プロローグ
遥か大昔、生物の存在すら確認されていなかったかもしれない時代。
世界には一つの、塔が造られた。
一体それは、誰の手で造られたのか、何のために造られたのか。
今から千年近く前は、誰も解らなかったと言われていた。
それから約百年が過ぎた頃に、謎は解けた。
霧だ。
そう、全ての答えは霧だったのだ。
その霧に犯されると、人はみるみる内に理性を喪っていく、そして気が狂った様に眼に見えるもの全てを、本能の赴くままに壊す、それが人でもだ。
人々は霧から逃げるように、見上げることもできない巨大な塔に逃げ込んだ。
それが、バベルの塔《世界最古の塔》
霧の発生から九百年後
港町
アゼバル
「ハァハァ」
「走って来れてるか‼?」
「ハァハァ……平気」
「頑張れ‼」
「港までもう少しだ‼」
「うん‼」
二人の青年は、港町へと続く、細い路地を駆け抜けていく。
「ハァハァ」
少女は、額に汗を垂らし、金髪の長い髪を揺らしながら駆けていく。
その前には、銀髪の少年が道を先導する。
「ロック‼」
少女は、少年に向かって叫んだ。
「どうした‼?」
「ノア‼?」
「霧に追い付かれそう‼」
少女は、怯えた顔をしている。
「頑張れ‼」
「港はもう見えてるんだ‼」
「港に着けば、兵士の魔法で霧は入ってこれない‼」
少年の指差す方に、港が見える、路地の終わりが見えるのだ。
「ハァハァハァ」
「ハァハァハァ」
何とか二人は、港に出ることができた、だが港には船に逃げる人がごった返していた。
我先にと船に乗ろうとする者、子供を抱えて走る者、親とはぐれて泣きわめく子供、定員オーバーで、海へと投げ出される者、誰もが想っている、これが夢だといいなと。
だがこれは、現実そのものだ。
「ビキビキッ」
ヒビの入る音が、港に鳴り響く。
港にいた者は、皆が止まった。
数秒の静止の後、兵士が叫んだ。
「魔法が破れる‼」
「船に早く乗れぇーー‼」
さっきまでの静止が幻のように、皆慌ただしく動き始める。
「早く俺たちも船に乗ろう‼」
「うん‼」
ノアはロックの手を強く握りしめる。
それに応えるかのように、ロックも手を強く握る。
五分後
二人は、何とか船に乗ることができた。
街から逃げた者は船上から、自分達の造った物が壊れていくのを観ていく。
魔法がガラスのように壊れていく。
さっきまでのことが嘘のように、静寂だけがその場に取り残されていた。
「私たち死ななかったな」
満杯の船の上でノアはロックの肩にもたれ掛かって呟く。
「だな」
小さい声でノアに囁く
。
「でも、次は死んじゃうのかな?」
「死なないよ」
ロックはノアの事を見つめる。
ノアはロックが見つめてることに気付かず、話を続ける。
「そういえば、前に言ったこと覚えてる?」
「何のこと?」
「私が霧に、飲まれたときのこと」
「あれだっけ?」
「私を殺してってやつ」
「そうそれ」
ノアは少し嬉しそうな顔をしていた。
「俺には出来ないよ」
ロックは悲しそうな顔をしていた。
「何で?」
「お前のことが好きだから」
「お前は好きな奴を殺せるのか?」
ロックは残念そうな顔をしてノアを見る。
「出来るよ」
「だってそうしなきゃ、私が死んじゃうもん」
「そうか」
「もうこの話はやめにしよう」
「もうそろそろで、次の港に着く」
まだこの時は、誰も分からなかった。
霧の恐ろしさ、自分達の弱さを。