第11話 没落貴族、楽しみを見出す
都に来て大分たった。そして、僕は今、久々に充実していた。何て言ったって、労働をしているのである。
労働はいい。プラテアド家は(ドルシッラ以外は)大事にしてくれたが、大事にされすぎて、どうも調子が出なかった。
身体に油がさされたような、清々しい気分である。最高だ。仕上げ磨き用のモップを用意しながら、しみじみと労働の楽しさをかみしめる。
幸いにして、今回スクートゥムに会っても、例の本能的な恐怖は覚えなかった。
威嚇の所為だったらしい。でも、あんまりいい気持ちはしない相手である。鈍いといわれたが、僕だってそれなりの感覚は持っている。
『お前よぉ。いいように使われてんじゃないの?』
器用にホバリングしながら、グーグーが言う。僕がスクートゥムの指示に従ってこの部屋をピカピカに磨き上げるのが気に入らないらしい。二人用にしてはこの部屋は広く、掃除のし甲斐がある。
何せ、部屋が3つに居間、簡易台所、手洗い、洗面所があるのだ。無駄に広いと思う。
ここにきて二日。すでに手洗い、台所、洗面所は洗浄魔法で仕上げて完璧だ。風呂は残念ながら共同浴場であった。不潔、とまでは言わないが、とっても手入れしたい。
「えー、でもさ、下級生は上級生の世話をするって、手引きにも出てたし」
スクートゥムがやっていないので、僕だけが?と思わなくもないけれど、貴族の人々はあまり自分では掃除をしないというし、規則だというならばそれもいいと思う。
それに、あんまり掃除は嫌いじゃない。ほこりっぽい部屋に住みたい人間はあまり多くないのではないだろうか。
見てほしい。埃を払い、磨き上げたこの床の美しいこと。
ベッドの下も家具の下も、カーテンの上だって埃を落とした。どうやら彼のもとで働いてた過去の下級生は、あまりそういうところに気を遣わなかったようである。
『呑気な奴だなぁ』
「僕が貴族っぽくないのは本当のことだし、まあいいかなって。それ以上の無理は言ってないし、吸い取られて大丈夫なくらいの魔力で対応できるしね」
実際、首にはめたチョーカーに吸い取られても、普段使う魔法にはそんなに支障はなかった。部屋の中では無詠唱でいいか、と思って使っていても、影響はない。
大規模な魔法を使うときには必要なのかもしれないけれど、今のところそんな出番はなかった。
『明日は入学なんだろ?大丈夫なのか?服とか、学用品とか要んだろ。お前のオジサマが言ってたじゃねぇか』
「大丈夫、大丈夫。運んでもらったの確認したら、なんだかすごいのいっぱい入ってた。虹蜘蛛のスーツでしょ、天空ヤギのセーターに、一角馬の靴!すごいでしょ?お下がりがメインだったけど、十分だったよ。さすがに公爵家だよねぇ」
叔父が用意してくれたのは気遣わないように、と親族を回って集めたお下がりだった。もちろん彼や父のものも含まれている。
「明日、どんな人たちがいるのかなぁ。カウダになんか聞いてない?」
あまり話してくれない飼い主のスクートゥムと違い、最初から彼の飛び猫は結構友好的だった。僕には言葉が何となくしかわからないが、グーグーとは結構話をしているみたいだ。
『うーん、まあ。とりあえず、あのボンボンの友達とはお前、ぜ~ったい合わないぜ』
「ええー。僕、あの人から貴族の色々習わなきゃいけないのになぁ」
床に仕上げにかけるワックスを魔法でブレンドしながら言う。蜜蝋と植物油でできており、我が家の庭にあるものでできるので、懐は痛まない。石の床ではない上等の部屋の床には半年に一度丁寧に塗っていた。
「さて、これを塗ったら魔法で乾かして…っと」
満足して、仕上げ用モップを動かしてから、乾燥を促す風と火を合わせた魔法を発動させる。つやっつやのピッカピカになり、実の満足のいく出来である。
