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第20話 没落貴族、翻弄される。

 面倒くさいから、個別ではなく、一緒くたに面接をされたらしい。僕とパンタシアは今後、同じように扱われることになったと告げられた。そういわれた途端、パンタシアがムッとする。


 話によれば、毎年、学年の上位二人から三人は、多くの場合において学びにゆとりがあるので、様々なことを取り仕切ることになる、とのことである。これで忙しさが平等になるのだと告げられた。


 全っっ然、平等じゃないと思うけど、と内心、不貞腐れた。


 純粋に無駄を省きたかった僕としては、非常に不本意であった。そうであれば、手を抜いてテストを受けたのに。そもそも、図書館にこもりたいがために免除試験を受けたのだ。


「うふふ。不本意って顔をしてるね、ルプスコルヌ君。毎年ねぇ、そういう子がいるから上から下には秘密なんだよ。君のお父さん、ヴィーも選ばれたときは不本意そうだったなぁ」


 にっこりと嬉しそうに笑い、僕のことを眺めながらヴィルトトゥムはそういった。失礼であるとは思ったが、彼の顔をまじまじと見つめてしまう。


 父の愛称を呼び、なおかつ学生時代を懐かしんでいるということは、少なくとも父と同世代ということである。とてもそうは見えないほどに、彼は若々しかった。二十代前半くらいに見える。


「ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ!失礼ですわよ」


 僕のことを勝手に呼び捨てにしている自分は失礼じゃないのか、と思うのだが、彼女の言うことも確かだ。礼儀に反している。尤もだと思って、視線を外した。


「すいません。不躾でした」


 視線を外すと満足そうにパンタシアが頷いた。かなり偉そうだ。命令するのに慣れているから、下に弟とか妹とかいるのかもしれない。遊んだことはないが、近所にいた下に弟妹がいるお姉ちゃんって、こんな感じだった。


「構わないよ。ヴィーは僕の後輩でね。田舎に引っ込んじゃうまでは結構交流があったんだ。ピエタス君、君のお父さんのこともよく知っている。当時はケルタ家の次男だったっけ。婿養子に入ったんだよね。ヴィーをライバル視してたなぁ」


 じっと、こちらを見て彼は懐かしんだ。物腰は柔らかで貴族的だか、話し方や発想は庶民ぽい。

そして、彼は父の先輩であったらしい。学長同様、魔力による若々しさなのだろうか。


 あと、僕の父とパンタシアの父は好敵手ライバルだったということがわかった。つまり、父親経由で色々聞かされていたので、彼女は僕のことが嫌いなんだろう。


「そう、そうですのよ。わたくしたちが必死になってやってることを、貴方たちはどーして何でもないことのようにやるのよっ」


 こちらに振り向いた時に、ピンク色の髪が逆立ち、ちょっと鬼のようであった。髪がぱちぱちと魔力と一緒に反応しているから、割と魔力がきっと多いんだろう。


 それにしても、怒ったパンタシア、怖い。


 それに、《《貴方たち》》とは、僕と父だろうか。父はともかく、簡単になどやっていない。地道な積み重ねのなせるものである。


「ピエタス君、ピエタス君。落ち着きなさい。君とルプスコルヌ君はタイプが違うんだ。自分は自分、だよ」


 確かに、父は天才型だ。比べると落ち込んでしまう。パンタシアの気持ちもわからないでもない。


「気にすることないよ、ピエタスさん。父と比べたら誰でも凡人だから。僕たちからすると、うらやましいよね」


 貴族らしく、はにかむように笑いかけると、パンタシアの顔に朱が走った。髪がまた、逆立った。何やら怒らせてしまったようである。先ほどヴィルトトゥムに窘められたせいか、怒鳴るのを我慢しているようだ。


 それを見て、僕の顔は情けない事になっていたに違いない。ヴィルトトゥムが吹き出した。


 女の子って難しい。

__________________________________ 


 その日はそのまま解散になった。だが、明日には学年ごとに集まって僕たちのような上位学生がほかの学生に、色々な説明しなければならないらしい。


 羊皮紙の束を渡され、僕たちのような学生を監督生と言うのだと聞かされた。


 それは規則やカリキュラムなどが書かれた分厚い説明書だった。それを分かり易く伝えるようにとヴィルトトゥムに言われる。目だけは通したが、極常識的なことが、難解な言葉で書かれているだけだ。つまらない。


 他の人も色々なようだった。ヴィー先輩はまだ帰っていない。上級生は下級生のこともあるから大変そうである。早く帰れた人は、明日が授業初日だからよく休んでおくように、ということだった。


「おーい、大丈夫か、お前。明日から、学校始まるんだろ?」


「いいんだ、ほっといて……」


 うんざりしながら帰った僕は、その思いのたけを家事にぶつけるのだ、と張り切った。部屋を隅から隅までもう一度磨き上げ、それが済むと台所に行って母に頼んでおいた食材を思う存分取り出した。


