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第17話 没落貴族、買収を試みる。

 おそらく秘書と思われるの女性は若干、こちらを警戒気味であったが、学長はこちらを向いてくれた。どうも面白がっているようだ。


 二人の前には野菜定食と魚定食がある。確か、ダイエットメニューとして、人気だと、先ほど給仕の女性が言っていた。彼女の立場ともなれば、おそらく夜会などもあるだろうから、納得の選択である。


「ふむ。昼休みの間だけだが、それでよければ話を聞こうか。そちらのヨクラートル家の長男も一緒でいいのかね?」


 僕の傍らではアディがおろおろしたように僕と学長を見比べている。きっと、ここでは学長も肝心のところは言わないだろうから、構いやしない。


「ええ、まあ。今日はちょっとお伺いするだけですから」


「そうか。それならばここに座りなさい。たまには学生と食べるのもよかろう。なあ、カリタ」


「学長に異存がなければ、結構です。ルプスコルヌ家の子息ということは、弟のアーギル・ルヴィーニの同室、ということですか」


 なんと、彼女はヴィーの姉であるらしい。かばってくれた優しい姉、というのは彼女のことのようだった。


 儚げな、可憐な女性を想像していたのだっが、想像していたよりもずっと、何というかきりっとした感じである。お胸もお尻も立派な肉感的な女性だが、雰囲気の所為かいやらしく見えない。


「そうだよ。ルプスコルヌ君、ヨクラートル君、こちらはカリタ・アミニ・スクートゥム。アーギル・ルヴィーニ・スクートゥムの姉だ。わたしの秘書でもある」


「はじめまして。ルプスコルヌ家のルセウス・ミーティアです。アーギル・ルヴィーニ先輩にはお世話になっております」


 なんだかんだ言って、彼は優しい。ご飯で餌付けしたからなおさらだ。今後、もっと胃袋をつかむ所存である。そうすればきっと、ためている本とか見せてくれるだろう。彼が新しい本をため込んでいることを、僕は知っていた。


「僕はアルドル・ヨクラートルと言います。どうぞよろしくお願いいたします」


 アディが緊張した面持ちで、張り切って挨拶をした。


____________________________________


 先に食べてしまいなさい、と言われてもくもくと食事をした。とりあえず、食事が終わらなければ何も口をきいてくれない雰囲気だったので、さっさと済ませることにする。


 味は悪くはなかったが、ちょっぴり味気なかった。塩気がないというのではない。単純に、何か一味足りないのだ。


 それでも三種類あるから、まだルーティンでいけば飽きないだろうか?……とりあえず、弁当も検討しよう。食堂は、何か一品頼めば(飲み物でもいいらしい)持ち込みも可、である。


「さて、何を聞きたい?」


 しごく上品に食事を終えると、学長はこちらに向き直った。つながり的には彼女は大叔母にあたるようだが、あまり骨格に僕や父との共通点は見当たらない。それでも、ヴィーとは似ていた。


「遠回しにしても何ですので、直截ですが、お尋ねいたします。我がルプスコルヌ家のことです。何があったのですか?」


「何、とは?いったい、ルプスコルヌ家の何を知りたいんだね?」


 わかっているだろうに、にやりともったいぶった様子でこちらを見つめる。彼女の隣では、少しハラハラしたようにカリタが見ていた。彼女の年頃は僕よりも10かそこら上だろうから、僕が産まれる前後のことは記憶にあるはずだ。


 アディも緊張している。というよりも、この場にいていいのか、と戸惑っている様子だった。


 学長の視線も、非常に抜け目がない。こちらを見透かすかのような視線であった。


 いったん、椅子の背に体を預け、深呼吸する。それから、再び貴族らしく姿勢を正し、学長と目を合わせた。


「……ルプスコルヌと名乗ると、反応は三つに分かれます。一つは軽蔑する者。これが一番多いですね。二番目は全く聞いたことがない、と怪訝な顔をする者。それから、三つ目がまるで人気役者を見るみたいに目をキラキラさせてこちらを見つめる者です。正直、皆さんの反応は不可解ですし、原因を知りたいのです」


「それは、当然だろうね。その家の人間としては当然の反応だ。……だが、ただで教えてやるってのも面白くないねぇ」


 面白がるように学長の口が上がった。もちろん、お願いをするのだから、それ相応の対価は必要である。精霊との契約も、それが大事だ。グーグーにも僕の魔力を与えている。


 現金の手持ちは我が家にはほとんどないが、古い資料をあたり、貴重な素材の手に入れ方は知っていた。なので、短い間ではあったが、いざというときには現金化できたり、交渉の材料にできたりするものを少々仕込んできていたのだ。


 もちろん、というように首肯すると、腰に着けていた縫い縮めた魔法袋から、一角獣の角を削ったものと人魚の涙を煉り合せ、マンドラゴラをブレンドして三日月の光を一昼夜当てた、秘伝の軟膏を机の上に置く。


 ことり、という軽い音を立てておかれた、虹色に光る不思議な軟膏に二人の眼が釘付けになった。


「もちろん、タダでとは申しません。こちらはいかがでしょうか。バン=マリの秘薬と呼ばれるもので、美容の万能薬です」


 二人とアディが固まっている。何の反応もない。


 そうか、学長ともなればバン=マリの秘薬程度では驚かないのだろう。この若さであれば、もしかしたら自作しているのかもしれない。バン=マリの秘薬はエリクサーほどではないが傷ついた組織を修復してくれる若返りの秘薬だ。


 一角獣の角も人魚の涙も、頼めばそれなりに手に入る。母の教えを守ったおかげで、仲良しだった。


「バン=マリの秘薬では物足りませんでしょうか…。それではこちらはいかがでしょうか」


 またまた魔法袋から取り出す。今度は先ほどの秘薬の元である、一角獣の角だ。削るだけならば比較的手に入れられるが、切り落とすとなるとなかなかと手間だ。


 きらきらと輝く角は、先日顔見知りの一角獣に餞別としてもらったものである。切って行け、というのでありがたく切らせてもらった。角がないと今期の繁殖はできないが、春にはまた生えてくるらしい。


 解毒作用があり、傍に置いておくだけでも毒の有無がわかるという優れモノだ。これをくれた一角獣のアルバには悪いが、それよりも疑問の方が先だ。


「………バン=マリの秘薬に一角獣の角かい……?」


「ええ。これ以上となると難しいのですが…。何しろ我が家は貧乏貴族で、現金入手は困難です。ただ、この角は大変新鮮で、切り取ってからまだ一年未満です。無理やりとったものでないので、効果のほども……ッ?!」


 と、言ったところで、学長とカリタに品物ごと拉致された。


 哀れ、アディは一人、食堂に取り残されたのであった。


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