1-06:初めての謝罪
「おっす、木ノ瀬〜」
「ん?」
学校とは反対側のバスに乗って、街まで着いた。そこで降りた木ノ瀬 琴美は、自分の名前を呼ばれて周りを見渡す。
右斜め前に、こっちに手を振っている人影に気付いて、にっこりと笑った。
「千くーん! こっちこっち〜」
千空 雪人は、マフラーをはためかせながら、こっちに走ってきた。
* * *
「千くんも就職希望?」
「まぁな。木ノ瀬もそうか?」
「うん。私あんまし頭良くないしさ〜」
「オレもー。だいたい大学なんて行く意味と無いとアレだしな。時間の無駄」
「思ったー! 共感するー!」
実は結構仲良しの2人は、バス停近くの公園のベンチに座って、楽しそうに話している。
傍目に見れば恋人同士に見えないことも無い。
「千くん、なっちゃん遅くね?」
「ああ、夏姫? アイツも進学希望だから今日は学校だけど?」
納得したように手を合わせる琴美。
「なーんだそっかー。なっちゃん頭いいもんね〜」
「アイツいっつも学年トップ3だしな。楓といっつも1位争いだし」
「そっかー。楓くんも頭いいしね〜。あっ、そーいえばさ、」
琴美が何か言う前に、雪人がニヤリと笑った。
「楓と桜ちゃんのことだろ?」
「うん♪」
「まず、お互いが『そういう対象』に見れるかってトコなんだけど……それは多分ハッキリ言って……」
「……」
「99,9%は、」
「……」
「ムリ」
「おーぅ、のぉー……」
長い溜めの後に、ダメな方の答えが出てしまった。琴美は思わずぐったりと脱力してしまった。
「なーんでー?? けっこう良さそうじゃぁーん?? あの2人ー……」
「あいつ等はムリだろ流石に。第一印象最悪だし、それからずっと仲悪いし、」
「でも指摘したらテレるから脈アリじゃね?」
「アレはテレてんのか? キレてんじゃねェの?」
そうかなー? と考え込む琴美。しかし、またすぐに雪人の方に振り返った。
「そーいえばさ、私なんでこんなトコ呼ばれたワケ? 用件こんだけならメールで良かったし……」
「あ、それなんだけどさ」
丁度その時。
「あ、居たぜアイツ。おーい、雪人〜」
「あ、あんなトコ居た〜。千空くーん」
ベンチの右側から、2人の男子。左側から2人の女子。両方とも同じ名前を呼んで、同じ場所に近づいてくる。
パニくってるのは琴美だけ。
「まあ、合コンってことで」
「いきなり!?」
「いいじゃん」
「まぁ……いいか」
集まった6人は、雪人に連れられて、近くの喫茶店まで歩いていった。
* * *
そんな琴美と雪人のことも知らずに。
「……」
普段よりも100倍静かな教室で、桜坂と楓はテスト用紙を見つめている。全国模試を受ける2人は、いつもよりも人数が少ないせいで、席が隣同士になってしまっている。
まあ、隣だけど、結構離れてるから。そう思いながらも、ちらちらと横目に楓のことを気にする私こと桜坂 沙夜。
苦手な英語に30分で敗北した私は、残り50分間を非常に退屈しながら待っていた。
(もう国語と数学で眠っちゃったから、眠たくないし……)
小さく欠伸して、また隣の席をチラッと見る。優等生の楓くんはまだまだ書くところがあるらしく、集中していた。
(さっすが、校内トップ3)
眠ろうと目を瞑った瞬間に、目が冴えてしまう。眠りもしない退屈拷問。一番楽しめる事が、他の人を見ることだ。カンニングにならない程度に。
楓の方を見ると、まだ一生懸命問題を解いていた。アクセントの問題なのか、何度も口を動かして、聞こえない声を出している。
(アイツ、何であんなこと……)
ふと気付くと、私はまた、そのことを考えていた。屋上。鉄の柵。冷たい冬風。柵の外で立ち上がる、楓。
(……)
あの日から、一週間が経とうとしてるけど、私はまだ、何一つとして、教えてもらっていない。
本人に聞こうにも、その本人が口を閉ざしてしまっている。そこで私が考えた、友人に聞くという手段。それも、結局惨めに失敗してしまった。
(もうそろそろ、聞き出せたのかな……?)
