1-09:決意と涙
チャイムギリギリに教室に入ってくる雪くん。楓くんが居ないことは分かっていた。
「まただ……」
私の呟いた声は、私の内側に響いて、しばらく残っていた。
* * *
1時間目が終わってすぐ、私たちは琴美の席に集まった。
「どうだった? 千くん」
「ダメだわ……。鍵も開けてくれねェし」
「そっか……」
「担任は風邪だってっつってるけど、絶対違うよね」
琴美の言葉に、ユキくんは即答する。
「当たり前じゃん。風邪だったら連絡来るっての」
「だよね……」
「沙ぁ夜ー。そんな暗くなんないでよー」
「ゴメン……」
その時、私たちの、正確には雪くんの真後ろで、誰かが立ち止まった。
雪くんが振り返った。
「うわッ、びっくりした……夏姫かよ……!」
「……何してるの?」
暦 夏姫さん。学年トップの才媛で、私たちとは別のクラス。雪くんと仲が良いらしいけど、なんだか近寄りがたい人。
独特の……オーラ? みたいなのが出てて、ちょっと怖い感じがする人。
「丁度良いや。桜ちゃん、木ノ瀬。夏姫なら話してもいいよな?」
「え、別にいいけど……琴美は?」
「お、おっけー」
「んじゃ、夏姫。ちょっと重い話なんだけどさ」
雪くんが暦さんに説明してる間、私は琴美と話す。
「な、なんか、暦さんって、喋りにくくない?」
「え、そう? まぁ最初見たらそう思うけど、結構フツーだよ? 優しいし、カンニングさせてくれたし、」
「……」
「それに、なっちゃん……夏姫のこと皆そう呼ぶんだけど、ちょっと寂しがりなんだって。自分で言ってた」
「へぇ……」
「自分で言うって何か変だけど、そーゆー風に自分のダメなトコ言えるってイイと思うな〜」
「うわぁ……琴美マジメなコト言ってる……」
「別にいいじゃん」
後ろで話し声が止んだので、私たちは2人の方を向く。
「雪くん、終わった?」
「おう」
「おっけー。早速だけど、アイツどうしたらいいか、なっちゃんなら判んない?」
「……」
考え込む暦さん。しばらく考えて、そして、
「……メール、は?」
雪くんが、がっかりしたように暦さんに答える。
「ゴメン夏姫。アイツ、ケータイ電源切ってんだ」
「……でも、メールは残るから、もしかしたら、見てくれるかもしれないし……」
「う〜ん……。確率低いけど、やってみっか」
そうゆうワケで、メールを『4人で』書く事になった。
* * *
昼休み、雪くんが私を急かしている。
「そろそろケータイ返してくれよー」
「もうちょっと待って」
私は、一時間目の休み時間からずっと、雪くんのケータイを借りていた。楓くんは雪くんのアドしか持ってないから、私たちが掛けても、無視して消されるかもしれないから。
寄せ書きのようにして、1つのメールに、4人分の言葉を書いている。
「何て書けばいいか判んない」
「何でー? そのまま思ったことを書けばいいじゃん?」
「そうなんだけど……」
延々とメールと格闘する私を見て、雪くんと琴美は溜め息をついた。
「じゃあ、オレちょっと購買行くわ」
「私もー。沙夜ー、頑張ってね〜」
* * *
私は、それから何度もメールを書いて、消して、また書いて、また消して。何度も繰り返して、また元に戻して。
昼休みが終わっても、私はまだ、楓くんに何て言えばいいのか分からなかった。
* * *
5時間目の休み時間。まだメールを考えている私は、ふと隣を振り返った。
いつの間にか、暦さんがそこにいた。
「……あ、暦さん」
「……えっと……桜坂さん」
「あ、沙夜でいいよ。あと、私もなっちゃんって呼んでいい?」
暦さん、改めなっちゃんは、小さくうなずいた。
「……沙夜さん」
「なーに?」
「……あんまり、深く考え過ぎない方がいいと思う」
「?」
よく分かっていない私に、なっちゃんは言葉を続ける。
「シンプルな言葉を送った方が、きっと向こうも元気付けられると、思う。……私の勝手な考えなんだけど」
「……」
「雪人くんも、琴美さんも、結構平気な顔してるけど、実は辛いと思う。特に、雪人くんは。……楓くんのこと、親友だって、前言ってた。軽く考えてるんじゃなくて、信頼してるんだと思う」
私の心を見透かしたかのような言葉に、私は凄く驚いた。
確かに、2人はあんまり楓くんのこと心配して無いなーとは思っていたけど、でもそんなこと、誰にも言ってない。
余計に頭がぐちゃぐちゃになってしまった。
「……そうなんだ。よく分かるね……?」
