第16話 没落貴族、突撃を決心する。
談話室で、アディを待っている間、ずっと考えていた。この話を聞くのに、一々聞いて回るのは非効率的だ。尋ねまわっている間に色々警戒されそうである。
大人の雰囲気から、どうやら表立って言えないようなことらしいし、若い人たちは悪評は知っていても、具体的なことは知らないようだ。
それでも、親から吹き込まれた悪評というのは付いて回るらしく、苗字を名乗ると冷たいものだった。逆に、完全に会話に出ることなく、ルプスコルヌ家自体を知らないものもいた。
原因を探るのにプラテアド家に戻れる休みまで待つのも、気がかりだ。叔父は言ってくれないかもしれないが、ドルシッラはうまくつつけばペラペラと話してくれそうだ。ルームメイトのヴィーは知っていそうだが、口ごもりそうな気がする。あの人は、なんだかんだ言って、結構優しい。
他の大人は口止めされていそうだし、何より僕の後ろにプラテアド家を見ているから、チクチクとした嫌味は言っても、決定的なことは言ってくれなさそうである。
頭の中にある、記憶をたどる。グーグーがよこしたヒントである12年前の災厄は、15年前の隣国による侵攻に端を発したものだ。飢饉が発生した隣国の王国が、豊かな我が国を狙って進行した。
隣国は50年ほど前から友好的であったはずの魔族を、どういう手を使ったのか隷属させ、駒として送り込んできた。これが12年前の「黒の災厄」だ。ほぼ、ゾンビに近い魔族だったらしいと資料にはあった。
両親のどちらもその頃は宮中に出仕をしていたようだから、軍事作戦に参加していた可能性は高い。あの二人は戦闘に特化した魔法を使うことができるのだ。
父の怪我の原因も災厄にあるのかもしれない。しかと見せてもらったことはないが、偶に見かけるあの傷は、普通のものではつかないような傷だった。
と、なると、確実に知っていそうで、子どもだからって言ってあんまり遠慮などしなさそうな人がいい。
つらつら考えながらふと、思いついて、ポン、と手を打つと、周りから変な目で見られてしまった。
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それから少しすると、アディが談話室にやって来た。先にいた僕を見ると、手を振って寄ってきてくれる。
「アディ、どうだった?」
二人でテーブルの方に移動する。お茶を飲みつつ、食堂が開くまで待つことにした。
ここは軽食ならば食べてもいいし、傍には好きに飲み物が飲めるようになってる。僕はハモミラ茶、アディは甘酸っぱいアリクワムの果汁を選んだ。
「うーん。まあ、何とかって感じかなぁ。ギリギリかもしんない。パンタシアは余裕だったみたいだけど。ルースは?」
話を聞くとパンタシアはあれで座学はとても出来が良いらしい。結構な努力家ということだった。僕に突っかかったのは我が家とアディのことがあったからだろう。
きっと、アディのことが好きなんだろうけれど、憐れなことにあんまり相手にはされていない。恋愛というのは今一つよくわからないが、なかなか難しそうである。
「んー、これでいいのかなっていうのが結構あったなぁ」
ひっかけじゃなくて、本当にこの問題でいいのか、と悩んだ。今でも悩んでいる。
あれは、本気であの問題を出したのだろうか。膝の上にべろーんと伸びているグーグーの毛並みをなでながら、そんな風に思った。
「勉強得意そうだけどね」
グーグーに視線を向けながら、アディがそんな風に言った。どこから取り出したのか、ジャーキーを差し出してきたが、フン、と無視されて、ちょっとがっかりしている。
「本を読むのは好きだよ。っていうか、新しいことを覚えるのが好きなんだ。役に立つかは分かんないけど」
そうこうしているうちに、食堂が開く時間になった。
「時間だ。ルース、いこっか。おなか減っちゃったよ」
「そうだね。僕も。今日の定食何かなぁ」
あまり金がない貴族は定食しか食べられないのだ。貴賓室とあだ名された好きなものを注文できる食堂と、学費に含まれているとして量だけはいくらでも食べられる一般食堂とがある。
僕もルースも手元の現金はあまりないので、一般食堂に行くことにしていた。
廊下を抜けて少し歩くと、校舎の端にある食堂にたどり着いた。白い、なかなかにきれいな建物だ。屋上に草が生えているのがちょっと面白い。うちの地方にもときどきあったが、農家ばかりだった。
「左が一般食堂だっけ。右に行くと貴賓室だって聞いた。結構綺麗だなぁ」
「ねー。もっとぼろぼろかと思った」
そう言いながら中を開けると、意外に空いていた。中にはちらほらと教師の姿も見えた。
トレーを取って、定食を取る。肉、魚、野菜の三種類から選べたので、思ったよりも満足感があった。僕もアディも肉を選ぶ。育ち盛りに肉は必要である。
「先生方も利用するんだね。…んー、あそこ空いて」
ふと、横を見ると学長がいるのが見えた。あのシルエットと骨格は間違いない。左に行こうとするアディを横目に、そちらの方へとトレーを持ちながら移動した。
「ちょ…ッ!?ルースっ」
幸いなことに、彼女を遠巻きにするように、周りにはほとんど人がいなかった。秘書っぽい恰好の女性が向かいにいるだけである。
「こんにちは、学長先生」
「おや、君はルプスコルヌ家の…。いや、姉上の」
「はい、ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌです。少々、質問したいことがございまして、お時間いただけませんか?」
僕は、学長に突撃することにしたのである。