私は、雪くんから聞きだす役を、琴美に頼んでいた。
* * *
「こんな星のよっるっ〜は♪ 全てを投げ出したぁ〜ってっ♪ どうしてもキミ〜に〜会いーたーい〜と思もーった♪」
カラオケ特有の音質悪いBGM。楽しそうに歌う男子と、それに合わせてタンバリン叩いたり、手拍子したりする女子。
結構ノリのいい奴が揃っていたので、かなり余計に騒いでいた。
そんな中、雪人と琴美は、ドリンクを入れるフリをして、外に出た。
「何? 話って」
雪人が訝しげに聞く。
それに対し、結構真剣な表情で、琴美が答える。
「うん。実はさ……。楓くん、火曜日に屋上に居たって、知ってた?」
「へぇ……初耳。アイツ、居ないと思ったら、あんなトコいたのか」
「うん。でね、こっからは聞いた話なんだけど……」
琴美が声を落としたので、雪人は耳を近づけて聞き取ろうとした。
カラオケボックスから溢れ出た声や、スピーカーから流れる流行ソングで煩い廊下。琴美が口を開いた。
「……楓くん、柵の外で立ってた、って……」
「え……!? ……マジ?」
驚愕した表情の雪人に俯き気味にうなずく琴美。
「え、それで、どうなったんだ!?」
「その見つけた人が、楓くんを引っ張って柵の中に戻したの。その見つけた人が楓くんに『何であんなトコにいたの?』って聞いたんだけど、教えてくれなくて……」
「……マジかよ……ッ!」
雪人の胸中に、ふつふつと怒りが沸いてきた。何でオレに何も言わないんだ? 何でアイツそんなトコに居るんだ? 何で理由を教えないんだ? 何で、オレに相談もしないで、そんなコトすんだよ……!?
「それでねッ、千くんッ? ……ねェ、聞いてよッ」
「ッ……あ、ああ」
琴美の焦った声で、雪人は気付いた。
「だから、千くんの方から楓くんに聞いて欲しいんだ。屋上で何してたのって。……なんだか卑怯だけど、私たち心配だから……」
「ああ、分かってる。教えてくれてありがと」
「うん……」
琴美はうなずくと、そのまま俯いてしまった。
それを心配したのか、雪人が琴美に声をかける。それに対して「大丈夫」と答えて、琴美は舌をちょっとだけ出した。
(利用したみたいになっちゃったな……。心配してるのはホントなのに)
ちょっとした罪悪感。知られたくないことを、しつこくKYに聞いている。
理由は、ただ、心配だから。
でも、私よりずっと心配してる人がいる。目の前の男子と、今模試を受けている親友。
(楓くん、ゴメンね。許してよね)
ちょっとした罪悪感を感じながらも、琴美は俯いていた顔を上げて、飲み物を取りに行った。
* * *
「じゃあ、これで模試は終わりですので、気をつけて帰ってください。預かっているケータイはその箱の中から探してください。では、解散」
先生がそう言うと、皆ケータイを取りながら教室を出て行った。私も箱(ダンボール箱だった)から自分のケータイを見つけて、メールが着てないことにガッカリしながら教室を出ようとした。
ドアの前で足を止めて、振り返る。丁度、楓が席を立って、ケータイを取りに教卓まで来ている。
「楓くん」
無意識のうちに、名前を呼んでしまう。
「……」
無言のまま、そいつはこっちを見た。
三度目の、また、見詰め合うカタチ。
疲れている私は、何を言おうか考えても何も思いつかなくて、目を逸らそうとしてもそんなこと思いつかなかった。
楓の目が、訝しげに細くなる。私はそれも気に出来ずに、半分だけ開いた眠たげな目で見つめ返してしまった。
「……桜坂?」
「……あ、ゴメン……」
名前を呼ばれて、やっと私は今の状況に気付いて、目をそむけながら謝った。
「どうしたんだ?」
「ちょっと……寝ぼけてただけ。別に、何でも無いから」
「……」
楓は無言で私の方、ドアの方に近づいてきた。私はゆっくりとした動作で、横に退いた。その脇を楓は歩いて、ドアに手を掛けて、開けた。そこから廊下に出ようとして、止まった。
「……?」
ドアの真横、教室と廊下の境界線上で、楓はこっちを振り向くと、言った。
「ゴメン。あんまり話したくねーんだ」
「えっ?」
私が驚いていると、楓は、屋上のことだって、無表情のまま言った。
「だから、もう忘れてくれ。気持ちに整理ついたら、多分、話すから」
「……うん」
私は、半分放心したままうなずいた。楓はもう一度、ゴメンって謝ると、教室から出て行った。
「……」
私は、誰も居ない教室で1人、今の言葉をぼんやりと反芻していた。
* * *
その日の夜、琴美からのメールを見た時、私は少しだけ、楓に対して罪悪感を感じた。
無理矢理聞いたのは私だから。