私の返答に、なっちゃんは、微かに微笑んだ。
「……琴美さんが、そう言ってた。沙夜さんって、顔に出る方?」
「えっ、えっ……?」
何もかもお見通しみたいだった。ちょっと悔しい。
「……もうすぐチャイム鳴るから、クラスに戻るね」
「あ、うん……アリガト」
「……急いだ方が、いいよ。メール」
「分かってるよ」
私が微笑むと、向こうも微笑んでくれた。なっちゃんとは、うまくやってけそうだ。
* * *
「……お前、これ彼氏に送るみたいになってんぞ?」
「へ?」
「どれー見せてー……。うわぁーお」
「……これは……ちょっと……」
私が6時間目を仮病でサボって書き上げたメールは、皆から微妙な反応を受けた。
「別にいいじゃん! 早く送ろうよ」
「いいのか? これで?」
「沙夜は楓くんラブだからいいんじゃない?」
「琴美うっさい」
「……」
雪くんがケータイをムダに高く掲げた。
「送ッ信!!」
教室のど真ん中で。
「……ゴメン。ちょ、皆、引くなって」
「……自業自得」
なっちゃんの、ぼそッと呟くつっこみが痛い。
* * *
帰り道。私と琴美は、もう雪がすっかり融けた、歩道を歩いている。
「……届いたかな? メール」
「届いても読まれなきゃイミ無いんだけどねー」
琴美の声にはまったく緊張感とか心配とかは見えなかった。ホントに無いのか、私がニブいのか。
「……琴美。心配じゃないの?」
「ちょっとはね〜。でもさ、心配してもしょうがないじゃん? 」
「そうだけど〜」
「それにー、なんか、心配って、暗くなっちゃうじゃん。テンション明るくしないと、戻ってきたときにアレだしさ」
「ふぅ〜ん……」
私は視線を足元に向けて、琴美と並んで歩く。
「……そんなに楓くんのこと心配?」
「……まぁ」
「もう付き合っちゃえよ沙夜。沙夜絶対楓くん好きでしょ?」
「全然」
「言い切るなよー。素直じゃ無いなー」
琴美はそういうけど、実際違うし。
好きとかそーゆーのじゃ無くて、なんか、別のこと。
約束ってゆーか……誓いってゆーか。
「雪くんに頼んで、メール追加でコクる?」
「……」
* * *
「……」
読み飽きたマンガを読み終わって、オレはベッドに仰向けに倒れこんだ。
担任には風邪だって言っておいたから、明日には学校に行かないとマズい。バレたら面倒だ。
「……ケータイ、そろそろ見てみっか……?」
ここ3日ほどずっと切っていたケータイの電源を入れる。メールを流し読みして、屋上の話題が無かったら、学校に行けばいい。
正直言って、オレは、何で学校をサボってるかすら、分からなくなっていた。
「オレ、何してんだろ……?」
ケータイの電源を入れて出る暗証番号。思い出すのに10数秒掛けて、やっと待ち受け。雪人から送られてきたよく分からないバンドの写真が出た。
写真の端っこに『Dir en grey』と書かれていて、オレは少し笑った。全然気付かなかった。
そうか、これが雪人の好きなバンドか。
「……」
メールボックスを開いた。メールは全部で3通。全部雪人からだった。
ピッ
『楓! 逃げてんじゃねーよバカ! 言いたくないんだったらその理由ぐらい言えよ!』
2日前のメールだった。オレが休んだ初日。
「心配、してくれてんだな……」
ピッ
『今からお前ン家行くから、チャイム鳴ったら絶対出ろよ!!』
昨日のメール。
「あのメチャクチャな奴、お前かよ……」
思わず苦笑する。
そして、最後のメールを開いた。
ピッ
「うわっ……なんだコレッ。寄せ書きかよ? 雪人と木ノ瀬、あと、暦? 何でアイツ……?」
『雪人:早く学校来いよ! 話あるからな!』
『木ノ瀬:気持ち落ち着いたら、学校来てね! 皆待ってるしぃ♪』
『暦:皆心配してるから、頑張って』
そして、一番下に、
『桜坂:気持ち分かるよ。待ってるから、学校来て。あと、殴ってゴメン!』
ピッ
「……」
読み終わった途端、すっげェ嬉しい気持ちになった。
変かもしれないけど、メチャクチャなことしてるオレが、まだ見捨てられてないのが、凄く嬉しかった。
ヤベェ、ちょっと泣きそう。
ただでさえ傷心してたのに、こんなのきたら涙腺がヤバい。
「……明日、学校行くかな……」
呟いた後で、自分が言ったことに気付き、少し嬉しくなった。久々にこんな気分になったような気がした。
明日、アイツ等に話そう。オレが、何やってたか。
そう思って、オレは返信せずに、ベッドから起きた。
顔でも洗うか。