1-04:衝突する声
「……朝、か……」
目覚めると、そこには見慣れた白い天井。何にも無い無機質な部屋。
オレはそこで目覚めると、床に敷いた布団をそのままに着替え始めた。
* * *
「おっす、楓」
「おう」
30分後、いつもの通学路を歩いていると、前を歩いていた男子が声をかけてきた。千空 雪人。オレのダチだ。
「どうしたんだよソレ。その頭。ぼっさぼさじゃん」
「ん……セットしてくんの忘れた……」
「何やってんだよ」
笑いながら、雪人はオレの髪を更にぐちゃぐちゃにしてくる。オレが手で払いのけると、相変わらずの笑顔で手を引っ込ませた。
オレは雪人を見て、
「お前、それ毎日持ってくるのか?」
「ん? ああコレ。毎日」
「面倒じゃないのか?」
「メンドいけどさ。家に別のやつ無いんだよ。だから」
そう言って、自分の背負っているギターを指差す雪人。一般のバンドのギターボーカルだという雪人は、当然校内でもバンドを組んでいる。
「ふーん」
「何だよソレ。面白くねーな」
そう言って、またケラケラと笑う雪人。何がおかしいんだか。
* * *
雪を踏む音だけがする中、オレと雪人はお互いの好きなアーティストについて盛り上がった。
オレは、
「やっぱJ-popじゃねェの? ジャニ系とか、EXILEとかさ」
と言うと、雪人は、
「分かってねェなぁ。男はROCKだろーが。エルレだろ、X、ディルだよ、絶対ェ」
つまり、オレとコイツはここが合わない。よくこの話題が出るのだが、絶対に合わない。
つーか、あいつ前まで『オレはビジュアル系しか愛せねェ』とか言ってたくせに、変えやがって。
「何だよディルって。エルレガーデンとX JAPANしか知らねーよ」
「マジで? ありえねー、ディル知らないとか!」
オレも結構音楽は聴いてるつもりだが、ディルは知らない。ビジュアル系だと思うが。
「つーかさ、お前。メリー聞くんだったらディル知らないはずねーだろ?」
「何だよメリーって。羊か?」
「うっわー、バカだコイツ!!! メリー知らねェ!」
「はァ!? 何なんだよ!!」
* * *
結局あの後、メリーだのディルだの言われた後、オレ達は学校に着いた。玄関で靴を履き替える。雪人はさっきからヘッドフォンで何か聞いてる。音漏れてるし。
「雪人、音漏れてるぞ」
「何てー? 全ッ然聞こえん」
「じゃあ外せよ」
「うわッ止めろバーカー!!! あーあ! 今からサビなのに、バカ楓! バ楓!!」
音漏れしたヘッドフォンを取り上げると、雪人が色々喚いてきた。
「何だコレ? 何聞いてんだ?」
「UROBOROSだよバカ! DOZINGのラストだったのに!!!」
そう雪人が言った直後、ヘッドフォンから悲鳴が聞こえてきてちょっとビビった。
「うわっ、お前こんなの聞いてんの?」
「こんなの、じゃねェよ! ディル舐めんな!」
あー、コレもディルか。どんだけディル好きだコイツ。
「やっべー、コレ聞いたら止められねェ〜」
「クスリで依存症になった廃人みてェだな」
「あァ!!?」
何か嬉しそうだぞコイツ。変態じゃねェか……。
* * *
教室に入ると、既にほとんどの生徒が居た。
オレたちはいつもギリギリに入ってくる。理由は判ると思うが、寒いからだ。6時に出るより、8時に出た方が寒くない。当然だが。
「おはよー千空くーん」
「おはよー」
「おはよーMY SWEET BABY」
「バカか」
最後のはオレだ。その一つ前が雪人。あとの二つは多分、雪人のファンだろう。顔も性格もいい雪人は結構男女問わず、人気がある。ファンクラブできたらお前を001番にしてやるとか昔言われたが、流石にそこまでは行かなかった。
雪人はその女子の方に歩いていき、話し込んでしまった。寂しく残されたオレは、
「おっす楓」
「おっす」
他の男子と挨拶するだけ。どれだけ頭良くて勉強できようが、人気が出るわけが無い。今はおバカブームだからか? 秀才とかブームしたらオレもイケんのか?
「どうした楓くん。下心丸見えだぜ」
「……うわっ。雪人か」
女子と話してたはずの雪人は、いつの間にかオレの前でニヤけていた。かなりウザイお顔ですね。潰すぞコラ。
「オイ、お前等席座れ〜」
「うぃーッス」
先生が来たのを合図に、雪人はさっさと席に戻ってしまった。仕方なく、オレも戻る。
「はい、号令」
「きりーつ」
* * *
時間は巡り巡って、6時間目。担任教師の受け持ちである英語。
ラスト10分。丁度、楓が爆睡している間のこと。
「先生、アレ決めなくていいのー? ほらぁ〜、アノ、3年生に送る〜」
「あっ、そうだ。忘れてた。おーい、お前等ちょっと聞けー! 寝てる奴起きろー!」
「先生ェ楓起きないッス」
「おう、分かった。減点だな」
「ぎゃははっ、かわいそー!!!」
「でも楓は少し点引かれても余裕だろ」
「オイ、そこの2人うるさい!!」
「サァセーン」
「えー、じゃあ今から3年生に送る文集を作る係り決めるから。なりたい奴いるかー?」
「はーい」
「おっ、桜坂か。珍しいな」
「ちょっと沙夜ぁ、どしたの?」
「えー先輩に渡すって何かいいじゃん? 後で会った時に『沙夜ちゃんが持ってきてくれたんだよね〜』とか覚えててくれるかもだし」
「えーなんかセコイー」
「いいじゃん別にぃ」
「オーイ桜坂、木ノ瀬。お喋りは止めろ」
「はーい」
「スミマセーン」
「はい、じゃあもう一人! できれば男子!」
「……」
「あっそうだ。せんせーい」
「どうした?」
「楓くんにやってもらえばいいと思いまーす」
「っ!?」
「ぷぷっ、沙夜〜」
「おお、それいいな。じゃあ、桜坂と楓に決定」
「うぅ……」
「ドンマイ沙夜〜、ぷぷぷっ」
* * *
そして、帰り道の途中。
「あっ、来。そう言えばさ」
「何?」
「お前と桜さんが文集委員になったから」
「……は?」
* * *
「はぁ〜」
「沙夜〜、落ち込みすぎ〜、あーはっはっ!!」
「琴美は笑いすぎだよ〜」
まだ大笑いしている琴美に向かって、溜め息をつく沙夜。
「あーウケる……。でもさー、沙夜。よかったじゃん」
「何で?」
「一歩前進♪」
「……」
「あーごめんなさい沙夜ー!!! 痛い痛い痛いー!!! 抜けるって、髪ィ!!」
何はともあれ、壊れやすい日常は、まだ続いているようだ。