第14話 没落貴族、やらかす。
いよいよ授業が始まる。説明会があり、実力や階級が均等になるようなクラス編成が行われ、そのあとから授業だ。
「一応、説明会で聞いたと思うが、初日の実力テストで基準を満たせば単位をもらえるものもある。魔法基礎学だけは必修だが、あとは担当教官が判断すればいいからな。しっかりやるのだぞ」
何というか、ヴィーは叔父上に似ている。性格が。素直でなくて、でもその実面倒見がものすごくいい。
今も説明しながら僕のタイを結びなおしてくれている。そんなものを結んだことがなかったから、うまく結べていなかったらしい。
ちなみに制服はマントとタイだけで、タイを結べる無地のシャツを、黒、茶、紺、灰色のスカートかパンツならば何でも可だ。
「はぁい、ヴィー先輩」
「いいか。手を抜けとは言わない。だが、出る杭は打たれるという東の国のことわざがあるのだ。あまり突出しすぎるな。ほどほどにしろ、ほどほどに。特に、お前は家のことがあるしな」
皆、家のこと、家のことというのだが、肝心の、なぜ我がルプスコルヌ家が嫌われているかの内容は言ってくれない。親に聞け、とはぐらかされる。両親に手紙を書いたが、面白がりながら、事実を探り当ててごらん、という返事だけが来た。
「よし、これでいいだろう。良家の子息の出来上がりだ。そちらの魔法生物…いや、グーグーにもきちんと首輪は付けたな?」
「はい。僕の魔力を込めた首輪をはめてもらいました」
学校の中にグーグーを持ち込むためには飼い主がいる、という学校指定の首輪をしなくてはならない。カウダはおしゃれで、というか、ヴィーが大層彼女を溺愛しているせいで、あらゆる色の首輪を持っていた。
そこで、彼女が気に入っていない未使用の紅の首輪を譲ってもらったのだ。赤い毛に紅は無いでしょう!と彼女はご立腹だったらしい。因みに伸縮自在である。グーグーの黒い毛並みにはとてもよく似合っている。
「いいか。無詠唱はしない、杖を使う、それと手加減する。これを守るのだぞ」
「はい。頑張ります」
とは言ったものの、詠唱で杖付きで、手加減をするということの難しさを、僕はまだ知らなかった。
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最初は魔法実践学初級の授業だった。神経質そうな男性教師の指示の下、一人一人実技の試験を受けていく。そばには何人かローブを着た人がいるから、助手なのかもしれない。
「次、モートゥス。ここにある燭台に火をともしなさい。何本でもいい」
男性教師がテーブルの上にずらりと並んだ燭台を指さし、少女を呼ぶ。彼女は少女が立ち上がり、杖を構えて詠唱した。これくらいの魔法ならば、素養がゼロでなければまず使える。
貴族だから、ごく初歩的な魔法の使い方は習っているはずだ。体内の魔力を循環させ、詠唱の力を借りて具体化し、実現させる。
僕が何も言わずにできるのは、その感覚と呪文が発動するときの感覚を徹底的に叩き込まれたからである。
彼女の詠唱が終わると、一本だけふわり、とささやかな灯がともった。さて、次は僕の番である。
「よろしい。後はもう少し強くしなさい。あと何本か付けられると、もっといいだろう。次は……ルプスコルヌか。こちらに」
呼ばれて前にでる。手にはしっかり杖を持っている。これは祖父と叔父とで選んでくれた、結構いい杖である。補助機能だけではない、制御機能がある特別の杖だった。聖なる力を宿すといわれるサムブクスという木でできている。
「さあ先ほどのようにやるのだ。≪炎よ、宿れ≫と言いながら、この燭台に向かって杖を振れ。まあ、できるかわからないがな。杖を扱ったことがほとんどないと聞くぞ」
男性教師は鼻で笑うように言った。感じが悪い。だが、杖を扱ったことがないのは事実なので、彼の言うように行う。目標を目指し、杖を振る。だが、思ったよりも杖が軽く、大きすぎたかもしれない。
「≪炎よ、宿れ≫」
すると、その途端、目標としていた燭台だけではなく、置いてあったすべての燭台に火がともってしまった。部屋が一瞬で先ほどまでとは比べ物にならないほど明るくなる。
自分の予測よりも魔力が多く飛んでしまい、焦る。杖を使うコツがまだよくつかめないのだ。自分の思いよりも多く引き出されてしまう。加減をしようと知っても、なかなかうまくいかない。
「なんだ?!」
「何が起こりましたの?!」
「すげえ!一回で全部にともったぜ」
他の生徒が口々に騒ぎ出す。それを見て、男性教師は苦々しげにこちらをにらみつけた。
「ルプスコルヌ、見せつけるようなヤラシイ真似をするんじゃない!さっさと消すのだ」
「え、あ…はい。ええと、なんていればいいんだろ…。あ、≪炎よ、疾くこの杖の元へと来たれ≫」
入学前に無詠唱で真空にして消した時にはいろいろ言われたので、杖の先に炎を宿す。
「≪水よ、炎を喰らえ≫≪そして、去るがいい≫」
水を呼び出して炎を包み、消した。これならば詠唱をしているし、杖も使っているし、問題はないだろう。無事やりとげた
「お、おまえ!なんだそのいい加減な魔法は!?」
「え、と。的確な呪文を知らなかったので、イメージをしながら古代語で唱えました。だって、呪文はすべて古代語でしょう?」
「古代語がわかるというのか?!古代語が不自由なく使える学生など、前代未聞だ。改変する奴など、何と不敬な奴だ。評定不可で失格だな。基礎をきっちり学ぶがいい」
そんなことを言われても、母も父も古代語は堪能だった。ついでに言えば、彼らは語学の天才なので、十数か国語話せる。特に古代語は決まりきった公式のようなものだけではなく、自由に会話できたため、今日は古代語の日、として会話していた。
魔法に使われるのは古代語の中でも文語体と呼ばれるものだ。僕は文語体も口語体も自由に使える。
「そう、ですか…。出過ぎた真似をして、大変申し訳ございませんでした」
だが、それは一般的ではなかったらしい。思わず、しゅんとしてしまう。僕はまた失敗してしまったらしい。杖をぎゅっと握り締める。
「そんなこと思う必要ないよ!ルースすごいじゃん。被害も出さなかったし」
一緒にテストを受けに来ていたアディが叫んだ。ちょっとうれしい。
「そう、ですわよねぇ。何本でもいいのですし、先生の指示に従っただけですもの。怒られることとはしてませんわよねえ」
「わざと見せつけただけだろ。魔力自慢かよ、だせぇ」
色々な声が後ろから響く。とりあえず、自分が厄介なことをしてしまったことだけは分かった。




