第13話 没落貴族、ルームメイトを手懐ける。
いったんとげが抜けると、スクートゥムはなかなか面倒見がいいらしく、僕とアドラルを色々な人に紹介してくれた。おかげで知り合いは増えたが、確かに彼の仲良しという気取った方々とは、グーグーが言うようにあまり相いれなさそうだ。
部屋にも一緒に帰ってきた。身長差を考慮し、歩幅を調節するという紳士っぷり。女性相手にはさぞかしまめだろうと思う。もてるのだろうなぁ。
「お前は、本当にいろいろ知らないでこっちに来たんだな」
そして、部屋に戻るなり、スクートゥムにそんな風に言われた。あの後、紹介されるばかりで、スクートゥム自身とはほとんど口をきいていなかった。
「そうですね。こっちに来て、色々世間知らずだったなぁって思ってます。結構知識はある方だと思ってたんですが、僕の知識は偏ってたみたいです」
家系図は知っていても、その後ろにあるものを知らない。貴族の仕組みは知っていても、自分に重ね合わせていない。頭ばかり大きくなって、それを生かすすべを知っていなかった。
父にしょっちゅう窘められていたことの意味を、今改めて知っている。母にもよく、興味があるものばかり読むのではない、と叱られた。
少々反省している。
「……そうか。いきなり出てきて、ばあさまに優遇されて、面白くないと思ってたが」
「おばあ様って、学長ですよね。スクートゥム先輩とトランクイリタース先輩は従兄弟にあたるんでしたっけ」
なるほど。確かに大事なおばあさまがいきなり出てきた遠縁を優遇しだしたら、気に食わないかもしれない。トランクイリタースはまた別の意味で僕のことを気に食わなさそうだけど。
「わたしは、魔力の放出が上手くいかなかったんだ。潜在的な量ならばあるが、表に出なかった。下手すれば魔力のちょっとある平民レベルだ。おかげで家族にも親族にも軽んじられてた」
家に居所がなかったと、スクートゥムは語った。彼の一家はプライドが高いらしい。
僕は周りに人はあまりいなかったけれど、両親にはそれはもう可愛がられて育ったから、そんなのは耐えられない。さぞかし辛かったろう。
「そんな目で見るな。姉はな、こっそりと庇ってくれていた。それだけは幸いだ。ま、で…だ。ある年、忙しかったばあ様がたまたま一族の集まりにやって来たんだ。わたしが5歳のころだったか」
あっさりと一目で原因を見抜くと、それを解消する手伝いをしてくれたのだという。それだけではなく、彼はそれ以降学長の元で育ったらしい。姉も学校からしょっちゅう通ってきてくれたそうだ。
二人の子供をほぼ放棄したわけだ。彼らの両親は、王族とのつながりが明確なのは有益だ、とむしろ喜んで子育てを放棄したらしい。
スクートゥムn原因解消には数年かかったが、今の彼は国王レベルとは言わずとも、十分上位貴族レベルの魔力を扱えている。
「大事な方なんですね。僕も両親のところにいきなりだれか来たら妬いちゃいます」
「そうか。……悪かったな。これからは、よろしく頼む。後、部屋の掃除は助かった。わたしのことはヴィーと呼ぶといい」
「はい!よろしくお願いいたします。ヴィー先輩」
素直になったスクートゥム改めヴィー先輩はかわいかった。
そう言った途端、グーっとヴィーの腹が派手に鳴る。なかなかの主張っぷりだ。ぐきゅうーっとさらに悲鳴を上げた。
「あんま食べなかったんですか?」
「…う。いや、その…お前が気にかかって食べる機会を失ったというか、何というか」
話しかける機会をうかがっているうちに食事を食べず、話をした後、食べようとしたら下げられてしまっていたために口にはあまり入らなかったらしい。
「軽食、なんか作りましょうか?」
ここでダメ押し、僕の魅力を押し売っておいたら、仲良くなれるかもしれない。母も言っていた。
『殿方はね、おなかがすくといら立つ人が多いのよ。だから、胃袋をつかんじゃうと、心もつかめることが多いわぁ』、と。
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「な、なんだこれ!?美味しいじゃないか!」
熱々の湯気が立っている皿をヴィーの前に置くと、ものすごく丁寧に、だがものすごくがっついて食べ始めた。所作は美しいが、ものすごい速さでパスタが無くなっていく。
気に入っていただいて何よりである。
足元ではカウダとグーグーもお相伴にあずかっている。普通の動物ではないので、人間のものを食べても害はないとグーグーにねだられた。ご飯はたっぷりやってから来たのに。
『うにゃにゃ!にゃうなう!!」
さっさと食べ終えると、カウダはヴィーに話しかけた。
「おお、そうだな。学食のものよりうまいな」
彼とカウダの間では意思疎通が取れているらしい。グーグーみたいにその気になればだれにでも意志を通じさせることのできるモノはやっぱり珍しいみたいだ。
「パスタですよ?あー、そっか。あまり、貴族では食べないんでしたっけ。僕の家では母と一緒に打ってよくたべるんです。ソースは母の特製に僕がアレンジを加えました」
何のことはない。実家から持たせてもらった乾麺を茹でて、母が作ってくれていた瓶詰のソースに僕が干し肉と青野菜を足しただけだ。青野菜も切って干したものだから、そんなに手間がかかっていない。
ついでに僕も少しだけ食べる。歓迎会のご飯もおいしかったけど、熱々じゃなかったから、これはこれで美味しいな、と思う。貴族に褒められるとは思わなかったが、なかなかいい出来だ。
「いや、これだけできれば見事だろう。わたしは、そこの台所を使ったことは今までないのだ」
「ふうん。もったいないなー。時々使っていいですか?」
「構わないとも!いや、少しおすそ分けをもらえると嬉しいが」
下でカウダも、私もーっと言うようにうにゃうにゃ言っている。グーグーはまださらに顔を突っ込んでソースをなめとっていた。
「ふふ。じゃあ、時々美味しいの食べさせてあげますね」
にこりと笑うと、初めて気づいたかのように、彼は息をのんだ。なるほど。ツッパリが取れると、この顔は彼にも有効みたいだ。
そして、母の言葉も、もなかなか的を射ているようであった。