そして、帰ってきてすってんころりんと転げたスクートゥムに僕はこってりと説教されることになったのだった。
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普通の一般庶民の学校では特に入学式は行わないというが、ここ貴族の学校では顔見世の意味もあり、入学式が行われる。席は身分差がないという建前の通り、自由で一緒くたである。上級生はいない。
そして、僕たちの席の左右には豪華な席が設けられ、着飾った貴族たちが並んでいた。煌びやかすぎて目にいたい。見栄の張り合いのように宝石だ、びかびかの絹だのが並んでいる。
すごく矛盾していると思うが。
僕の両親はこなかった。魔法袋に入れておいた手紙の返事に、残念だが、参加すると混乱を招くからと書いてあった。
その代わりにプラテアド家のおじいさまが、相変わらず突き刺さりそうな髪型をしたドルシッラと来ていた。非常にがっかりである。
「すごい!プラテアド家が夫婦そろって来てる」
「だが、今年の入学生にプラテアドの名前はありませんでしてよ」
「では、縁者がいるということか?」
周りでひそひそと話が聞こえる。男女入り混じった、好奇心に満ちたささやきであった。思わず身を小さくする。今日はペットの持ち込みが認められていないから、最近の癒しであるグーグーもいない。
「ねえ、君。見かけない顔だよね。ぼく、アドラル・ヨクラートル。ヨクラートル伯爵の息子なんだ。よろしく!」
色々とひそひそ声が飛び交う中で、退屈したらしく、後ろの少年が話しかけてきた。平凡な顔立ちだったけれど、とても親しみが持てる。茶色の髪に緑の瞳が映えてとてもきれいだ。
好感をもってにっこりと笑い返す。すると、少し、彼の顔が赤くなった。
僕の容姿は客観的に見るとそれなりに整っているらしく、今のところ、男性にも女性に対しても武器になる。あと少ししたら、男性には聞かなくなるだろうと思っているけれど。
「初めまして。僕はルセウス・ミーティア・ルプスコルヌ。ルプスコルヌ子爵の子どもだよ。よろしくね」
一応は会ったことがない伯爵の祖父が当主だが、そう名乗っておく。僕の認識としては子爵家なのに上位の爵位を持つ人の縁者を名乗るのは気が引ける。
ヨクラートルというのは確か、数代前に伯爵に取り立てられた、元辺境の男爵だったはずだ。真実かどうかは知らないが、芸術に秀で、おかげで戦争が回避されたという逸話が貴族名鑑に載っていた。
「ルプスコルヌ…?」
アドラルの隣にいた少女が眉をひそめて、こちらを見た。すごく嫌なものを見たような顔つきであった。
肩口で切りそろえられた淡いピンク色の髪に猫のように吊り上がった瞳。表情を抜かせば愛らしい少女である。服もフリルとレースをふんだんに使っているから、金銭的にも余裕があるのだろう。
「あ、初めまして」
「初めまして?……気やすく声をかけないでいただきたいわ。ルプスコルヌ家ですって?あの、恥知らずの家の!アドラル、悪いことは言わないわ。そんな奴、放っておいた方がよくってよ」
「ええー、でも、彼はどうだかわからないじゃないか。それに、このやり取りだと、勝手に話を聞いて、いろいろ言っている君の方が恥知らずだと思うけど…?パンタシア」
旧知の間柄らしく、いきり立つ少女におっとりとアドラルが諫める。それを聞くと、彼女の顔がかッと赤くなった。
「な…ッ!なによ、わたくしが、わたくしがあなたのことを思って」
「あ、始まるよー。静かにしよ?」
にっこりと笑って、パンタシアと呼ばれた少女の怒りを交わす。わざとなのか意図的なのかは知らないが、無事に彼女の気をそぐことに成功したようである。
ぐっと悔しそうに黙った後、彼女はまっすぐ前を向き、悔しそうに前をにらみつけた。
なかなか面白い友人ができるかもしれないと、心を躍らせた。