「あっそ。完成したら呼んでくれや。オレは寝るぜ」


 さっさと踵を返し、僕の部屋へと行ってしまった。


 今日はもう、食堂になんか行かない。帰り際に、その旨を寮の食堂に伝えておいた。好きなものを好きなだけ作って食べるのだ。本に埋もれる時間がなさそうだ、ということが僕にはとっても不満だった。


 蒸して、揚げて、煮て…と思う存分料理した。ここ数日、食堂や学食で食べたのは似た感じの料理が多かったから、そのうっ憤を晴らす感じである。色合いも味付けも多様な料理が出来ていた。


『まあまあ、困った子だこと。こんなに作ったって、食べきれやしませんよ。加減ってものを覚えなきゃ。今日からわたくしが教えて差し上げるわ』


 七品目を作り終えて、机の上に並べていると、頭の中にそんな声が響いた。落ち着いた少し低めの女性の声で、口調がちょっと母みたいだった。


 あたりを見回しても他に該当する者はいない。いるのはカウダだけだ。ふわふわ僕の腰の辺りで座った状態で浮いている。


 さっきからグーグーは僕のベッドであられもない恰好で寝ていた。料理を台所から居間に運ぶとき、それは確認した。それに、彼はこんな話し方しない。


「……カウダ?」


「そうよ、わたくし。リューヌ・カタリナにも言われたの。面倒を見てほしいとね。貴方、悪い子じゃないけれど、覚えなきゃいけないことが色々あるわね」


 今度は念話ではなく、直接話しかけて来た。初めてである。今まで、半ば無視されていただけに、とても嬉しかった。


「わぁ!僕、話せる飛び猫って初めて会った!」


 思わず腰を屈めてで手を伸ばすと、強烈な猫パンチが飛んできた。暖かいゴムのようなものが左ほおに炸裂した。爪は引っ込めてあったが、かなり痛い。


「なんです、レディに向かっていきなり抱き上げようとするだなんて!口をきいたのは初めてなのだから、礼が先でしょう」


 そう言われて少し考え、きちんと一度立ってから、淑女に対する例を取った。カウダの話し方を見ると、それが適当な気がしたのだ。右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差しだして、お辞儀をする。


「よくできました。抱き上げてもよろしいわよ」


 つんとした鼻を上に向け、偉そうにカウダが言った。偉そうなのだが、猫がそれをやってもかわいいだけである。


「あ、ありがとうございます」

 

 そっと手を伸ばし、抱き上げる。グーグーとは違う、柔らかい毛と柔らかい身体が新鮮だった。猫って、ぐにゃぐにゃしている。思わず、わぁ、と歓声が出た。


「うふふ。わたくしの自慢の毛並みよ。坊ちゃんがそれは丁寧にブラッシングしてくださるの。……そういえば、貴方は毛並みがちょっと貧相ねぇ」


 カウダはぺたぺたと肉球で僕の服を触った。これは、服だ。毛皮ではないが、彼女たちからすると似たようなものかもしれない。


 今、着ているのは叔父たちからのお下がりではなく、部屋でくつろぐためにこっそりとっておいた僕の部屋着である。もちろん洗濯はしてあるが、着こんであるもので決して上等ではない。


 我が家は、ハレの日の一張羅は持っていたが、基本的には質実剛健で、清潔であればいい、という考え方だった。そもそも農作業に華美な服装は必要ない。


「あの、掃除したり家事したりするのに、こっちの方がいいかなって」


「いけませんよ。今までがどうかは知りませんけど、ここは貴族が中心の学校です。貴方はそれを学ばなきゃならないわ。郷に入っては郷に従えっていうでしょう」


 確かにそうだ。環境になじむ努力が足りなかったかもしれない。そもそもそれが目的で、ヴィー先輩と一緒の部屋になったのだった。


「そうですね、確かに。ヴィー先輩からそれを学ばなきゃいけないんでした」


「リューヌ・カタリナもそういってたわ。今日から、わたくしがあなたを指導します。坊ちゃんだけじゃ心配だし、グーグーさまはこういうことにはあてににならないわ。ビシビシいきますからね、ルセウス・ミーティア。いえ、ルル」


 前足で、鼻をつんつんとされる。肉球の香ばしいにおいが鼻をかすめた。


「どうぞよろしくお願い致します。ええと」


「カウダで結構よ。頑張りなさいね。……とりあえず、この食べ物を何とかしましょうか。わたくし、坊ちゃんを呼んでくるわ」


 腕の中からポンとカウダが抜け出て、ドアへと向かう。そのシッポは一本ではなく、何と、三本あった。


 それにしても、パンタシアといい、カウダといい、女の人って結構怖い人もいるんだなぁ、と思った。


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