落貴族、人には別の顔があると知る。
あの後、ヴィルトトゥムが助手や何かを指示を出して、物証が運び出された後、少しばかりの休憩をはさんですぐに授業は再開された。
そして、キィ以外は無事に魔力回復薬を作り終える。彼は万が一のことがあっては危ないから、という理由で、魔力を伴わない僕たちの手伝いのみをしていた。最後に用意されていた小瓶に詰め、自分専用の回復薬とする。
作れなかったキィは、後日改めてヴィルトトゥムの監視下で放課後に作るらしい。とにかく無事で何よりである。それにしても何となくけだるげな様子からは想像できないくらいにサビーの動きは素早かった。
他の授業(後は一コマしかなかったが)を終えて部屋に帰ると、先に帰ってたヴィ先輩にものすごく心配され、ついでに説教された。カウダには全身くまなく匂いをかがれ、頭の毛をざりざりと湿り気を帯びるまで舐められた。どうやら燻り臭かったようだ。
さて、翌日の早朝、僕はヴィルトトゥムに呼び出しを喰らっていた。わざわざウーヌムが知らせてくれたのだ。ガーゴイルとは便利なものである。
そんなわけで、朝食を用意し終えて自分の分だけ食べると、寮にある彼の部屋に向かう。独身で、比較的年齢の若い(らしい)ヴィルトトゥムもまた、寮住まいであった。
この部屋のちょうど真向かいにある特等室がヴィルトトゥムの部屋だ。
『グーグーも一緒に、だって。何だろうなー。昨日のことだとは思うけど』
いつものように頭にグーグーを載せながら廊下を歩く。重くないの、とアディに聞かれたことがあるが、実質浮いているので、全く重くはない。
『まー、質の悪い炎だったぜ。魔力が中途半端でまずかった。薄めてあるっつーかさ。鳳凰とか火蜥蜴のとかだとうまいんだけどなー』
機嫌が悪そうに、喉の奥でうなりながらそう伝えてくる。心底嫌そうだったので、本気でまずかったんだろう。僕の料理には一切文句言わないので、意外だった。
しかし、炎に旨いまずいがあるとは初めて知った。そもそも食べるもんじゃないと思う。
『味ってあるんだ』
『味ってかな、魔力の質な。純粋に焚いた炎はそんなに味しないぜ。それにしても妙なんだよな』
頭の上からこちらを見降ろしながら、グーグーが言った。もしゃもしゃした毛がこそばゆい。
『妙って?』
『うん、あの炎な、キィって坊主の魔力だけじゃなかったぜ』
「え…?!」
思わず声が出てしまい、向かい側を歩いていた用務員の人に妙な目で見られてしまった。慌てて口を噤む。
一体どういうことなのだろうか。
思わず考え込みながら廊下を進む。話しかけても思考の海に沈んでいる僕に呆れたのか、グーグーはそれきり話さなくなった。
___________________________________
向かいと言っても建物は結構大きい。しばらく歩き、ちょうど僕たちの部屋の真反対に位置する部屋にたどり着く。そこがヴィルトトゥムの部屋であった。ウーヌムよりも少し華奢なガーゴイルが扉の傍で見張っている。
「すいません、ガーゴイル・オクトー。ルセウス・ミーティア。ルプスコルヌが来たと、ヴィルトトゥム先生にお知らせくださいますか」
知らされていた名前をかける。ウーヌムから、きちんとフルネームで呼ぶように、といわれていた。ガーゴイルって苗字だったのか。
「おやまぁ、可愛い坊やだね。待っといで、今呼んできたげよう」
ウーヌムに比べると些か穏やかな口調で言う。地元の果物屋のおばあちゃんみたい。
すると、すぐにパタパタと足音がして、人が来る気配がした。
「ああ、ルプスコルヌ君。入って」
重い音がして扉が開くと、いつもとはちょっと違う雰囲気のヴィルトトゥムがそこにいた。
無造作に髪を下ろし、ぴかぴかとする部屋着(多分)を着、ぎらぎらとした織物の上着を羽織っていた。足にはいたのは錦織にビーズを縫い付けた、かかとのない履物だった。
金属のような輝きを放つ色彩の間に緑や紫、鮮やかなプフェル色といったものが散らばっている。その様子はまるで…。
『パ、パゴニ』
『おう、パゴニだな』
パゴニは繁殖期になると羽を広げてメスを惹きつけようとする、大型の鳥である。因みにかなり凶暴だ。そばに寄ろうものならば、けりを繰り出してくる。肉もよほど丁寧に処理しない限り、あまりおいしくない。ただし、魔力を帯びた羽は装飾品として人気である。
そう、緩くうねる髪をおろし、光輝く部屋着を着た先生は、まるで繁殖期のパゴニのようであった。
呆然としながら案内され、奥へと進む。部屋の造りは僕らの部屋とは真逆なだけで、基本的には同じようであった。装飾がまるで違うだけで。
「先生の研究室とは、大分違うんですね」
「ああ、あそこはあくまで仕事場だから控えてるんだ。本当はキラキラしたものが好きなんだけど。金とか宝石とかいいよねぇ」
うっとりと入り口わきの金ぴかのコート掛けをうっとりと撫でる。ごめんなさい、その趣味は全く分かりません、と思わず心の中で謝った。
『だよなー』
グーグーは同意するところらしい。そういえば、彼のいたルドゥン風の店も、これほどではないが金の装飾が施されていた。
「とりあえず、そこに座ってくれる?そこの長椅子」
指し示したのはおそらくは黄金蛾の繭で織ったであろう、これまたびっかびかの長椅子だった。無駄にツヤを帯びた布地は座りごちが悪そうである。座ると下に足がつかないので、滑りおちそうだ。
さすがにお高そうな長椅子に犬を乗せるのは気が引けて、頭の上からグーグーは下ろし、膝の上に座らせた。
僕の膝の上から真っ黒な足がチョンと突き出した様子はとってもかわいい。おなかがピンクなのもまた素敵である。
「はい、ハモミラのお茶。牛乳とか蜜とかいる?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
そう言うと、長椅子の前にある低い机の上に、取っ手付きの湯飲みを二つ置いた。プフェルに似た香りが鼻をかすめる。それからもう一度、台所の方へ行き、もうひとつ湯飲みを取ってきた。
「あの、こちらにもうありますけど」
もうすでに二つある。だが、彼の手には目の前に置かれたものとはまるで違う、金と花の装飾がふんだんについた湯飲みを持っていた。きれいといえばきれいだけど、洗浄魔法がなければ洗うのは大変に違いない。
「ふふ。それはね、そっちの子のだよ。ねえ、グーグーだっけ。話せるんでしょ?」
「え…っと」
思わずちら、とグーグーを見ると、半眼になっているのがわかる。
「あーあー。こいつ騙せそうにないしな。かったるいがしょうがねぇ」
そう言うと、すっくと僕の膝の上に四つ足で立ちあがってから、下に軽い音を立てて降りた。
背中を猫のように伸ばしたり曲げたりすると、昨日炎を飲み込んだようにぬるんと大きくなり、全身から黒の割合が減っていく。
「え…?え…ッ!?」
「おや、やはりそうだったか」
僕たちの目の前に立ったのは、ヴィルトトゥムと同じくらいの年頃の、非常に容姿が整った全裸の黒髪の青年であった。
もう一度言う、全裸の。




