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第21話 没落貴族、新たな友を得る。

 その日の晩、仕事が終わるなり部屋に呼び戻されたヴィ先輩と共に食卓を囲んだ。いくつかは少し冷めてしまっていたが、それでもお気に召してくれたようだ。


 誰かに食べてもらうのは、やはり作り甲斐がある。因みに、カウダには言っていないが、食べ物専用の保存用の魔法袋があるので、あまり量は気にしなくて大丈夫だ。


「これは美味い!リュベは少々苦手なんだが、このサラダは平気だ」


「軽く煮詰めたアリクワムで臭みを消して、甘みもつけてありますからね。母の自慢のレシピです。砕いたアミュグの食感もいいでしょう?」


 アミュグは、栄養価が高くて消炎効果があるという木の実だ。酒のつまみにしたり、粉にして菓子にしたりする。すりおろしたリュベとアミュグのケーキは僕の好物である。


「そうだな。こういう使い方もあるとは、初めて知った。祖母のところの料理長に行ったら、喜んで使うだろう」


 多分知っていると思う、とちょっと頭の中でつっこんだ。魚にかけたりするし。


 しかし、話ながらの食事であっても、ヴィ先輩の食べ方は優雅だ。しっかりと見習え、と言われたが、なかなか難しい。


 僕の食事は基礎は守れているし、違反もしていないそうだが、優雅さに欠ける、とカウダに指摘されてしまった。意識をするとがちがちになってしまうので、練習あるのみだ。頑張ろう。


「ところで、監督生になったそうだな。まずはおめでとう」


 最後のピルムという円錐型の果物をヴィヌムという酒と山蜂の蜜で煮て、生クリームをたっぷりとかけたデザートを腹に収めると、初めて監督生のことを彼は言った。


「ありがとうございます。ヴィー先輩も5年連続監督生なのでしょう?すごいですね」


 監督生は毎年、選出しなおされるため、毎年選ばれるというのは非常に大変なことだ。きっと、先輩は真面目なんだろう。申し訳ないが、僕は来年やろうとは思わない。ぜひ辞退させていただこう。


「努力したからな。おばあ様、いや、学長に恥をかかせてはならない。それに就職にも有利になるからな」


 自ら自慢もしないが、変に謙遜しないのが彼のいいところだと思う。ほめた時に、そんなぁ、とか言う人はよくわからない。あからさまにひけらかすのはどうかと思うが、努力したのだから、誇ればいい。


「お前は明日からが正念場だな。ルプスコルヌの名前がどう作用するか。お前ならばなんとかしそうだが。初日は必ず揉め事があるから、注意するんだぞ」


「そうですわねぇ。貴方なら、笑って済ませそうですけれど、何かあったらグーグー様に頼るんですよ」


「ってなんでオレだよ」


 満足げに食卓の下に敷いた絨毯に伏せていたグーグーが反論する。もはや、ヴィー先輩には遠慮しないことに決めたようだ。彼も彼で、カウダにいろいろ言われたらしく、グーグーのすることには口出ししないようになった。


