1-05:気まずいムード
「ったく、土曜なのに学校なんてよー。ダりぃよマジ」
「イヤなら来なくていいじゃん?」
登校中、オレが雪人そう言うと、そいつはだらんと垂れた首を持ち上げていった。
「んな冷たいこと言うなよ〜……。お前とオレは親友だろ〜?」
「元・な」
「オレたち会ってから一年経ってねーのに、元とか無ェーよー……」
雪人は学校に来たいのか、来たく無いのか、よく分からない。オレは来たく無いが習慣付いたので来てしまう。雪人も同じだろうか。
「あぁ〜、今日の楓クン、地面の氷より冷たい〜」
「バカか」
違うな。こいつに習慣なんてあるワケ無い。
* * *
教室に入ろうとドアを開けると、向こう側から出て行こうとしてた女子と鉢合わせになった。
「あっ、すいませーん……って」
「……よう」
桜坂 沙夜は、オレに気付くと、オレより20cm下の目線をわざわざオレの目線に合わせて、そのまま固まってしまった。
見詰め合う形になってしまった。オレは見下ろして、桜坂は見上げて。
「……」
「……」
「……ゴメン、退いてくれ」
「えっ? あ、ゴメン」
思ったよりすんなりと後ろに下がる桜坂。オレは半開きのドアを3/4開きにして、教室に入った。
真後ろで雪人が何か言っているが、無視を決め込む。
「な〜に見詰め合ってんだよッ。このピュアボーイがッ」
……。
* * *
「沙夜〜、ゴメンナサイ〜ってば〜。いい加減口聞いてよ〜」
「……」
土曜日は、授業は4時間で終わる。その後で購買に行ったり、家に帰ったり、部活に行ったりして分かれる。
今は3と4の間の休み時間。
朝からずっとこんな感じだ。私が朝、琴美にからかわれたのを切欠に、私はちょっと怒って琴美を無視した。
「ねぇ〜、沙ぁ夜ぁ〜」
なのに、琴美は落ち込むどころか、逆に甘えてくる。落ち込んだら「ゴメーン」とか言って終わりの予定が狂ってしまった。
琴美ってMなのかなぁ?
「沙夜ちゃーん? いい加減にしてよ〜、ねぇ〜」
「……」
「沙夜ちゃ〜ん? 食べちゃうぞ〜?」
「……」
「いただきまぁーす♪」
「うわぁ!」
Mのはずの琴美は、私の顔に超接近してきて、思わず私の沈黙は破られた。
ちょ、ちょっと私、赤くなってるけど、別にそーゆーのじゃ無いからね?
「うふふーっ。やっと起きた〜」
「……琴美。そーゆーのは止めてよ……」
「あれー? 沙夜ちゃん何考えたのかなぁー?? 私ィ、子供だからわっかんないなぁー?」
「……ムカツク……」
思わず本音が出てしまった。今度から琴美を無視しないようにしようと、私は心に刻み込んだ。
* * *
「おっしゃぁー、やっと終わったぁーあ」
「お前ずっと寝てたクセに」
授業終了とほぼ同時に机から体を起こした雪人は、オレの言葉を聞いて不機嫌そうな顔を作った。
「言っとくけどな、寝るのだって大変なんだぜ? オレだって今日のホームルームから今まで、先生がいる時間全部寝てるんだし」
「寝すぎだろ、お前」
「そんな大変なことを成し遂げたオレを褒めてくれ」
「一生寝てろ、お前なんか」
雪人が抗議しようとしたところで、先生が来た。
「おおい千空。早く座れー」
「ほら。早く座れって」
「来〜。お前覚えとけよなー」
案外こうゆうとこは大人しいんだよな、コイツ。結構教師ウケいいし。
「さぁて、今日は連絡は一つだけだ。文集委員の楓と桜坂は、ちょっと残ってくれ。じゃあ、当番、号令」
「きりーつ、れー」
雪人の席を見ると、ムカツク程ステキな笑顔で、
「さよーならー!!」
とか言ってやがった。
そんな雪人くんはわざわざこっちに来て。
「なぁ、楓」
「あんだよ?」
「青春してるな。ヒューヒュー」
「……」
「あぁーっ、ゴメンゴメン! ちょっ、マジ怖いからお前!! 迫ってくんなバカ、痛い痛い痛い!!!」
思いっきり頬をつねって、そのままメチャクチャに動かした。イケメンも台無しだ、と思ったが、イケメンは頬を引っ張ってもイケメンだった。
「痛ェ!!! 何かさっきより力強くなったって!!!」
* * *
雪人その他全員が帰って、教室。
「……」
「……」
何だか気まずい沈黙が、オレと桜坂の間に流れる。
一昨日の頬の痛みはまだ忘れていないので、へたに話しかけないほうが良いと思ったのだが、今日の朝のこともあって、オレはかなり気まずい思いをしている。
桜坂も何だか気まずそうだな。
「……」
「……」
とりあえず、オレはウォークマンを取り出して、ヘッドフォンをつける。雪人から借りた曲を聞くために、借りた。
どうせディルなんだろうが。
とりあえず、再生。
「……」
「……」
桜坂がこっちを睨んで、椅子を少し離した。オレもすぐに再生を止めて、ヘッドフォンをしまった。
(あのバカ……)
どうゆう意図があったのか知らないが、こないだ聞いた悲鳴が、大音量でいきなりオレの耳に響いた。桜坂にも絶対聞こえたな。
(雪バカ……鼓膜破れんだろーが……つーか、やっぱディルかよ……!!)
オレは少しディル対して怒りが沸いた。だが、すぐに思いなおし、その怒りは雪人ヘッドフォンへと向けられた。
「……」
ホンキで壊そうと思ったが、オレの片手の握力だけでは壊れなかった。残念だ。
* * *
結局、担任が残した理由は、「明日……じゃなかった、月曜日に全員にこれ渡しといてくれ」と、手渡されたプリント。
「先輩への一言……自分の将来の夢……」
それが文集に書くことだ。
「オレ部活入ってないから、3年の先輩と全然喋ってないし……」
オレは、部活には入っていない。バイトもしていない。何だか、やる気が出ないから。
勉強とか、体育ぐらいのスポーツなら、別に普通に平均は取れる。ちょっと頑張れば学年50位ぐらいなら入れるだろ。
昔、友達が「お前頭良すぎ!!」とか言っていたが、単に記憶力がいいだけだろうな。
頭良かったら、こんなことには成らないだろうし。
「あっ……」
「あっ……」
玄関に着くと、桜坂が丁度靴を履き終えていた。オレが声を上げてしまったので、向こうもこっちを見た。
また、見詰め合ってしまう。
しかし、桜坂はバイバイ、という風に右手を一瞬だけ上げると、玄関から走り去ってしまった。
「……」
あとに残ったオレは、もう雪人が先に帰ってしまったのを確認して、それから靴を履き替えた。
そして、傘が必要なさそうな寒空の下へ、残った雪を踏みながら歩き出した。