「ルルに任せたら過剰防衛になるからじゃありませんか。この子より、相手の方が心配です」


 つんと鼻を上げ、とても偉そうにカウダが言った。


 やっぱり、つんつんしても猫はかわいい。


___________________________________


 揉める、と言われて気にはなっていたが、結果として揉めた。と、言うよりも現在進行形で絶賛揉め事中である。


 目の前では、パンタシアと紺色の髪に眼鏡をした少女が、激しい言い合いをしていた。よく口が回るなあ、と思いながら眺める。


 二人とも、何とか距離を保っているが、ちょっと接触したら、殴り合いのけんかに発展しそうである。フーフーシャーシャーと猫が毛を逆立てて、言い争っているみたいだ。


 事の発端は、パンタシアの説明だった。こういう説明は、一度も人に教えたことがない僕よりも上手そうだから任せたのだが、彼女の説明が非常に分かりにくかったのだ。


「全っ然、分かんないんですけどー。もっと、分かり易い説明してくださらない?貴方、監督生で頭いいんでしょ?」


 パンタシアが自信満々に説明した後、そう、紺の髪の彼女が言い、言い合いに発展したのだ。あまりの勢いに、残りの僕たちは眺めるしかなかった。


「……相変わらず、すごいなぁ。でもなー、俺もよくわかんなかったなぁ」


 一応残りの監督生として、止めようかなぁ、と思っていると濃い、青の髪をした少年がぽつんとつぶやいた。


「確かに、やたらに難しい言い回しが多かったよね」


「あたし、文語体苦手なんだよねぇ。あれって、きっと元は昔の文語体なんだろうけどさ。現代訳っていうか、口語訳にしてほしいわ。でなきゃ、本体頂戴よ」


 そんな風に、あちらこちら声が上がり始める。だんだん声が大きくなってがやがやし始めてきた。これは、元凶を止めなければならない、と思い、二人に声をかけることにした。


「あの」


「「何な(んです)の?!」」


 立ち上がって、口を開くと、二人からぎっと睨まれた。とっても怖い。目つき悪いし。それでも彼らの注意をこちらに向けることに成功した。


「ピエタスさん…と、ええと」


「マール・ぺルラ・オケアヌスよ!同級生の名前くらい覚えたらどう?!」


 眼鏡の子の名前を憶えていなかったことが、逆鱗に触れたらしい。だが、特に名簿などもらっていないので勘弁してほしい。今日まで認識すらしていなかった。


「失礼、オケアヌスさん。ここで言い合いをしても何だし、みんなで一緒に考えてみない?あのね、渡された奴やつ、もともとが長ったらしくてわかりにくいんだよ。ピエタスさんも僕も慣れてないし、オケアヌスさんにも力を借りられると嬉しいんだけど」


 二人の背後でアディがよくやった!とばかりに親指を立てている。対応として間違ってはいなかったようだった。 


 それから、なんとかかんとか、僕らは無事に問題を解決し終えたのは、他の学年がすべて解散してからだった。遅くなった我々を気にかけて、ヴィルトトゥムが呼びに来て、判明した。


 パンタシアをアディがなだめてくれたのと、オケアヌスを持ち上げたのが功を奏し、一方的な通告ではなく、新入生の大部分が話し合う、という有意義な会となった。ヴィルトトゥムがやって来たのは終盤に差し掛かった時であったのだ。


 一応、ところどころでこうなんじゃない?と言って誘導しておいたが、大丈夫だったようだ。出すぎることもなく、ほどほどに補助で来たんじゃないか、と自画自賛してみた。


「お前、すごいなぁ!」

  

 解散し、食堂へ向かおうとしたところ、後ろから声をかけられた。アディはパンタシアをなだめるために二人で貴賓室に行ってしまった。なので、一人だ。


 声をかけてきたのは、さっき声を上げた、濃い青の髪の少年であった。立ってみると、僕よりも頭一つは大きい。結構ハンサムだが、笑うと愛嬌がある。八重歯がちょっとグーグー見たいだった。


「ええと…」


 確か、オケアヌスと一緒に入ってきた少年だ。仲がいいから、恋人なのかと思った気がする。オケアヌスが彼の腕に抱きついていたのだ。


「ははっ!俺は、キュアノス・サルム・オケアヌス。マールの双子の兄だ。おまえ、本当に人の名前覚えるの、苦手なんだなぁ。マールとピエタス嬢の言い争いに入るだなんて、感心したんだ。よろしく!」


 恋人同士ではなく、兄妹だったのか。しかも双子。全く似ていないが、髪の色だけ青系という共通点がある。


「よろしく、オケアヌス君。僕のことはルルとかルースとかって呼んでくれると嬉しいな」


「おう!オレのこともキィって呼んでくれよ。オケアヌスだとマールとややこしいだろ。うちさあ、ルプスコルヌ家に父親が被害を被ったとかで、どんな奴かと思ったけど、面白そうだな、お前」


 入学して授業が始まる段になり、漸く僕はアディ以外の友人を得たのであった。




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